ー召喚と浄化ー
久しぶりの新作投稿ですが、
まだまだ未熟なため見苦しい場所も多いかもしれません。
皆様に楽しんでいただけるよう努力を続けていきたいと思います。
理想とならなかった理想の世界
「私の身を捧げます、どうかこの国を滅亡の憂き運命からお救いください」
「いや、えっとまずは説明をしてほしいんだけど・・・」
俺は死んだ。
二年間勤めた会社を去年の暮れに辞め、
新しい会社への就職が決まって気持ちよく一杯やって、家に帰ると、
かけたはずの鍵が空いていて、中に入ると部屋中荒れ放題だった。
「えー・・・空き巣かよ、せっかくブラック企業から転職成功したってのに」
収納という収納が開かれ、ひっくり返せる物は全部ひっくり返っていた。
なぜ俺の家なんかをターゲットにしたのか理解に苦しむが、
ひとまず荒らされている台所の棚から、無事なウィスキーを取り出し栓を開け一気に煽る。
「убить!」
聞き慣れない言葉が聞こえた瞬間には、俺の頭部には銃弾がめり込み穴が空けていた。
次に気がつくと西洋風の城の広間にいた。
足下には漫画やアニメでよく見る魔方陣。
目の間には金髪美女とその他大勢。
「我が身を捧げます、どうかこの国を滅亡の憂き運命からお救いください」
「いや、えっとまずは説明をしてほしいんだけど・・・」
なにがどうなってこうなっているんだ。
「どうかお願い致します」
俺の発言を否定と取ったのか、美女は懇願を繰り返す。
少なくとも言ってる事は分かるし、同じ言葉を使っているのだから通じているはずだ。
「えーっと、だからまず説明してほしいんだけど。いきなり過ぎて何がなんだか」
「我が身では足りないとおっしゃるのですか」
聞いてないなこの人。
なんなんだ全く。
先ず何よりも先にうんと言わなきゃいけないの?
「なんでも致します。此の身はいかようにでも。ですから国を、いえ!国民をお救いください!」
えぇ?
なんか俺が悪者みたいじゃん。
そこのハゲ爺も涙流して拳握りしめてないでなんか言えよ。
「ん?今なんでもって言った?」
「・・・・はい」
「じゃ、してもらおうか」
この人の後ろでは兵士風の男達が悔しそうにしている。
皆がうつむき歯を食いしばっている。
だが一人だけ、一番手前にいる兵士は多分笑ってる。
それも人を嘲るタイプの笑いだ。
「取り敢えず立って」
俺の命令に女性が立ち上がる。
「深呼吸して」
「え?」
「だから深呼吸。しらない?」
「い、いえ知っています」
右手で、ではどうぞとジェスチャーをすると、気がついたように深呼吸を始めている。
「落ち着いた?名前は?俺はブラム」
親からもらったこの名前だが、DQNネームやキラキラネームが騒がれるはるか前に付けられたものだ。
なんでも母方の先祖にロシア人がいるらしく、こういう名前でも問題ないだろうと付けたらしいが、
中学の英語の時間に意味を知って軽く目眩がした。
綴りは『Blame』。
意味は非難するとか、人のせいにするとかだ。
「アリアです。アリア・ミリシアルード・レイレルド・ノイマンです」
長い名前だな。
身なりは整い綺麗なドレスを着ていることから、貴族とかなんだろうか。
「アリアさん。どっか座って話せるところない?」
俺の言葉にアリアは神妙な面持ちで案内を始める。
ーーー
日当りの良い茶室に案内され、使用人とアリア、それからハゲ爺。
あとは階級の高そうな先ほど笑っていた兵士を交えて会話を開始する。
その前に出された紅茶を一口飲む。
とても美味しいが今まで飲んだどの紅茶とも違う。
「それで、ここはどこ?」
「レイレルド王国です。ここはその城です」
聞いた事が無い。
そりゃ全世界の国を全部知ってるわけじゃないけど、
24年も生きてれば大抵の国は、名前くらいは聞いた事がある。
「聞いた事無いな、それで名前に国名が入ってる君はお姫様とか?両親は?」
「両親は数年前に、避暑地を敵国に襲われ・・・」
いきなり地雷を踏んだようで、姫さんのもとから暗い顔がさらに暗くなる。
「すまん、えっとそれで今は一人娘っぽい君が国の代表ってとこかな?」
見たところ歳は15〜6。
その歳で国の代表か。
ブラック企業に就職しまい、ブツブツ文句を言ってる自分とは天と地ほどの差がある。
「はい。ですが私が至らぬばかりにそれも限界が見えてきました」
「今の状況は姫のせいではありません!そもそも!」
ハゲ爺がアリアの後ろから大声を上げる。
「あー、えっとあなたは?」
多分あれだろ、小さい頃から面倒見てきておじいちゃん的な人だろ。
「幼き頃より姫の面倒を任されております。ミルドと申す」
ほら当たった。
「ミルドさん、今は話が脱線するんであとにしてもらっていいですか?
