ー裕福と貧困ー
一話の後書きで添削中と書いたような気がしますが、
この話も添削が終わっていました。
連続投稿となってしまい申し訳ありませんが、
私のような拙い文章でよければ楽しんでいただけると幸いです。
扉がノックされる音で目をさます。
隣には可愛い寝顔のテレサが静かな寝息を立てて寝ている。
「ブラム様、朝食はどうなさいますか?」
部屋で食べるか、皆と食堂で食べるか。
レルドは毎朝これを聞いてくる。
部屋で食べるとなると、ここに食事を持ってきてもらうことになる。
再びテレサの寝顔を見る。
「食堂で食べるよ。少ししたらテレサと一緒にいくよ」
「かしこまりました。
30分ほどで準備が整いますので食堂までお越しください」
レルドの足音が遠ざかっていく。
「テレサ、朝だよ。風呂に入って食事にしよう」
ゆすりながら声をかける。
ゆっくりと目を開けるテレサ。
半分まで開けて、しばらくそのままだ。
こいつもしかして寝起きが悪いのかと思っていると、
テレサが手を伸ばして腕を掴む。
「ん?どした?」
「接吻じゃ」
なるほどそういうことか。
やっぱりかわいいなこいつ。
テレサの唇に軽くキスをする。
「うむ、満足じゃ」
シーツを掴みながらベッドから立ち上がったテレサは、
そのまま備え付けの浴室に入っていく。
それを見送ったあとに伸びをする。
「んーっ!いい朝だ」
外では小鳥が鳴いている。
これが伝説の朝チュンというやつか。
テレサが出たら俺も風呂に入らなくてはならない。
「テレサー!みんな待ってると思うからちょい急ぎでなー」
返事がない。
「テレサ〜?」
浴室の扉の前に立つと急に扉が開き、中にいたテレサに捕獲される。
「な、なに?」
バスタオルを巻いた状態で抱きついてきたテレサに動揺する。
「ふふん、時間がないなら一緒に入れば良いではないか」
子供がいたずらをするときの表情である。
「いあ、理性とか色々問題が・・・」
そうこうしてるうちにマイサンはすでに元気になっている。
もともと朝立ちが収まってきたばかりだったのだ。
それに気づいたテレサが視線を落とす。
「ほほう?こんな状態で皆の前にでると?」
ああ、神よ。
論理で解決できないことが目の前にございます。
「いやだから朝食まで30分ないんだってば」
「十分じゃ」
にやりと妖艶な笑みを浮かべるテレサにそのまま押し切られてしまう。
ーーーー
「おはよー」
なんとか朝食の時間ぎりぎりに食堂に入る。
テレサは俺の左腕を抱いている。
「あら、その様子ですとうまくいったようですね」
ナターシャが女神の微笑みで優しく言い放つ。
「ええ、なんとか」
答えながら自分の席につく。
テレサは当然隣に座ったところで違和感に気がつく。
いつも我先にと囃し立ててくるロニーが静かだ。
見ればナターシャの隣で魂が抜けたような姿になっている。
「ロニー、どうした」
「オハヨウゴザイマス」
片言の挨拶が返ってきた。
「いやどうしたお前」
「キノウハ、ゴメンナサイ、モウシマセン」
壊れたロボットのようになっているロニーの横では、
ナターシャが相変わらず微笑んでいる。
「ナターシャさん、ロニーどうしたの?」
「昨夜軽く叱っただけですよ」
軽く?
それにしては再起不能なまでに壊れてる気がする。
「まぁともかく丸く収まったようなので、みなさん食事にいたしましょう」
アリアの号令で食事が運ばれてくる。
ーーー
「みな、昨日は取り乱してすまんかった」
日課となりつつある食後の会議は、
テレサの言葉から始まった。
ここにテレサがいるのは当人が皆に謝りたいと言ったのと、
貴族問題では当事者のようなものだからだ。
「いいのですのよ。全部ロニーさんが悪いんですから、気にしないでくださいね」
ナターシャの発言にロニーの肩がびくりと動く。
軽く叱ったって、一体何をされたんだ。
「そう言って貰えると助かる。それから、まぁなんじゃ、
皆なんとなしに察しているとは思うが、わしはブラムの嫁になることになった」
「「「え!?」」」
「オメデトウゴザイマス」
「な、なんじゃ、わかってなかったのか?」
驚愕されたことに動じるテレサ。
「い、いえ、なんといいますか、お付き合いするとは予想していましたが、
結婚まで行くとは思わなかっただけで」
アリアは俺を見ている。
「いやいや姫様、よきことですぞ?相思相愛の結婚ほどめでたいことはありませぬ」
ミルドも驚いてたじゃないか。
だが確かに貴族だからとどこの誰とも知れぬ奴と、
政略結婚するくらいならその方が幸せかもしれない。
「おめでとうございます。式には呼んでくださいね?」
「シキモ、ガンバリマス」
ぶっ壊れているロニーをよそにナターシャは平然と祝福してくれる。
「ブラム様がお越しになってから、驚愕させられてばかりですね私は」
先ほど驚いた中の一人であるレルドも感想を述べている。
前を知らない俺からすれば、割と驚く方だとは思うのだがそれは言わないでおく。
「んでミルドさん、この国の婚姻やなんかの手続きどうなってるか後で教えて」
日本では式を別にすれば役所に書類を届けるだけだ。
「手続きは簡単ですぞ、互いが結婚に納得していることに署名をして、
見届け人のサイン誰かにしてもらい、
あとは王か、その代理人が認めるとサインをすれば夫婦ですじゃ」
そこは案外事務的なんだね。
てっきり神の前で誓うやらなんたらがあるのかと予想していた。
「あとで書類をお届けいたします」
書類を届けるというミルドの言葉に、お礼を述べてひとまずこの話は置いておく。
「それで話は変わるが、昨日話した件は進められそうかな?
あーっとその前に、悪い。昨日は貴族のことしか俺進めてない」
午後全てを使ってドタバタしたらから、税金のこととかまったく手付かずだ。
「いえいえ、一朝一夕でできるものではありませんので。
私は過去の書類を見直していましたが、やはりかなりひどい内容でした。
ただ幾つか内容の意味が分かりかねるものがあるので、
後ほど見ていただけないでしょうか」
「うんわかった、ロニーの方は?」
聞いてからぶっ壊れているのを思い出した。
「ダメ、ヘイシ、ヨワイ」
内容はわかるからいいか。
「ナターシャさん、今日だけロニーにくっついといて」
自業自得とはいえ、あの状態で兵士の訓練ができるとは思えない。
「ええ、わかりましたわ。おまかせください」
「学校の件は?」
ミルドに問いかける。
手元にいくつも書類を持ってきてるあたり、
こういうことには慣れているのだろう。
「建物に関しては場所も労働者も問題ないはずですが、
いかんせん教師の目処が立ちませぬ。
元よりその手のことをできるのは貴族だけでしたが、
今は五貴族しかおりませぬゆえ、人材不足ですな」
うーん。
教師を一から作るか。
ちと時間がかかりそうだ。
「学校とはなんじゃ?」
テレサが横から小声で問いかけてくる。
「ああ、子供に読み書きと計算を教えるところだよ」
「ふむ、・・・・・ならばわしが手伝おう」
テレサが教師を買って出る。
「基本的な読み書きや計算は、母上に教わっておる。
それに、子供はすきじゃしな」
ありがたい申し出だ。
テレサは貴族だが、貴族の血を振りかざす父親に嫌悪を抱いている。
くだらない差別などしないだろう。
「んじゃ教師第一号任せた、これはとにかく早くやりたいから、
ひとまず城門を入ったすぐのところにテントでも張って、先に教え始めようか。
そうすれば城の給仕室から給食も出せるしね。
それに伴って給仕人の雇用も生み出せるでしょ」
「ブラム殿、一つ懸念があるのじゃが」
ミルドが手を上げながら質問をしてくる。
「あまりに多く雇うと、敵国のスパイが潜り込む可能性がありますじゃ」
スパイか。
確かに給仕人とかになりすますのは、ありきたりな手でその分多いのかもしれない。
「あー、そうかたしかになー・・・・隣国うぜー」
頭を抱える。
「なんじゃ、
そんなもんはテントの隣にもう一つテントを張って、
新しく雇った給仕人を働かせれば良いではないか」
テレサ冴えてる!
