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ー私事と仕事ー

私の作品を開いてくださった全ての方に感謝いたします。

実はこの話を書いている際に、章管理を全く行わず、

投稿文字数制限にかからないよう区切っています。

見苦しいとは思いますが、よければ読んでいただければと思います。


太陽が昇り始めた頃


目的の建物は完成した。


「間に合ったな、んじゃあとは片付けて終わってくれ、

あとで部屋に金もってくからな」

片付けるまでが仕事というものだ。


「そんなことより朝飯のこと忘れてないですよね!?」

一人の兵士が俺の肩を揺すりながら、懇願してくる。

銀貨より朝飯かよ。


「お、おう、今から頼んでくる」

みなガッツポーズをとり、片付けにかかっていく。

片付けに入ったのを見届けてから、城に戻り調理場まで歩く。


「いやまて、まだ起きてないんじゃ・・・」

約束を反故にしたとあっては血祭りにされかねない。

あの勢いだ。

お前を殺して俺も死ぬとかやりそうだ。

とりあえず調理場を覗き込むと、すでに何人かの女中が調理の準備をしている。

その中にレルドを見つけたので声をかける。


「おはようレルド、ちょっといいかな」

調味料をでかい袋から小瓶に補充していたレルドを、扉のところから呼び出す。


「おはようございます、お早い起床ですね、どうされました?」

小走りで駆け寄ってくる。

兵士の言う通り顔も整ってるし、確かに美人だ。

人気が出るのもうなずける。


「あのさ、忙しいのに本当に申し訳ないんだけど、兵舎の朝食作ってくんね?」

レルドにもこちらの仕事があるだろうし、

かなり無理な頼みだが、手を合わせて頼み込む。


「ええ、こちらの手は足りているので大丈夫です。

ですが専属の料理人がいるはずでは?」

むさいおっさんの不味い飯だからいやだと言われたとか、説明しても納得しないので少し改変する。


「その出される食事がひどいらしいんだよ、

得体の知れない泥みたいなスープとか出るらしいんだ。

だからさ、とりあえず今朝だけでいいんだよ、な?この通り」

さらに頭を下げて頼み込む。


「そうでしたか、ですが私一人ではとても量が追いつかないので、

もう一人二人お願いしますが、いいですか?」

「あ、ならユリアさんって人いない?あとメディちゃん」

名指しに首をかしげるが、とくに深く考えなかったのだろう。


「メディはまだ寝ていますよ、年が年ですから・・・ユリアはあちらに」

レルドが指さす先には兵士の言う通り黒髪ロングの女性が調理器具の手入れをしていた。


「ユリアさーん」

名前を呼ぶと、一度振り返り会釈をされる。

手元を片付けてからこちらに走り寄ってくる。


「えーっと話すのは初めてですよね?ブラムです、

申し訳ないんですけど、兵舎で朝食を作ってくれないですか?」

「はい、わかりました。ですが今の作業だけ終わらせますので、

それからでもよろしいですか?10分もかかりません」

おしとやかというイメージだろうか。

黒髪ロングで鼻先まである前髪を片側に流している。


「あ、よろしいです」

そういうと小走りで先ほどの位置まで戻り、テキパキと仕事をこなしていく。

レルドも先ほどの作業だけ終わらせてから、扉の外で待つ俺の元に合流した。

二人を連れて兵舎の調理室に向かう。


「あー、頼んでおいて言うことじゃないんだけど、

女中って人手が足りないんじゃないっけ?」

少なくともそのせいでメディも仕入れをしなければならなかったはずだ。


「以前はそうでしたが、姫が色々と書類をこなしてくれるようになりましたし、

ブラム様が滞っていたものをスムーズにしてくださるので、私たちは自分本来の仕事に集中できていますよ」

人手が足りないとはそういうことか。

城の規模に対して女中や使用人は少ないが、世話をする分には問題はなかったと。

だがそこに余計な雑務が舞い込むと、そうも言っていられなくなるのだろう。

そういえば大臣なども追い出したから、食事なんかの作る量は格段に減っているのか。


「ところでブラム様、どうして私をご指名に?」

ユリアの疑問は当然だ。

顔は知っている。

廊下ですれ違って挨拶ぐらいはしたことがあるが、

いきなり呼ばれれば疑問もでるだろう。


「ん?ああ、ちょっと噂をきいたからだよ。深い意味はないから安心して」

深い意味はないが、浅はかな意味はある。

つまり兵士の恋心というか下心というか。

いや、アイドルに酔狂するファンみたいなものかもしれない。


二人を連れて兵舎に備え付けの食堂に入り、奥の調理場に踏み込んで絶句した。


「・・・・腐海かここは?」

洗われていない皿の山。

使ったまま放置された調理器具。

床に転がる切られた野菜。

吊るされている大きな干し肉には、ハエがたくさん集っている。


「これでは美味しい食事など作りようがありませんね」

ハンカチで鼻と口を覆いながら、

近くの包丁をまさに汚いものを持つかのように持ち上げている。

レルドに持ち上げられている包丁は、ところどころ欠けて錆が浮いている。


「よくこうなるまで放置したものですね」

ユリアも呆れたように片手鍋を持ち上げて感想を述べている。

持ち上げた鍋は、焦で真っ黒で、

しかもよくわからないスライムのようなものが入っている。


「独身兵舎より汚いってどういうことだよ・・・・」

昨夜訪れた兵舎の100倍汚い。

もはや調理をする場所ではない。

ゴミ捨て場だ。


「まずは掃除からですね、包丁や調理器具は城から持ってきましょう、

使用人にお願いして掃除も手伝ってもらいましょう」

レルドは色々揃えるために一度城に戻っていった。


「まずはゴミを捨てるか」

「そうしましょう」

ユリアと二人で床に落ちている腐った食材などを、袋に詰めて片す。

キノコが落ちていると拾ってみれば、床に生えている。

しかも見るからに毒々しい。

とにかく片っ端から袋に詰める。

床に落ちてる時点でもう食えないだろう。

いや新鮮な食材が普通の床に落ちた程度ならば、

水洗いすれば問題なく食えるだろうが、この床は無理。


「あん?なんだあんたら」

ユリアとゴミを片していると、

食堂と調理場の出入り口にデブった男が立っていた。


「そっちは城の女中だよなぁ?あんたは誰だよ」

その場から動かずに問いかけてくる男は、

おそらく兵士の食事を任されている調理人だろう。


「あんた兵士の食事用意してる人?こんな汚くてよく料理できるな」

男はボリボリと腹をかきむしり、

さもどうでも良さそうに、そしてどうでもいいだろうと返事が返ってくる。


「はぁ?素人が口出しすんじゃねーよ。

どうせあんな奴らに味の区別なんかわかりゃしねぇ。

適当に焼いて適当に食材入れとけばいいんだよ、

おら関係ないだろ?さっさと出てきな」

調理人は親指で自分の後方を指指し、出て行けとジェスチャーまでしている。


「・・・・改善しろ、今からだ」

ゴミ拾いをやめて立ち上がり、命令をする。


「あ?何様だてめー」

調理人は近くにあった肉叩き用の棍棒を手に取る。


「まぁいいか、ちょうどいいわ。

あんたをボコってそっちの女中で楽しむとすっか」

まだこういうクズがどうどうと城に残っていたか。

しかしまずいな。

俺一人ならまだしも、ユリアを巻き込むわけにはいかない。


「後ろに下がってて」

ユリアを下がらせ手近な包丁を手に取る。

こういう状況にしたのは自分だ。

ここまで軽率な行動に出てくるとは思わなかったが、とにかくユリアだけは逃さねばならない。


「おっと怖い怖い」

そう言いながらも距離を詰めてくる。

上背は俺があるから素手のリーチは勝っているが、相手の獲物は棍棒。

包丁よりも長い。

戦力の分析をしているとそこに。


「きゃああああああああああああああああああああ!!」

真後ろに庇っていたユリアが、悲鳴をあげる。

近くの俺は頭が一瞬揺れたほどだ。


「叫んでも無駄よ無駄、ませいぜい楽しませてもらうぜ?

役得ってやつだ」

さらに近寄ってくる男を、包丁を前に出して牽制する。


「ユリアさんの悲鳴はここかぁ!!」

数人の兵士が角材やらを持って食堂に入ってくる。

その音と声に調理人は振り返る。


「おめーら餌はまだだ、外出てな」

調理人は調理場の出入り口をその身体で塞ぎ、奥が見えないようにしている。

だが黙っているわけがない。


「お前ら!ブラムだ!

