CHAPTER 11
どちらが先に引き金を引いたのか、陽太にはほぼ同時に感じられた。工場の中に弾ける様な激しい音が轟き、無数の銃弾が飛び交う。
「――――――っ!」
陽太は痛みを堪えながら必死に叫んだ。だが彼の声はあっさりと喧噪に掻き消される。誰の耳にも届かない。
軍人達が放つ弾は確実にルナに命中していく。彼女は体の至る所から血を噴き出しながらも微動だにせず射撃を続けていた。それは決して誰にも当たる事は無い。
「……何だ、あいつ? どこを狙ってやがる! 惑星移動で精度が狂ったか?」
隊列の後ろでカミヤは嘲笑っていた。しかしその時、彼女の背中から高速で何かが射出されたのを確認する……超超小型ミサイルだ。
「……! まずい! 伏せろっ!」
彼は速やかに指示を出し即座に匍匐の体勢をとった。彼の頭上で破裂音がし、何かが粉々に砕けた。破片が次々と降ってくる。
「……? 何だ!?」
銃撃戦が中断された直後、ルナがいびつな翼を展開して急速に彼に迫る。
「……! 来るぞおっ! 死神が!」
彼女は起き上がろうとしていたカミヤに真正面に向かって来る。その腕はもう銃器ではなく……ただの人の腕だ。
気付いた時には彼はルナに突き飛ばされていた。宙に浮きながら彼女と目が合う。そこに彼は幼い頃に見たある光景を瞬時に重ね合わせるのだった。
「みんな私から離れて!」
彼女の警告の直後、その頭上にある天井の一部が呻く様に音を立てて崩れ落ちた。元々いつ崩れてもおかしくない状態だったのである。二階にあった工機や鉄製の巨大なラックなどが床と共にルナを押し潰した。
「ル……ルナアアアアッ!」
その時、陽太の言葉がやっと響いた。
CHAPTER 11:「俺も、わかんねえよ。」
事態が落ち着くと、そこには沈黙だけが残されていた。この場にいる全員が、ルナに……彼女がいた場所に目をやっている。幸いな事に他に誰一人として崩落には巻き込まれなかった。ルナひとりだけが、生き埋めになったのである。陽太は体を起こそうとしたが腕に力が入らず、上手く動く事が出来なかった。
「うわああっ! ルナ! ルナアッ!」
「……」
軍人は誰ひとりとして動こうとしない。皆愕然と口を開けて瓦礫を見つめていた。
「何やってんだよ! 誰かルナを助けろよ!」
「気を付けろ!」
ひとりの男が口を開いた。
「あれがこれしきの事で止まる訳が無い!」
すると瓦礫が少しだけ崩れ、中から細い腕が一本現れる。
「! 来るぞ! 構えろ!」
「ま! 待て!」
ルナを狙い撃とうとする部下の行動を、思わぬ事にカミヤが止めた。彼はそのままじっと腕だけ露わになった彼女を睨んでいた。
「しかし大佐! またこれが動き出します!」
「黙れ! 命令だ!」
やがて、ルナは大量の出血で真っ赤に染まった顔を覗かせた。目からも血がどくどくと流れ出ている。だが信じられない事に潰れてはいなかった。そのあまりの恐ろしさに見る者全てが口を噤んでいた。
彼女はそのまま平然とした様子で周囲を見回していた。そして、ひとつ言葉を落とす。
「……怪我は、ありませんか」
「……っ! お前……何をした」
カミヤが問いかける。
「何を……って、天井に潰されちゃいました」
「お前、俺をかばったのか!?」
「……はい、そうなりますね」
「……っ! なぜだ!」
「……あなたが危なかったからです」
「ふっ……ふっ……ふざけんな!」
彼は腰が抜けたまま拳を地面に強く叩き付けた。
「さっきのミサイルは何だ! あれも俺を……俺を助けやがったな! 初めっから俺達を狙ってなかった! ああっ!?」
「えっ!?」
「大佐を助けた!?」
カミヤの言葉を聞いた部下達はどよめき始める。
彼が立っていたすぐそばに大きな鉄製の箱があり、ふたの上にはドラム缶が無造作に横に積まれていた。その内のひとつが急に彼の方へ転がり始めたのを確認したルナは彼が怪我をするのを防ぐためとっさにマシンガンで狙い撃ったのだ。そして中に何も入っていない事がわかると小型ミサイルで破壊したのである。
