表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/5

ー貴族と女性ー

書き溜めていた分の投稿になります。

もし1話を読まれていないのでしたそちらもよろしくお願いいたします。

「報告ご苦労」

隣国の王は謁見の間で、目の前の伝令から、

レイレルド国の状況を知らされていた。


「召喚が行われてからたったの二日でこれか」

あの国に伝わる伝説。

眉唾物と棄て置いたのは自分だ。

しかし現実は召喚が行われてから数日で自らの手駒は排除された。


「間者を送り詳しく調べよ、だが何があってもこちらから手を出してはならぬぞ」

召喚された者の外見はただの青年らしいが、どんな魔法を使うかわかったものではない。

万が一神族の類が召喚されたとあらば、こちらもそれなりの手を考えなければならない。


ーーーー


「んで、この後どうすんの?」

朝食を済ませて皆で集まり会議を開く。

メンバーは、

アリア、ミルド、レルド、ロニー、ナターシャ

そして小さな女中と俺だ。

ロニーの言葉に返すように会議を開始する。


「んーまずは国内の正常化だな」

めちゃくちゃにされた国内を元に戻さないことには、

戦争すらまともにできない。


「ですが、隣国が攻め行ってくるのではないでしょうか」

裏切り者を見つけ出されたことは、おそらく逃げた兵士から伝わっているはずだ。

姫さんの懸念は最もだが。


「いや、多分せめてこないんじゃないかな」

「なぜそう思われるので?」

ミルドが説明を求める。


「いや簡単なことだよ。元々王都手前で侵攻を止めたでしょ?

ってことはだ、ただ単にこっちを滅ぼしたいってわけじゃなく、

何か別の狙いがあって、今のまま侵攻してもそれを達成できないから止めた。

もしくは別の脅威に備える必要があって、侵攻できなくなった。

例えばよその国から裏を突かれそうだったとかね」

前者なら少なくとも土地や奴隷欲しさではないはずだ。

王都に攻め入れば王都内で戦闘になる。

そうなると手に入らないものなのだろう。

後者は単純に兵力不足だろう。


「なるほど」

ミルドが唸っている。


「正常化っていうけど、まずは何をすれば良いですか?」

いろいろあるけどまずは簡単なところから始めようと提案をする。


「ここ数年で姫がサインした書類を全部見直す。

不都合なものばかりだろうから、それを正せばかなりマシになるはずだよ。

ってことで、アリアさんはしばらく書類とにらめっこだね」

「わかりました、午後から早速取り掛かりますね。それと、アリアとお呼びください」

一国の姫さん相手に呼び捨てはまずいんじゃないかと思ったが、

本人が言うならいいか。


「軍隊は現状どんな形式とってんの?」

徴兵制、志願制色々な形態があるはずだ。


「戦争開始から徴兵しておりました」

これに答えたのはレルド。


「んじゃその人達に、

職業軍人になるか、家に戻るかを聞いておいて」

「全員戻るって言ったらどうすんだよ」

ロニーの指摘は最もだ。


「無理やり徴兵された人達に高い戦力は期待できないでしょ、

下手すれば敵前逃亡するよ。

だけどロニーの指摘通り全員いなくなるのはまずい。

半数は残って欲しいから、志願して残る人は給料アップってことでね」

金のために戦うってのも立派な理由の一つだとは思う。

その金で家族を養い、家族が豊かに暮らせるなら全然ありだ。


「あ、もちろん辞める人にもそれなりの退職金あげてね」

「辞める者にも与えるのですか?」

「あったりまえでしょ。無理やり連れてきて命がけで働かせておいて用が済んだら、

無一文で解雇とか反乱の種だし、お金のないその人達が盗賊にでもなったらどうすんのよ」

「はぁなるほど。しかし先のことまで考えておられますな」

俺のいた世界じゃ辿った歴史なんだよね。

日本にだってヨーロッパに負けないくらい戦争ばっかりしてたわけだしね。

平和なのはここ60年だけだ。

その60年だって近隣諸国と摩擦がないわけじゃない。


「この国ってほとんど自給自足で現状耐えてるわけだけど、

その割には領土少ないじゃん?食料とかどうしてんの?」

50キロの円形に近い土地しかないんじゃ、

王都の住人全員を食わすのって厳しい気がする。


「魔法で作物の促成ができるので、農作物に関しては問題ありません。

家畜用の飼葉なども現状では間に合っています」

魔法って本当に便利だなおい。


「その割には王都外周部は結構治安悪そうだったけど?」

これは持論だが、衣食住揃ってないと治安は悪化する。


「税金が負担となっているのでしょう、食料はありますが買えないのです」

あーよくある話。

江戸時代も百姓一揆あったしな。


「そこは最優先だな。アリア、税に関しては俺が直接見直すよ」

これでも現代人だ。

理想的な税の掛け方はわからないが、やってはいけない掛け方は知ってる。

すなわち一律課税だ。

衣食住に関するものの税金は下げて、

贅沢品と呼ばれるものには多めにかける。

「はい、お願いします」


「んで金がないと犯罪に走る人間が出る。ということで雇用を作る」

よく働いて、労働後の一杯をキューっとやればそれだけで笑って暮らせるもんだ。

それだけじゃないけども。


「しかし治水工事なども最近では不要でして、大規模な雇用となると難しいかと」

「ありゃそうなの?」


「元々気候に恵まれている土地故の悩みといったところでしょうか。

国庫にはまだまだ資金の余裕はありますが、

国民に還元する方法が少ないのが現状です」

じゃ税金下げろよってあれか、ダメアリアがサインしたのかな。


「んー、それじゃそれも俺が考えとくよ。ちなみにロニー」

難しい話で退屈なのか、ロニーが半分居眠りしている。


「うぉ!?起きてるぜ!」

あえて突っ込まない。


「この国の兵士の練度は?」

「んー前国王の時はそれなりだったけどな、

昨日戦った連中が平均だとすると、相当下がってる」

牢屋で数年ブランクがあったはずのロニーに瞬殺だもんな。


「そんじゃ残った兵士の鍛え直しよろしくな。アリア、こいつ隊長でいい?」

「ええ、ブラム様がお決めになられるのでしたら大丈夫でしょう」

ここまで信用されるのもむず痒いが、

今は別の話だからいいか。


「へっ、ついに俺が最高指揮官か」

「いやその上に総司令としてナターシャさん置く」

「なぜ何!?」

「お前脳筋だろ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「あらあら就職が決まってしまいましたわ」

この人の笑顔に癒されるわー

こんな人とこのアホは昨日あんなことやこんなことを?

よし、あとで殴る。


「それからこれは個人的なことなんだけど、この子を俺の秘書にしていい?色々教えたいんだわ」

幼い女中を指差す。


「色々ってお前・・・」

「ブラム様・・・・そういうお趣味で」

「なんと不謹慎な!」

「姫に手を出さないのはそういうことでしたのですね」

上からロニー、アリア、ミルド、レルド。


「ちがああああああああう!勉強教えんの!計算!読み書き!」

全員から冷たい目を向けられ侮蔑される。


「ん?おおあるじゃん雇用!」

全員がわからないという顔をしている。


「この国学校ないでしょ?」

「学校とはなんでしょうか?」

やっぱりないか。


「子供を集めて読み書きを教えたり、国の歴史を学ばせたりすんのよ、

もちろん計算もね。そこで雇用の発生!学校を作る土木建築に、

完成後の教師、給食もつけちゃう!」

日本じゃ給食は親が払うが、

この国は食料があるのに買う金がないって家庭が多いはずだから、

学校で子供の朝食と昼食を出す。

そして勉強もさせる。

子供がいない間に親は働ける。

子供が多い家庭ほど恩恵はでかいはずだ。

つまり人口増加にもつながるわけだ。


「いやはやそのようなアイディアがあるとは」

ミルドが素直に感心してくれている。

まぁ日本のものを改変しているだけだから、

俺のアイディアじゃないけど。


「なんか頭が冴えてきた、この国の医者ってどうなってる?」

「医者ですか?おりますが?」

「いやいや診察料とかだよ、高い?」

「そうですね、薬は高価なものですし、医者の数も少ないので気軽に行けるものではないです」

やっぱりそうか。

中世の医者なんかには、貴族専門ってのもいたらしいし、

思った通りだよ。


「じゃ医者を何人か国で雇おう、んで無料で民衆を診察させる。

もちろん薬代は無し」

「いやしかしそれでは貴族から反発が出ます」

「え、貴族とかいんの?」

てっきり領地ごと滅ぼされてんのかと思ってた。


「当然おります、健在なのは五貴族で、開戦後はいずれも城に近い屋敷にお住まいです」

「何してんのそいつら?」

俺の認識だと貴族ってのは自分の領地を持ち、

その中で民に税金を納めさせて暮らしているってのだった。

領地も持たずに屋敷にいるだけってどういうこと?