そいつがユリアさんに乱暴しようとしてるんだ!今すぐ助けろ!」

大声で叫ぶ。


「やめときな、こう見えてもこいつらとは付き合いが長いんだ。

おめーみてーな顔も知らんやつの言うことなん・・・・ぐえ!?」

こちらに喋っている途中で調理人は飛びかかった兵士に殴り飛ばされる


「俺の天使になにしてくれとんじゃあああああああ!!」

兵士が数人で調理人をボコボコにしている横を、ユリアを連れてすり抜ける。


「職務怠慢と暴行未遂に強姦未遂だ、半殺しにして牢屋に叩き込め」

兵士たちに命令を下すとさらにヒートアップした。


「強姦未遂だとおおおおおおおお!!!許さん!しね!しねええええ!!」

「天が許しても俺が許さん!アァータタタタタタ!ホァアッタァ!!」

「ゆりああああああああああ!!!」

頭に血は登っているが、殺しはしないだろう。

もっとも、死んでも全く問題ない。

俺は強姦なんて許す気がない。

死刑にしたいくらいだ。


「いやー、ユリアさんナイス悲鳴」

一度建物の外に出ておく。


「ふふ、あの人たちが近くにいるのがわかったので、思いっきり叫んでみました」

「それも魔法?」

「ええ」

いいな〜魔法。

索敵みたいなこともできるのか。

便利なんてもんじゃないな。


「それに、魔法得意な方なのでブラム様が危なかったら助けるつもりでしたよ」

「むぅ、そりゃまぁ・・・・なさけねー俺」

軽く傷ついた。

あの状況で女の子に助けられる男とか生きてる価値ないよ。


散々ボコボコにした調理人を引きずって兵士が出てくる。

顔は原型をとどめないほどにボコボコにされ、全身あざだらけ。


「んじゃ俺らは掃除に戻ろうか」

ユリアに声をかけ、アホのせいで中断した作業を再開する。


「あ、ちょっとまってもらっていいですか」

ユリアは調理人を引きずる兵士に駆け寄り、手を取り擦り傷を魔法で治している。


「治療魔法はあまり得意ではないので痛みを止める程度ですが、無いよりはいいと思います。

ありがとうございます。助かりました」

治療をされている兵士はというと、顔が真っ赤だ。

よかったな。


「い、いえ!いつでもお助けします!」

それだけ言って去っていく兵士だが、

お前だけずるいだの、

俺も怪我をしておけばよかっただの聞こえてくる。

なんにしてもユリアに笑顔でお礼を言われて、どいつも嬉しそうではある。


「お待たせしました」

戻ってきたユリアと調理場を掃除し、

後から来た使用人とレルドの手も借りてまずは調理ができる状態まで持って行った。


「ふぅ、こんなもんか」

あとは表に出したゴミの山を捨てれば、なにはともあれ調理開始ができる。


「そうですね、手伝っていただきありがとうございます」

すでに鍋に水を張るなどの下準備を開始しているレルドが、

一度振り返ってお礼を言ってくる。


「いいのいいの、暇だし」

「それ口癖のように言ってますけど、全然暇じゃ無いですよね?」

一本取られて皆で笑いあう。


「んじゃゴミを捨ててそのまま城に戻るから、あとよろしくね」

使用人とゴミの束を抱えてゴミ捨て場まで歩く。


「ブラム様は珍しいお方ですね」

その道中で使用人が話しかけてくる。


「ん?そう?あ、そういえば名前なんていうの?」

城に仕えている人達からは、名前で呼ばれるが、

こちらは相手の名前を知らないことが増えてきた。

返事をした拍子にバランスが崩れそうになったので、

膝を伸ばして一瞬ゴミを浮かせて持ち直す。


「ダリス・フォールマンと申します。

ブラム様のご身分でしたらこのようなゴミ捨てなど、我らに任せてくださればよいかと」

言われてみればそうかもしれないが、

とくに身分とか気にしたことはなかったし、

権限は色々もらってるけど、貴族とかではないし王族でもない。

ゴミ捨てもこっちの世界に来る前は、指定日に自分で出して捨てていた。


「身分って言われても貴族じゃないしなぁ・・・。

それに飯とか色々世話してもらってるから、ゴミ捨てくらいはしてもいいんじゃない?」

ちなみにダリスは俺の倍くらいゴミを持っている。


「だから珍しいのです、普通はそのような考えには至らず、

全て使用人に任せるのが当たり前なのです」

正面を向いたままのダリスは、抑揚の少ない声で答える。


「そんなもんかね」

「そんなものでございます」

丁寧な話し方の人だ。

他の人は姫があれなせいか、結構くだけた雰囲気で話すがこの人は違うようだ。

そのままゴミを捨て終わり、

城に戻ろうとした時に、兵士にバイト代を払ってないことに気がつき兵舎に戻る。


「おーい、バイト代・・・・って今度はなにで泣いてんの?」

本当によく泣くやつらだ。

いちいち泣かないと物事すすめられんのか。


「さっきユリアさんに怪我を治してもらったって話を聞きまして、

こんな俺らにも優しいなーっと・・・うぅ・・・」

どんだけ卑屈なんだよこいつら。


「そんなこといいからほらバイト代」

一人一人に銀貨を渡していく。

全員に銀貨を渡し終えたが、それでも袋には結構残っている。

元々数日に渡ってやるはずだった作業を、一日で終わらせたので余ってしまった。

余分はあとでミルドに返しておこう。


「あ、約束通りレルドとユリアが飯作ってるから楽しみにしとけよー」

と言い残し兵舎を出る。

扉の向こうからは若い兵士の感極まった叫び声が響いている。


土木作業などで汚れた体を洗うため自室に戻ってシャワーを浴びることにする。

部屋の扉を開けるとテレサはまだ寝ていて、

時計を見ると時刻は6時40分。

もうすぐ女中が起こしにくる時間だ。

それまでは寝かせておこうと考え、

テレサを起こさないように浴室に入り、汚れと汗を流す。


「あー、気持ちいい・・・・・」

思えば完全な徹夜など久しぶりだ。

湯船に浸かり力を抜く。


「・・・・・あ、さっきのやつぶち込んだから新しい人見つけないと」

めんどくさい。

本当にクズって存在するだけで人に迷惑をかける。

存在そのものが世界に不必要だ。

こういうと一定数は必要悪だとか、

ある側面をみれば必要とか自分の世界では言われていたが、

今回のあれはどう見てもいらん。


「・・・女将さんに聞いてみるか」

勉強を受けに来る子供の給食は朝と昼だ。

朝食を食べさせてから授業を受けさせる。

満腹では眠くなるかもしれないが、

そもそも空腹では勉強どころではない。

女将さんは食事の用意のためにもう城門横に来ているはずだ。

湯船から上がり、着替えて部屋を出る。

本当はもっとゆっくり浸かっていたかったが、下手すると寝落ちしてしまう。

今もすこし眠気の波が来ている。


予想通り城門横ではすでに給食の準備が行われていた。


「ちーっす、女将さんいるー?」

テントに顔だけ突っ込み呼びかける。

女将さんはテントの奥ではなく、すぐ横にいた。


「おや早いね、食材なんかは大丈夫だよ」

女将さんの言う通り調理器具も昨日よりはるかに多くなっている。

食材も奥の袋の山がそうなのだろう。


「あー、いやちょっと頼みがね」

兵舎の食事の説明をする。

もちろん元いた調理人は、職務怠慢でただ解雇したと伝えた。


「なんだいそりゃ、ひっどい話だねぇ。

そもそも100人近く腹空かせた野郎どもがいるんだろ?

一人でってのがそもそも無理なんだよ」

確かに到底間に合うと思わない。

だが、兵士から聞いた話ならば、鍋に食材を入れて完成だ。

硬い肉というのも、干し肉をそのまま炙ったのだろう。

ぎりぎり口に入れられる程度なら、数は作れる。


「今朝の朝食は城の女中さんに頼んだんですけど、

昼とその後を作る人がいないんですよ。

だからいい人がいたら紹介してほしいなーって」

もちろんだめなら他を当たる。

こちらはこちらで人が必要だろう。


「それは専属じゃないといけないのかい?」

「ええ、まぁ」

質問の意図はわからないが、ここはひとまず肯定の意思を伝える。


「そうかい、いやね、ここの子らを適当に三人ばかし選んで、

毎日送ればいいとも思ったんだけどねぇ」

確かにそれならば人は毎日確保できるが、

この場所は仮のものだし、夕食もある。

やはり専属を紹介してもらいたい。


「難しそうなら大丈夫ですよ・・・ってあ」

しまった、また忘れていた。

場所ばかりに気を取られて完全に忘れていた。


「なんだい、屁でも出たのかい?」

屁って女将さん・・・。


「いや、孤児を受け入れるところを突貫で作ったのはいいんですけど、

その食事をどうするかすっかり忘れてました」

孤児の人数にもよるが、毎食必要なのは確定だ。

いや、まて。

朝昼はいいんだ、どのみち勉強はさせるからここで食べる。

ってダメだ。

ここは仮だった。

あーもう頭が回らん。


「そんなもん作ったのかい?

本当に仕事が早いねぇ、昨日の今日だろうに」

感心してるのか呆れているのか、女将さんにはどちらとも取れない反応をされてしまった」


「いやマジどうしよう」

頭を抱えてしゃがみ込む。

うぬぅ。

いいアイディアが思いつかない。

そうして悩んでいると、

まったくという感じで女将さんにおたまで頭を叩かれる。


「ほら!シャキッとしな!

今日のところは兵隊さんの食事もここでまとめて作って届けりゃいいだろ?

夕飯は悪いが弁当になるよ、作りたてじゃなくて申し訳ないが、

改善はするんだろ?なら兵士にもちったぁ我慢させな!