「なるほど、スパイがいたとしても城門の横にしか入れないんじゃ意味ないよな」
テレサの案を採用する。
「んじゃそれで街にお触れ出しといて、
貧困と人口回復も兼ねてるから、貧しい家優先ね」
ミルドが手元の紙にメモを取っている。
なにやら円形の図を書いて、その外側を適当に塗りつぶしている。
王都外周部という印だろう。
「医者の方はどうなった?」
「それはレルドに任せております」
レルドの方を見る。
「現在一名の町医者が王宮で雇うことに、承諾いただいています」
早いな。
「昨日の今日だからまだ準備中だと思ったけど」
「その方は以前より、貧しい町民に無料で診察を行っている方です。
王都では一部で有名な方で、
お話を持っていたところ、是非やらせて欲しいとのことでした」
どこの世界でも、クズがはびこっている中にも、少数ながら良心が残っているんだな。
「じゃ引き続きたのむね」
横にいるテレサを一度みてから。
「俺は午後15時に昨日のドロイドを呼びつけてある。
んで、同じように16時に残りの貴族を呼びつけて、
働かないなら追い出すと宣告する予定だ」
そこにテレサの父親という例外はない。
「昨日ドロイドの家に行ったんだが、まぁ贅沢な暮らしをしていたよ。
大きな屋敷に大勢の使用人。一つの貴族がいなくなるだけで、
町民1000人の腹が一年膨れそうだよ」
横のテレサは申し訳なさそうな表情でうつむいている。
また拳を握りしめているので、
左手を絡ませて開かせる。
テレサはそれを両手で包み込み。
深呼吸をしている。
「アリア、これに関しては異論ある?」
国の代表に一応意見を聞く。
一任されているとは言え、報告は必要だ。
「いえありません。害としかならない貴族などいない方がよいです」
言質もいただいた。
「それじゃ今日はこのへんで解散としよう、みんなよろしく」
号令をかけて自分もテレサを連れて書斎に向かう。
「我が夫はとんでもない輩じゃな」
書斎に入るなりテレサが妙なことを言い出す。
「なにが?」
「いやなに、姫を呼び捨てにし、政を仕切るなど、そうそうできることではあるまい」
言われてみればそうかもしれないけど、
呼び捨てはアリアから言われたことだ。
「今更嫁にならないなんてのは無しだぞ、もう貰っちまったからな」
「当たり前じゃ馬鹿者、わしはそなたのものじゃ」
いい感じの雰囲気ができあがったが、
扉がノックされ、レルドとメディが入ってくる。
「お、きたな」
レルドがちゃんと来たところを見ると、
ちゃんとメディが伝えてくれたようだ。
「これも日課でね、この二人に計算とか教えんのよ」
レルドの頬がやや赤い。
恥ずかしいのだろう。
「メディちゃんは昨日どれくらいかわかったから、続きをやろうか。
お、そうだテレサ見てやってくれ。教師の練習ってことでね」
「よいぞ、ではあちらのソファーでやろうか」
「はーい!」
子供が好きだというのは本当らしい。
「でだ、レルド」
「なんでしょうか」
「72+59は?」
あえて繰り上がるように出題する。
平静を装っているが、目が泳ぎまくっている。
「およそ120です」
「計算でおよそはダメ、しかも結構ずれてる」
冷や汗が流れているレルドに次の問い。
「数はいくつまで数えられる?」
「それはあまりにもバカにしすぎではないでしょうか」
避難の声が上がる。
「確認だよ確認、でいくつまで?」
「500くらいまでなら」
「小学生低学年レベルね」
「その単位はなんでしょうか」
「あ、気にしないで。俺の住んでた世界の学校は、
年齢で学年ってのがあるんだよ」
小中高大学といちいち教える時間ではない。
「ちなみに、ブラム様のいらした世界ではどの程度なのでしょうか」
と言われても気にはなるらしい。
仕方ないので答えてやる。
「年齢で言えば七歳くらいだよ」
「なな!?」
おー、固まってる。
やっぱこの人動揺する方だよなぁ。
「んなこといいからほれ、これ解いて」
基本的な足し算から教える始める。
二時間ほど勉強をしていたら、
女中の一人が、城門横にテントが張れたと報告に来たので、
今日の勉強はそこまでにしてテレサと見学にいく。
ちなみにメディは、テレサの教え方がいいのか
二桁の足し算引き算は、書いて出来るようになった
その際メディ以下だなと言ったのが効いたのか。
レルドは宿題の量を倍にしてくれと自分から言いだしたので、
三倍だしておいた。
城門横までの道中
「なるほど、教育は急務じゃな」
メディの面倒を見てくれていたテレサが、顎に手をやりならが話しかけてくる。
「だろ?メディちゃんなんか商人に騙されてたからな」
先日の顛末を話す。
「あのような幼子相手によくもまぁ」
「そこは同感」
だがそれも国が不安定なのが原因だろう。
話しているうちに城門横のテントが見えてきた。
大型のテントが二つ並び、
片方ではもう調理を始めている。
だが城門を入ったすぐの場所に人だかりがあり、その中にミルドを見つける。
なにやら揉めているようだ。
「おーい、どうしたんだ」
少し離れたところから声をかけると、
気がついたミルドが人垣をかき分けて駆け寄ってくる。
「おお、よいところに!お知恵をお貸しください!」
ミルドは汗だくになってる。
テントの設営でも手伝ったのだろうか。
「揉め事?」
間違いなくそうなのだろうが、一応確認はしておく。
「ええ、とにかくこちらへ」
ミルドに連れられて人垣の方に近寄る。
この人たちはなんだ?
城の人ではないようだ。
「ほれ!お前たちの言う責任者じゃ!
そのひねくれた理屈を言ってみんかい!」
ああ、どこの世界でもある責任者をだせってやつね。
たとえミルドに任せていても、
この手の人間は全てを通り越して、
自分には最高責任者と話をする権利があると主張するものだ。
人だかりの中から初老の男が進み出て名乗る。
「わたしは商人会の代表をしておる」
偉そうだなこいつ。
「んで?」
商人だからなんだってんだ。
仕事でもほしいのか?
「聞けば学び舎を開かれるとか」
この溜めはいちいち俺が相槌打たなきゃいけないの?
「で?」
俺のそっけない反応に商人が少し苛立っているようだ。
「我らが商いを行っているからこそ、街は成り立ち、
民衆は物を口にできる。
我らが農家などから適正な価格で物を買いつけ、それを町民に売る。
これが成り立っているからこそだ。
つまり我らの子こそが優先して学びを受ける権利がある」
おう無茶苦茶やなお前。
よく見れば人垣の向こうには20人ほどの子供の集団がいる
子供連れてきてうちの子が優先だってやつね。
さらにその向こう。
城門を出てすぐのあたりでは城の兵士ではない、
おそらく商人に雇われた私兵が、身なりの貧しい子供や、
その親を蹴り飛ばすなどして追い払っている。
「ずいぶん好き放題やってるな」
睨みつけることもしない。
興味がなさそうに発言するだけだ。
あ、商人の子供が貧しい子供の方に石を投げた。
この親にしてこの子ありか。
「で?ミルドに任せてるんだけど、ミルドはなんて言ったんだ?」
横合にいるミルドに問いかける。
「もちろんそのような権利はないといいましたとも!
貧困な家庭が先ず最優先じゃと伝えましたが、
聞こうとしないのですじゃ!」
結構問答していたんだろう、ミルドも頭に血が上っている。
「んで、責任者の俺を出せと?」
「ええ!まったく図々しいにもほどがあります!」
確かにそうだがまずはそうだな。
「おーい!そこの衛兵!・・・・そうそこの三人!
それとそっちの門番!一人こっちこい!」
テント設営を手伝っていた衛兵を呼ぶ。
「は!ご用でしょうか!」
四人が自分の前で敬礼をする。
先日俺が特殊な権限を持っていることはアリアが通達済みだ。
この人たちも自分の意思で残った兵士達。
徴兵され、やらされていた兵士とはすでに大きく質が違う。
商人会の代表が暴力には屈せぬぞとか言っているが無視。
「まず門番、お前なにしてんの?」
急に大雑把な質問をされて、
門番が当惑する。
「は、なにをと言われましても、警備ですが・・・」
その通りだよね。
「あれなによ」
貧民に城門前で堂々と暴力を振るう私兵。
「あれは商人が雇った私兵かと・・・・・・・!」
自分が呼ばれた理由。
暴力を振るう私兵。
不機嫌そうな俺。
「わかった?暴行の現行犯だ、お前ら四人でふん縛って連れてこい」
「は!」
返事をするとすぐに全力ダッシュで私兵を取り押さえ、
こちらに引きずってくる。
自分と商人の間に簀巻きにされた私兵が転がされる。
「君に質問、ああ、その前に一つ忠告だ。
俺は自分の計画を邪魔されて非常に腹が立っている。
よく考えて答えなよ?」
私兵の前にしゃがみ込む。
「雇い主は?」
笑顔で問いかける。
「こ、この御仁です!」
私兵は商人会の代表を見上げる。
「なるほど、じゃもう一つ、殴ったのはお前の勝手な行動か?」
「ち、違います!貧民など殴れば言うことを聞くと言われ・・・・
お願いです!命だけは!」
立ち上がって商人会の代表を見る。
「だそうだが」
「たしかに私が雇った私兵です、金を狙う族も多いですからな。
ですがあくまで護衛としてですよ、暴力を振るっていいなど一言も」
「うそだ!あんた確かに言ったぞ!」
自分の指示ではないとしらばっくれるか。
「なるほど、あんた管理責任って知ってる?
あんたが雇った私兵が国民に暴力を振るった。
それを知りませんでしたは通らないんだよ」
まかり通せばそれこそ人を雇って強盗なりなんなりと、
好き放題できてしまう。
「ってことであんたはこいつと同罪。衛兵この私兵と一緒に絞ってこい」
「・・・・後悔しますぞ、我らがいなければ農民は作物の売り先がない。
作ったところで誰も買わぬでは意味がありませんぞ」
衛兵に手を縛られながら睨み付けてくる。
「ああ、大丈夫、お前らの言う適正価格は適正じゃないってのは、
彼らの格好とあんたらの格好を見れば一目瞭然だ」
ずいぶんといい身なりだ。
宝石までつけている。
「我らは国から商いをする権利を受けその一切を任されている。
我ら以外買うものはおらん」
あーなるほど。
そうか古い時代にはそんなのもあったな。
商売すら自由にできないってやつね。
「ん、ミルドそうなの?」
「確かにそうですじゃ、商人は国が商いをすることを認めて、始めて商売ができます」
後手に縛られた商人会の代表がバカにするように吐き捨てる。
「ふん、ものを知らん若造が。さぁ早くこの縄をとけ」
「いやとかない、なにしてんの?さっさと連れて行けって」
二人の衛兵が代表と私兵を連行する。
「よいのですか?商人会の代表ともなれば、ここにいる商人全員に発言力があります。
物流が止まることになりますぞ」
ミルドが心配そうに顔色を伺ってくる。
「ああ、平気平気。許可なんかいらん。違法なものでなければ、商売は国民全員の権利だ。
商人会に売らずに、荷車開いて直接売ったらいいさ」
自由商売が国に潤いをもたらす。
「ま、それはいいや。んじゃ門番君、門の外で入れなかった子達ここに連れてきて、優しくな?」
門番は敬礼をしてから門の外にかけていく。
「あ、あのう」
商人の一人が恐る恐る声をかけてくる。
「ん?なに」
特にそちらを見ずに返事だけする。
「国民全員が商売をしていいというのは、いつお決めになられたことでしょうか?」
「今、ここで、俺が決めた」
「さ、左様ですか」
ニコニコしながら引き下がっていく商人だが、
声に聞き覚えがあり呼び止める。
「おい」
「はいなんでしょう!」
こちらを振り向かずに返事だけをする商人。
「お前あん時の商人か」
「ななななんのことでございましょうか?」
冷や汗が流れまくっている。
私ですと顔に書いてあるようなものだ。
「てめーほんと性根腐ってやがんな、うちの女中騙してたの忘れてねーぞ」
前はただの客人だが今は違う。
「めめめっそうもありません!」
深々と頭をさげる商人をよそに残っている兵士に新しい仕事を与える。
「いいか、こいつら根性腐りきってる。
練兵場でちともんでやれ。
貧富にかかわらず国民は平等だってな。
暴力は無しだ、走らせるなり素振りさせるなりしてもんでやれ」
「は!よし貴様らついてこい!」
不満の声がいくつも上がるが兵士に先導され、
練兵場まで連れて行かれる。
残ったのは商人の子供達。
「おーしお前ら、質問だ」
親が連れて行かれ、ビクビクとしている子供に問いかける。
「さっき石投げてた奴、前にでろ。
でなければ全員同罪な」
最初は誰も名乗りでなかったが、
少し待つと、他の子供達にちゃんと出ろよと押し出される形で五人が出てきた。
その全員にゲンコツをするため右腕を振り上げる。
「ぬし、そっちはだめじゃぞ」
右手をテレサにつかまれる。
おっと、こっちは折れてんだ。
痛みがないからつい忘れてしまう。
なので左手で五人にゲンコツをくれてやる。
「いいか、お前らみんな平等なんだよ。
貧富の差で石を投げていいことにはならん。
次やったら子供といえど牢屋に叩き込むからな」
頭を押さえて痛がっている子供に説教をする。
「返事は?」
拳を握って返事を促すと、
全員大きな返事をする。
こういうの恐怖政治っていうのかな。
「よし、じゃ勉強だ」
ちょうど先ほどの衛兵が30人ほどの子供を連れてくる。
「結構いるな、全部で50人くらいか?」
「まぁそんなもんじゃろ」
「大丈夫?」
50人といえば二クラスほどの人数だ。
「そうさな、今日は道徳の時間じゃな。
時間があまったら読み書き計算を教えとくわい」
そういう意味で聞いたんじゃないが、
近くに衛兵もいるしなにかあっても、すぐ駆けつけてくれるだろ。
「おーい、このお姉さんが先生ね、怒らせると俺より怖いからなー」
元気な返事が返ってくる。
だが先ほどゲンコツをもらった商人の子は、ガタガタと震えている。
これも自業自得だな。
テレサに任せて隣のテントに顔を出す。
幕をあけると調理場のいい匂いが漂ってくる。
「すんませーん、仕切ってる人だれですかー?」
結構な大人数が調理をしている。
15歳くらいの女性から、
60位の老婆まで年齢層は多岐にわたる。
「あいよー!あたしだよ!」
恰幅のいい女性が手を挙げる。
調理の邪魔をしないように気をつけながら女性のところまでいく。
「なんか用かい?」
「足りないものとかあります?