「何と言われましても、領地奪還が叶うまではこれといっては・・・、

事業を行っている者もおりますが、大規模ではありませんな」

領地奪還って兵士もいないのにか?


「よくわかんないんだけど、領地もないのにどやって生活してんの?」

「国庫から出しておりますが」

あれか、つまりニートか。


「呼んで」

「は?」

「呼び出してそいつら、国がこんな状態なのにニートってどういうこと!?

しかも贅沢してんだろ当然!」

ニート生活しながら国が領地を取り戻すの待つだけって意味がわからん。


「い、いやしかしですね。開戦前は貴族から上納を受け取っておりました手前、

王族には貴族を保護する義務がございます。

戦況が傾いたからとないがしろにするのは、国の信用に関わります」

ミルドのいうことはもっともだ。

納税者は納税の義務を行うことによって、権利を得る。

これはどちらが先とか後とかないのだ。

権利を得るためには義務を行う必要があるし、

義務を行えば権利が発生する。


「ん?っていうかその領地民はどうしたんだよそいつら」

「・・・・まぁ置いてきたのでしょう」

逃げたってことかよ。

つまりこちらには義務を要求しておきながら、

領地民に対する義務を怠ったってことか。


「・・・・それに関してはアリアと相談するわ。いやミルドさんもいてくれた方がいい。

なんにしろ後回しね。貴族のこと気にする必要ないから医者の件は進めておいて」

ある意味寝返るよりタチの悪い連中みたいだな。



「あまり一気に決めても実務が追いつかないだろうから、ミルドさん、今決めたことを書面にまとめて、

後で俺のとこに持ってきてくれないですか?」

「ええお安い御用です」


またも居眠りしてるロニーもいるしそろそろお開きか。


「んじゃ今日はこの辺で解散ってことで」

みなが席を立ち自分の仕事に向かう。

残ったのは幼い女中とナターシャさん。


「君、名前は?」

幼い女中に問いかける


「メディ・タノールです」

「よし、メディちゃんはこれから俺の秘書ね。勉強とか教えながらになるけど頑張って」

「はい!」

元気のいい返事だ。

子供はこうでなくちゃね。



「私はどうしましょうか」

ナターシャさんを総司令官にしたはいいけど、

当面やることはなさそうだし、手持ち無沙汰か。


「基本ロニーのサポートをして欲しいんだけど、

それじゃ暇だと思うんで、魔法に関する調べ物をお願いしたい。

探索や探知、それから洗脳系の魔法をあらかじめ防御する方法をね」

姫がまたあのような状態になることは避けなければならない。

いや、姫だけに限らずだ。


「わかりました。それと、夫のことありがとうございます」

美しい笑顔向けられる。


「じゃメディちゃんは俺と部屋に来てね」

会議室を後にし部屋でメディに計算を教える。


「じゃまずは基本なんだけど、今はどれくらい計算できるかな」

紙に簡単な足し算引き算を幾つか書いて、メディに解かせてみる。


「えっと・・・・」

手を使って計算をし始めた。

うーん。

今の学力は小学生低学年かそれ以下かな。

解き終わったメディが自信なさそうに紙を渡してくる。


「二個正解、あとは間違ってるね」

「ごめんなさい」

申し訳なさそうにうつむいてしまったメディの頭に手を置く。


「謝ることないんだよ?これは今どれくらいできるか知りたかったからやってもらったんだよ」

大学の恩師は教育熱心な人で、

曰く、

『問いを投げるのは簡単だ。

教師の難しいところは、明確な回答と生徒を納得させる方法をいくつも持たなけらばいけないことだ』

らしい。


否定するだけなら子供でもできるに通じてる言葉だと感じたから、

よく覚えている。


「それじゃ次だけど、数はいくつまで数えられる?」

両手を使うことはなかったが、

概ね100までだった。

百まで数えられれば、

金額の計算は生活で事足りるのだろう。


「じゃー数字の数え方を改めて教えるのと、足し算と引き算からだね」

「はい!」

こんな調子で一時間ほど勉強をして休憩をする。


「メディちゃんは数の数え方を誰に教わったの?」

生活の中で身についた可能性もあるが、

会話の種というやつだ。


「レルドさんがちょっとずつ教えてくれました」

ほほう。

やっぱり面倒見はいい方なのか。


「でもレルドさん忙しいしあまり時間もなくて」

あー。

確かにこの城って規模に対して使用人少ない。

数日しかいないけど全員見かけたことがある人ばかりだから、

女中は10人ほどだろうか。

執事みたいな人もミルド含めて5人ほどだ。

よく維持できてたな。


「でももう計算は大丈夫そうって言われて仕入れを任されるようになったんです。

騙されちゃってたけど・・・・」

「・・・・・え」

「?」

ってことはだ。

あいつも計算レベル低いんじゃ・・・・。


「ちなみに、他に計算とか得意な人知ってる?」

「ミルドさんはそういうの得意って聞きました」

爺さん!よかった!あんたの株が俺の中で上がったぞ!