孤児の分も一緒に作るから、それを届けりゃいいさね、食えないよかずっとましだよ」

おおなるほど。

この場を仕切ってるだけあって、女将さんは頼もしい。

しかし少しは我慢をさせるか。

確かにそうかもしれない、なんでもかんでも聞き入れていたら、

キリがないのは確かだ。

それにあの兵士に聞いた食事や、あの調理場をみれば、冷めてても弁当の方が数倍ましだろう。


「わかりました、今日はそれでお願いします」

女将さんに頭を下げてテントから出る。

朝食の時間も近いので城の食堂まで戻ろうとすると、近くの衛兵に声をかけられる。


「ブラム殿、少しよろしいでしょうか」

敬礼をしながら問いを投げてくるのは、

夜間の警備勤務を早朝の兵士に交代したばかりの兵士。

年齢は30ほどだ。


「ほいさ」

「先ほど交代の者から伺ったのですが、

通用口の方で女中と商人らしきものが押し問答をしているとのことでした、

心配なのでこれから様子を見に行くのですが、商人相手では私は丸め込まれてしまうかもしれないので、

お時間があれば同伴していただけないでしょうか?」

また商人か。

だが練兵場であれだけ絞られて、翌日問題など起こしはしないだろう。

ということはあの場にいなかった商人か。


「構わないけど、当直交代したなら非番じゃないの?」

業務時間外なのだから、ほかの兵士に任せれば済む話だ。


「非番ですが、家に帰るにはどのみち通用口を通りますし、

城の者に何かあっては、非番も何もないと思いまして・・・」

いい感じだ。

やはり給料アップが効いてるらしい。

待遇の不満がなくなれば、本来の職務に誇りを持てるようになる。

心に余裕ができると、意識も内側に対する不満ではなく、

自分の周りの人のことを気にすることができる。


兵士の質がみるみる向上していることに満足しながら、

通用口にたどり着くと、メディと四人の商人が揉めている。


「おらー、なんじゃー、子供相手に大声だしてんじゃねーぞ」

10メートルほどの距離から声をかける。

その声でこちらに気がついたメディは、不安そうな顔から一気に安堵の表情へと変わる。


「ブラム様!よかったぁ」

心底ほっとしたような顔だ。

ひとまず事情を聞く。


「どしたん?」

「あの・・・商人さんたちが商売は自由になったんだから、

持ってきたものは全部買い取るのが責任だろうと・・・」

そういうのは押し売りっていうんだよね。

そりゃ確かに商売は自由と言ったが、誰が何をどれだけ買うのかは個人の自由選択。

売り側の理屈で押し付けていいものではない。

どこの世界にもいるが、

決まりごとやルールを、自分の都合のいいように歪曲するやつは多い。

特に自分の無能を、部下や社員のせいにする経営者に多い傾向がある。


「確認だが、メディが必要だからこれだけほしいと言って持ってこさせたわけじゃないよな?」

大量に用意させておいて、直前になってやっぱり入りませんってのは話が違ってくる。

それは営業妨害だ。


「してないです」

「おっけ、んじゃ任せろ。

おいこら商人、商売は自由って言ったがな、

押し売りをしていいなんて一言も言ってないぞ。

売る側が値段と量を提示して、購入側が納得したら買うんだ」

今までの許可制とそこは何も変わらない。

というかそんなのがまかり通るとよく考えたものだ。


「上役の方ですかな?そうは言いますが、もう持ってきてしまいましたので、

こちらで買って頂かなないと、我らは大損です」

あー高校生の頃を思い出した。

家に帰ると、俺のじいちゃんが布団の訪問販売に似たようなことを言われていた。

玄関に置いたんだからもう他じゃ売れない、買い取れと。


「しらーん、城下で売るなりして損失を自分で回収しろ。

頼んでもいないものを押し売りにくんじゃない」

いっさいの妥協もしない。

アホな理屈は切って捨てる。

荷馬車をみれば山ほど食材を持ってきている。

ここ二、三日で急激に増えた王宮の食料事情を嗅ぎつけたのだろう。


「メディ、必要なのは?」

「えっと、この積まれ方だとどれか一つの荷馬車で十分です」

荷馬車も先日見たものより断然大きい。

二頭の馬で引く大型のものだ。


「孤児の分入れるとどうなる?大体100人3食計算」

メディは手に持ったメモ帳で計算を行っている。

この間の丼勘定とは大違いだ。

子供は成長が早くて教えるのが楽しい。


「それでも二つほどです」

「よし、そんじゃあんたら後はこの子と値段交渉しなよ、

二つは買い取るが、残りはいらんそうだ」

兵士の肩に手をおいて仕入れが終わるまで付いていてやってくれと頼む。


「おまかせください」

敬礼をする兵士に後を任せる。


「え、行っちゃうんですか?」

メディが不安そうな表情で伺ってくる。

さも意外だと。

最後まで付き合ってくれるんじゃないのかと。


「うん、もう大丈夫だろ。兵士もいる。

散々値切ってやれ。

あんたらも子供だからって甘く見るなよ?

ちゃんと計算できるから、詐欺野郎は牢屋行きだ」

メディにも少しは自分でやらせるべきだと判断した結果だ。

子供だから甘く見られることもあるだろうが、

となりに兵士がいれば下手なことはしないだろう。


今度こそ城の食堂に向かおうとすると、上から声が聞こえてきた。

城壁を見上げると、歩墻の兵士がこちらに手を振っている。

こちらに何かを叫んでいるが距離があるためよく聞こえない。

登ったことがないし直接行ってみることにし、

城門横の詰め所まで行って、登れる場所を聞く。


「こちらからも登れますよ」

詰め所の奥に小部屋があり、はしごで上まで登れる作りになっていた。

お礼を行って登るが、正直怖い。


「こえ〜」

約20メートルの高さをはしごだけで登らなければいけない。

落ちたら絶対に死ぬ。


恐怖に耐えながらも登りきり、城壁上の小部屋から外に出ると城下町が一望できる。

少し高台に城があるためちょっとしたビルから眺めているかのような視点の高さだ。


先ほどの兵士がこちらに駆け寄ってきた。


「ブラム殿!見ていただきたいものが!こちらへ!」

城壁の上を走って裏手へ走っていく兵士の後を追う。

兵士は軽装な皮の鎧と弓を持っていた。

弓兵というやつだろう。

城の裏手まで走ってようやく兵士が立ち止まる。

城壁の上を回ると結構距離あるなこれ。

ここに来るまで何人かの兵士とすれ違ったが、みな慌てている。



「あれを!」

手渡された望遠鏡で兵士が指差す先を覗き見る。

城の裏手は鬱蒼とした森林で、遠くには雪のかかった山も見える。

万年雪というやつだろう。

標高が高く気温が低いので、一度降った雪が解けずに残っているのだ。

一度覗いてみたがとくに何もわからなかったので、

望遠鏡を外して裸眼で指差す先を見る。

森が動いている場所を見つけ、そこに望遠鏡を向ける。


木々が邪魔で良く見えないが、木々がわずかに開けた場所で、動く物体が確認できた。

ワニとカメを足したような頭部に、大きな二本のツノ。


「なに・・・・あれ・・・」

でかい。

ここからは3キロほど離れているだろうか。

木が揺れていたのはあいつが移動していたからだ。

移動するだけで巨体が木に触れて揺さぶるのだ。


「グランドドラゴンです、距離が近いので兵士に招集をかけています」

ファンタジーここに極まる。

魔法だけじゃなくてあんなのもいるのか。

地球で一番大きな生物はシロナガスクジラで、たしか全長30メートル。

10階建てのビルぐらいか。

だがあれは全長100メートルほどありそうだ。

しかも海の中ではなく陸上。


「おーい!ブラムー!」

兵士から報告を聞いたのだろう。

ロニーがナターシャと共に駆け寄ってきた。


「あれか」

ロニーは双眼鏡を使わずに確認できるようだ。

そういえば壊れた機械から元に戻っている。

朝には戻るというナターシャの言葉は本当だったようだ。


「ああいうのってどうやって倒すの?」

現代兵器がないと勝てないように見える。

現代兵器であっても、戦車のような陸上兵器は踏みつぶされそうな気がする。

上から爆撃するしかない。


「いやいやかてねーよ、せいぜい追い払うのが関の山さ」

「どうやって?」

「ん、まぁ誰かが囮になって注意を城から遠ざけんのさ」

それはこの森に誰かが入り、ドラゴンの注意を惹きつけて、

さらに森の奥まで誘導するといことか。

だがそれではその囮が助かる可能性はかなり低い。

たしか魔の森と呼ばれているはずだ。


「あのサイズのドラゴンの行動はそれだけで災害なのです。

正面からぶつかっても勝ち目はなく、逃げるか、被害を最小限にするほかありません」

ナターシャの表情にいつもの微笑みがない。

それだけのことなのだろう。

話しているうちにドラゴンは体を大きく山側に曲げ、城から離れる進路をとり始めた。


「進路を変えましたね、こちらに来ないなら刺激しない限りは大丈夫だと思います」

兵士には一応こちら側の警戒を続けるよう指示する。

さっきより近くにくるようなら、ロニーのいう囮を出さなければならない。


「ん?」

ドラゴンの頭部の辺り、何かが飛んでいる。

大きな翼を持った鳥のようななにか、双眼鏡でも良く見えない。


「ロニー、あのドラゴンの側を飛んでるの見える?」

「んん?いやなんもいないだろ」


双眼鏡で覗き直すと、ドラゴンのほかは何もいない。

勘違いだったか。

とにかくこのままの進路を維持してくれるならそれでいい。


「いやーすげーもんみたわ」

あの場を兵士に任せて城内に戻る。

ロニーはそのまま兵士の訓練に練兵場に向かい、今はナターシャと城内を歩いている。

外回りですることは特にもうなさそうなので、書斎で色々やろうと考えている。


「私も見たのは久しぶりです」

「あんなのがいたんじゃあっちには行けないよな」

隣国が攻めてこようとも森に逃げ込めない理由。

魔物がいるとは聞いていたが、あんな大物がいたのではいくら軍隊がいても歯が立たない。


「ドラゴンってやっぱり色んな種類いるの?」

自分の世界では架空のものだが、色々な種類が存在した。

形や大きさも様々で、人間と共存していたり敵対していたりと多種多様だ。


「ええ、先ほどのものはグランドドラゴンといい、

翼を持たず陸上を移動するものはこれに当てはまります。

それからスカイドラゴン、前足が翼と一体になっていて、

当然空を飛びます、ワイバーンと呼ぶこともありますね。

他にも水中に住むものいるようですよ」

やはりいるのか。

しかも結構どこにでもいるようだ。


「大きなものは個体数も少なく、遭遇することも稀ですが、

小さいものでしたら昔は飼いならして馬の代わりに使ったそうですよ」

竜騎士とかいうのかな。

それとも竜騎兵か?

