CHAPTER 12
CHAPTER 12:「そいつ、羨ましいねえ。」
最近ウチにバイトの娘が入った。あ、ウチっていっても別に俺の店じゃないんだけど。
俺の家は両親が喫茶店を営んでいる。そこに新しくバイトの女の子が入ったんだ。長い夏休みに入った今、特に何かのサークルに入っている訳でも無い俺は頗る暇なので、結構親の店を手伝っている。その分小遣いをくれるから軽いバイト代わりだ。
彼女は客がひとりもいない店内でせっせとテーブルを拭いて回っていた。平日だとこんな時間はそこそこ訪れる。だけど親父曰く、経営状況は悪い方ではないらしい。
「真面目だねえ」
俺は彼女に一声かけた。少し間が空いて自分に話しかけたのだと気付いた彼女は振り返る。空色の髪が揺れた。
「……私に言ってるんですか?」
「他に誰もいないでしょ」
「あ……そうですね」
ぐるりと店内を見回してから彼女は答えた。
聞いた話だと、この娘は母さんの知り合いのとこに住んでるらしい。何でも世話になっているから働きたいと言い出したとか。そこでウチの店を手伝ってもらっているそうだ。まったく、近頃の若者の中には、偉い子もいたもんだ。
「当たり前じゃないですか。就労時間内なんですから」
そう言ってまた俺に背を向けると、彼女は身を屈めてテーブル拭きを再開した。細い腕をぐるぐると動かす度に短いスカートがひらひらと舞う。何というか……きわどい。
「あのー……見えちゃうよ?」
「何がですか」
作業をしながら彼女は言葉を返す。
「いや……パンツ」
「それがどうかしましたか」
彼女は構わずに続けていた。
「……君、変わってるね」
外国人はみんなこうなのだろうか。
「えーと、名前……何だったっけ……何かどっかで聞いた事ある様な……ル……」
「ルナです」
「そう、ルナちゃん」
俺はカウンター席から立ち上がると彼女のそばへと歩いていき、セミロングの髪がかかっている小さな肩を掴んでぐいとその背筋を伸ばした。
「俺は君のためを思って言ってるの。女の子がそんな簡単にパンツ見せちゃ駄目」
「別に意図的に見せようとした訳じゃありません。結果的にそうなってしまったんです」
「それも駄目。女の子なら頑張ってそうならない様にしなくちゃ」
「……そうなんですか?」
彼女はきょとんと首を傾げる。可愛らしい仕草だ。
「そうそう」
手を離すと俺はまたカウンター席に戻る。今店主である親父は買い出しに外へ出て行っている。母さんは俺の手伝いとルナちゃんが入ってきた事もあり休みで、同じく出かけている。今この店には俺と彼女のふたりしかいない。だが客が来ても、大抵の料理ならガキの頃から手伝い慣れた俺が用意出来る。どうせ業務用を親父が作った手順通りに調理すればいいだけだ。
「……」
それから彼女は時折スカートを気にする素振りを見せ始めた。たまにちらちらとお尻に視線を送る姿が何ともまた微笑ましい。その様子を俺はじっと眺めていた。
「ルナちゃんいくつだっけ?」
「年齢ですか?」
「うん」
「ええと……15……です」
「好きな人とかいないの?」
「好きな……人……?」
それまで何を話してもずっと動き続けていた彼女の手がこの話題になると急にぴたりと止まった。ははーん、わかりやすいなあ、案外。
「いるんだ。ま、青春真っ只中だし、そりゃそうか」
「……いません」
「ほんとに?」
「はい」
「照れてるんでしょ。ま、そりゃー大して親しくもない年上の男にそんな事簡単に言う訳無いか」
「いえ、別に照れてはいませんけど」
彼女はけろっとした様子を見せる。ありゃ、俺の見当違いだったかな。そうしてまた作業を再開した。
「あ、じゃあほんとにいないんだ」
「はい……その、私あんまり好きっていう気持ちがわからなくて」
「ありゃ。じゃあ初恋もまだなんだ」
「初……恋……? ……初めての恋……ですか? そうですね」
「ひえ~。じゃあ楽しみだねえ。ルナちゃんがどんな奴を好きになるのか」
「リョウスケさんにはいるんですか? 好きな人」
リョウスケというのが俺の名前だ。
「あー……」
俺は少しだけ恥ずかしくなり頭を掻いた。
「まあ、いるねえ。というか、彼女」
「交際相手という事ですね」
「そうそう」
この娘は何か硬い表現を使うなあ。外国人だから無理もないのか?
「腐れ縁だよ。幼稚園からの幼馴染で、大学までずっと一緒でさ、まあ、その間に一線越えちゃった感じ」
「好きってどんな感情なんですか?」
また難しい質問を投げてくるなあ……。
「あー……説明しづらいなあ……何ていうか俺の場合は、ほっとけない感じ……かな」
「放っておけない……ですか」
全てのテーブルを拭き終えた彼女は台拭きを厨房に戻すと奥へ入り濡れたモップを持って来た。今度は掃除を始めるらしい。
「何だかんだであいつの隣が一番落ち着くし」
「隣にいて落ち着く……そうなんですね」
「まあ、これはあくまでも俺の場合ね。他にも色んな形があると思うよ」
「複雑なんですね…………そうですね、私も……」
床掃除をしつつ彼女は何かを言いかけた。
「パンツパンツ。また見えそうだよ」
「え? ……ああ、すみません……私も、似た様な感覚は最近持ちます」
「……へえ……そうなの?」
「はい。何というか、隣にいると安心出来るんです」
「だけどまだ好きかどうかわからないってか……いやー、そいつ、羨ましいねえ」
「? どうしてですか?」
「もしかしたら将来ルナちゃんがお嫁さんになるかもしれない訳だ」
「……嫁……ですか。結婚という事ですね」
「そうそう。ま、まだそんなん全然湧かないと思うけど。俺もぼんやりだしね」
「彼女さんとの結婚ですか?」
「そうそう。まだ大学生だし……これまでずっと一緒だったからさ、このまま何となーく、一緒になるのかなとか思ってない訳じゃないんだけど」
「一緒になる……」
「まだわかんないでしょ」
「……はい。私にはまだ……」
まだ15才だ。当たり前だ。大体俺もまだまだその前に色んな事があるし。単位とか単位とか……あと単位とかね。
その時彼女が突然俺にモップを渡してきた。と同時に来客を告げるベルが鳴る。
「すみません、片付けておいてもらえますか? ……いらっしゃいませー」
「……」
窓から外を窺って、客が来そうだったので入ってくる前に掃除を切り上げて接客に回ったという訳だ……いやあほんとに……真面目だねえ。
ほんと、いいお嫁さんになれるんだろうな、この娘。