「明日からレルドも勉強だな」

「そうなんですか?」

「そうなんですよ」

ちょっと先が思いやられる。


「レルドに伝えといてね、今日と同じ時間メディちゃんと一緒に勉強だ」

「はーい」

その後も計算問題を解かせたり、

数を復唱させたりして午前を過ごした。


午後は一人で城下町に出る。

レルドから地図ももらっているので今度は迷わないだろう。


街中の小川沿いを適当に散策する。

こうしてみると綺麗な街並みだ。

景観の邪魔になる電線などもちろんない。


少し歩いたところにベンチを見つけ腰を下ろす。

のどかで今が戦争中というのが信じられない。

考え事もせず惚ける。

脳の休憩というやつだ。

頭上で小鳥がさえずり、小川のせせらぎが小気味好く耳に響く。

暖かい午後の日差しも最高だ。

目を瞑り堪能する。


しばらくそうしているとベンチが軽く軋み、

横を見ると女性が座ってた。


着物のような服装だが、胸元が大きく開き、

裾もミニスカートのように短い。

大きな野太刀を持ち何より目を惹くのは、

銀色の長髪。

腰の下どころか、くるぶしの辺りまでありそうだ。


この人も散歩かな。

まぁ別に邪魔になるわけじゃないし、このまま日向ぼっこを続ける。


そうやって10分ほどした時だろうか。

女性が声をかけてきた。


「主」

一瞬自分が声をかけられたのかわからなかったが、

この場には彼女の他に自分しかいないことに気がつき返事をする。


「あ、俺?」

「そうじゃ、暇<いとま>はあるだろうか」

随分と古い言い回しをするものだ。

まるで江戸時代だ。


「ああ、まぁ見ての通りぼーっとしてるだけだからね」

実務は皆に任せて俺は頭脳労働だ。

ぶっちゃけアイディアがうまく出てくるようにするのも仕事だから、

リラックスするのも仕事というわけだ。


「よければわしの話を聞いてはもらえぬか」

一人称わしか。

「構わないけど、何?」

答えると女性は独り言のように話し始めた。


「先ほど父と喧嘩をしたのじゃ」

こちらを見ずに視線は小川のせせらぎでも見ているのか、

じっと正面に固定されている。


「原因はな、まぁなんじゃ、父のやり方が気に食わなくてのぉ。

反発してしもうた」

よくある親子喧嘩みたいだが、父のやり方というのはなんだろうか。


「父はな、貴族じゃ。王都から東に少し行ったところに、

小さくない領地を任されておってな。そこで暮らしておった」

朝にミルドが話していた五貴族のうちの一つか。


「暮らしに不満はなかったし、ここまで育ててもらった恩もある。

好きなこともさせてもらっていた。じゃがな、戦争が始まった」

好きな格好もしてるみたいだしねとは心の中だけにとどめておく。


「わしは戦う準備をした。

領民を守らねばならんからな、幸いこう見えて武芸には秀でて追ってな、

そこらの兵士には負けはせん」

ああそれで刀を持ってるのか。

女性の大きく出ている太ももに置かれている手がきつく握りしめられた。


「夜に戦支度をした父と同じ馬車に乗り、家を出た。

母は何かあった時は、女性の尊厳だけは守りなさいとこの懐刀をくれ見送ってくれたんじゃ」

胸元から小さな懐刀を半分だけ取り出し見せてくれた。


「じゃが着いたのは戦場ではなくここじゃ。

父はのう、逃げたのじゃ。戦いもせずに、開戦の知らせと同時に領民を捨てて逃げたのじゃ。

領民も母上も見捨ててのう」

よく見れば手の甲に涙が落ちている。


「わしはなぜじゃと父に食ってかかった、なぜ領民と母上を見捨てたのじゃと。

そうしたら父はこういったのじゃ。

あれは没落した家のものだから連れてきてもメリットがないとな、

母上のことをあれと呼んだのじゃ、物のように呼び、物のように要らなくなったら捨てるというんじゃ」

クズだな。

凄まじいクズだ。

貴族には元から良いイメージがないが、

ここまで身分を気にする物なのか。


「ではなぜわしを連れてきたのじゃと問うたわ。

そしたらのう、わしには他の貴族と結婚し子を成せと。

子を成し高潔な貴族の血を繋げとな。

わかるか?

父にとってはわしも道具じゃ、好きにさせたのは単に不都合がなかったからじゃ。

今になって思えば好きにさせたというより、興味がないから放っておいただけじゃな」

爪が手のひらに食い込んでいるのか、

指の隙間から血がにじんできている。


「今朝、母上だけでも助けに行くと言ったらのう。

誇り高い貴族の血を引くならわきまえよと、叩かれてしまった。

そのまま家を飛び出してきたわけじゃ」

話を聞いてもらえるかという前置きがあるくらいだし、

やや重い話だとは覚悟していたが、重すぎる。

気持ちのいい天気が味方しても、このベンチだけ暗雲が立ち込めたように暗い。


「母上も助けに行けんような血なら、全て抜いたほうがマシなくらいじゃ」

この流れまずくね?


「そうじゃ、抜いてしまおう・・・・どことも知れぬ殿方の子を孕むくらいならば、

いっそ死んだほうがマシじゃ」

先ほどの懐刀を取り出している。


「ちょちょちょストーップ!待て待て!」

慌ててその手を押さえつける。


「止めるな!母上も尊厳は守れとおっしゃった!頼むから死なせてくれ!」

「いいからストーップ!とにかく死ぬのはストーップ!」

力任せに懐刀を取り上げる。

女性は取り上げられた勢いで俺の膝に顔を埋め泣いている。


「一旦落ち着こうよ、なんか考えが浮かぶかもしれないしさ」

ノープラン励まし。


「そんなものはない!わしだって沢山考えたんじゃ!一人で助けに行こうともした!

じゃが全部ダメだったんじゃ!

わしのしようとすることはそんなに間違っておるか!?」

泣きじゃくり嗚咽を漏らしながら膝の上で叫ぶ。


「君は間違ってないよ、俺なら父親をぶん殴ってでも助けに行くさ」

間違いなく殴り跳ばして二度とふざけてことが言えないようにする。


「ならば!殴ってくれ!我が父を殴ってくれ!

母を見捨て、領民を見捨てるような父なぞ殴ってくれ!」

俺の襟を強く握り閉めて、目の前で懇願してくる。


「いや、そう言われても他人だし・・・」

「ほれみろ!できもしないことを言いおって!それなのに死なせてもくれん!何なんじゃお主は!」

通りすがりなんだけども。


「死ぬこともさせてくれん!助けもしない!口だけの男じゃお主は!」

襟に彼女の手のひらから流れた血がにじむ。

戦争が始まって数年。

ずっと耐えて、何度も懇願したのだろう。

それが今になって爆発したわけか。

口だけの男か。

確かにそうだな。

目の前で泣いて助けを求める女がいても何もできない。


「わかった、父親に合わせて」

ポケットからハンカチを取り出し、彼女の涙を拭いてやる。

それを半分に裂いて、両手に巻いてやる。


「ほら、家どこ」

「・・・・こっちじゃ」

一瞬放心したようになり、ゆっくりと立ち上がると案内をしてくれる。

取り乱しながらも、彼女自身が無茶苦茶なことを言っているはわかっていたのだろう。


彼女の家は先ほどの場所から50メートルも離れていなかった。

彼女が家の扉を開けて中に入るのに続く。


「おかえりなさいませお嬢様。そちらの方は?」

使用人がお辞儀をしながら出迎える。

これが国の税金で賄われてるのか。


「友人じゃ」

そうでございますかと、使用人は下がる。


「こっちじゃ」

なかなかの大豪邸。

アリアの居る城には遠く及ばないが、

東京で買おうものなら5億じゃ済まないだろう。


「父上、お話がございます」

書斎の扉をノックして声をかけている。


「テレサか、頭が冷えたのなら話すことはない。下がれ」

歯を食いしばり、拳をきつく握って耐えてる女性が隣にいる。

それだけで十分だった。

彼女の両手を優しく掴み、ゆっくりと手を開かせる。


「ダメだよ、また傷口が開くよ」

「お主・・・」

「ノープラン励ましの次は、ノープラン人助けだ」

ドアノブをひねり中に入る。


「なんだね君は」

書斎の奥に備え付けてある机に座り、

何かの本を読んでいるおっさんがこちらを睨み付けてくる。


「私は読書の邪魔をされるのがあまり好きではない、出て行きなさい」

娘の話より読書か。


「話がある」

おっさんは深いため息をつき。


「テレサ、お前の知人か?無礼にもほどがある。お引き取りいただけ」

「俺がお前に話があるって言ってんだよ」

またもや深いため息。

これ見よがしにわざとやっている。

癪に触る。


「私は平民になど話はない、出て行きたまえ」

あくまで高圧的、そしてゴミでも見るかのような目つき。

テレサの父親は手元のベルを鳴らしながら話す。


「お呼びで?」

すぐに使用人が入ってくる。


「その男を摘み出せ」

二人のガタイのいい使用人が俺の両脇を固め、引きずろうとする。


「聞く気がないか?なら領民を見捨て義務を果たさなかったお前には、王都から出て行ってもらうぞ」

「戯言だな、平民風情がどんな噂を鵜呑みにしたのかは知らんが、君とは住む世界が違うんだよ」

顎で使用人に指示を出し、

俺を部屋から、いや屋敷からつまみだそうとする。


「やめよ!乱暴をするでない!」

テレサが使用人を止めに入る。


だが純粋な力では叶わず俺は引きずられ玄関から放り出される。

いや投げ出さるの方が正しい。


「痛ってー!」

「大丈夫か!?すまぬ!すまぬ!わしのために!」

駆け寄って心配をしてくれているテレサ。


「怪我をしているではないか!」

肘を見ると擦りむけている。


「ああ、いいのいいの、こんなの舐めときゃ治るでしょ」

言いながら舐めようとするが、届かない。

人間の口は、体の構造上肘には届かないのだ。


「全く仕方ないのう」

言いながらテレサが俺の肘を舐める。


「おい、汚いぞ」

「汚いことなどないわ、わしのために負った傷じゃ、わしが責任を取るのは当然じゃ」

それと舐めるのは違う気がするが、今はすることがある。


「テレサ、一緒に来てくれ」

テレサの手を握る。


「っと悪い、手は怪我してたんだったな」

離そうとするが、柔らかく制止される。


「大丈夫じゃ、どこにでも付き合おうぞ」


テレサの手を引いたまま城に戻る。


「お主、ここは城じゃぞ」

城門を抜けた辺りでテレサに声をかけられる。


「うん、今ここに住んで色々してるんだよ」

手を引いたまま城の中に入る。


「あ、メディちゃん。アリアとミルドどこ」

廊下を歩いていたメディを見つけて、

アリアとミルドの場所を教えてもらう。


「お二人ともアリア様の書斎で書類仕事をされています」

お礼を言ってアリアの書斎に向かう。


「アリア、貴族のあれ。とりあえず一人今日やるから」

扉を開けるやいなや、挨拶もなしにそう宣言する。

部屋にはアリアとミルドの他にナターシャがいた。


「ブラム様それはまた急にどうされました?