どちらにせよかっこいい。


「そういえば朝食には顔を出していませんでしたが、何かされていたんですか?」

「げ!?まじで!?食いそびれた!」

しかも食後の会議もすっぽかしている。


「ミルドさんが、ブラムさんは忙しいのだろうと言っていましたので、

朝の会議ももう終わっているかと、ロニーさんと私はその途中で兵士に呼ばれたんですよ」

うーむ。

今度時計を買おうかな。

やることがあって充実しているせいか、

時間が経つのが早い。


「あ、そうでしたそうでした」

ナターシャは俺の右手をとり治療魔法をかけてくれる。

自分でも忘れていたが、痛みがないというのは困りものだ。

痛みがないことで痛みの重要さを再認識する。


「あら、ちょっと治りが遅いですね。

重いものとか持ったりしてませんか?」

昨夜色々と持ち上げたな。

そういえばさっきハシゴも登った。

手で体を支えるから、物を持つのと大差はない。


「あー、うん、気をつけます」

「気をつけてくださいね、痛みはありませんけど、怪我人なんですから」

やんわりと叱られてしまった。


「はい、これでいいですよ」

治療が終わった手を見つめる。

怪我はしたくないが、魔法陣をみるのは面白い。

展開された魔法陣がゆっくりと回りながら、光を放つのは見ていて飽きないためだ。

子供の頃、油時計を見るのが好きだったが、その感覚に近い。


「あ、会議も終わってるってことは、メディとレルドに勉強教えなきゃだ。

ナターシャさんありがと!」

早足で書斎まで駆けていき部屋の扉を開けると、すでに二人はソファに座って待っていた。


「ごめん!すぐ始めよう!」

ソファに座る二人の向かい側に、椅子を引っ張ってきて、低いテーブルを挟んで座る。


まずは昨日の宿題を二人から受け取り、採点していく。

レルドのものは後半ほど正答数が多い。

やってるうちに慣れてきたのだろう。

メディのものは全問正解。


「うん、二人とも大分できるようになったね、

レルドもメディちゃんに追いついてきてるし、今日はまず桁についてだね。

二人とも数はそれなりに数えられるから、あとはその応用なんだ」

紙に一から十までを数字で書き、百、千、万と

その上の桁を続いて数字で書いていく。


「見ての通り、桁が一つ増えると、数は10倍になるここまではわかる?」

一気にやらずに、常に理解をしているか確認していく。

学校の授業についていけない生徒が、塾などに通うと成績が上がるのはこのためだ。

二人から返事が返ってきたのを確認して続ける。


「それでだね、桁が増えてくると0が多くて数えにくいでしょ?」

一万や十万も数字だけで表すといちいち桁がいくつあるのかを、

確認をしながら数えなければならない。


「だからこうやってね3桁ごとにカンマっていうのをつけるんだ」

『1000000』

紙に書いた百万という数字にカンマを打っていく。

『1,000,000』


「1個目のカンマの上は千、2個目のカンマの上は百万、

こうするとパッと見でその数がいくつなのか数えやすいでしょ?」

二人とも真剣に聞いてくれている。

いやはや教えがいがある。

居眠りばかりしていた中学時代の俺に見せてやりたいくらいだ。


「これなら数え間違えも減りそうですね」

レルドは感心したように手元の紙にメモをとっていく。


「これはどこまで続くの?」

おお流石いい質問だ。

子供のこういうところが俺は大好きでしょうがない。

そして意地でも答えてやる。

小学校の時に、似たように授業中質問をしたら、

それは上の学年でやることだから今は教えられないと言われた。

質問の内容そのものは忘れてしまったが、

そうやってはぐらかされたことにショックを受けた。


「いい質問だぞメディちゃん、これはね無限に続くんだ」

無限という言葉に首を傾げている。


「無限というのはいつまでも、ずっと続く終わりがないってことなんだ、

数が多すぎて、人間じゃ一生かかっても数えられないくらい沢山だ。

夜空の星があるでしょ?あれの数も無限だよ」

昔は星の数は大体数億だと言われていた。

だが時代と科学が進歩するにつれ、新しく観測されたり、

今までの常識が覆ったりしていき、予想される星の数はどんどん増えていった。

ハッブル宇宙望遠鏡の発見した深宇宙の銀河がいい例だ。

今まで何もないと思われていた場所を、ハッブル宇宙望遠鏡で長い時間を掛けて観測した結果、

無数の銀河がそこに存在すると観測された。

今では数億は一つの銀河に内包される星の数にも及ばず、一つの銀河で二千億の星が存在し、

さらに銀河は宇宙全体で千億存在していると言われている。

しかも最新の理論では宇宙そのものも無数に存在するのだとか。

当然実測できないので、計算上そうなるというものだが。



「そんなに続くんじゃ数えられないね」

難しそうな顔をしている。


「そうだね、でもほら、今は数えられるでしょ?

カンマが三つでもう十億って桁になる。

十億なんて日常じゃ使わないからね」

先ほど桁を書いた紙についかで書いていく」

千の後は、その桁を一万集めると次の桁になると教える。


「それでね、数が多くなると計算が難しくなるから、

紙にこうやって2段重ねて・・・・」

筆算のやり方も学校でならったものを教える。

我流よりもしっかりとした基礎の方がいいだろう。


その後も質問に答えながら教えていき、

気がつけば昼食の時間だ。


「おっと、そろそろ飯か」

朝食を食い損ねているので、いい加減腹が減ってきた。

眠気も強いが、コーヒーでごまかしている。


勉強を切り上げて食堂で食事をとる。

テレサの姿がなかったのは、外の子供達と食事をしているのだろう。

聞けばミルドも途中から応援に行くらしいので、孤児は保護するように伝える。

ついでに余った金も返却する。


「おや、随分と残りましたな。一割も使ってないのでは?」

ミルドは袋の中身を見てから言うが、一割は言い過ぎだ。

中の銀貨の数は三割は減っているはず、その証拠に袋の見た目も小さくなっている。


「いやもっと使ったよ」

「しかし金貨は減ってないように見えますが」

金貨?

金貨なんて入ってないだろ。


「ほれ」

ミルドが袋に手を突っ込み、銀貨を掻き分けると金貨が顔を覗かせる。

以前メディから聞いた金貨の価値は銀貨の10倍。

それが袋の下半分を埋めている。


「うっわ・・・気がつかなかった、これいくらあんの?」

「200枚ほどですな」

えっと、銀貨が大体1万円くらいだから、

10で・・・・。

二千万!?

落とさなくてよかった。

いや本当よかった。


「こんなにいらねーって!てか俺にこんなに渡して財務とか大丈夫なのかよ!」

信用して預けられたのだろうが、

金額が金額のためミルドに向かって文句を言う。


「重税が続きましたからな、金だけは豊富ですじゃ。

極々一部のそのまた一部の一部です。

それにブラム殿なら賭け事に使うようなこともないでしょう」

信用されてるってのも怖いな。


「そんなにか、本格的に国民への還元方法考えないといかんな」

いっそ配るか?

一人銀貨5枚とか。

いやいや、今は商売を自由にしたばかりだ。

そんなことしたら一気に物価が高騰して、収入もないのにインフレだ。

安いはずの食料も高騰して、貧困が加速するだけだ。


「まぁ一気にやろうとせずとも、まずは税金を下げるだけでよいのでは?」


ふむ。

それもそうか。


「ならこうしよう、現行の税は全部撤廃して、

様子見で一年は衣食住は課税なし、贅沢品だけを課税対象にしようか」

「ええ、ではそのように進めましょう。これの残りも自由に使ってくだされ、

ほれあれですじゃ、テレサ殿との指輪もまだですじゃろ?」

「あ・・・・」

それも完全に忘れていた。

そういえば書類もまだだ。

やばいな。

書類だけでも今日中に出してしまおう。


「書類、あとで部屋に持ってきてくれないかな」

「ええわかりました、見届け人の欄は書いておきましょう」

ミルドと別れて部屋に戻る。


「さて、税金の大枠はさっきのでいいから、細かいところは任せよう。

目下の問題は兵舎と孤児院の飯だな」

状況を紙に書いて整理していく。


今日のところは女将さんの提案で問題ない。

なので明日以降だ。


まず女将さんたちの働いてる給仕場は、

本来学校に併設するので、いずれは城下町のほうに移動する。


女将さんのいう誰かをあそこから送るというのも、

スパイの関係から城門横だけとなった。


「いっそあれか、城門と城の間は出入り自由とかできないかな」

城に入る扉には警備を常時つけてしまえばいい。


「そうだよ、スパイも何も調理人だって外から通ってんだから今更関係ないじゃん」

城の中に自由に出入りされなければ問題ないはずだ。

その方向で紙にメモをして、アリアの許可を後で貰いにいく。


「お茶をお持ちしました」

扉がノックされてダリスが入ってきた。


「お、朝の」

丁寧な仕草でコーヒーを淹れてくれる。

挽きたてのコーヒーが飲めるって幸せ。

インスタントやチェーン店のものとはぜんぜん違う。


「ブラム様、少し顔色が優れないようですが?」

寝てないからクマでもできているのかな?

しかしよく気がついたな。


「昨日寝てないんだよ、一日くらいは大丈夫だから心配せんで大丈夫」

「左様ですか、ブラム様はこの国にはなくてはならないお方、

あまり無理はなさいませぬようお願い致します」

ダリスとまともに話したのは今朝が初めてだったはずだが、

なにか聞いているのだろうか。


「ん?なんか聞いてるの?」

コーヒーを淹れた後は、部屋の隅に置いてある花瓶の花を変えている。

その姿は理想の執事そのものだ。

さぞかしモテるだろう。


「祖父のミルドより伺っております。」

「そふうううううううう!?」

コーヒーを吹き出しそうになるがぎりぎりで耐えた。


「はい。アリア姫を救って頂いたことや、国を救うため尽力していただいていると伺っております」

まじまじとダリスを見るが、似ているところがない。

えーまじかー。

あの爺さんの遺伝子からこれが完成するの?

ハゲちゃうの?


「うーむ、人にそういうこと話されてるってのを聞くと、なんか照れくさいな」

「ご謙遜なさらなくてもよいかと」

謙遜じゃなくてなんかこうむず痒いというかね。


「ダリスさんも結構いろいろ仕事してるの?」

少し使用人の普段の仕事が気になった。

女中となにが違うのだろうか。

それとも呼び方の違いで、内容は同じなのだろうか。


「主人やその周りの方々のお世話の他には、城の雑務全般をこなしております。

以前は祖父の手伝いもしておりましたが、ブラム様がお越しになってからは仕事に集中できております」

この堅苦しいしゃべり方も、ダリスには妙に似合っている。

むしろこの方がいい。


「休みとかってどうなってるの?」

勝手なイメージだが使用人とか執事とかって365日休んでいない気がする。

主人より先に起きて、主人より後に寝るとかそんなイメージ。


「私などへのお気遣いは無用でございます。どうかご自身の職務に専念なさってください」

テンプレート回答きたよ。

まさに執事の鑑ってやつか。

だが負けんぞ。


「それを聞くのも俺の仕事なんだ、助けると思って教えてくんない?」

ダリスの言葉を逆手にとって言いくるめる。

これなら教えてくれるだろう。


「そういうことでしたらお答えいたします。

休日という意味でしたら二ヶ月ほど前に二日頂きましたので心配はご無用です」

「休めよアホ」

俺の即答にダリスの表情が一瞬崩れるが、本当に一瞬だった。

言われたことがわからないとそんな感じの表情だった。

二ヶ月前に二日だけとかどうなってんだ。

どこの社畜だ。

ブラック企業大賞にノミネートされるわ。


「いい機会だから洗いざらい教えてもらおうか、他の使用人とか女中さんもそんな感じなの?」

だとしたら不味いなんてものじゃない。

1日寝てないとか言ってる場合じゃない。


「いえ、女中の方々に関しては年に数度まとめて暇を与えられているようです。

使用人も同様ですが、私は暇をいただいてもやることがございません。故にご奉仕を続けている次第です」

あー、そういう契約か。

船乗りなんかと似てるな。

一旦船に乗ったら数ヶ月は休みなし。

丘に戻った時にまとめて休みをもらうって形か。


「なるほど、まとめて貰ってるなら他の人はいいよそれで。

でもダリスさんちょっと働きすぎじゃない?」

「好きでやっていることでございます。どうかご容赦を」

確かに休みの日に自分の意思で、

それもそうするように誘導されるわけではなく、

完全な自由意思で働いているなら、こっちが口出しできる問題じゃない。

もっとも自分のいた世界では問題なのは言うまでもないが。


「うーん、まそういうことならいいけどさ、あんま無理しないでね」

「お気遣いありがとうございます」

「失礼いたします」

扉をノックし、ユリアが入ってきた。

返事を待たないのは、来客時以外はノックさえすればそのまま入っていいとレルドに伝言を頼んだ結果だ。


「どしたん?」

お茶はダリスが持ってきてくれた。

なにか急用だろうか。


「はい、手が空いてものですからミルド様に伺ったところ、ブラム様のお手伝いをするようにと」

そういえばメディは自分の秘書にするとか言っておきながら、結局勉強教えてるだけだな。


「んー、とくにはないんだけどなぁ」

手伝いと言われても書類しかない。


「なんでもしますよ?」

可愛い女中さんになんでもしますとか言われる日が来るとは思っていなかった。


「あ、ユリアさんって城下町詳しい?」

「ええ、人並み程度ですが把握しております」

「それじゃさ、ちょっと見て回りたいから付き合ってくんない?