子供50人くらいいるんで食材間に合うかなっと」
恰幅のいい女性は辺りを見回して考え素振りをみせた。
なんとなく女将さんと呼ぼう。
「そうさねー、50人なら全然間に合うと思うよ」
今日は大丈夫か。
「予想なんですが、明日からもっと増えると思うんですよ」
「あー、確かにそうかもねぇ。噂を聞きつけた孤児なんかもきそうだね」
「あ、孤児とかいんの?」
今まで王都を散策した中では出会っていない。
「そらいるさね、うちは酒場をやってんだけどね、
残飯なんかを毎日もらいにくるよ」
「孤児かぁ、やべぇ、完全に失念してた」
女将さんは俺を値踏みするようにジロジロみてくる。
「な、なんですか?」
「あんたブラムさんかい?」
名前を言い当てられて少し驚いた。
「なんで知ってるんですか?」
「いったろう?うちは酒場だってさ。
昨日飲みにきた兵隊さんが話してたのさ。
特徴が一致するから聞いてみたんだよ」
噂されてるのか。
もしかして結構有名人?
「そらもう怖いお人で、無言で部屋に連れ込まれたときには人生諦めたって言ってたよ」
高らかに笑いながら話す女将さんが言ってるのは、
貴族に手紙を持って行かせた兵士か。
ちょっと悪いことしたな。
「んで貴族様呼び出してぼこぼこにしたんだろ?
いやーそれを聞いたときはスカッとしたね!」
いやしたけどさ。
貴族の噂はいい感じで広がっているな。
そこは狙い通りだ。
「こうして見ると優男にしかみえないけど、やるときゃやるんだねぇ、
今度うちに飲みにきな、サービスすっからさ!」
背中をバンバンと叩かれる。
「そ、それで今日はいいけど明日は食材とか大丈夫そうですか?」
「このままじゃ足りないねぇ、調理器具は倍はほしいね。
食材は四倍はいるかね」
「わかりました、食材は仕入れとくんで、
子供達にはいくらでもお代わりさせてあげてください。
あ、それと女将さんの店に孤児がきたら、ここのこと教えてあげてください」
とにかく孤児に飯だけでも食わせなきゃならん。
「まかしときな!」
大声で笑う女将さんにお願いしますと伝えてテントをでる。
「さてと、ついでだから色々見て回るか」
とりあえず練兵場を目指す。
先ほど商人達を送った様子を見に行くためだ。
「お次の方どうぞ」
にこやかに、そして丁寧に掛け声をかけているのはナターシャだ。
いきごんだ兵士がロニーに斬りかかる。
「うおおおおおおおおお!」
模造刀で勢いよく袈裟斬りをくりだすが、
ロニーに簡単に受け流され、胴体に一撃を貰って吹き飛ばされている。
「オレ、タオス、テキ、タオス」
なんだあれ。
壊れたままかよ。
「ナターシャさんこれは?」
ナターシャの近くまで行き声をかける。
「あらブラムさん、あ、次の方どうぞー。
ロニーさんったら今の状態じゃ指示も出せないので、
剣の実践稽古の相手役をしてもらっています」
「ちぇすとおおおおおおおおおお!ぐへあ!?」
切りかかっては返り討ちにあう兵士達。
ひたすらそれの繰り返し。
「キル、オレ、キル、テキ、ミナゴロシ」
「あー、ナターシャさん?あれって戻るの?」
もう完全に壊れたロボットだ。
「大丈夫ですよ、明日には戻っていますから」
この素敵な笑顔で言われるとなぁ。
なんか怖いんだよな、こういうとき。
ほんとうなにされたんだろ。
「あ、じゃあ俺向こう見てくるんで」
「ええ、お気をつけて。休んではだめですよー次の方どうぞ」
柔らかく言ってるけど結構スパルタだな。
練兵場を奥に進むと、先ほどの商人が素振りをしている。
「どうしたどうした!いつもの威勢の良さはどこに落としてきたんだ!」
兵士が一人、腕組み仁王立ちで、商人達を怒鳴りつけている。
「はぁ、はぁ、そ、そんなこと言われても・・」
「貴様ぁ!下等なウジムシの分際で人間の言葉をしゃべっていいと誰が言ったぁ!
いいか!もう一度いう!貴様らは人間以下のゴミ虫だ!
クソに集って手をすり合わせるハエにもなれないそれ以下のウジムシだ!」
目の前で怒鳴られている。
海兵隊とかでやってるあれか。
ネットで動画みたことあるけど、まじでああやるんだよな。
運動場を見ると、棒を持った兵士が商人を追いかけている。
「おらぁ!止まればまた増えるぞ!いいのかクソども!」
こっちはクソか。
「ひー!」
うん。
大丈夫そうだな。
これであいつらも少しは懲りるだろ。
ここで税金のことなどをやってないことに気がつき、
テレサに声をかけてから姫さんの部屋に向かう。
ノックをして声をかける。
「アリア、入っていいか?」
中からどうぞと返答があったので、
扉を開けて中に入ると珍しく姫さん一人だ。
「どうかされました?」
「ああ、朝言っていた判断できないってやつ、あれ見に来た」
アリアに勧められた椅子に座り書類を受け取る。
「んー」
書類の内容は、
兵站の現地調達に関するものだった。
だが兵站の現地調達など、この時代ではわりと当たり前だろうし、
なにが問題なのかわからない。
「これのなにが?」
「いえ、普通のことです。対価さえ払えば自国内で現地調達は当たり前です。
むしろ荷の重量がない分素早く展開できますから効率的です。
ですが、提出者とサインした日付を見ていただければわかりますが、
私が魔法で操られている時に署名したものです。
普通なのが逆に引っかかりまして」
なるほど確かにひっかかる。
提出者は前兵隊長か。
裏切り者がまともなものを提出するはずがない。
だが書類には対価を払うことが明記されており、
なにも問題はなさそうに見える。
「ん〜わからん、他にもこういうのあるの?」
「他にもいくつかありますが、とくに目を引いたものはこちらに」
姫は引き出しから紙の束を出し、付箋のついている数枚をとって渡してくれる。
「こっちも問題なさそうだな、提出者は大臣か。
なんなんだこの書類」
提出者は怪しさ爆発だが、
内容に問題がないならないい気がする。
「でもアリアの言う通り引っかかるなぁ、この数枚はなんなんだ。いやまてよ?」
もしかして複数枚で効果を発揮するとかそういうものか?