それにそちらのご婦人は?」

ミルドが書類を持ったまま質問をしてくる。


「あ、彼女はテレサ。さっき知り合った友人で、

バトロイド家のご令嬢」

「そ、それはなんとも」

状況についてこれないのはわかるが、今の俺には説明する気が起きない。


「貴族の件は構いませんよ、先ほどミルドと話したんですが、

やはりブラム様に一任するのが最善かと。

私達はあくまでも補佐的な位置づけいいかと」

テレサがアリアと俺の顔を交互に見てどうなっているのかという様な表情をしている。


「んじゃその件は俺に一任なのね、サンキュー」

それだけ言って書斎を後にして自室へ向かう。


「あっ!ブラム様!?・・・行ってしまわれましたわ」

事情を説明してもらおうと声をかけるアリアだが、

ブラムはテレサの手を引いてさっさと行ってしまった。


「何か、怒っていらっしゃるように見えましたね」

ナターシャが顎に手を添えながら発言した。


部屋に行く途中に居た兵士を無言でひっ捕まえて、テレサと一緒に部屋に連行する。

自分は何かしただろうかとビクビクする兵士をよそに、手紙を書く。


『バトロイド家現当主へ

先の開戦時に領民を見捨てた事について話を伺いたい。

本日15時までに城まで来られよ。

遅れた場合、または償還に応じない場合は、実力を持って対応いたす。

レイレルド王国代理人、ブラム。

P.S

すぐに来い!』


P.S部分に関してはあえて書きなぐってやった。

ちなみに今14時10分だ。


「はいこれ、バトロイド家まで大急ぎで届けて。当主に直接渡してその場で開封させて。

なくしたりしたらすごい事になるから頑張ってね」

連れてきた兵士に手紙を入れた封書を渡す。


「は、は!」

一度敬礼をしてから猛ダッシュで部屋を出て行く。


「あーごめんねドタバタして」

手を引いてきたから、自分の座っている椅子のすぐ横に立っている。


「い、いやいいのじゃ。それよりお主は」

「ん、色々あってさ。今ここで国がなくならないようにお手伝い中な訳よ」

立ち上がり、テレサにソファの方にかけるように勧める。

廊下に顔を出して、辺りを見回すと、

レルドが少し離れたところにいたので、お茶を二人分頼む。


「今飲み物頼んだからさ」

テレサの隣に一人分ほど隙間を開けて座る。


「それは良いが、貴族の件とは何じゃ」

当然の質問だな。

貴族とはつまり自分も含まれている。


「テレサの父親だけじゃないんだけど、

今王都にいる貴族は、領民を見捨ててここにいるんだよ。

それは君も知ってると思うんだけど、

問題は義務を放棄しているという点でね、

領地民から税金を受け取っていた以上守る義務がある。

テレサが戦おうとしたようにね。

で、それをしもしないで、自分達だけはさっさと逃げてきて、

税金で悠々自適に暮らしてるってのも、問題。

国民の大半は、金がなくて食べるにも困っているのにね」

テレサがまた拳を握り始めたので、

両手を握り怪我をしないようにする。


「悪い癖だな、女の子なんだから気をつけなきゃ」

「ぁ・・・」

ん、テレサの顔が少し赤くなっているような気がする。

この程度の出血でも熱って出るのかな。


「ん、熱でも出たのか?」

片方の手を外してテレサの額にあてる。


「ば、馬鹿者!熱などないわ!」

「そう?ないならいいけど」

慌てて離れたテレサだが内心は心臓が爆発しそうだった。


(な、なんじゃこの心臓の鼓動は・・・これではまるで・・・)