商売自由にしたし、混乱もあると思うから覗いておきたいんだ」

朝の商人の件がある。

絶対に何かしらトラブルが起きているはずだ。


「わかりました」

ユリアの返事の後にダリスも行くと言いだす。


「そういうことでしたら、私めの同行もお許しください。

ブラム様の身に何かあっては一大事です」

ダリスの提案に二つ返事で返答をする。

兵士を護衛として連れて行くよりも数段ましだ。


「おっけー、頼むわ。ただし二人とも私服に着替えてきてね。

10分後に城門前に集合!」

私服の意図はわからないようだったが、返事をして二人とも部屋から出て行く。


「さて、メモ帳くらいは持っていくかな」

自分も身支度をしてから部屋を出る。



ーーー


「お、きたきた」

ダリスの格好は一般的なものなのだろうが、素材が良すぎてモデルのようだ。

ユリアはシャツにパンツルックだ。

おしとやかなイメージだったので、少し意外だ。


「まずはどちらに?」

「商店街みたいなところある?そこ行きたい」

ユリアの先導にダリスと二人で続く。


ーーーー


城下町・商店街


「おー、活気あるなー」

商店だけでなく、露店のようなものもたくさん並んでいる。

大通りは人がいっぱいだ。

露店の店主は大声で宣伝をし、客引きをしている。


「あらすごい」

ユリアも驚きの声を上げている。


「普段はこうじゃないの?」

その質問にはダリスが答えた。

顔はこちらに向けず、あたりを見回している。


「普段は露店もありませんし、なんと言いますか、閑散としています」

ふむん?

普段通りではないと、

それは意味がないのだが二人も驚いているようなので、

近くの露店のおばちゃんに聞いてみる。


「いらっしゃい!野牛馬の串焼きだよ!一本どうだい?」

油の滴るジューシーな肉がいくつも焼かれている。


「んじゃ3本ちょうだい、それとちょっと聞きたいんだけど、

この露店いつもないんでしょ?なんかあったの?」

串焼きを受け取りながら質問をする。

受け取った串焼きは油が乗っていて美味そうだ。


「なんだあんた知らないのかい?商売自由になったんだよ!

昨日から噂はあったんだけどね、ほらあそこの看板に乗ってるよ!」

おばちゃんの指差す看板には、でかでかとこう書いてある。


『商売は自由とする。ただし、他者に迷惑をかけないことが条件。レイレルド国』


「それが露店となんの関係が?」

自分で決めたことだ。

看板の内容自体は知っている。


「馬鹿だねあんた、自由ってことは商人会に持ち込んで買い叩かれないってことさね!

この肉も今朝閉めたばっかりで新鮮だよ!」

一本2ポンドだというので、6ポンド払ったら、

うしろのにーちゃんかっこいいねと一本おまけしてくれた。

本当に食材は安いな。

あと俺はかっこよくないらしい。



「あたしも昼前からやってるけどね、いやはやありがたいねぇほんと。

今日の売上だけで一週間は子供らに腹一杯食わせてやれそうだよ」

「あー、なんかこう軽いお祭り気分で財布の紐緩んだりしてるのか」

露店のおばちゃんにお礼を言って、後ろで覗いていたダリスとユリアに串を渡す。

もちろんダリスには二本だ。

大きな肉にそのまま食いつく。


「うま!この味と量で2ポンドかよ!」

ユリアも美味しそうに食べているが、

串焼きを両手に持ったダリスはそのまま食べようとしない。


「ダリスさん食べないの?もしかしてベジタリアン?」

だとしたら残りも俺とユリアで食べるだけだ。

ちょうどいいおやつ代わりだな。


「いえベジタリアンではありませんが、職務中ですので立ち食いはどうかと悩んでおりました」

こういうところは固いな。


「いいんじゃね?俺が買って渡したんだし問題ないっしょ」

自分で勝手に遊びに来て買い食いしたのならまだしなと付け加えておく。


「そういうことでしたら、ありがたくいただきます」

ダリスは無表情で串焼きを食っている。

うまいのか不味いのか、表情だとわからんなこりゃ。


「よし、このまま向こうまで行こう」

立ち食いをしながら大通りを奥まで進むと、見知った顔を見つけた。

昨日の商人会の代表だ。


露店の人となにやら揉めている。

揉め事おこすの好きな人だなぁ。


「どったの?」

すぐ横に立ち声をかけると、代表は親でも殺しそうな目で睨みつけてくるが、

露店の人はいぶかしげだ。


「貴様には関係ない、ほっといてくれ」

恨まれたもんだな。

当然といえば当然だがそうもいかない。


「そっちのあんたどうしたんだ?」

露店の人に問いかける。

代表が無視するならこっちに聞けばいいだけだ。


「なんだあんたは?まぁいいけどよ。

どうしたもなにも俺はここに露店を出そうとしているだけさ。

そしてらこの人がな、そこに出されたらうちに人が入らないって因縁つけてくんのさ」

通りに面したこの建物が、代表の持ち家件店といったところだろうか。


「ああ、これあんたの店か、立派だねぇ・・・・俺はあれ、商売自由って決めた本人だよ」

詳しく名乗る気はないが、これくらいは言ってもいいだろう。


「あんたが?なりは普通だけどお偉いさんだったか、こりゃ失礼。

んじゃこの御仁に言ってやってくれませんか?

この場所は天下の往来、道のどこに出そうと看板通り自由だってね。

いやーほんとうにありがたい!」

ふんぞり返って俺には強い味方がいるんだと、商人会の代表を指差している。

代表はというと、悔しそうに歯噛みしている。

自分達の商売を邪魔した張本人が、目の前で揉めている男の味方についたのだ。

悔しくないわけがない。


「いやだめだよ、移動して」

「「え?」」

露店の人も商人会の代表も素っ頓狂な顔をしている。


「え、じゃないよ。すぐ移動して。

看板にも書いてあるでしょ?人に迷惑かけるなってさ。

こんな入り口の真ん前に露店出されたら、この人の店にお客さん入れないじゃん」

ほれさっさといけと手で追い払う。

予想通りこういう問題が発生した。

大枠はすぐに決められるけど、細かいところはこうして調整しなければならない。


「あんた・・・なんで」

商人会の代表が怪訝な顔で問いかけてくる。

自分の敵ではなかったのかと。


「なんでって看板に書いてあるでしょ、そのまんまだよ。あ、ちょうどいいや」

この人通りで、もめていれば嫌でも人目につくし、

聞き耳をたてるものもいる。

それどころかちょっとした人垣になっている。


「聞こえたよねー?だめだかんねー?ちゃんとお店や家の人に許可もらってねー」

それだけ言ってから商人会の代表に向き直る。


「代表してるくらいだし、いろんな人に顔効くでしょ?

自由商売にはしたけど、無法地帯は勘弁だからさ。

ちょっと頼まれてくんない?通りに面した家とか店の人には、

自分の家の前に露店出させる代わりに金とっていいって伝えてね。

上限は当日の純利5%まで。はいそのために必要な経費」

財布から金貨を一枚取り出して代表に握らせる。


「・・・・あんた商人が憎いんじゃないのか?

昨日は他の連中も散々な目にあったと言っておったぞ」

練兵場でしごかれた奴らかな?