「アリア、軍の調達に関する書類全部頂戴」
「ええ、すこしおまちください」
アリアは立ち上がり、書棚から幾つかの束を取り出す。
「こちらです」
受け取ったそれを一枚一枚見ていく。
そのほとんどにアリアのサインがあるが、
アリア自身の手で三重線で署名が無効にされ、その無効をサインで証明している。
「あった、これと・・・これだな」
見つけた二枚をアリアに渡す。
どちらも数少ないまともなもので、無効にされていない。
「こちらは、緊急時の現地調達の書類と、現場判断に関する書類ですね」
「そうだ、どれも単独だとまともだろ?合わせてみ?」
眉間にしわを寄せながら、三枚を見比べている。
「なるほど、随分と手が込んでいますね」
そう。
まさに手が込んでいる。
この三枚の書類は三つで一つの効果を生み出す。
「そうだ、現地調達は対価を払わなければいけないが、
緊急時と判断すれば対価は後からでいい、だがもう一つの書類だ。
現場の判断が適当でないと、あとから判断された場合には、
兵士を罰するが、その保障は行わないというものだ。
んで最初の一枚は現地調達そのものを許可する書類」
アリアは椅子に座り込み。
ため息を漏らした。
「よくもまぁここまで馬鹿にしてくれたものですね」
三つの書類を合わせた効果は以下だ。
自国内で現地調達をしてよい。
緊急時なら対価は後払い。
現場判断が間違っていても対価は払わないし、物も返さない。
「自国内で自国の兵士に略奪を許可するためのものだな、
兵士の罰則など当然ないだろう」
「しかしなんのためにここまで遠回りなことを?」
書類を増やせば手間も増えるし、
発見される恐れも、増えた分だけ増加する。
「アリアの魔法が解けた場合の保険じゃないかな。
すぐにはわからないようにしてるんだよ。
それこそこうやってじっくり調べない限りはね」
アリアはため息をつく。
「これでは今まで通した書類も見直しですね」
手元の呼び鈴で、アリアが女中を呼び飲み物を頼む。
「あ、コーヒーってこの国ある?」
「ございます。ではブラム様はコーヒーをお持ちいたします」
あったのか。
ためしに聞いてみてよかった。
「ブラム様は紅茶よりコーヒーがお好みでしたのね、
いつも美味しそうに紅茶をお飲みになるのでてっきり紅茶がよいものかと」
「そうなんだけど、ここの紅茶がすげーうまくてさ。
コーヒーのことなんか忘れてたよ、たまたま飲みたくなって聞いてみたんだよ」
「そうでしたか」
女中が入れてくれたコーヒーを飲みながら、アリアと書類を確認していく。
この際だし一気に進める。
しかしまぁどの申請書類も内容があからさまにふざけている。
城下町の通気性が悪いから外壁の高さを下げる工事をするとか、
外壁の門から城の城門まで王族が通りやすいように、一本の大通りを作るだのだ。
だがその中にまともそうに見えて、複数枚で効果を発揮するものが混ざっている辺り、
仕掛け人は頭が回ったのだろう。
集中して書類を片付けていると、
扉をノックしてミルドと女中が食事をもって入ってくる。
「ん?ここで食うの?」
量的に俺の分もありそうだ。
「ええ、今日は集中して沢山かたしてしまおうと思っていましたので」
「なるほど、もう昼だったか」
「はて、とっくに14時をまわっておりますぞ。
半ごろに持ってくるよう言われておりましたのでな」
14時半。
ってことは昼食いそびれてたか。
いやそんなことより15時にドロイドを呼びつけてある。
食べている時間なんてない。
テレサを呼びに行かなくては。
「俺の分いいわ、貴族と話さないとだし時間ない」
「あらでしたら今回は私も同席いたします。ミルド、食事はブラム様のお部屋に」
「かしこまりました」
姫さんとしても貴族との話は気になるのか。
「あ、んじゃテレサ呼んでくるわ・・・って教師の代わりどうしよう」
教えてくれる人がいないんじゃ、せっかく子供を集めても意味がない。
「ほっほ、わしが代わりましょうかの、数時間くらい空けても大丈夫ですじゃ」
ミルドの提案にそのまま乗っかる。
代わるついでに呼びに行ってくれるようだ。
ーーーー
自分の書斎で食事をしながら貴族を待つ。
サンドイッチだったので、事務用の机で食べながら書類に目を通していく。
テレサは昼に子供達と食べたらしく、今は紅茶を飲んでいる。
姫さんは上品にサンドイッチを頬張りながら、書類を読んでいる。
食事を食べ終わるころ、扉がノックされた。
「バトロイド家現当主をお連れいたしました」
兵士が扉の外から声をかける。
「入れ」
「失礼します」
兵士に両脇を固められ、後ろにはドロイドの剣を取り上げたであろう兵士が続く。
まるで重罪人の連行だが、昨日反逆罪と言われたばかりだ。
兵士が自己判断で剣を取り上げたのは、間違っていない。
ドロイドを案内してきた兵士はソファに座る姫さんに、一瞬目をやる。
「部屋に残る許可をいただけますでしょうか」
この判断も間違っていない。
代理人に刃を向ける奴を、兵士も挟まず姫と同じ空間に居させるのは、危険極まりない。
早くも兵士の質が向上しつつあることに、内心喜びながら答える。
「もちろんだ、頼むよ」
頼むとは当然姫さんのことだ。
一度敬礼すると両脇の兵士はドロイドから一歩分距離を取り、
後ろの兵士は扉前まで下がった。
「悪いね、忙しくて食事も慌てて取らなきゃいけないんだよ」
本当のところは忘れてただけだが、ニートをしているこいつへのあてつけだ。
目の前で立つドロイドの頬は、昨日よりは少し引いているが、大きく腫れている。
「さて、名乗りはいいよ。昨日の続きだ」
ドロイドはテレサを睨みつけてからこちらを向いた。
「時間通りにここに来たってことは、手紙を読んだということだよな。
内容を思い出して慎重に答えろ。
いいか、お前のしたことはすべて知っている。
領民に対する義務を怠った貴族を王都に置いておくことはない。
これは昨日言った通りだ。
バトロイド家に残された選択は二つ、
一つ、荷物をまとめて王都から出て行く。
二つ、働くかだ。どちらか選べ」
「質問があります」
ドロイドの声は平静を保っているように聞こえる。
「なんだ」
「昨日、ブラム様と当家を訪れる前に、テレサは城に自らの意思できたのですか」
なるほど。
喧嘩をしたテレサがその足で、父親をどうにかしてくれと城に懇願しに来たと思っているのか。
「本件にはあまり関係が無い様にも思えるが、一応答えておくと違う。
俺がたまたま城下を散歩中に出会っただけだ。
泣いていたので、落ち着かせ話を聞いた」
お前も運がないよなと言外に告げる。
「もう一つ、現状で貴族のなにが問題でしょうか。
仮に領民を見捨てたとして、我ら貴族は王都になにも迷惑はかけていないはず、
デメリットがないものをわざわざ呼び出し、ことを荒立てる必要がお有りか」
こいつは本当になにもわかってないな。
「デメリットならあるさ、お前の屋敷の使用人、食事、調度品、すべて国庫から出したものだ。
維持費も毎月莫大なものになる。城門の横で子供が沢山いただろう?
お前の一月であの子ら全員を一年は余裕で養える」
平民と同列に扱われたドロイドは拳を握り震わせている。
「つまり贅沢が過ぎると?」
睨みつけてくる。
ものの理解はあるらしい。
「その通りだ、そしてそれを許容する気はない」
睨み返す。
「ですがそれはあなた様も同じでしょう」
おっと、反撃か。
どうでてくるか興味もあるし、
あとに控えている貴族も同じことを言ってくる可能性がある。
ならば今のうちに対策を考えるのも悪くない。
「同じとは?」
続きを促す。
「暖かい部屋でぬくぬくと食事をし、女性を侍らせ権力を振りかざす、我らと一体何が違うというのです」
言葉に力を入れるために、ドロイドは大げさな身振りをしようとするが、
横の兵士が敏感に反応し、腰の剣に手を置いたことで途中まで上げた腕を下ろしている。
「どうです?同じでしょう?いや我らよりもっと酷い、テレサはともかくとして、
このような公式の場ですら、女性の側仕えを置くなど無礼千万!」
ドロイドの言葉に兵士が怒りの様相になり剣を抜く。
これくらいの時代の女性の側仕えとは、夜の世話も珍しくない。
つまりドロイドはアリアを、一国の姫を売女扱いしたのだ。
「無礼者めが!この場で叩き切ってくれるわ!」
剣を抜いたのは一人ではない。
三人がすべて同時に剣を抜いた。
「あらら、お前学習しねーの?
昨日はロニーと俺を間違えて、俺に刃を向けたばっかりじゃん」
これは俺には止められない。
むしろ剣をもっていれば、俺も抜刀して当然のことだ。
「それ、俺にはとめられんからね」
今にも切りかかってきそうな様相で、
兵士に睨みつけられドロイドは腰を抜かし、
唯一の安全な方向である俺の机に寄りかかっている。
「よい、追って沙汰する。今は剣を収めよ」
アリアが座ったまま兵士に命令する。
それだけ言って手で続きをと俺に促してくる。
「な、なにが」
完全に腰を抜かしきって立つこともできない。
ドロイドに事実だけを告げる。
「彼女は俺の側仕えではない、この国の姫様だ」
その言葉にドロイドは真っ青になる。
「会ったことぐらいはあると思っていたんだがな。
会ったこと無かったとしても、憶測ばかりで話すからこうなんだよ。
ところでアリア、王族を売女扱いってどうなんの?」
大体予想はつくが一応聞いておく。
「前例はありませんが最大級の侮辱ですから、その場で打ち首です。
当然貴族であれば爵位もなにもかも剥奪ですね。
ことがことですから書類など不要です。
今この場で、その方はもう貴族ですらありません」
紅茶を飲みながら当然ですと言い放つアリア。
「となるとバトロイド家は当主を失い、
当主に話がある俺はもうやることないんだけど」
この問題で用があるのは貴族だけ。
「親族のものまでは剥奪いたしませんよ?」
私はねとアリアは付け加えいている。
人によってはするということだ。
「ですから、奥方も行方不明と聞いていますし、
自動的にバトロイド家の当主はこちらのテレサさんですね」
「む、わしか」
静かに話の成り行きを見守っていたテレサは初めて発言をする。
「なるほど、ではテレサ。
一応聞くけど出て行く?働く?」
ドロイドは兵士に引っ張られて連れ出されている。
すでに貴族の威厳もなにもない。
「当然働く、屋敷もいらん。なんの思い入れもないからのう」
「よし決まり、じゃ引き続き教師よろしくね。
あ、それと残りの貴族も呼んであるんだよ。
すべての貴族当主へってなってるからテレサも参加してね」
「もちろんじゃ」
思いがけない終わり方をしたが、結果オーライだ。