「……よく考えると、危ないと一言叫べばいい事でしたね。ごめんなさい。何だか少し気持ちが高ぶってて……火器管制が先に働いちゃったから」
「だから、何で俺を助けようとしたのかって聞いてる!」
「……それは……わかりません。助けなきゃいけないと思ったから」
「……ふざけんなっ! お前は兵器なんだよ! いっちょまえに人助けなんてしやがって! 兵器は大人しく人を殺してさえいればいいんだ!」
「そうです。私は兵器です」
ルナは伏し目がちになり続けた。一筋の血液が瞳から流れる。
「確かにあなたの言う通り、人を殺すしか能が無い存在です。でも、だから……だから私は、人になりたいんです。これが……これが初めて、私が生み出した戦術以外の考えなんです」
「……! 殺せよっ!」
カミヤは自分の胸を押さえた。
「俺を殺せ! お前は兵器なんだよ! 変な事考えんじゃねー!」
「嫌です」
「……っ! ああちくしょおっ!」
激しく地面を蹴る。
「カミヤ大佐、あなたこそ私が憎くてたまらないのでしょう? 私はあなたのお姉さん達を殺したんですから」
「ああそうだよ! 憎くてたまらねえ! さっさと壊れちまえって思ってるよ!」
「……ごめんなさい」
「……は……?」
彼は目を見開いた。
「私は、私を否定しているから。だから、私がやった事は過ちだと思ってます。だからあなたに謝っているんです。本当なら、あなたのお姉さんや、お義兄さん……それに、姪っ子さんに謝らなければいけないんだけど……」
「……謝るだと……? ふざけんなよ……謝ったって姉貴達は帰って来ねーんだよ……!」
「そうですね。同じ命は無くなれば二度と手に入らない。誰よりも私が知っている事です……身勝手なのはわかってます。だけど……ねえ陽太、どうすればいいのかな?」
「……ごめん……俺にも……わかんない……よ……」
陽太はふたりのやり取りを黙って聞いていた。人である彼にも、どうすればいいのかわからない。
「……そっか。私が人じゃないからわからないと思ったんだけど……陽太でもわからないんだ」
「ああ、そうだよ……俺もわかんねえよ……」
ぽつりと言った後、カミヤは部下に指示を出す。
「……お前ら……そいつをそっから出してやれ」
「しかし……!」
「そいつに戦闘の意思は無い……助けてやれ」
「……はっ!」
「それから……医療班を呼べ。ガキとそいつの治療を行う……っとその前に、まずはこっからずらかるぞ。派手な音を出し過ぎた」
騒ぎを聞き付けた人が近付かない内に、陽太達は街から離れた人気の少ない山の中に運ばれた。そこにカミヤ達のキャンプがあるのである。敵であるはずのルナを追って来た異星人から助けられるという状況に陽太は奇妙さを感じていたが、それほど事情が複雑になっているという事でもあった。カミヤは今の彼と同じ感覚を抱いているのだろう。
先に手当てを終えた陽太は椅子に腰かけルナの治療が終わるのを待っていた。やがて頭と右目に包帯を巻いた彼女がガルダを伴って現れた。左目も血は止まっている様だが赤く充血している。それに、おそらく服で隠されている体のあらゆる所も同じ様に処置が施されているであろう事が陽太にはわかっていた。あれほどの銃弾を浴びたのだ。
「ルナ! ……大丈夫? ……じゃ、ないよね……」
「ううん。大丈夫だよ。多分明日には治ってるんじゃないかな?」
「そんな……さすがにそれは無いでしょ……俺よりよっぽど酷いのに」
「馬鹿。コレヲオ前ト一緒ノ基準デ考エルナ」
「私、修復速いから」
「え……ほんとに……?」
「隣、いい?」
「え? うん……」
陽太が少しだけ体を右に滑らせると、ふたりは肩を並べた。いつかの夜を彼は思い出した。
「……」
「……」
しばらくお互い何も話さなかった。何を話せばいいのか、わからなかった。これからどうなるのかも。