「なんでそんな話になってんの?いやまぁなるかもしれんけど、

俺はこの国を良くするようにしてるだけだよ。

商人に恨みなんかないよ。・・・・あ、ごめんあるわ。

うちの女中騙してたやつとかいたわ。

ま、それはもういいとしてだ。

いい?人を騙すんじゃなくて迷惑をかけないように、儲けなさいってこと。

不適切な値段や詐欺は相手に迷惑かけてんでしょ?」

それでも納得できないような顔をしているが、

こちらとしは納得させる必要もないので切り上げる。


「その金、ちゃんと連絡とかで必要なものに使えよ?んじゃよろしく」

ダリスとユリアを連れて、少し向こうの美味そうな焼き物屋に向かう。

実はさっきから気になっていた。

遠目にはチャーハンみたいだけど、いろいろ入ってそうなんだ。


「必要なものに使えか・・・・舐められたものだなわしも」

あの青年は、釘を刺さねばこの金をわしががめると思ったということだ。

だから言われた。

そして言われるだけのことを今までしてきたということだ。

少なくともあいつにはそう思われている。

商人としてこれ以上の侮辱はない。

金だけ取ってはヤクザや盗賊と同じだ。


「おいばあさん!少し出てくる!・・・・・・仕事だよ!店番頼んだぞ!」

渡されたのは金貨。

つまりこの大通りだけではない、他の家にも知らせてやれと暗に言われたのだ。

さっき言われたことを書面にまとめて、印刷屋に駆け込む。


ーーー


「これもうま!プシュコーシスの肉?なんか知らんけどうまい!」

焼き飯のような中に肉がゴロゴロ入っている。

もうこれだけでお腹いっぱいになりそうだ。


「おっちゃん、これ10個くれ」

包みに入れられた焼き飯を持ってさらに街の奥を目指す。

ユリアの案内ではこの向こうに古い橋があるらしい。

その橋が目的地だ。


「ブラム様、こんなに買い込んでどうするのですか?」

ダリスとユリアの手にも露店で買った食べ物が抱えられている。


「んー、定番というかテンプレというかまぁついてくればわかるよ」

角を曲がると、街中の小川に橋が架けられている。

景観としてはとてもいいが、それは目的じゃない。


「ブラム様、そこを降りては橋の下に出てしまいます」

「あってるあってる」

橋の横にあった折り返しの階段を降り、橋の下に入ると目的のものを見つけた。


「お、いたいた」

孤児の群れ。

人を群れと表現していいのかわからないが、

とにかく七人ほどの身寄りのない子供が寄り添っている。

そしてこちらを見つけて警戒している。


「あー大丈夫大丈夫、なんもしないから。

あのさー腹減ってんだろ?これ食いなよ」

手に持っていた露店の飯を地面に置く。

それ以上は近寄らない。

こういう孤児というのは大人を警戒するらしいし、実際に警戒されている。

いままで虐げられてきたからだ。

身寄りを無くし、物乞いをするこの子供達に手を差し伸べる人間はいない。

他の人間も今まではそれどころではなかったのだ。

王都の大半の人間は、自分達が食うので精一杯。

裕福なのは極一部。

物乞いをしても食べ物をくれるのは女将さんのような人格者だけだろう。


「むぅ、思ったより警戒心強いな」

一向に近寄ってこない。

逃げるわけではないがこちらにもこない。


「私が持って行きましょう、女の身ですから子供もそこまでは警戒しないと思います」

ユリアの荷物を受け取り、先ほど地面に置いた食料を運んでもらう。


「大丈夫よ、ほら、あの人は変な人ですけど怖い人じゃないんですよ?」

孤児の前に持って行き優しく話しかけている。


「ダリス・・・俺って変な人?」

「・・・・・・珍しいお方です」

「・・・・・・・・・・・・・・・・」


子供達はユリアが渡した食事を一斉に食べだしている。

そうとうな空腹だったのだろう。

孤児たちが食べ始めたのを確認してからこちらに戻ってくる。


「食べてくれましたが、これだけですか?」

これだけとは用件はこれだけかということだ。

もちろん違う。


「伝言頼むよ、城に孤児院建てたからそこにおいでってな」

「わかりました」

子供達のところに戻ったユリアは、身振り手振りを交えながら説明をしているようだ。

そこに自分達が降りた側とは反対から、身なりの汚い男が近寄ってくる。

浮浪者のような出で立ちだ。


「お、ここはいたな。

ってなんだねーちゃん、こまるなーこいつら甘やかしちゃ。

おいお前ら、何食ってやがんだ。まずは俺に上前をよこしてからだろ?

また叩かれたいのか?」

子供達は恐怖に身を固めて縮こまり、

今まで食べていたものを差し出している。


「いいえだめです!これはこの子たちにあげたんです!」

ユリアが仁王立ちで立ちふさがっている。

まったくああいうのがいるから、ますます孤児が大人を警戒するようになるんだ。

っていうかムカつくからぶっとばす。


「ダリス、ちょっとあいつぶっ飛ばしてくるから荷物よろしく」

「いえ、私が行きます。少々虫の居所も悪くなりました」

無表情だが、確かにムカついているようだ。

まともな精神があれば、飢えた子供から食べ物を取り上げる様を見せられれば、

腹がたつのも当たり前だ。


ダリスは荷物を抱えたまま走り出し、男に向かっていく。

そして僅かに勢いを殺してから蹴り飛ばしている。

一応手加減だろう。

「ぎにゃ!?」


「あれー?ダリスってあんなにつよいん?」

ここからユリア達までは10メートルほど、

それをほぼ一瞬で走りぬけ、蹴られた男は3メートルほど吹っ飛んだ。

とりあえず子供達になるべく近寄らないように、

脇を通り抜けて吹っ飛んだ男のそばに立つ。

後ろではユリアが子供達を安心させ、食事をしても大丈夫だと伝えている。


「おーい、おきろーへいゆー、あーゆーおーけい?・・・・・このまましばき殺すぞ」

胸ぐらを掴んで顔を何度かひっぱたく。

気絶していないのはわかっている。

近寄るときにかすかに目を開けて周りを伺っていた。


「いででで!わかった!もうしないから勘弁してくれ!」

「いーや勘弁しない、死ぬまでどつき回す」

「や、やめてくれ!たのむ!」

手で頭部をかばっている男の胸ぐらを離し、立ち上がる。


「さっきここにはいたなって言ったよな、全部吐け。そしたら牢屋で勘弁してやる」

死ぬのと牢屋どっちがマシか。

言わなければ本当に殺しても構わないと思っている。

そうすればこいつが他の場所で、子供から食べ物を取り上げることはなくなるからだ。

俺の目が本気だとわかったのか。

男は洗いざらい吐いた。

他の孤児の場所、寄り付く店、逃げる先。

今日は朝からいくつか回ったが、ほとんどの孤児がいなかったこと。


「よしわかった、んじゃどうすっかな」

「私が近くの駐屯所まで連行いたします。大変申し訳ありませんが荷物をよろしいでしょうか」

ダリスから荷物を受け取る。

結構な重さだ、こんなのを持ったままあんな動きをしたのか。


「ブラム様、子供達がお城にきてくれるそうですよ」

ユリアがこちらまで報告に来てくれた。

説得に成功したのか、ユリア連れてきてよかったわ。


「俺あっちに行っても大丈夫かな」

「はい、食事を買ってくれたのはブラム様と教えたら安心したようですよ」

一生懸命食事を頬張っている孤児に質問をする。


「食べながらでいいからね、もう取るような奴はいないから。

他にも君たちみたいな孤児はいる?あ、そっちの子食べ終わってんな、これも食え食え。腹一杯になってしまえ」

牛だか豚だかわからない家畜の串焼きが入った袋を丸ごと渡す。

たしか豚牛とか言ってたよな。

その前は野牛馬だったか。

合挽き肉とは違いそうだし、どんな生き物なんだろう。


「いるけどみんな王宮に行くって、行っちゃったんだ。

でも僕たちはまた大人の嘘だって思って・・・・」

他のことは多少の取りこぼしは許容できるかもしれないが、

孤児に関してはダメだ。

子は国の財産というからな。


「そっか、そりゃまぁ仕方ないな、でもこのお姉ちゃんとか、

さっきの強いお兄ちゃんは信じて大丈夫だからね。

そんで俺は子供にはちゃんとした生活をしてもらいたくて、

お城に孤児院を作ったんだ。だから夕方までにお城まできてくれるかな?

もちろん明日でもいいぞ?いつでも歓迎だ。

でな、他にも君たちみたいな子がいるなら一緒に連れてきてほしい」

ユリアも大丈夫よと説得してくれる。


「うん、わかった」

「よし、いい子だ」


子供達に飯を食わせながら、どのくらいこういう生活をしているのかなどを聞いていると、ダリスが戻ってきた。


「お待たせしました」

「お、んじゃさっき聞き出した場所に行こうか」

最後にもう一つ食料の袋を置いてきてから、男に吐かせた場所を二人を連れて訪ねて回る。

もちろんその間も街中の人に孤児はいなかったか聞いてみる。


10箇所ほど回ったが先ほどのような子達は1件だけだった。

餌で釣り、ユリアに説得を頼む。

とにかく腹を膨れさせてからお城に来るようにお願いする。

寝るところも食事も出すと。

時間はかかったが、なんとか成功し時刻は夕方。


「そろそろ暗くなってきたし帰るか」

露店で買ったものは綺麗さっぱり孤児が食べてくれた。

おかげで帰りの身は軽い。


城門まで辿り着き、二人と解散する。


「一回風呂入ってこよう、それから孤児院の様子を覗きにいくか」

服の臭いを嗅ぐと若干臭い、孤児達の臭いが移ったのだろう。

部屋に戻り浴室に入る。


「本日二度目か」

烏の行水に近いが、石鹸でちゃんと体を洗ってから出る。

匂いがついた服を着替えて孤児院まで行くと、

ミルドとレルドが建物の外に孤児達を集め何かを喋っている。

よく見ると女将さんもいる。


「よーどうした、なんで中に入れないの?」

揉めている雰囲気ではないが、気にはなる。


「あ、ブラム様、まずはお風呂にと思ったのですが、

それでは廊下が汚れてしまいますのでどうしようかと相談していたのです」

みると孤児達は結構汚い。

ちょっと汚れる程度では済まないだろう。

それがざっとみて六十人ほどだ。

予想より少ないが、まぁ明日以降まだ増える可能性はある。


「あたしゃ外で水ぶっかければいいって言ってんだけどね」

女将さんは性格通り大胆なアイディアだな。


「いやいや、そんなことをしたら風邪をひいてしまいますぞ。

みな痩せていて体力も低いはずです、風邪が命取りとなってもおかしくありません」

ミルドのいうことはもっともだ。

肺炎にでもなったらそれこそ大変だ。


「おー、近くで見ると立派だな」

ロニーが兵士を連れて孤児院の見学に来たようだ。

連れの兵士は毛布を抱えている。


「ミルドさん、毛布持ってきたぜ。とりあえず10個な。随時こいつらが運ぶからさ」

親指で後ろの兵士を指している。


「お?なんだブラムもいんじゃん、なにしてんだ?」

さも今気がつきましたという反応。

表裏のないロニーの性格だ。

本当に今気がついたのだろう。


「いやあまりにも汚いからどうやって風呂に入れるか悩んでいたんだよ」

「あん?ふつーに入ればよくね?」

「だからそうすると廊下が汚れまくるからって話しなの」

「じゃここで水ぶっかければ?」

「そうすると風邪ひくだろ!」

「じゃ窓からいれればいいんでない?」

「それだと!・・・・・おまえ頭いいな!」

ツッコミ漫才のようなやり取りの最後に、いいアイディアがロニーの口から出る。



「少ないしまずは女の子からだな、レルドは中でこの子ら洗ってやってよ」

決まってからは早かった。

風呂場の窓からロニーが子供を風呂場に突っ込んで、

レルドが服を脱がして隅々まで洗っていき、

応援に駆けつけたユリアが脱衣所で新しい服を着せて部屋に案内する。

女将さんが弁当を食わせてから、安心してゆっくり寝ろと毛布を渡す。


「さてと、ん?どした」

服の裾を近くの男の子に引っ張られて、しゃがんで視線を合わせる。


「え?なに?お姉さんに裸を見られるのが恥ずかしい?」

あんな美人に体の隅々まで洗ってもらえる機会なんて、

一生のうちにあるかないかだというのに!