しかし気になる点もある。
「アリアってドロイドに会ったことないの?」
貴族と王族ならそれなりに懇親がありそうなものだ。
「ありますよ、ただ最後に会ったのは開戦直後に、
王都に来られ、その挨拶のときでしたね」
数年前か。
「成長期とはいえ、わからないもんなのかなぁ」
「おぬしが散々殴ったからよう見えんかったのでは?」
あぁなるほど。
あんだけ殴れば左目は腫れでほとんど見えない。
アリアはというと成長期という言葉に反応して、
自分の成長著しくない胸部を気にしている。
死んでも突っ込まない。
いや突っ込んだら死ぬ。
「して、他の貴族がくるのはいつじゃ」
テレサが時間を聞いてくる。
「16時、ここじゃ狭いから会議室を使おう」
少ない時間を有効に使うため。
それだけ伝えて先ほどの書類整理に戻る。
その間にちょっと悪いことを思いついたので、
先ほどの兵士に頼み。
入ってくる貴族とすれ違うようにドロイドを連行し直せと告げた。
16時少し前になり、すでに会議室には残る四貴族が集まり着席していた。
「貴公、噂は誠のようですな」
「うむ、先ほど引きずられていたのは間違い無くバトロイド卿」
「我らも慎重に動かねばああなるということ、肝に銘じておかねば」
「今のうちに口裏を合わせますか?」
四人の貴族が浅はかな考えを口にしているところへ、
テレサとアリアを連れたブラムが入室する。
その後に続いて数人の兵士も入ってくる。
貴族全員が同時に立ち上がり、
ブラムとアリアが着席するのを待つ。
「どうぞおかけになってください」
アリアの勧めで席に全員が席に着く。
テレサも今はこちら側ではなく、
貴族側に座っている。
「今回の問題に関しては、すべてこちらのブラム様に一任しております。
以後の対応は彼とお願いいたいします」
それだけ言うと立ち上がり兵士に伴われて、アリアは退室する。
貴族は全員再び立ち上がり頭を垂れ、恭しくお辞儀をして見送る。
堅苦しくて性に合わないと心の中で悪態をつく。
「挨拶は結構です、さっそく本題に入りますが、前もって質問がある方はどうぞ」
「よろしいか」
一人の貴族が手を挙げる。
見かけは60前後の白髪のジジイだ。
「なんでしょうか」
「このような会談の場に、王族でもないお方が兵を伴われるのはいかがなものでしょうか。
武力をチラつかせ要求を飲ませると取られかねませんぞ。
ですがアリア姫とご婚約があるのでしたら、当方の無知故に無礼な質問お許しください」
普通王宮で兵をつけられるのは王族のみ。
「姫と婚約などはしていませんよ、当然結婚もね。
これはそうですね、軽率な行動の結果です」
この老人頭は悪くなさそうだ。
間違った場合の保険もしっかりと発言自体にかけてある。
「といいますと」
「ゆえあって昨日バトロイド家の当主とは先にこの話をしています。
その際私に刃を向けたために、姫が護衛を付けられたのです」
姫がつけたというのは嘘だ。
「うーむ、代理人に刃を向けた噂は本当でしたか。
なるほど、ならばこの兵もいたしかた無しでしょう」
要求を無理に通そうとはしない。
相手に理があれば大人しく引き下がる。
「私もよろしいか」
別の貴族が手を挙げる。
言葉では答えず手で発言を促す。
「そのバトロイド家当主ですが、先ほど廊下で連行されている様を拝見いたしまして、
その、あれはいったい」
「彼は先ほど姫を私の側仕えだと侮辱しましてね。
本当ならその場で打ち首ですが、姫の温情で生かされております。
ただ、爵位などはその場で剥奪され、現当主はそちらにいるテレサさんですよ」
四貴族は互いに信じられないなど小声で話し出す。
バカなことをする男だとも聞こえる。
「他に質問がないのなら、本題にいきます」
改めて問いかけるが、質問をしたいという手は上がらない。
「本題は書面で連絡した通りです。
領民を見捨て、義務を放棄したあなた方をレイレルド国は養いません。
働くか、王都から出て行くか選んでいただきます」
「選ぶ前に質問がある」
太ったハゲが手を挙げたので、
先ほどと同じように手だけで促す。
「ブラム殿といったな、姫から全幅の信頼を得ているようですが一体何者か?」
本題に入ると言ったのにも関わらず、関係のない質問。
ドロイドと同じだ。
貴族以外は人間と思っていない傲慢さが、
机を挟んでこちらまで臭ってくる。
口調をあからさまに不機嫌なものに変えてから答える。
「本題と関係ない質問にはこたえんぞ。
ただそうだな、ドロイドの顔はみただろう?
あれは俺がやった。
妻を泣かせたからな、気絶するまで殴ってやったよ」
デブな貴族を睨みつける。
言外に発言には気をつけろと。
「そ、そうでしたか、いやなんでもございません」
貴族を名前で呼び捨てにし、
あまつさえ殴打しながら咎めを受けない人間。
デブな貴族は冷や汗を流している。
「働けとは具体的には?」
まだ比較的若い貴族が質問をしてくる。
「屋敷の維持費などは今後一切出ない、
維持したければ自分で稼げということだよ。
当然王都の民から徴税などはさせないからそのつもりで」
今の状況でニートを養う気はない。
「よいかな」
最初の年老いた貴族だ。
「我らの爵位などはその際どうなりますかな」
貴族にとっては重要だろう。
それ故の貴族だ。
「そのままだ」
数瞬にらみ合う。
こういうのを腹の探りあいというのだろうか。
「でしたら当家は働かせていただきます」
いさぎいい答えだ。
その言葉に他の貴族も同調する。
一応発言のなかったテレサにも、
皆の前で宣誓する意味合いのために問いかける。
「バトロイド家はどうします?」
「わしも同意見じゃ」
「わかりました。
こちらの書類にサインをしてください。
用件は終わりましたから、お茶を用意させましょう」
ベルを鳴らすと女中が入ってきて、全員にお茶を出す。
俺の分だけコーヒーだ。
もしかして自分から言わないと、あの美味しい紅茶はもう飲めないのだろうか。
「しかし事実なのでしょうが信じられませんな、
姫様を側仕えと呼ぶなど」
しばしの雑談時間。
「ほんとうじゃ、わしもその場におったからのう」
娘であるテレサが肯定する。
「なんといいましょうか、テレサ殿は大変ですな。
父が失脚し、早々にこのような重要な決断を迫られるとは」
デブ貴族がテレサに向けてさらに言葉を重ねる。
「女性の身では色々と大変でしょう?
どうです、うちの倅を紹介いたします。
親の私がいうのもなんですが、よくできた男ですぞ」
自分の子をバトロイド家にやり、
婿として受け入れさせれば、すぐには無理でもいずれは両家を手中に収めることも夢じゃない。
ここにいる貴族とは、こういうことばかりに頭を働かせ、
領民はどうでもいいという連中だ。
「そうさな、確かに大変かもしれんが見合いは結構じゃ」
即答で断るテレサ。
「て、テレサ殿。見合い話はそうそう無下に断るものではありませぬぞ?
先ずは会うのが礼儀というもの。
もちろんそこで気に入らなければ、お断りいただいても結構ですが・・・・」
あとから聞いたがこれも面倒な貴族のしきたりらしい。
見合いを申し込まれたら受けねばならない。
もちろん申し込む側も相手と同等以上の貴族でなければならないわけだが、
断るにはしかるべき理由も必要で、無下に断ればそれだけで両家の関係に傷がつく。
「ふむ、そうかの、じゃがわしは既に既婚の身、
そんなわしに見合い話など持ってきては、
夫が激怒し、そちのことを八つ裂きにするやもしれぬな」
テレサはいたずらでも思いついたかのように、笑っている。
なんとなく面白そうだから放っておく。
「な、なんと!」
「急なことじゃからな、まだ婚姻の書類は出していないが既に互いに夫婦と認めておる」
うーむ。
あの人ちょっとかわいそうだな。
ふと老人の貴族と目があう。
一瞬テレサに目をやり、またこちらに戻す。
ただそれだけの動作だが、なるほどと顔をにやつかせている。
鋭いな、あのじいさん。
それでも黙っているあたりは、結末を楽しみたいのだろう。
「で、でしたらお考え直しを!
他の貴族の方々の者ではありませんでしょう?
ならばまず当家の倅と見合いを。
どこの馬の骨とも知れぬ男より、よほど気骨がありますぞ?」
じいさん笑いが漏れてるぞ。
他の二貴族はずるいだなんだと、デブに文句を言っている。
子供かっての。
「そうさなぁ、夫が見合いをしても良いと言えば構わんのじゃが」
「おお!でしたらすぐに使いを出しましょうぞ!
なに、心配されずとも少し金を握らせれば平民は心変わりするものです。
どこにお住まいの方ですかな?」
身を乗り出しテレサから言われるであろう場所に、
我らが一番に使いを届けるのだと、三人の貴族は押しあっている。
じいさんは腹を抱え、声を殺しながら笑っている。
いや耐えている。
「ほれ、そこにおるじゃろ。
どうじゃ?馬の骨殿?わしは見合いをしてもよいかのう」
テレサはこちらを指差し問いかけてくる。
「「「へ?」」」
見事に声をハモらせている。
そして事態を理解し全員が冷や汗を滝のように流し始める。
じいさんはその後ろで大笑い。
「当然ダメだな。
どこの『馬の骨とも知れぬ』貴族・ご・と・き・に、俺の妻であるテレサをやる気はない」
顔を兵士の方に向ける。
見られていることに気がついた兵士は、
あぁなるほどと、理解したような仕草をとり。
「斬りましょうか?」
腰の剣に手をかけて一言だけ発する。
「ままままってくだされ!!し、知らなかったんだ!
頼む!申し訳ない!この通り!」
三人ともこの勢いで床に頭を擦り付けている。
「今回は見逃そう、さっさと帰ったほうが身のためだぞ」
そういうと三人はまさに脱兎のごとく、部屋から逃げ出していった。
兵士にナイスだとチップを渡す。
「んで、あんたはいい加減笑うのやめたらどうだ」
未だに笑い転げている老貴族に声をかける。
「いや!まて!もうちょっとだけ!あっはっはっは!」
さらにひとしきりバカ笑いをしてから、
やっと椅子に座り直している。
「はー、こんなに笑ったのは10年ぶり以上ですよ」
「そんなにおかしかったか?」
「それはもう!普段俺が一番だと言っている輩がですぞ?
床に頭を擦り付けて許しを乞うなど・・・あ、また波が」
また笑い出した。
「それはいいけどさ、残ったんだからなんか話があるんでしょ?」
老貴族が落ち着くのを待ってから話を聞く。
「いやいや申し訳ない、もちろんありますぞ」
姿勢を正してから真剣な表情をする。
「当家には、開戦前から隣国からの接触がありましてな。
いや他の貴族にもあったかもしれぬが、それははっきりとはわかりません」
隣国から接触があった?