ーーーー


「旦那様、城より使者がお越しです。書状があるとか」

バトロイド家、現当主の書斎


「城から?受け取っておけ」

「直接お渡しするよう仰せつかっております!」

扉の外で待っていたブラムの伝令もとい、配達人にされた兵士が大きな声で答える。


「聞こえたよ、入れなさい」


兵士は中に入ると当主に手紙を渡す。

テレサの父親は受け取ったそれを、

引き出しの中にしまおうとしたが。


「すぐに開封させるようにとも仰せつかっております」

兵士の一言で軽くため息をつき、

卓上のペーパーカッターで封書を開封し、中の書状を読む。

短い文章を読み終えて、兵士を睨みつける。


「なんだこれは?」

睨まれた兵士だが、雇い主でもない貴族に睨まれたところでどうということはない。

平然な顔で答えた。


「自分は書状を急ぎ届け、直接手渡し、すぐに開封させるよう仰せつかっただけです」

それ以外は知らないねと言外に発している。

部屋の掛け時計を見ると、書状に書かれている時間まであと30分ほどだ。

馬車をでいけば十分間に合う。


「馬車を回せ、王宮に行くぞ。急ぎだ」

ただ時間を指定されているだけなら、遅れても今日中にいけばいいが、

遅れた場合と行かなかった場合に、実力行使に出ると書いてある。

しかも手紙を届けたのは、ただの配達人ではなく、城の兵士。

つまりは応じなければ連行するということだ。

たとえ罪を犯していなくても、

貴族が兵士に連行される姿を近隣に見られれば、それだけで貴族としての外面が悪くなる。


馬車を呼べという言葉を聞いてから兵士は帰って行った。


「今日は何なんだ、テレサといい無礼な男といい、急な召喚状といいロクなことがない」


ーーーー


「でね、かなり辛辣なことを君の父上に言ったりすると思うんだよ、

だけど我慢してほしいなーって思ったりしてるんだけど」

一連の流れをテレサに説明し、最後に頼みを言う。


「構わん、人を人とも思わん父など、どうとでもなれば良いのじゃ」

先ほど距離を取られてから一度もこっちを見てくれない。

なんか嫌われるようなことしたかな。


「テレサは黙って見ててくれればいいよ」


「いよー!なんかおもしろいことやってるって?」

扉を騒がしく開き、ロニーが入ってくる。


「面白くなんかねーよ、出て・・・行かなくていいや」

「あん?」

てっきり出て行けと言われると思っていたロニーは、

いていいという発言に訝しむ。

ロニー自身は出て行けと言われても居座るつもりだったが。


「まぁ保険だよ。いてくれるだけでいいわ。そこ座って」

書斎の一番奥、普段は自分が使っている机にロニーを座らせる。


「ん?俺ここでいいわけ?お前はどうすんのよ」

「俺は机に座っとくからいいのよ、友人を立たせてはおけんでしょ」

「んん〜?まぁいいけどそっちのべっぴんさんは?」

ソファーに座っているテレサを指で指している。


「指で人を指すなよ、テレサだ。さっき知り合った友人だよ」

貴族うんたらは面倒だから言わない。


「ほほう?ほほほう?なるほどなるほど」

「なんだよ」

「彼女か?」

バカがバカなことを言い出す。

「んなわけあるか!テレサに失礼だろうが!」

ロニーに食ってかかっているせいで気がついていないが、

ブラムの後ろではテレサが茹で蛸のように真っ赤になっている。

当然ロニーの目にはそれが入っている。


「失礼ね〜?、まいいや。とにかく俺はここに座ってるだけでいいんだな?」

ニヤニヤしながらロニーが深々と椅子に座り直す。


「ああ、何も話さなくていいよ」

その時扉がノックされる。


「ブラム様、バトロイド家当主様が参っております」

扉の外からレルドが声をかけてくる。


「通していいよ」

テレサの父親がまず目に留めたのは正面に座るロニー。

次に自分から見て左側のソファーに座る我が娘。

そしてロニーの座ってる机に寄りかかる形で座っている先ほどの無礼な男。


テレサの父親、ドロイドは混乱していた。

なぜここに我が娘がいる。

そして同じく先ほどの無礼な男もだ。

一瞬考えはしたが、わからない。

テレサはともかくあの男は大方このブラムの護衛か側仕えだろう。

わからないものよりも、まずは挨拶をしなければならない。

自分は城からの召喚を受けここにいる。

呼んだ側が先に挨拶をするお茶会とはわけが違う。

机に座るロニーの前まで進み出て、深々とお辞儀をする。

優雅に、そして余裕があることを示すため時間をかける。


「ブラム様。召喚にしたがい参上いたしました。

バトロイド家現当主ドロイド・ファンタズマ・バトロイドでございます。

領民を見捨てた件と書状には書かれていましたが、

当方身に覚えがありませぬこと故、説明からお願いいたしたいが、よろしいか」

謙りつつも隙は見せない。

あくまで自分は優位にあるのだと相手に思わせる。

貴族にとってはそれが大切だ。

相手に主導権を奪われるということは、

貴族を舐められるということだ。


「説明と言われてもな。

お前達貴族が先の開戦時に逃げてきたことは明白だ、

王都に居たいのであれば働け」

横にいた、ドロイドから見ればただの平民風情から横槍を刺され、

貴族の誇りが軋みをあげる。


「下郎、いかに城支えとは言えど、官職にも付いていない平民が、

貴族相手に無礼な振る舞い許さぬぞ」

ドロイドに睨み付けられるがどこ吹くかぜとはこのことだろうな。


「お前は領民を見捨てた、そのことについて話をしに来たのだろう」

お前と呼ばれたドロイドの顔が一瞬で怒りの様相に変わる。


「斬って捨ててくれるわ!」

貴族たるもの剣は嗜む。

何より一応は戦時、外出時の帯剣は貴族にとって義務のようなもの。

ドロイドが腰の剣に手をかけ抜こうとした時、

はるかに早く抜かれたロニーの剣がドロイドの首元に突きつけられる。


「抜けば斬るぞ」

先ほどまで深々と座っていたはずのロニーは、

ドロイドが剣に手をかけた瞬間。

目にも止まらぬ速度で立ち上がり、

その勢いで剣を抜き、机越しにドロイドに剣を突きつけた。

椅子は後ろに倒れている。


「・・・・ブラム様、いかに貴方様の部下と言えど、貴族に対してこのような態度、

許されるものではありませんぞ」

自分に剣を突きつけている者に、視線だけを向け、だが気勢を緩めずに言う。


「ブラムは俺だ」

「な!?」

怒りの表情が驚きに変わる。


「もう一度言う、ブラムは俺だ。それでも無礼だと切り捨てるか?」

見ればドロイドの目は泳いでいる。

混乱しているのだろう。


ロニーの後ろに移動し、倒れている椅子を起こして座る。

「助かったよロニー、もう少しでこの勘違いした間抜けに殺されるところだった」

ブラムがドロイドから距離をとったため、

ロニーは突き出していた剣を収めて、ドロイドの後ろに回る。


「答えがないな、俺がブラムだが、それでも切り捨てるかと聞いているんだ」

ロニーがドロイドから剣を取り上げている。



「い、いえ滅相もありません」

まだ目が泳いでいる。

状況を理解しきれていないのだろう。


「代理人へ刃を向けた罪、どう償う」

俺の今の立場は姫の代理人。

刃を向けるということは、王族に刃を向けるのと同義だ。

それは貴族であろうと極刑。


「し、しかしそれは!後ろの御仁がブラム様だとばかり!」

「ロニーはお前にブラムだと名乗ったか?」

名乗っていないロニーはただ座っていただけだ。


「ですが!そちらが私を嵌めようとした結果ではありませんか!」

別人を座らせ謀ったとドロイドは主張する。


「嵌めようとした?」

「そうですとも!」

「俺は友人であるロニーを立たせておくのが忍びなくてな、空いている席に座らせただけだ。

テレサの座っているソファーも座れなくはないだろうが、面識のない殿方と同席させるなど俺にはできんな」

貴族が気にする対面を前面に出す。

至極当然な配慮だ。

特に女性を座らせる場所などには気を使うのがマナーというもの。

たとえ主人の座る場所がなくなろうともだ。


「お前が勝手に勘違いしただけだろう、それを嵌めようとしたなどとはな」

いつもは自分が上に立ち振りかざしてるものを、目の前の俺にやられ、

ドロイドは立つ瀬がない。


「まぁとりあえず本題に入ろうか、なぜ領民を見捨てた?」

場の優位性などとっくに失われているドロイドは、

しどろもどろになりながらも、なんとか答える。


「それは誤解です!我々バトロイド家は隣国の兵士に対して勇敢に戦いました!