とまぁ冗談は置いておいて。


「おーい、ロニー!女の子終わったらレルドに兵士と変わるように言ってくれー!」

手を振ることでこちらにわかったと伝えてくる。

あ、頭踏み台にされて怒ってる。


「大丈夫そうですな」

「うん、あとは任せたよ」

ミルドに後を頼みその場を後にする。


一度書斎に戻り、昼間に書いた書類を手に取る。

自分が作成したものとは違う用紙に気がつき手に取ると、結婚の届け出が置いてあった。

ミルドに頼んでおいたものだ。

あとは俺とテレサがサインをして、この場合はアリアに承認して貰えば、書類上は夫婦と認められる。


結婚届は一度寝室に置いてから、城壁と城の間の出入りに関する書類を持ってアリアの部屋を訪ねる。


「アリア、相談したいことがあるんだけど」

「どうぞ」

声をかけてすぐに返事が返ってきた。


「これなんだけど」

とくに椅子には座らない。

すぐに夕食だろうし、長居もするつもりがない。


「どうかな、スパイとかも城の中にさえ入られなければ問題ないと思うんだ」

書類を読みながらアリアは考えているようだ。


「そうですね、問題ないと思います・・・・・そうだ。孤児院を作られたのでしょう?どうでしたか?」

アリアは書類にサインをしてくれている。

これで孤児と兵舎の食糧事情は解決できるだろう。

毎日外から通って貰えばいい。


「60人ほど集まったよ、ただ街にはまだ残ってるだろうし、増えると思うよ」

サインしてもらった書類を受け取る。


「・・・・・もしかして昨日徹夜か?」

アリアの目には少しクマができている。


「ええ、少しでも沢山と思って、気がついたら明け方でしたわ。

今日はちゃんと寝るから大丈夫ですよ?」

説教は不要だろう、俺が見てわかるのだから女中などにはすでに言われているだろう。

そもそも自分も徹夜だ、偉そうに寝ろなどとは言えない。


「そういうブラムさんもでは?目が充血していますよ」

おっと、そこまでか。


「俺も今日はゆっくり寝るよ」

「そろそろ夕食ですね、食堂に参りましょう」

アリアと二人で食堂に向かう。


「そういえばさ、テレサに指輪を送ろうと思うだけどいい店とか知らないかな」

婚姻届は明日サインをもらって終わりだが、

指輪はどうすればいいのか実はよくわかっていない。

この国にそういう店があるのかもまだわからない。


「あら、でしたら王族御用達の職人に頼んだらよいですわ」

そういうのがあるのか。

テレビでイギリス王室御用達の店は見たことがある。

王室御用達というからさぞ豪華なのかと思いきや、

街中の小さな店舗で、なんと200年も前から王室の貴金属を収めているとか。


「でもそういうところ高いんじゃないのか?」

ミルドにもらった金がすっ飛ぶくらいの値段だったらどうしようもない。


「そうでもないですわ」

「ほんとうに?姫感覚で大したことがないってことじゃないよね?」

「あら、ブラムさんは私のことをなんだと思っているのですか?」

「姫だってば」

笑いあいながら食堂の扉に差し掛かると、反対からちょうどテレサもやってきた。


「あ、テレサ、あとで・・・・あれ?」

テレサはこちらを一瞬見ただけで食堂に入っていってしまう。


「ブラムさん、なにかご機嫌を損ねるようなこといたしました?」

思い返すがとくになにも思いつかない。

そもそも昨日から寝ずに動いていた。

機嫌を損ねるようなことは何もしていないはずだ。


「いや・・・心当たりないけど・・・」

とにかく食堂に入りいつものメンバーで食事をとった。

隣に座るテレサは他のメンバーと談笑をしていたが、終始こちらに話しかけることはなかった。


食後、先に部屋に戻るとテレサは退室し、ロニーが緊急会議だと会議室に皆を集めた。


「ブラム、おまえなにしたんだよ。テレサは元が美人だからちょーこわいよ」

笑顔で談笑していても不機嫌なのはロニーにも伝わったのだろう。

文句を言われてしまった。


「さっきアリアにも言われたんだけど、心当たりないんだよなぁ」

腕を組んで考え込む。

そもそも機嫌が悪いのは俺のせいなのか?

いや多分そうなんだろうけど、心当たりがなさすぎる。


「しかし、先ほどの怒りといいますか、その矛先は明らかにブラム殿ですぞ?

お昼にテレサ殿に会った時はそのようなこともなかったですぞ。

ちと今日の行動を思い返してみてはどうですかな」

ミルドのいつからという問いかけに、一つ一つ声に出して思い出す。


「えっと、今日は朝まで孤児院のことやってて、ドラゴンやらなんやらで朝食食い損ねて、

いつも通り昼まではレルドとメディの勉強見て、午後はダリスとユリアを連れて城下町に行って、

帰ってきて孤児を風呂に突っ込んでさっきそこで会ったらあーなってた」

「おお、あれはユリアとダリスでしたか、

・・・・・・そういえばテレサ殿にブラム殿の隣の女性は誰かと聞かれましたが、

遠目だったのでわかりませんとお答えしましたな」

ミルドは右手を拳にして、左手のひらを叩きながら答えた。

ロニーは頬杖をついてあーあ、という感じだ。


「おまえそれ完全に浮気したと思われてるよ、ご愁傷様」

心底気の毒だと、死んだなと。


「はぁ〜!?、いやいやダリスも一緒だったし、確かに露店で買い食いとかしてたけど、

やましいことなんか何もないって!」

大声で否定をする。


「あの、私から誤解を解いておきましょうか?」

お茶出しなどをしていたユリアが心配そうに提案をしてくれる。

でもそれってどうなんだ。

浮気相手と思っている人に浮気じゃないと言われて納得するか?