「孫娘は預かったと、無事に返して欲しければ開戦後黙っていろというものです」
人質か。
まぁ考えうる手段だな。
「だがいくら人質をとられたからとは言え、大人しく従っては貴族の名折れ、条件を出しました」
ここは大人しく聞いておく。
「たとえ戦争に負けても貴族の血と、誇り、まぁこの場合財産や爵位ですな、それは捨てられないと」
また貴族の血か。
本当に貴族ってのは自分だけ助かればいいのか。
「んで?」
やや不機嫌そうに相槌をうつ。
「そう邪険にしなさるな、良い話ですぞ。
私が出したのは貴族の血、すなわち貴族の安否です。
それは全貴族が含まれるんですよ。
まぁ領民もと最初は言ったのですが、さすがにその要求は通りませんでした」
どういうことだ。
「テレサ殿。以前懇親の茶会であなたのお父上から奥方は死んだと伺いましたが、
王都外の当家敷地でご存命です」
「本当か!?」
テレサが食いつく。
「ええ、すべての貴族とはいきませんでしたが、王都以外の三貴族は当家で保護しております。
ただ隣国との約束は、開戦後も手を出すなというもの。
会うためには敷地ごと取り戻す必要があります。
でなければ目に入れても痛く無い孫娘は殺されます」
「その話の証拠は?」
「こればかりは信じてもらうほかありません、
連絡は月に一度、家のものに危険を犯させ手紙を出している程度です。
約束通り、隣国は当家の敷地には攻め入っていないようです」
仮にこれが老貴族の罠だとして、あいつのメリットはなんだ。
「なぜ今それを言う気になった」
開戦してからすでに数年は経っている。
「簡単ですよ、先王が亡くなられてから、信用でき任せられる人間がいなかった。
それだけです」
汚職だらけだったでしょうと。
「敵国と勝手に取引をしたんだ、死刑だとわかっているんだよな?」
スパイはスパイ。
しかも国の貴族がだ。
姫に関しても信用できないと言外に言っている。
もっとも魔法をかけられている姫は、信用などできるような状態ではなかったのも確かだ。
「ええ、かまいません十分生きました。
ただし孫娘だけはなんとしても救っていただきたい」
そう言って深々と頭を下げている。
「処分はアリアと相談する。
決定があるまでは先ほど承諾したことを進めろ」
それだけ伝えて帰宅させる。
さて、もう一度練兵場と仮の学校を覗いておくか。
日も傾いてきた。
商人達ももう懲りただろう。
テレサを連れて先ずは練兵場に向かう。
「立たんか!クソどもには地面ですら勿体無いわ!」
棒を振り回し商人を追い立てている。
彼らは約6時間走りっぱなしだ。
「なぜだぁ、なぜ賄賂をうけとらんのだぁ」
息も絶え絶えになりながら、汗と涙と鼻水を垂れ流しながら走っている姿は、
まさに満身創痍という表現がうってつけだ。
「はっはっはー!我ら居残り組は給料がアップしたのだ!
そんなはした金を受け取って処罰される気はなーい!
いいから走れ!このビチクソ野郎!」
「おーい、そろそろいいぞー!」
遠くから棒を振り回してる兵士に声をかけると、商人達は一斉に立ち止まる。
「た、はぁはぁ、たすかったぁ・・・」
「あと5周で終わりなー!」
「聞いたかビチクソ共!後5周という寛大なお言葉だ!
終わったものから帰ってよーし!」
六時間追いかけてる兵士の体力も相当だな。
「そ、そんなぁ」
上げて落とす。
「おぬしも中々に意地がわるいのう」
若干呆れ気味にテレサに突っ込まれる。
次は素振りの方だ。
「その素振りはなんだウジ虫共!
そんなので敵を殺せるか!
シャキッとせんとウジ虫らしく糞溜めにぶち込むぞ!」
仁王立で声をかけていた兵士も、
今では自分自身が素振りをしている。
「かんにんやぁ、もううでがぁ」
ふらふらと情けなく棒を振っている。
「おーい、おわりー!」
先ほどと同じようにどの商人もその場にへたり込む。
「はぁはぁはぁ、やっと、やっとかえれる・・・・」
「あと200本でおわりねー!」
「聞いたか貴様ら!200本やったら帰ってよし!
ただーし!今剣を落としたものは追加で50本だ!
剣は死んでも話すなとさっき言ったはずだ!」
ほっといてロニーの様子をみにいく。
「どっせえええええええええええ!あべし!?」
「ガガガ、ピガピガガ」
光景そのものは昼間と変わらない。
「のう、ロニーとかいう御仁大丈夫か?もはや人の言葉を話しておらぬぞ」
ナターシャさんが大丈夫と言っていたし大丈夫だろう。
多分。
「せいやああああああああああああ!ぐへは!?」
「ガピ、ピガガアアア、ガアアアアガガガ?」
練兵場を後にして、城門横にくるとちょうどミルドが子供達を見送っていた。
「あ、おわった?」
後ろからミルドに声をかける。
「おお、これはブラム殿。ええ先ほど。
みな覚えがよく教えがいがあるというものです」
腕組みをして何度もうなずいている。
「それはよかった」
その場で今後のことや、
明日からは孤児もくるはずだという話をする。
初めて知ったことだが、
孤児院があるが規模も小さくほとんどは入れない状態らしい。
運営も街の教会が慈善で行っているとのことだ。
そんな話をしていると、
門番の詰め所から、昼間連行された私兵と商人会の代表が出てきた。
こちらを睨みつけているので、せっかくだし少し話をしてやろう。
「よう、随分としぼられたな」
げっそりしている代表に声をかける。
私兵はさっさと帰ってしまった。
「覚えておれよ若造、わしにここまでしたのじゃ明日から物流はないと思え。
貴様が頭を下げにくるまでわしは譲らんぞ」
すごむ元気があるなら問題ないな。
「あぁ、ほかの商人はもう知ってんだけど、
この国は商売自由にしたからね。
人に迷惑をかけなければ、誰がどこで商売しようと自由。
んじゃ物流の閉鎖がんばってねー」
手をひらひらと振りながらながらその場を去る。
後ろからどういうことだ。だの、
詳しく聞かせろ。だの聞こえるが完全無視。
「本当に意地が悪いのう」
ニヤニヤしながら左腕に抱きついてくるテレサ。
「テレサも楽しんでんじゃん」
「まぁのう」
テレサの豊満な胸の感触を楽しみながら、書斎に戻る。
時刻はもう直ぐ19時。
夕食の時間も近い。
今の俺には明確な勤務時間というものが存在しない。
だがこればかりはできるだけ早く解決しなければならない。
俺が机に向かって書物をしているせいで退屈なのだろう。
ソファに仰向けに寝そべり、読んでいた本を腹においたテレサが声をかけてくる。
「そんなに熱心になにを書いておるのじゃ?」
ちょうど必要なものを書き終える。
「ちょっとね」
「ふむ、まぁよいがな。
かまってくれないのはつまらぬのじゃよ」
すまないと謝り。
二人で食堂に向かう。
ーーー
姫はまだ今日の分の書類が残っているらしく、
食事をすませるとそそくさと部屋に戻っていった。
隅で片付けを手伝っているミルドを呼び止める。
「んで、練兵場の横の空いてるスペースに、いいかな」
「はぁまぁ理由も理由ですし大丈夫かと。
元々あそこはただの空き地です。
それから入り用のものでしたら、裏手の大倉庫にございますのでご自由に」
許可をもらい独身兵士の宿舎に向かう。
手にはミルドから預かった金の袋を持っている。
練兵場の端にある木造の建物。
そこが独身兵士の宿舎だ。
「お、ここだな」
ノックをしようと思ったが別にいいかとそのまま開ける。
「おーおー、予想通りきったねー」
ちらっかった服。
整えられていない寝台。
広い大部屋にざっと十人が寝泊まりし、
部屋の中央では現在トランプゲームが行われていた。
後ろからそっと覗き込むと、金銭を賭けているようだ。
金額は小さいし、
特に禁止もしてないし別にいいだろう。
ひと勝負終わるのを待ってから声をかける。
「ちょっといいか?」
「あん?入りたいってんなら順番・・・・・ブラム殿ぉ!?」
兵士が一斉に立ち上がり敬礼する。
「あ、いいのいいの楽にしてくれ」
ひとまず敬礼をやめさせてさっそく本題に入る。
「お前らまだ元気?元気ならバイトしない?」
カードゲームが置かれていたテーブルに、先ほどミルドからもらった金を袋ごと置く。
「いや、訓練でへとへとっすよ」
「ま、話だけでもな。じつはさー・・・・」
バイトの内容を兵士に話す。
「んでな、せめてと・・・なに泣いてんだよお前ら」
若い兵士たちはどこから取り出したのかハンカチを手に持ち号泣している。
「だって、だっていい話じゃねーですか!」
「お、おう」
筋肉モリモリのムサい男たちが揃って号泣する姿は、正直気持ち悪い。
「あっし!他の部屋のやつもよんできやす!」
号泣しながら駆けていく姿は、本当に気持ち悪い。
しかもなんで内股走りなんだ。
力の余った若い男が約70人
それが十人部屋に全員集まった。
男くさい上にむさ苦しい。
しかも全員泣いている。
「んで報酬は一人銀貨1枚な、朝渡すよ。
言っとくけど夜通しやるけど明日普通に訓練あるからな、休みじゃないぞ?」
忠告をする。
これはあくまでもバイトだと。
本業もバッチリあるぞと。
「やるに決まってるじゃないですか!」
「おお!これをやらなきゃ男じゃねぇ!」
「若さの力みせてやろうぜ!」
「「「おおおおお!」」」
掛け声とともに若い兵士は駆け出して行った。
おいてかれる状態になったが、こうしてはいられない。
指揮をとらなければできるものもできない。
直ぐに追いかけ、練兵場端の空き地に向かう。
自分は真っ直ぐここに走って来たわけだが、
すでに裏手の倉庫から、丸太を肩に担いだ兵士たちが駆けてくる。
上半身裸でだ。
「なんで脱げてんだよってあれか、シャツを肩の当て布にしてんのか」
丸太をそのまま担いでは、薄いシャツ一枚では皮膚が擦りむけてしまう。
脱いだシャツを小さくたたみ、丸太と肩のクッションに使っているのだ。
感情丸出しで号泣していた割には、案外冷静だ。
「えっと、運び終わったらまずは地面を平らに・・・・やってるし」
資材を運ぶ裸体にばかり気をとられていたが、
すでに後ろではどこから持ってきたのか、クワやシャベルで荒れた空き地を均していっている。
「うおおおおおおおおお!!まってろよ!