結果は敗北したかもしれませんが、決して見捨てるなど!」

よくもまぁここまで嘘が言えるものだ。

やはりあれか、腐った政治家と同じで、

どんなに悪いことをしても認めなければ大丈夫だと思っているのか。


「ほう?戦ったと?」

「ええ!妻も女とはいえ貴族の端くれ、勇敢に戦いましたが力及ばず敵の手に落ち、

もはや勝ち目なしと判断し、娘と王都に逃げ延びた次第です!」

ドロイドの言葉に、テレサが拳を握りしめ睨み付けている。

身振りで手を開け閉めして、悪い癖が出ているぞと合図する。


「な、なんですかそれは」

「お前には関係ない」

テレサは気がついたようで拳を開き、刀を握りしめている。

あれならまぁ手のひらから血が出ることもないだろう。


「で?」

あえて不機嫌そうに、実際かなり不愉快で不機嫌なわけだが、

ドロイドに話の続きを促す。


「つ、妻を失いながらも領民のために戦い、娘だけでもと逃げびた臣民に対して、

見捨てたなどとはあまりではありませんか!」

なるほどね。

同情から見逃して欲しいって方向にしたいのね。

確かに話が事実なら同情の余地は大いにある。

むしろ心象を慮るところだが、

生憎テレサから聞いた話で、すでにそれが嘘だとはわかっている。

都合が悪くなると、見捨てた妻でさえも死んだことにして利用するか。

娘はまだ生きていると信じて探そうとしているというのに、

つくづく生かしておく価値がないな。


「なるほどね、よくわかった。

ところで俺は友人と一つ約束をしていてな。

忘れないうちに先に済まそうと思う」

椅子から立ち上がりドロイドの横に立つ。


「は?約束事ですか、それはまぁ忘れそうなのでしたら先に済まされた方が良いかと」

「それじゃ遠慮なく!」

思い切りドロイドの顔面を殴りつける。

人生で一番の力強さでだ。

吹っ飛ばされ転がるドロイド。

元々喧嘩などほとんどしたことがないし、

殴った右手が痛いがそんなことはどうでもいい。

ドロイドの左頬には拳の形がはっきりと残り、鼻血も出ている。


「ひゃ、ひゃにを!?」

口の中も盛大に切れて出血しているだろうドロイドの言葉は、

正しく発音できていない。

倒れているドロイドを跨ぎ、胸ぐらを掴んで上体を起こす。


「だから約束だよ、お前の娘と約束しててな。

開戦と同時に母と領民を見捨てるような父は殴ってくれってな」

「な!?」

ドロイドは驚きに目を見開き、テレサの方を見る。

そこには視線で人を殺せそうな目をした娘が、自分を睨んでいた。


「ひゃにかの間違いでひゅアガ!?」

さらに言い訳をしようとするゴミに、

打ち下ろしの拳を叩き込む。

間を置かずさらにもう一発。


「まっへくぎゃ!?」

くだらない言い訳を聞く気はない。

一発、また一発と、

全て同じ側の頬に拳を叩き込む。

もちろん手加減などしない。

拳を固く握り、一発ごとに大きく振り上げ、

少しでも防ごうとするドロイドのガードを突き抜ける威力で殴りつける。

15発ほど殴ったところドロイドは気絶したようだ。


「ふー」

大きく息をつき立ち上がり、

ソファーに座っているテレサに問いかける。


「テレサ、こんなもんでいいか?」

「ああ、十分じゃ」

実の父親が目の前で殴りつけられた後だというのに、

テレサの顔はすっきりとしていた。

血のつながりで許容できる範囲を超えていたということだろう。

席に戻り一枚目の紙で拳についた血を拭き取り、丸めて捨てて二枚目に書く。

アドレナリンのせいか。

右手は痛くないが、

歯で切ったのかそれとも単純に自分の皮膚が弱いのか。

拳からは血が流れ出ている。


『バトロイド家現当主殿へ

目が覚めたら明日もう一度同じ時間に来い。

次にくだらない嘘をつけば命はないぞ。

ブラム

P.S

現在の罪状

代理人へ刃を向けたことによる反逆罪

公式の場での嘘による、偽証罪』


「ロニー悪いんだけどさ、これと一緒にこいつを表にほっぽりだしてきて」

書状は封書に入れていない。

表で待っているであろうバトロイド家の使用人にも、見えるようにそのままだ。

書状には自分の血がついてしまっているが、

丁度いい演出になるだろう。


「オッケー、いやーやっぱ面白かったわ」

満面の笑みでロニーがドロイドを軽々と肩に担ぐ。


「あそうだ、テレサちゃんだよね?そいつの拳診てやってよ。

下手すっと骨折くらいしてるからさ」

それだけ言うと部屋から出て行った。


「骨折って大袈裟な」

右手を見ると、少なくとも血は止まっていない。

テレサが横に来て俺の右手を手に取る。


「またわしのために怪我をさせてしまったの」

テレサはブラムの拳をいたわるように両手で包み込み。

胸に抱く。


「いいっていいって、でもほらあれだ。

少なくとも口だけじゃないって証明できたでしょ?」

テレサは目を伏せがち落とす。


「そうじゃな」

「!?!?!?!?」

テレサはブラムの唇を自らの唇で塞ぐ。

あまりにも急だったので、何が何だかわからない。


(なんで俺キスされてんの!?)


「あらまぁ」


目の前にはテレサの整った顔。

目の前というか。

もう少しで触れる距離にテレサの閉じた瞳がある

いや唇は触れている。


10秒ほど経って、

息をしていないことに気がついた。

衝撃すぎて呼吸すら忘れていた。

酸素を求めて口を少し開ける。


「ん!?」

開いた瞬間テレサの舌が口内に侵入してきて、

自分の舌を舐めとられる。

いや舐めとるなとどいう生易しいものではない。

絡め押し込み、また絡め取る。

舌の裏も横も全てがテレサの舌で絡みとられ、

吸い上げられる。


「はぁはぁはぁ・・・・お礼じゃ」

やっと口を離したテレサはそう口にした。

お礼か。

お礼のキスか。

それにしては滅茶苦茶はげしかった。


「初めてにしては上出来じゃと思うのじゃが、どうじゃ?」

初チューでディープキスかよ!


「あーなんていうかすごかった」

脳みそが溶けて何も考えられなくなりそうなくらいに、強烈なキスだった。


「ふふん、今度はもっとたっぷりとしてやるから覚悟するんじゃな」

妖艶な笑みを浮かべながら、人指し指を口元に持っていく姿は、

夜に現れて男の生気を吸い尽くすサキュバスかのようにも見えた。

あれ以上すごいことになるとか想像できない。


「あのーそろそろいいですか?」

扉の方から声がかかり、人生最大の速度で勢いで離れる。


「なななななナターシャさん!?

いつからそこに!?」

ニコニコとした笑みを湛えながら、

扉の前にナターシャが立っていた。


「『口だけじゃないって証明できたでしょ?』のあたりからですね、気付かれてなかったんですね」

最初からじゃねーか!