「あ、でしたら私もお部屋に行きますわ、心配ですし」

「わしも行きましょうかの、あの場で答えられなかったわしにも責任がありますゆえ」

ユリア、アリア、ミルドの三人が立ち上がり会議室を出る。


「え、みなさんまっ」

ナターシャが制止の言葉を発しようとするが、幸いにもそれは必要がなかった。


「まことに恐縮ですがどうかお考え直しを」

会議室の扉を開けると、ダリスが立ちふさがり頭を下げて皆を止める。


「立聞きなどするつもりはございませんでしたが、まずはその非礼を謝罪させていただきます」

この丁寧すぎる動作がダリスにはよく似合っている。

仮にもう少し砕けた態度でこられたら、違和感を覚えるかもしれない。

いや間違いなく違和感を覚える。


「それはいいですけど、どういうことですか?」

先頭を切って扉を開けたアリアは特に不機嫌になることもなく、

目の前のダリスに問いかけを行う。


「失礼ながらこのまま皆様を行かせては、良くない結果となると判断いたしました。

ブラム様、テレサ様のためにも何卒お考え直しをお願い致します」

ユリア、ミルド、アリアの三人に言うというよりも、主人であるアリアに向けて発せられた言葉。

その言葉にナターシャがつなげる。


「その方、えっとダリスさんの言う通りですよ、一度座りましょう?」

置いてけぼりを食っている感じだが、自分とテレサのために皆動いているので、

どちらの味方にもつけない宙ぶらりんな状態だ。

ナターシャがダリスの言葉を肯定したことで、

アリアの前に立ちふさがったことを咎めようとしたミルドも、しぶしぶながら扉から離れて席に着く。


「なになにどゆこと?」

状況が全く飲み込めていないロニーは近場のレルドに問いかけているが、

レルドもパッとしないようだ。


「アリア姫、ユリアさんを連れて誤解を解きに行くというのは、

してもいないブラム様の浮気を肯定するようなものです。

お二人の今後に許容しがたい摩擦を生む結果となりかねませんので、どうかお考え直しを」


「そうですよ、テレサさんだって浮気をされたって言ってないじゃないですか。落ち着きましょう?」

二人の言う通りだ。

テレサは一言もそんなことは言っていない。

そこに浮気の誤解を解きにきたと言われたら、逆に浮気したのかとなりかねない。


「だれだよそんなこといったの」

おめーだよロニー。


「確かにそうかもしれませんが、他に心当たりもありませんし、

誠心誠意お伝えすればちゃんと聞き入れてくれるのでは?」

珍しくアリアが食い下がっている。

いや俺の前では珍しくが正しい。


「それはわかりませんが、浮気をしたと思い込まれてしまっては・・・」

ナターシャの言葉はもっともだ。

そもそも浮気うんぬんが俺たちの憶測だし、本当は別の理由があるかもしれない。


「大丈夫ですよ、私もユリアもミルドも善意で行っているのですから、

悪い結果にはなりませんよ、きっとテレ「アリア姫」

アリアの発言を遮り、普段は抑揚のない言葉で話すダリスが、珍しく言葉に力を込めた。

声量は普段と変わらない、だが意志の強さが言葉に乗っている。

なにより、主人の言葉を遮るという行為までしている。


「思慮のない善意は害悪です」

そのはっきりとした、覆しようのない、

こればかりは譲れないという確固たる意志のこもった発言に皆が静まり返る。

ミルドやユリア、レルドも固まっているところを見ると、

彼らもこのようなダリスを見たことがないのだろう。

それほど珍しく、そして意外な行動だったのだ。

ダリスの放った言葉。

『思慮のない善意は害悪』

よかれよかれと人のために行ったことが、

その人にとっては余計なお節介だったというのは良く聞く話だ。

善意が必ずしも良いとは限らない。

そしてダリスにはそれが見過ごせなかったのだろう。

言ってしまえばただの痴話喧嘩の仲裁だが、一国の頂点に立つアリアが、

善意を振りかざし、希望的観測で行動に出る。

ダリスはそれは最もやってはいけないことだと判断したのだ。


「ダリス!お主自分が何を言っているのかわかっているのか!」

静まり返った会議室に再び音を取り戻したのはミルドだった。

怒るなどというものではない、激昂したミルドが怒鳴り散らす。

主人に暴言を吐くとはどういうことかと、分をわきまえよと。


「よいのです、ミルド。ダリスの言う通り思慮が足りませんでした」

それをアリアが制止する、少し声のトーンが低いのは、まぁ傷つきはしたのだろう。

俺はと言うと、自分のことが発端となり騒ぎになっているのをわかりつつも、

昔読んだ漫画に、執事や使用人は主人を良き方向に導くのも務めで、

そのためには諫言も行い、時には叱りつけるというのを思い出し傍観していた。

それを考えるとミルドはアリアに甘すぎる。

アリアが言ったことを行い、傷つかないように丁寧に扱う。

言って仕舞えば過保護だ。

もしかしたらだが、ミルドではなくダリスがアリアの世話係をしていれば、

この国はもう少しまともな状態を維持できたのかもしれない。

今更言っても仕方がないことではあるし、両親が死んだアリアを前にしては、

過保護になるのもわかる気もする。


「あー、あのさ、そのみんなの気持ちはありがたいんだけど、

自分のことだしちゃんと自分でテレサに聞いてくるよ。

その、もし変な誤解とか与えてたんなら自分で謝ってくる」

いつまでも傍観者はを決め込んでいられない。

自分のことなのだ。


「おうそうしろ、案外ほっとかれてさびしいだけってこともあるしな」

この状況を作り出した一因は、呑気にお茶菓子を頬張っている。


「んじゃ行ってくるわ」

「おう、失敗したら骨は拾ってやるよ」

こういう時はロニーの軽い態度はすごく助かる。

一人で会議室を出て寝室に向かう。

寝室にいなければ城中見つかるまで探すだけだ。

だがその必要はなかった。

部屋に入るとベランダへの窓が開いており、

外にテレサの影が見える。


結局理由はわからないままだが、自分が何かをしたのは明確だ。

後ろに立ってとにかく声をかける。


「テレサ」

一言だけ名前を呼んで反応が返ってくるのを待つ。

先ほど食堂の前では無視されてしまったからだ。


「なんじゃ」

こちらを振り向かず、ベランダに頬杖をついたまま返事だけが返ってきた。


「あー、うん、その俺なんかしちゃったみたいで、ごめん」

「理由もわからず謝るのかお主は」

ごもっともだ。

ひとまず謝罪などというのは謝罪慣れし、また謝罪させるのに慣れている人に向かってする、

社交辞令の表面上取り繕うだけのものだ。

親しい間柄ではなんの意味もないし、親しい相手にそれを要求するようでは、

親しいと思っているだけで、結局赤の他人と変わらない。


「いや、そうだなその通りだ。その・・・・不機嫌な理由を教えてくれないか。

俺さ、人と付き合ったこともなくて、情けないことにこういう時どうすればいいのかわからないんだ」

モテる男というのは、こういう時どうするのだろうか。

こんな時はとにかく抱きしめろとのネットの情報を鵜呑みにした友人は、

奥さんから股間に膝蹴りを頂いたらしい。


「馬鹿じゃなお主は」

否定のしようもない。

自分が何をしてテレサが不機嫌になっているのか、それすらわからない。

本当に浮気をしたと思われているのだろうか。

だがそれならもっと怒ってもいいはずだし、ナターシャも浮気をされたと言っていないと話していた。

憶測だけであれこれ考えるのはやめにしよう。

予測と憶測は違う。


「昨夜はどこに行っておった?朝も居らんかったじゃろう」

テレサの姿勢は変わらない。

ずっとベランダの向こうを見ている。


「あ、ああ若い兵士達と一緒に孤児院を作ってた」

これはやはり浮気を疑われているのではなかろうか。

口には出していないが、朝ドラや昼ドラの展開そのままだ。


「そうか」

それだけか。

いやそれ以上言うことがないのか。

しばしの沈黙。


「昨夜、わしが言ったことを覚えておらぬか?」

昨日の夜。

思い出せ。

これを思い出せなかったら終わるかもしれない。

全力で脳みそを動かし、記憶の本棚を全て引き出して思い出せ。

昨日の夜だ最後に会ったのは食事中。

だがあの時はとくに何もなかったはずだ。

となるとその前だ、書斎。

夕食前も夜には違いない、そこで言われたこと。

『かまってくれないのはつまらない』

あ・・・・これか。

つまりかまえと。


「その・・・テレサと一緒にいる時間がとれなくてごめん」

言葉は慎重に選んだ。

かまってでは子供扱いになりかねない。


「まったくじゃ、夜寝る時も居らぬ、朝起きても居らぬ。

朝食も居らぬ、昼食は子供達と食べてるわしにも非はあるがの。

挙句使用人と女中を連れて街に行きよる。

さぞ楽しかったじゃろうな」

街は様子見と孤児を探しにと言おうとしたがこれを言っても仕方がないな。

テレサは知らない。

知っているのは使用人と女中を連れて街に行ったことだけ。


「ごめん」

それ以外言いようもない。

だが何に対してかは明白になっている。


「部屋に戻ってソファに座れ」

「え?」

急に言われたので思わず聞き返してしまったが、

それ以上反応が返ってこないので、寝室に戻りソファに座る。

しばらくそっとしておいてほしいということだろうか。

これはどうすればいいんだ。

ダメ元で抱きしめるか?

いやいやネットの情報なんかではなく、俺がテレサにしてあげることを考えなければいけない?

女がなどと性別で大別し、思考を放棄した個人の尊重など考えていない情報に踊らされてはいけない。


一分ほどしてからテレサも部屋に入ってきて、俺の隣に座る。

特に会話はないが、空気はすごく重い。

少なくとも俺にとっては。

朝見たドラゴンがのしかかってきても、ここまでは重くないだろうというほどだ。

体感的にはそれほど重い。

不意にテレサが横になり、頭を膝の上に乗せてくる。


「撫でよ」

少し戸惑ったが、言われた通りに頭を撫でる。

優しく髪の流れに沿って撫でる。


10分ほどそうしていただろうか。

正直手が疲れてきたが、テレサが満足するまで何時間でもするつもりだ。

たとえこのままテレサが寝てしまっても、再び起きるまでずっとだ。


「街には何をしにいったのじゃ」

問いかけられても手は止めない。


「えっと、商売を自由にしたからその様子見と、城に来ていない孤児を探しに行ってきた」

「そうか」

また沈黙。


「もうよいぞ、疲れたじゃろう」

俺が手を止める前に撫でていた手を掴み。

両手でいじりだした。

指を撫でたり開いてみたり、手のひらを指でくるくるといじってみたりだ。


「そんなにびくびくせんでも寂しかっただけじゃ。

一緒にいてくれて話をしてくれるだけでよいわ」

ロニー、お前のいうことがあってたよ。

っていうか後でみんなに謝らないとな。


「あー、・・・・・うん」

「だからなにをそんなにびくびくしておるのじゃ、話してみい」

いやこれ言っていいのか?

まぁ言うしかないのだが。


ことの顛末を話す。


「わしはそんなにわかりやすかったかの?」

気付かれていないつもりだったのかよ。

あれのせいで緊急会議だぞ。


「しかしまぁみな人が良いのぉ、わしと主のことで緊急会議か」

楽しそうに笑っているが、こっちは何度も肝が冷えた。


「じゃが明日辺り謝っておこうかの」

立ち上がり背伸びをする姿はとてもかわいらしい。

テレサは棚に置いてある婚姻届を手に取り渡してくる。


「ほれ、わしのところはすでに書いておいたぞ、お主もさっさと書かんか」

渡された届けとペンを受け取り、ソファの肘掛を台にして自分の名前を書き込む。


「うむ、あとは許可をもらうだけじゃな」

それをテレサが先ほどの棚に戻す。

機嫌はすっかり治ったようだ。

ほっとしたせいかついあくびが出る。


「なんじゃ、わしといるのはつまらんか?」

「い、いや違うって!昨日寝てなくてほっとしたら急に眠気が来ただけで!

つまんないとかそういうんじゃないって!」

「ほう?」

そういうとソファに座った俺に馬乗りになり、首に両腕を回してくる。

顔には妖艶な笑みを浮かべている。


「これでも眠いかのう」

返事を待たずに口づけをされる。

首に回された腕には力が込められ、自分の体を強く押し付けてくる。

甘いテレサの唇はとても柔らかく、極上のゼリーを押し付けられているようでもある。

急にされたキスに戸惑っていると、テレサの舌が伸びてきて唇を押しのけて前歯を突く。

開けろという合図だ。

間をおかずに口を開けると、テレサの舌がねじ込まれ自分の舌を絡め取る

その動きはまるで別の生き物かのように、器用に動き、

その生態系は相手の舌を絡みとることに特化したかのように口の中を舐り回していく。

まだまだ足りないと執拗に、舌の上も下も横も関係なしに舐めあげられる。


「ふぅ・・・・どうじゃまだ眠いかのぉ?」

一度口を離しはしたが、お互いの唇の距離は3センチもない

その距離をどちらのものかわからない、いやおそらく両方の唾液が混ざり合ったものが、

糸を引いて橋を作る。

テレサのような美人に、激しい口づけをされて眠いと言える者がいるだろうか。

ましてや馬乗りになり、その豊満な体を押し付けられてだ。

いるとしたらそいつは同性愛者か不能者だ。


「あー、眠気は吹っ飛んだよ」

吹っ飛ばないわけがない。

だが疲れまで吹っ飛んだわけではない。

キスにそんな効果があるかどうかはわからないが、体はへとへとだ。


「でもほらさ、昨日徹夜で力仕事してたから体力がもうない・・・なんて・・・・なぁ」

ぶっちゃけ寝たいわけだ。

さっさとシャワーを浴びて眠りたい。

勘違いがないよう言っておくが、決してテレサとそういうことがしたくないわけではない。

だが徹夜と肉体労働ですり減った体力は空っぽに近い。

その意思を伝える言葉を発したわけだが、

テレサの顔は途中からどんどん妖艶になり、この世のものとは思えない色気を醸し出している。

まるで絶世の美を誇る愛の女神が堕天したかのような妖艶さ。



「そうか・・・・それはかわいそうじゃな」

首に回されていた腕が片方外れ、手で首筋を撫でる。

そのまま指先で体を伝いゆっくりと、撫でるように手を降ろしていく。

指先は胸に至りそれでも止まらず、目的地は決まっているかのようにためらいなく、

俺の体を降りていく。


「じゃが」

あかん。

これ食われる。


「残念なお知らせじゃ」

今の俺はライオンを前にした子ウサギだ。


「今夜はわしが満足するまで寝ることはできぬぞ?」

目の前のテレサの目は怪しく輝き完全に捕食者のものだ。

一度捕らえた獲物を離すわけがない。

そして今捕らえられている獲物は俺だ。

逃げる術など持ち合わせず、妖艶な猛獣の間合いに入った俺が悪いのだ。

すでに捕らえられている自分にできることは、ただ諦めて大人しく食われるのみだ。


その日テレサが満足したのは深夜1時頃

部屋に戻った時間を考えると5時間ほどじっくりと【捕食】されたてしまった。

後書きまで読んでいただきありがとうございます。

稚拙な文章を公開するのは正直恥ずかしいですが、

読んでいただき本当にありがとうございます。

この話のサブタイトル「ー私事と仕事ー」ですが、

「ー仕事と私事ー」とどちらにするか迷った結果、

自分にとっては仕事よりプライベートが大切だと考えて前者を採用しました。

忙しいは心を亡くすと書くというのは有名な言い回しですが、

まさにその通りだと思います。

未だに後書きや前書きに何を書いたらいいのかわかりませんが、

読んでいただいている皆様には本当に感謝しても仕切れません。

後書きの文字数制限限界まで、

手打ちでありがとうと書いてみようとたった今思いつきましたが、

それを証明する方法がないことにも気がつきやめました・・・。

以上です。ありがとうございます。

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