兄ちゃんが!兄ちゃん達がすぐにどうにかしてやっからな!」
号泣し、トラクターのような勢いで掘り返して行っている。
高いところを掘り返し、低いところをその土で埋めていく。
切られたまま放置されていた切り株も、
根を掘り返して、太い根を斧で切断し引き抜こうとしている。
「おい。それは馬で引っ張りだそう」
大きな根を切ったとはいえ、細い根は縦横無尽にいくつも地面に残っている。
取り出すにはかなりの力が必要だ。
「ふん!ぐっ!?・・・ぬがああああああああ!!!」
細かい根がちぎれる音と共に切り株ごと引き抜かれる。
「・・・まじか」
決して小さな切り株ではない。
切り株の断面は、直径50センチはある。
重量だけでも100キロほどありそうなものを、力任せに引き抜いている。
「はぁ、はぁ、はぁ、切り株がなんぼのもんじゃい!
今俺がやらなきゃ!・・・っく!うおおおおおおおおおおお!
まってろよおおおおおおおおおおおおおお!!」
体格の大きな兵士が根を切られた切り株を、片っ端から引き抜いていく。
どこかの筋肉モリモリマッチョマンの変態のような体つきだ。
「そうだ、先に柱を立てる穴を・・・・ってこっちもか」
整地をしている兵士の周りでは、すでに穴が掘られ始めている。
「ぐすっ・・・つらかったよなぁ・・・・もう大丈夫だからな!」
泣きながら深い穴を掘っている。
すでに下半身は全て穴の中だ。
「てめぇ!その尖ったものをどうする気だ!」
「なんだ?」
運ばれてきた木材をすでに加工し始めている方から、
不穏な声が聞こえて慌てて振り返る。
ノコギリや鉈でも振り回してる奴でもいるのか?
「そうはさせねぇぞ!!どうだ!てめぇなんかに邪魔はさせねぇからな!」
木材の表面をカンナで削っている兵士の声だ。
毛羽立ち、ささくれ立った材木の表面が、丁寧な仕事でどんどん滑らかになっていく。
「・・・・・」
まぎらわしい。
危ない薬でもキメてるんじゃないかと疑いたくなる。
とにかく今のところは任せておいてもよさそうなので、一度城内に戻る。
目指すは調理場。
「すいませーん・・・・ちょっといいですか」
手近にいた食器を片付けている女中さんに声をかける。
「はぁ、かまいませんが時間をいただければちゃんとしたものを・・・」
「いいのいいの、あとで練兵場に持ってきて欲しいんです、
そこまで行けば叫び声で場所わかると思うんで」
それじゃよろしくと言い残してから、調理場を後にする。
「あぶなかったですね」
ブラムが去ったあとの調理場では、
調理台の陰に隠れていた。
女中が微笑みながらテレサに声をかけていた。
「まったくじゃ、この時間なら大丈夫じゃと油断しておったわ」
小麦のついた手でテレサが額を拭う。
ーー
空き地ではすでに整地が終わり、
兵士が協力して柱を立てているところだった。
「はやいな、もう柱か」
掘った穴に丸太の片側を差し込み、
反対側にはロープを結びつけて引き上げる。
まっすぐになったところで穴を埋めて支えとする。
「おーい!怪我だけはすんなよー!」
急ぐのはいいが、バイトで怪我をさせるわけにはいかない。
「俺たちの怪我がなんだってんですか!今この瞬間も・・・・うおおおおおおおおおお!!」
どんどん柱が立てられていく。
しかし感動ドーピングが入っているとはいえ、
ここまで手際よく作業が進むとは思っていなかった。
計画では完成に三日かかると思っていたが、朝までには完成しそうだ。
「あ、っていうかお前ら木材をそのまま地面に突っ込んだら腐って折れるぞ」
普通は土台として引いた石などの上に丸太を置く。
自分の世界では防腐剤を使えばいいが、ここにそんなものはない。
「大丈夫でさぁ!地面に入るところは表面を炭にしときました!」
木材加工をしている兵士が、いい感じのスマイルに親指を立ててこっちを見ている。
手際の良さを称賛したいが、あの親指はなんかむかつく。
しかしなるほど、表面を火であぶり炭にすることで虫が入ったり、
地中の水分で腐ることがなくなるのか。
柱が立て終わり、こんどは梁の役目をする丸太を添えている。
しかも釘を使っていない。
丸太に穴を開け、凸型に削り出された柱の先端に差し込み、槌で叩きはめ込んでいる。
木組みで家を建てると、釘などで止めるよりはるかに頑丈な家が建つとテレビで見たことがあった。
その番組では理由も丁寧に説明しており、点で止める釘よりも、木組みは面で止めるので頑丈らしい。。
さすがに鉄筋や、他の耐震構造に比べれば劣るだろうが、
この世界の技術ならこれが一番頑丈だろう。
最初は色々と指揮をとる予定だったが、
設計図もなしに組み上がっていく手際の良さに、
やることがないので他に必要なものがないか考える。
兵士たちがあまりにも平然と行動しているので気がつかなかったが、
今は夜中だ。
月明かりがあるとはいえ暗いだろう。
練兵場の端にある倉庫から松明台を運び出そうと、
三つまとめて持とうとするがバランスが崩れる。
「重っも!?何キロあんだこれ」
金属の棒を三つ組み合わせて、上に金属のザルを乗せた松明台の重量は約10キロ。
訓練されている兵士ならともかく、運動不足の自分にはかなりの重量だ。
「一つずつ運ぶか」
電車や車のないこちらの世界に来てからというもの、
運動不足はだいぶ改善されたと思っていたがうぬぼれだった。
まだまだこの世界の住人の平均以下なのだろうと思い知らされる。
これを5つ抱えた兵士が、とくになんでもなさそうに歩いているのを、何度か見かけていたので甘く見ていたのもある。
「むぅ、なさけない」
合計で10個ほど運び終えただけで息が上がっている。
自分は昼間運動をしたわけではない。
訓練をしていた兵士達よりも、肉体は疲れていないはずだったが、
基礎体力が違いすぎた。
「これ端材?」
木材加工をしている兵士の足元にたくさん転がっている、
切り出した角材やらを手にとって質問をする。
「ですぜ!」
確認をもらってから運んできた松明台に乗せていく。
ライターなどの文明の利器はないので、
着火は向こうの城壁に付けられている松明から拝借する。
「おお!こりゃ明るくてありがたい!」
木材加工のあたりを中心に配置した松明台に火をつけていく。
とりあえず一つはつけたが、
小さい木の枝ではなく、角材が中心の松明台。
最初の火がなかなか燃え移らない。
下の方に手に持っている松明を突っ込み、息で風を送りながら燃え移らせる。
「ブラム殿、そんなことしなくても魔法を使えばいいじゃないですか」
頑張って火をつけようとしている俺を見て、
近くの兵士が笑いながら話してくる。
「あー、俺使えないんだよ」
いや、この世界の住人は差はあれどほぼ全員使えるらしいから、
ナターシャ辺りに教われば使えるのかもしれない。
だがそんなことはしていないし、自分が魔法を使おうとも思わなかった。
「そうなんで?んじゃ俺がつけて回りますぜ!」
「いやいやいいよ、これぐらいしかやることないからさ。そっちの作業に集中してて」
兵士のありがたい申し出を断る。
少し手間だがそこまで長い時間がかかるわけでもない。
一つ付けるのに3分ほど。
同じ方法で松明台に火をつけていく。
全て付け終わり一息つく。
「魔法なぁ」
たしかに便利そうだ。
やはり日常生活でも浸透しているみたいだ。
姫さんを助けた時に見た城の魔法師の攻撃魔法。
ナターシャさんの障壁や、治療魔法。
それだけではなく、さっきの兵士の口ぶりでは、
松明に火をつける程度は、みなができるということだ。
殺虫スプレーでいたずらをした時を思い出す。
多分あの程度はできて当たり前。
「テレサにでも聞いてみるか」
そういえば戦闘でも魔法は使うのだろうか。
魔法師部隊というのが以前はいたらしいが、普通の兵士でもなんらかの方法で利用しているかもしれない。
いやだが種類にもよるだろうが、殺虫スプレー+ライター程度では、
相手を殺すことなどできない
いいとこ怯ませる程度だし、そもそも訓練を受けた兵士がその程度で怯むとも思えない。
これもまとめて聞くか。
さて、灯りも確保したしあとは・・・。
木を組んでいる兵士たちは、
大きな骨組み組み終わり、屋根を貼る作業に移りつつあった。
板状の木材を持った兵士がハシゴを登っている。
木材加工班は全力で切っては削りを繰り返し、
その一部はなにやら箱のようなものを作成している。
「それは?」
金槌で釘を叩いている兵士に問いかける。
周りには結構な大きさの土台のようなものがいくつも作成されている。
「ベッドですよ、今は下段を作ってますが、
後から作る2段目を嵌め込めるように、ここに穴を開けてあります」
四隅に四角い穴が開けられ棒が差し込めるように作られており、
必要ならこれで2段ベッドにできるというわけだ。
「なんか、すげー手馴れてるけどなんで?」
気合だけでどうこうなるものではない。
そりゃ力仕事は気合も必要だと思うが、職人仕事みたいだ。
「親父が大工なんですよ、小さい頃から色々手伝ってますし、
ほかのやつも元は貧しい家の出ですからね。
家の修理なんかは自分でやるんですよ」
時代背景的にこれくらいはできて当たり前なのか?