「なんでここに?」

動揺が隠しきれない。


「そこでロニーさんとすれ違いまして、

ブラムさんが手を怪我しているから治してあげてくれと頼まれました」

あいつ後でぶっとばす。


「とりあえず傷を見せてもらえますか?」

ナターシャの美しい微笑みが、なぜか今は不気味に見える。


ナターシャの手に魔法陣が現れ、青い光を宿し、

そのまま自分の右手に魔法陣が移動する。


「これは、折れてますね」

次に現れた魔法陣はオレンジ色の光を宿し、

それを当てられると、柔らかい暖かさに手が包まれる


「表面の傷はこれですぐ消えますけど、骨は一週間ほどかかります。

一日一回は必ず診せに来てくださいね。

それからちゃんと治るまではなるべく使わないように。

えーっと、あなたのお名前は?」

そっぽを向いて真っ赤になっているテレサにナターシャが声をかける。


「わ、わしか?わしはテレサじゃ!」

俺より動揺してるな。

ファーストキスを人に見られた上に、ディープキスじゃ無理もないと思うが、

自分でやったとこだしどうしようもないだろう。


「テレサさんですね、ブラムさんが右手を使わないようにちゃんと見張っててくだいますか?」

「な、なんでわしに言う!」

振り向いてナターシャの文句のようなものを叫ぶ。


「え?でもお二人は恋仲なのでしょう?」

「こここ恋仲!?」

元から赤かったテレサが完全に真っ赤になる。


「そういう人に頼んだ方がいいですから、こういうものは。

・・・・・はい、いいですよ」

手の表面から傷が消えている。

魔法の力って本当に便利だな。


「骨は魔法でも時間がかかるものなんですか?」

皮膚はすぐ治せるのにと付け加える。


「やろうと思えばできますが、治療魔法は長期的に見ると体への負担が大きいんです。

ちょっとした傷ならいいんですが、骨や内臓、それ以外でも傷が大きい場合は、

直接魔法で治すんじゃなくて、自己治癒力を高める方法が一番なんです」

なんだ、魔法って言ってもノーリスクじゃないのか。


「それではテレサさん、あとはお願いしますね」

それだけ言ってナターシャは部屋を出て行く。


扉が閉められてから数秒。


「どどどどーしてくれるんじゃ!?わしのファーストキ、キ・・・キキッスを!見られたではないか!」

胸ぐらを掴みガクガクと揺すってくる。

あんがいかわいいなこいつ。


「どど、どうするも、何も、テレサが、して、きたん、じゃ、ない、かあああうあうあ」

頭を揺らされまともに喋れない。


「しかも恋仲と思われてしまったぞ!?」

揺らす手は止まらない。


「そん、なこと、言われて、も、っていうか、手を、放して、くれ」

視界が揺れまくっている。


ーーーー


そんな痴話喧嘩が行われている頃正面玄関では。


「だ、旦那様!?」

ロニーの手によって馬車の前に放り出されたドロイドを見て、

使用人が抱き起こす。


「連れて帰れってさ、あとこれ」

ブラムから渡されていた書状を渡す。


「・・・そんな馬鹿な!?」

内容を見て驚愕する使用人をよそにロニーは告げる。


「さっさと持って帰ってくれな、でないと掃除することになる」

ロニーのいう掃除とは通行の邪魔にならない場所、

路肩などに運び直しという意味だったが、使用人は別の意味で受け取った。

つまり、殺すと。


「たっ、ただいま!」

ドロイドを馬車に押し入れて去って行った。


「さてと、休憩終わりっと。兵士をしごいてきますかなっと」


ーーーー


夕食時に皆に今日の顛末を説明する。

テレサとの出会い。

そこからドロイドを屋敷に呼び出すまでの経緯。

呼び出してから行ったこと、起こったこと。


「そういうことだったのですね」

食後の紅茶を飲みながらアリアが言う。


「様子がおかしいから、心配してましたのよ」

カップを口に運ぶ動作にも隙はなく、

流石はお姫様と言ったところか。


「しかしまぁ、聞きしに勝るとはまさにこのことですな。

テレサ殿も大変でしたな」

ミルドが眉間に皺を寄せて唸っている。


ブラムの隣の席で紅茶の味を楽しんでいたテレサは、

急に話を振られて戸惑ったが、一瞬で平静を装い答える。


「いえ、父がしたこととはいえ、領民を犠牲としてしまい申し訳ない。

家を代表して謝罪いたす。この通りじゃ」

カップを置き頭を下げている。


「いやいやテレサ殿は悪くありませぬ、ご母堂も無事だと良いのですが・・・」

現状でバトロイド家の元の領地に捜索隊は出せない。

敵の手に落ちている以上は無事を祈るしかない。


「あんなことの後では帰りづらいでしょうし、今夜は泊まっていかれるといいわ」

アリアが気をつかい提案を出す。

やはり変な魔法がかかっていなければ、良き人格者だ。


「食事までご馳走になってそこまでご迷惑は・・・」

「いいんですのよ、それにご事情から察するに、

失礼ですが、今のお父上様の近くにいるのはお勧めいたしませんわ」

確かにそうだ。

身勝手なドロイド主観では、娘が裏切り自分を売ったと捉えることもあるだろう。

なにをされるのかわかったものじゃない。


「・・・・かたじけない、お言葉に甘えさせていただく」

どこの武士だお前はと、心の中だけでツッコミを入れる。


「それではレルド、先に行ってお部屋の準備をお願いします」

レルドが返事をして扉に向かう。


「え?ブラムさんの部屋に泊まるんじゃないんですか?」

「「「「え?」」」」

「お?」

だがナターシャの発言に全員が素っ頓狂な声を上げる。

ただ一人、ロニーだけは面白いものを見つけた時の反応だ。


「恋仲なのですよね?」

ナターシャ追撃。


「「「「は?」」」」

「ほほう?」


「何のことかなナターシャさん?」

大丈夫だ普通に言えたはずだ。

声も震えていないはずだ。

落ち着くんだ。

あくまで冷静に、論理的にだ。

世の中論理的に解決できないことなどないのだ。


「わわわ、わしが誰と恋仲じゃというんじゃ!」

動揺しすぎだろ!?

しかも喋らんでいい!


「ですが、部屋で接吻を」

ナターシャのさらなる追撃。


「「「「えー!?」」」」

「友よ、お前にも春がきたか」

くっ!まずい!ナターシャさんは悪気がない分なんとかしないと!

横のテレサを見ると、先ほどのことを思い出したのか、

顔がトマトのように真っ赤だ。


「ブラム様の好みはレルドのはずでは?」

「「え?」」

これに反応したのはテレサとナターシャ

しまった。

アリアがテレスで泣いた時のことか。


「姫の前で抱きしめたとあの時おっしゃいましたよね?」

それ言ったの俺じゃねーし。

なんか反応してよ言った張本人。


「あ、あーあれは事故といいますか」

いいぞ姫さん。

頑張ってくれ。


「でも抱きしめたんだろ?」

ロニーふざけんな。


「確かに抱きしめられましたが、特別な感情はこれといってありません。

そもそもタイプではありませんから」

言われ直すとムカつくなこれ。

だがナイスだレルド。

ロニーが舌打ちをしている。

あいつまじで後で覚悟しろよ。


「ですがそうなると、ブラムさんは誰にでも手を出すということに」

やめてナターシャさん本当にやめて!

悪意がないのはわかるけど本当に勘弁してください!


「そういえば俺がいない間にナターシャと寝たんだよな?」

情報というのは相手にしっかり伝えなければならない。

この場合の寝るは、睡眠であり、

決して、断じて夜の営みを行ったなどではない。

つまりあいつぶっ殺す。


「そういえば一晩一緒に寝ましたね」

「「え!?」」

ナターシャさん!?

それ貴方も誤解されますよ!?

ロニー、てめーガッツポーズ見えてんだよ。


ていうかなんだ今の金属音。

時代劇とかでよく聞く、刀を手に取ったような音だ。

思い当たる節がすぐ横にあり目線だけで確認する。

その瞬間抜刀が終了しテレサが日本刀を構えている。


「斬る」

「おお!抜いたのが見えなかった」

ロニーは感心してんじゃねーよ。

本日二度目の命の危機だっつの。


「わー!テレサさん落ち着いて!」

レルドやアリアが慌てて押さえる。


「後生じゃ!止めんでくれ!こやつを殺してわしも腹を斬る!」

テレサは押さえられながらも刀を振り下ろす。


「おわー!?」

とびのいたすぐ後を刀が通る。

死ぬ!まじで死ぬ!

ていうか日本刀ってこんなに切れるのか。

椅子がバターみたいに抵抗なく真っ二つだ。

女性を取りおさえるのは抵抗があったためか、

少し遠巻きに見ていたミルドも、これはまずいと取り押さえにかかる。


「テレサ殿!落ち着いてくだされ!今はまだブラム殿がこの国には必要でございます」

ミルドが懇願するが、

それは用が済んだら斬っていいよってことだよね。

ロニーの野郎は爆笑してやがるし、

ナターシャさんは自分の爆弾発言に気がついてないし、天然かよ。


もはや当たって砕けるしかない。

砕けたくないけどやるしかない。

刀を振り下ろした状態で押さえられているテレサに近づく。

俺の最速だ。

体感的には3メートルほどを一瞬で、瞬間移動のように距離を詰める。

のちのロニー談だが、「あれで最速?遅すぎね?」だが、

今は体感瞬間移動なのだ。

そのまま喚きながら押さえられているテレサの唇を奪う。


「ぅむぅ!?」

初手からいきなり舌を入れ口の中を舐り回す。

舌を絡め取るだけじゃない。

上顎も歯も全てなぶる。


「あらまぁ」

「おお!」

声を出したのはナターシャとロニーだけだった。

他は見入っている。

姫さんは押さえていた手で顔を覆っているが、隙間からバッチリ見ている。

レルドはテレサを後ろから羽交い締めにしたまま、

無表情で目の前の光景を凝視している。

ミルドはため息をつきながら席に戻っている。

テレサはまだ暴れようとしている。


だがそうはさせない。

口撃に加え、体を力強く抱きよせ、自分に密着させる。

レルドは引き剥がされる形で羽交い締めにしている手を離す。


「んっ!?んんん!?!?!?!」

当然口の方も休めない。

引っ込もうとする舌を絡め取り、

吸いこみこちらの口に導く。

甘噛みで舌を押さえて、上下左右あらゆる方向から舐りまくる。


「んっ!んっ!?・・っんぅ!?」

テレサの体から力が抜け、

刀が手からすり落ちて床に落ちる。

それを確認してから口を離す。


「はぁはぁ、落ち着いてくれ全部誤解だ」

「・・・はっ・・・い」

恍惚の表情で放心状態のテレサを座らせる。


「いやーすごいもん見れたわ」

腹を抱えながら爆笑しているロニー。

俺は無言のままテレサが落とした刀を拾いあげる。


「しねええええええええええ!!!」

ロニーに向かって投げる。

槍投げの投げ方でだ。


いきなり目の前に飛んできた刀を、

ロニーはギリギリで白刃取りで受け止める。


「て、てめー!シャレにならんぞ!ちょっと刺さったぞ!」

ロニーの額からすこーしだけ血が出てる。


「うるせー!こちとら冗談で死にかけたんじゃ!お前も死ね!」

避けるのが遅れていたら最初の振り下ろしで、

椅子ごと理科室のプラナリアのようになっていた。


「よくわかりませんが、ブラムさんとテレサさんは恋仲ということは間違いないんですよね?」

この人冗談が通じないタイプだったのか。

ある意味弱点だな。

傍でぐったりしているテレサを一度見てから答える。


「今はまだお互いはっきりと気持ちを伝えてないから、しばらくそっとしておいてくれませんか。

テレサが正気に戻ったらちゃんと話しますから」

経験上こういうことに周りが余計な口出しをすると、

ろくなことにはならない。


「そうだったんですか、余計なことを言ってしまったようでごめんなさい」

やはりちゃんと説明すればナターシャさんはわかってくれる人だ。


「それとナターシャの尊厳のためにこれだけは言わせてもらうけど、

さっきロニーの言ったナターシャさんと寝たというのは、

迷った時に一晩泊めてもらっただけだ。

床で寝たし誓って手を出していない。

ロニーが勘違いさせるためにあえて寝たと言っただけだ」

ナターシャは一瞬首を傾げて、なるほどという表情をする。


「みなさん勘違いされたんですね、言葉が足りませんでしたね。

確かに先ほどの一緒に寝たというのは一晩泊めたという意味ですよ」

みながナターシャの言葉にほっと胸を撫で下ろす。


「そういうことでしたか、ナターシャ殿のような方がよもやと思い驚きましたぞ」

「もう爺やはすぐ早とちりをするんだから」

あんたもしてただろ姫さん。


「俺、とりあえずテレサを部屋に運んできますね」

椅子でぐったりしているテレサを抱え上げて自分の寝室に運ぶ。


「あー面白かった」

ロニーは満面の笑みで伸びをする。


「ロニーさん、後でお話があります」

いつもと変わらない微笑み。

だが今はそこに陰りがある。


「え?」

ロニーの方は笑みが氷ついた。


「お話があります」

いつもと変わらない微笑みだけに物言わぬ凄みが存在する。


「あ、あれ?もしかしなくても怒ってる?」

ナターシャはロニーの襟を片手で掴み巨体を引きずっていく。


「待って!冗談だったんだ!許して!ね!お願い!