だが、ルナはこの時初めて、誰かの隣にいて安心する事が出来た。すぐそばに人がいる事が、これほど温かい物なのかと初めて気が付いた。言葉を交わさずとも、ただいるだけで、それだけで何か、伝わってくる物があるのだ。そして彼女は、それがもしかして陽太だからなのだろうか、と小さな疑問を持った。
彼は、今まで接してきた多くの人間とは確実に違った。兵器の自分を恐れていない……いや、内心では恐れているのかもしれないが、それを決して表面には出さない。それに、途方に暮れていた自分に道を示してくれた。さっきは銃弾からかばってくれた。そんな人間に、彼女は今までひとりも出会った事が無かった。
彼女の中にある動力炉が、激しく燃えている。
「調子はどうだ?」
ふたりの前に影が立った。陽太が顔を上げると、そこにいたのはカミヤだった。
「少し痛いですけど……鎮痛剤たくさんもらったんで多分大丈夫です」
「その様子だと1ヶ月くらいで治るだろ」
「はい。そう言われました」
「……」
「……あの、ルナを……連れて行くんですか」
ルナがぴくりと反応する。
「……」
カミヤは何も答えないでいた。
「何とかならないんですか」
「……星に持ち帰れば確実に処分される」
「見逃してくれないんですか」
「……ああ、見逃さねえよ」
「……!」
陽太の胸の奥から熱い物が込み上げてきた。助けられなかった。ルナを……好きな女の子を。ああ、かっこわりいなあ、俺。
煙草を一本取り出すとカミヤは火をつけて少しの間銜え、ふーっと息を吐き出す。
「そもそも、見逃すも何も、俺は見付けてもいねーしな」
「……え?」
「こんなとこにいつまでもいたくねーだろ。動けるんならさっさとそいつら連れて帰れ」
「……カミヤさん?」
ルナも思わず驚いて声を漏らす。
「迷惑かけちまったな、ガキ」
「……!」
陽太の表情は途端に明るくなった。ルナと顔を見合わせると、彼女もきょとんとしている。
「私、助かったの……?」
聞こえていないかの様にふたりを無視してカミヤは説明を始める。
「ただ、この星で俺達が見付けられないで、他の星に行った連中も発見出来なかった場合、再調査の命令が出たらまた俺達がこの街に来る可能性はある。何十年後か何百年後かわかんねーけどな。それは覚えとけ」
「……はい」
陽太は力強く頷くと、ルナの手を取り立ち上がった。
「ありがとうございます、カミヤさん……行こう、ルナ。ついでにガルダも」
「俺ハツイデカヨ!」
「あの、カミヤ大佐……」
ルナは男の顔を見上げて、ぺこりとお辞儀をした。
「ありがとうございます」
続けて、右手でしっかりと敬礼を行う。
「……俺も、わかんねえよ」
彼はまた煙草を銜えた。
「わかんねえよな、人間って」
「……はい」
そして、ふたりと一羽は去って行った。残されたカミヤに部下のひとりが近付く。
「よろしかったのですか……? バレたら軍法会議ですよ……?」
「この街に兵器は無かった……と、俺は結論付けた。お前らがどう思うのかは自由だが」
「……我々は一軍人ですが、あなたの部下でもあります。軍人として職務に就く以前に、指揮官であるあなたの思想、信条、信念に同調し行動を取っている身です」
「……へっ……ずいぶんとでかい口を叩く様になったな、お前も……責任は俺が取る……なあ、イリエ」
「はい。何でしょうか」
「俺はガキの頃に空襲にあってよ……家がぶっ壊れたんだ」
「……はあ……」
「あの時俺を突き飛ばしたあいつの顔がよ……そん時俺の身代わりに下敷きになった、ガキの頃の姉貴の顔そっくりだったんだよ……」
「……」
「……俺は、馬鹿かなあ……」
そう言って見上げた快晴の空には、太陽が燦々と煌めいていた。
時と場所が少しだけ移ろい、家に帰るために街を歩いていた陽太達を褐色の肌をしたひとりの幼い少年がじっと見据えていた。
「…….はふたつあるんだ。だから:なんだよ」
不気味に笑いながら、彼はその場を立ち去った。