よくよく周りを見れば力仕事中心の兵士と、
細かい作業をする兵士でいつのまにか作業分担が完全に分かれている。
少し向こうの兵士は机を作っている。
しかしうまいもんだ。
引き出しまでついてるし、怪我をしないように面取りまでしっかりやっている。
「ブラム様ー!」
離れたところから声をかけられ、そちらを振り向くと、
小さな荷車をロバに引かせた女中がこちらにくる。
さっき頼んだものだろう。
「おー、ありがとう」
荷車を受け取り、小袋から銀貨を一枚取り出して手渡す。
「い、いえ、いただけません」
遠慮する女中の手にいいからと銀貨を握らせる。
余分な仕事を頼み、こんな深夜に届けてまでもらったんだ。
これくらいは渡さなくては。
「一人で作ったんじゃないでしょ?みんなで甘いものでも買って食べてよ」
簡単なものとはいえ、この量を一人で作るのは無理だ。
荷車にはパンと骨つき肉が乗っている。
ちゃんとしたものを作れば時間がかかると判断し、これだけでいいと先ほど伝えておいた。
「では、お言葉に甘えますね。本当テレサ様が羨ましいですわ」
「なんでそこでテレサが出てくるのさ」
「いえいえ、なんでも。ではこれで」
意味ありげなことを言いながら、ロバを荷車から外して城の方に戻っていく女中を見送り、
残った荷車を自分で引く。
「ぐ・・・重い」
軽食とはいえ70人分だ。
軽いわけがなかった。
だがさっき自分で言ったではないか。
力仕事は気合だと。
「ぬぐぐぐ!」
顔が真っ赤になる程力を入れて、荷車を骨組みの横辺りに持って行く。
こんなことならロバでここまで運んでもらえばよかった。
「はぁはぁはぁ・・・・ふぅ、
おーい!軽食ここに置いとくから合間で食べてくれなー!」
みなに聞こえるように大声で叫んだつもりだったが、遠くには聞こえなかったようで、
聞こえた兵士が中継をしてくれている。
むぅ、肺活量が足りないせいかな。
真剣に運動不足をどうにかしなければならないな。
明日から少し訓練に顔を出そうかな。
「・・・もう結構形になってきたな」
屋根張りが終わり、大きな骨組みの間に細かい骨組みがどんどん追加されている。
地面から少しの高さを置いたところにも、木組みが渡され、
それを支えとして板が敷かれていく。
70人で作業をするだけではここまで効率よくはできないが、
それぞれが作業を分担しているおかげで、かなりの効率を生み出している。
「それは?」
少し離れたところにいる兵士が釜でなにかを煮ている。
黒い液体が大きな棒でかき混ぜられ、煮えた液体をバケツに入れている。
それを別の兵士が持ってハシゴを登り屋根の上まで持って行っている。
「タールですよ、屋根に塗って防水にするんです」
そこまで考えているのか。
建築に関しては結構な水準なのではなかろうか。
「ははー、これはまた立派なものができそうですな」
ミルドがいつのまにか横に来ていた。
様子見ということだろう。
「姫様にお聞きしたところ是非にとのことでした。
しかし兵舎の兵士を使うとは考えましたな」
ミルドは興味深そうに周りを見回している。
立派なものとミルドは言ったが、これは俺にも予想外だったことだ。
何日かに分けて徐々に完成させるつもりが、一気に完成してしまいそうだ。
「最初のお話よりだいぶ大きいですな」
ミルドに話を持って行った際は、
詰めればなんとか五十人が寝れる程度の規模だったが、
号泣し暴走した兵士が空き地いっぱいに建築を始めた。
当初の予定より軽く5倍は広い。
「あー、なんつーか、どうも感動したらしくてさ、最初は泣き叫びながら整地とかしてたよ」
「ああ、先ほどの野太い叫びはそれでしたか」
城の中にまで響いていたようだ。
「ところで今何時かわかる?」
腕時計なんて持ってないのでわかる人間に聞くしかない。
ミルドは懐から取り出した懐中時計を確認し、
手元が暗いのか、松明の明かりが文字盤に落ちるように体をひねっている。
「今12時少し前ですな」
結構時間が経っていた。
夕食が終わったのが20時過ぎくらいだったはず、
兵舎で説明をしたあとの作業開始が半ごろと考えると、
三時間半の作業でここまで完成したことになる。
「この調子なら朝にはできそうだな」
「そのようで。少なくとも雨風はしのげることでしょう。
ところでブラム殿はこのまま?」
懐中時計を懐にしまいながら、
このままここにいるのかとミルドは問いかけてくる。
「ああ、こいつら雇ったの俺だし最後までいるよ」
そうですかと言い残し、ミルドは城に戻っていく。
ちょうど一区切りついたのか、何人かの兵士が軽食を取りに来る。
「いやー腹減ったー」
パンと肉を持ち、その辺の地面に座って食べている。
手も洗わないが、不思議と不潔だと嫌悪感は感じないし、
骨つき肉にかじりつく姿は妙に男らしい。
「そいえばこの食事ってどうしたんですか?
食堂しまってますよね」
兵舎には食堂があり、一日三食兵士に提供している。
料理をしているのは専属の料理人で、城下町から毎日通っている。
そのためちょっとしたつまみを除き、兵舎では時間外に食事をすることはできない。
「ああ、城の調理場で女中にお願いしたんだ」
「「「まじっすか!?」」」
急に大声をだし叫ぶ兵士に少し引いてしまう。
「あ、ああ」
顔が近い。
むさ苦しい男の顔面が目の前にある。
「くぅー!俺兵士として残ってよかった!」
「ああ、もしかしたらこれレルドさんが焼いてくれたのかなぁ」
「メディちゃんが小さい手でこねてくれたと思うと・・・」
先ほどとは別の意味で涙を流し、手にもったパンや肉を美味しそうに食べている。
「よくわかんないんだけど・・・」
思わず説明を求める。
「ほら、自分ら兵舎の食堂じゃないっすか?
むさいおっさんが作った不味い料理ばっかりなんで、
簡単でも女の子が作ってくれたってだけでもう元気いっぱいっすよ」
なるほどね。
いい機会だ、普段どんなものが出るのか聞いてみよう。
「ちなみにいつもどんなの食ってんの?」
「今日の夕飯は、蒸した芋と、硬い肉と、よくわからんスープでしたね」
芋と肉はわかるが、よくわからんスープってなんだ。
口に入れるものがよくわからんって大問題だろう。
「さっきも言ってたけど不味いの?」
「そりゃ不味いですよ、芋は火が通ってないのもありますし、
肉は手綱でも焼いたかってくらい硬いですし、スープは例えようがないですね。
どろっとしてて日によっては野菜が入ってたりしますけど、
なんつーかぶち込んだだけって感じですよ。
だからこんなに美味い肉久々ですよ」
飯が不味い軍隊は総じて士気が低くなり、本来なら勝てる戦いですら負けるという。
「改善しなきゃなぁ、そいえばさ、
レルドのこととかメディちゃんのこと知ってるんだ?」
先ほどの会話に二人の名前が出ていた。
兵士と女中ではあまり接点がない気もするので気になってしまった。
とくに若い兵士は訓練と交代制の城外警備が主任務だ。
城の中に入れることはほとんどないはず。
「いやほら俺らも男ですからね、美人には目がないっていうか、
庭にいるのを遠巻きに見かけるだけで、幸せなんすよ」
ああ、隣のクラスのあの子かわいいよねってやつね。
みたところ皆若者揃い。
年齢も18前後が大体で、年長者でも22といったところか。
そういう話には飛びつくのだろう。
他の作業をしていた兵士も、いつのまにか手に食事を持ち休憩している。
いい感じの休憩時間となっている。
「ああ、一度でいいからレルドさんに声かけてもらいてーなぁ」
「いやいや、ユリアさんだろ。あの長い黒髪が最高だ」
「ロニー隊長の奥さんも美人だよなぁ。怖いけど」
「だからメディちゃんが大正義だと何度言えば」
最後のやつ危なくないか?
手を出すようなことはないだろうが、聞いていて気持ち悪い。
「そういえば最近銀髪のスゲー美人いるよな?」
「あ!それ俺も見たぞ!すげー露出高い人だろ?
足も腹も胸もほっぽりだしてて、色気がやばいよな」
テレサのことかな。
というかそんな銀髪で足腹胸ほっぽりだしてるのは、テレサしかいない。
「たぶん女中さんじゃないよな、メイド服着てねーし」
「それな、たぶん俺の妻のテレサだよ」
場の会話が止まり静まり返る。
先ほどまでの男子トークはとまり、皆が俺を見ている。
「え?なに?どしたの?」
今度は俯き肩を震わせている。
「ずるいっすよブラムさまあああああ!」
「自分らは男ばっかで出会いもないってのにあんな美人の奥さんもらって!」
「隊長やブラム様ばかり・・・不公平だあああああ!」
一斉に泣き出しやがった。
感動して泣いたり、羨ましがって泣いたり、よく泣くやつらだ。
「ちくしょー!これ食べ終わったらまたおっさんの不味い飯かよ!」
泣きながら肉に食いついている。
肉の味が涙でしょっぱそうだ。
「んなこと言われてもなぁ・・・・」
どうせいっちゅうんだ。
合コンでも企画しろってのか?
いやいや、こんな調子で女中とか紹介して振られようものなら、それこそ再起不能だろう。
魂の抜けた役立たずの完成だ。
「いいんすよ!どうせ自分らには春はこないんすから!」
今度はスネ始めた、子供かよ。
「あー、うん。まぁあれだ元気出せって」
先ほどまでの元気はどこにいったのか、
まるで葬式会場のようなどんよりした空気。
地面にのの字を書いてる奴もいる。
いかん。
このままでは作業を再開しても、効率は最低辺だ。
どうにか・・・お、そうだ。
「ほら、あれだ、今度どうにかするからさ、
部屋で話したろ?まずはこれ完成させようぜ?な?」
部屋での話を思い出させ、感動パワーで淀んだ空気を吹き飛ばす。
「そうでしたね・・・・やらないと・・・・はぁ〜」
息にのせて魂が口から出て行きそうなほど、深いため息をついている兵士達。
軽食を食べ終わり立ち上がろうとはしているが、
身体中に鉛でも仕込んだように動きが遅い。
だめか。
「あー、これはどうだ?
朝までに完成したらレルドに朝食作るようにお願いしとくからさ。
ほらなんていったっけ、ユリアさん?その人にも頼むしメディちゃんにも言っとくよ」
全員が一斉に停止する。
これもだめなのかよ。
あーもう余計なこと言っちまったな。
「う」
「う?うってなんだ?鳥か?」
「うおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
全員猛烈な勢いで作業に戻っていく。
手も使わずにハシゴを駆け上がり、屋根にタールを塗りたくる兵士や、
凄まじい勢いで釘を打ち付け、壁を作っていく兵士。
「レルドさんの手作り料理ぃぃいいいいいいいい!!」
足りない資材を倉庫からどんどん持ってくる兵士の集団。
「ユリアさん!あなたのために!がん!ばり!ます!」
建屋の周りに柵を作っていく兵士。
趣旨かわってね?
最初の可哀想はどこいったんだよ。
「メディちゃんはぁはぁ」
まぁあの兵士は、なにかしようとしたらロニーあたりにしばかせよう。
とにかくやる気が戻ってなによりなので、夜が明けるその時まで、
自分もできること手伝っていくとする。
後書きまで読んでいただきありがとうございます。
この話の後も添削が終了していたので、まだ連続で続きます。
自己チェックの自己チェックすらできない自分の至らなさを呪うばかりです。