それにさっきブラムの奴に刀投げられてるからさ!それでチャラでしょ!?」

「あらまぁロニーさんったら。それはそれ。これはこれですよ?」

問答無用で引きずっていく。

細い体のどこにあんなパワーがあるのやら。


「いやだあああああああああ!死にたくないいいいいい!誰かああああああ!」

廊下にロニーの叫び声がこだまするが、自業自得というやるである。


食堂に残されたのは、

アリア、ミルド、レルドの三人。


「いやはやあの方々は台風のようですな」

真っ二つに切れた椅子を壁際に片付けながらミルドが話す。


「しかし、爺はてっきりブラム様はレルドが好きなものと思っておりましたが、あれは一体」

テラスでのことだ。


「あの時ちょうど大臣と兵隊長が裏切っていると伝えてたところ、

アリア様が泣きだしてしまったところだったのです。

そこにミルド様がいらっしゃり、味方なのかわからない状況だったので、

あの様な答えをし誤魔化しました」

レルドが子細に説明する。


「そういうことでしたか姫様、疑われていたことは心外ですがあの状況では仕方の無いことですな」

「まさかこんなタイミングで掘り出されるとは思いませんでしたわ」

アリアも自身あれはそういう口実とわかりきっていただけに、

ミルドの誤解を解くのを完全に忘れていた。


「いやはや、知らなかったとは言え火に油を注いだのは事実。

後でブラム殿に謝らなくてはなりませんな」

ミルドは頭をかきながら申し訳なさそうに言う。


「そうですね、そもそも抱きしめたのも取り乱した私を抑えるためですし」

「なんと。レルドでもそのようになるのか」

「姫が魔法で操られていると分かれば取り乱しもします」

「ふふふ、ありがとね」


ーーーー


ブラムの寝室


運んできたテレサをベッドに寝かせ、ベッドに腰掛ける。


「大丈夫か?」

声をかけると、テレサは無言で反対を向き丸くなる。


「大丈夫な訳がなかろう・・・・人前で二度も接吻をし、

あまつさえ・・・・あんな醜態をさらして、わしはどうすればいいんじゃ」

一度目は自分からしただろうとは言わない。


「ぬしは・・・・恥ずかしくなかったのか」

体勢はそのまま二人とも背を向けあったままで話す。


「・・・恥ずかしくないと言えば嘘になるな」

恥ずかしくないわけがない。

だがテレサはもっと恥ずかしかったはずだ。

取り乱し、皆の前でキスをされ、

あまつさえそれで意識を飛ばしかけたのだ。


「正直にいうとな、俺はこんな歳まで女性と付き合ったことがない。

人生でもてたことなんか一度もなくてね。

だからこんなときに気の利いた言葉のひとつもだせない自分が情けなく思うよ」

独白のようにテレサに聞いてもらうために吐き出す。

嘘は一切ない。

言い訳がましいが、純度100%の本当の気持ちだ。


「でも最初にテレサがキスをしてくれたときに、

こんな俺でもキスをしてくれるがいるんだなって感じて、言い方は変だけど自信が持てたんだよ。

自分のことを見てくれる人がいる、ならそのためにがんばるのもいいんじゃないかってね」

返事はない。

相槌もない。

だがこれだけは言う。


「俺はテレサが好きだ。

それは絶対だ。

テレサと一緒にいたいし、俺は弱いけどテレサのことを守りたい」

テレサの方を向き、肩に手を置く。

置いたときに一瞬だけテレサの体が震えた。

ゆっくりと優しくこちらを向ける。

抵抗はない。

仰向けになったテレサに覆いかぶさるようにして、

正面から、まっすぐに見る。

テレサは頬に涙が伝っている。

怖いのかもしれない。

悲しいのかもしれない。

それでも、これだけははっきりと伝えたい。


「テレサ、俺の嫁になってくれ」

言った。

交際からなんて段取りは踏んでられない。

そもそも交際してないのにキスをしている。

今更段取りなんか関係ない。

言ったからには取り返しもつかない。


「・・・・・ぬしはずるい・・・そんなことを言われて、

わしはどう答えればいいのかわからぬ」

振られた。

仕方がない。

状況だけみればたった一度向こうからキスをされただけだ、

それもお礼にと。

ただそれだけで俺が勝手に勘違いをした。

振られて当然だ。

テレサから離れる。



だがそれは首に回されたテレサの腕によって阻まれる。


「わしは粗暴じゃ、言葉遣いもこんなじゃし、

ぬしと同じで殿方と付き合ったこともない。

正真正銘、あれがわしのファーストキスじゃ。

こんなわしと一緒におると、ぬしまで恥をかくことになるやもしれぬぞ?」

「いいんだ、いや」

違う言葉が違う。


「俺はテレサじゃなきゃいやだ、テレサだからいいんだ」

「・・・・後悔せぬか?・・・本当にわしでよいのじゃな?料理などできぬぞ。

おおよそ女子らしい可愛さなど期待できぬぞ」

「俺はテレサが好きなんだその気持ちに偽りはない。

それに・・・・」

一呼吸だけためをおく。

狙ってじゃない。

狙ってできるような器用さは持ち合わせていない。


「俺はテレサが可愛くてしょうがない」

「大馬鹿者め・・・・・・・・・」

テレサは一度目を閉じ、ゆっくり開ける。


「こんなわしでよければ、ぬしの伴侶となろう」

答えはもらった。

それ以上の言葉はいらない。


ゆっくりと唇を近づける。

あと数センチというところでテレサが目を閉じる。

互いの息が感じられる距離。

優しく、今までの奪い合うようなものではなく、

そっと唇を合わせる。

柔らかな感触をじっくりと味わう。

一体どれほどだろうか。

実際には10秒あるかないか。

その程度の時間お互いに唇を合わせたまま、

相手の唇の感触を確かめ合う。

テレサが艶のある吐息を軽く吐き出し、

俺の首に回している腕に少しだけ、ほんの少しだけ力を込める。

引き寄せるための力ではなく、自分の方にもっと来て欲しいとの合図のためだ。

すでに距離はゼロ。

それ以上は相手に入るしかない。

俺は口を開き、軽く開かれたテレサの唇にそっと舌を入れる。

少しずつ、ゆっくりと差し入れる。

それをテレサの舌が迎え入れる。

お互いの舌先が触れ合い、探るように先端同士をつつき合う。

ブラムが少し奥まで舌を入れて、一瞬だけ絡め取る。


「んっ・・・・」

テレサの吐息が漏れる。

絡め取ったのは一瞬だけ、それだけで舌を引っ込める。

もの欲しそうに、今度はテレサの舌が侵入してくる。

絡め取り、自分の舌も送り出す。

それが合図となりお互いの舌が激しく絡み合い、舐め取り合う。


しばらくそれが続いた。

もはやお互いの舌に境界線はないほどに押し付け。

相手の唾液を絡め取る。


「・・・はぁはぁ・・・わしをもらってくれ」

この状況でもらうとは一つしかない。


「ああ」


夜の帳の中

二人の絡み合うシルエットは、深夜まで続いた。


拙い文章を読んでいただき、読者の皆様には感謝の言葉しかありません。

この話のファイルを間違って友人に送ってしまい、

5回ほど死にたくなりました。

人生で恥じることなどないと友人の前で豪語していましたが、

本当に恥ずかしくて死にたいと思うことってあるんですね・・・・

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