まず俺が状況を把握しないとなにも進まないようなので」
俺の言葉に渋々ながらも従うところを見ると、感情だけで動く人じゃなさそうだ。
「どうも。それで、俺はどうしてここに?」
最後の記憶は・・・・・銃口をこちらに向ける外人。
「王国に伝わる伝説にこうあります。
国が滅亡の瀬に立ったされた時、然るべき地と血の力により召喚を行う事により、
生贄と引き換えに国を救う者、現れるであろう。と」
「で、現れたのが俺っと」
むちゃくちゃだな。
召喚とか完全にファンタジーだ。
「召喚が出来るってことは魔法も普通に使えるの?」
戦争とかでは魔法の打ち合いになるのだろうか。
不謹慎だがそれはそれで見てみたい気もする。
「はい、大抵の人間には魔力がありますが、日常生活以上の利便性となりますと、
100人に一人ほどでしょうか」
少ないのか多いのかよくわからん。
でも魔法を使えるのは正直うらやましい。
「少しずつわかってきた。それで、滅亡っていうけど、具体的には?」
魔王が復活したから倒せとかだったら、どうにか出来る気がしない。
「それは私から説明致します」
兵士が立ち上がり地図を広げながら説明を始める。
「発端は両陛下が崩御された事件です。
隣国であるリマイ国は宣戦布告も無しに我が国に侵攻、
その際に両陛下を虜にし、翌日死刑とし殺害しました。
その後は領土を侵しながら侵攻し、我が国が持ち得る領土は王都を含む城下町と、
そこから50キロほどの円形の土地だけです」
説明は以上のようだ。
「それって戦争で負けそうってこと?」
確認のために質問を投げる。
滅亡云々大層に言う割には、当たり前のことだと思う。
国と国が戦争をして、どちらかが滅ぶ。
「戦争ではありません!これは侵略です!」
ハゲ爺ことミルドが再び叫ぶ。
身なりは綺麗だが頭髪はバーコードハゲになり、白髪だ。
おまけに小太り。
「我が国はどの国に対しても中立を宣言し、不可侵を貫いてきました!
それを布告もなしにいきなり攻入り、両陛下を殺害するなどあってはならないことです!」
スイスみたいなもんか。
永世中立国だっけ。
どの国にも加担しない代わりに、どの国からの協力も受けない。
だがそれを貫くには、自分の国は自分で守り切る強力な軍事力が必要なはずだ。
「まぁそこは同情するけどさ」
中立を宣言している以上は、他国からの支援もない。
そこで一発逆転の召喚魔法を使ったわけだ。
出てきたのは俺だけどな。
「この森は?こっちに逃げれないの?」
侵攻されている側とは城を挟んで反対側に、大きな森が広がっている。
「魔の森です、過去の大戦時に各国が魔王を討伐した際、
そこに逃げ込んだとされ、以来魔物のすみかとなっています」
「魔王いんの!?」
思わず声を荒げてしまった。
「あ、はい。ですが既に寿命を迎えたものとされています。
それでも魔物の数や森の深さから、立ち入るのは避けられています」
なるほど。
つまり後ろに逃げようにも蓋がされている状態か。
「ふーむ、わかった。えっと、アリアさんとミルドさん」
二人の名前を呼び、場を改めたいと提案する。
「お二人にだけ伝えたいことがあるので」と使用人にも下がってもらい、
改めて話しだす。
「ショックかもしれないんだけど、俺は普通の人間だ。
それも魔法すら全く使えないね。
家に帰ったら強盗がいて、殺されたみたいなんだけどさ。気がついたらあんたらの前に居た」
こういうことは最初に言っておいた方がいいと思う。
下手に黙ってたりすると絶対に変な期待を受けて、
装備一つで最前線なんてことになりかねない。
「そ・・・それは」
二人とも絶句している。
「だから変な期待はするだけ無・・・だ・・・」
「そんな、そんな・・・・」
やばい泣き出した。
「ど、どうにかなりませんか!このままでは私たちは滅びるだけです!」
と言われてもなぁ。
そもそも国対国の戦争。
魔王倒せと言われても困るけど、
だからといって戦争どうにかしてくれと言われてもどうしようもない。
「いや、できるものならしてあげたいけどさ。
実際問題俺にできることってあまり無いと思うんだよ。強いて言えば部外者故の偏見のない意見くらいだよ」
「そ、それでも結構です!どうか姫の支えとなってくだされ!」
ミルドさんがテーブルに頭をこすりつけて懇願してくる。
アリアも手を胸の前で組み、祈りのポーズ。
「あー、あーうん。そんなもんでいいなら」
それくらいなら出来るだろうし、断ると自殺でもしそうな勢いだ。
なにせ伝説が間違っていた上に、最後の希望が絶たれたわけだからな。
こんな感じで国を救うから大任から、姫さんの支えに格下げしてもらい、
今は寝室で天井を見ながら物思いに耽っている。
うーむ、やっぱり今日聞いた話だけでも結構詰んでると思う。
ていうかこれからどうすればいいんだ。
技術的には中世ヨーロッパという感じだし、
魔法は一般的にみんな使えるらしい。
となると雇用もそれ前提になるんじゃないのか?
例えば料理人になるとしよう。
いや料理なんかチャーハンが限界だけどたとえだ。
さぁ料理を作ろう煮て焼いてには火が必要だ。
当然ガスコンロもIHも無いだろう。
となると燃料に火をつけるのは魔法だ。
いや着火だけならまだいい。
最初だけ誰かに着けてもらえばいいからだ。
でも料理中ずっと維持となるとそんな足手まとい要らないだろう。
ん?
扉がノックされる。
「・・・・ああ、どうぞ」
実家にいた時はノックの返事を待つという習慣がなかったから、
返事が遅れてしまった。
俺の家族はノックはするものの、そのままドアノブをひねって中に入ってくる。
「失礼します」
女中が一人が入ってきた。
「姫がお越しになりました。よろしいでしょうか」
アリアさんが?
「ええ、いいですよ」
夜中に何の用だろう。
「では、私は扉の外で控えておりますので、何かあればお呼びください」
女中と入れ替わりに、寝間着姿のアリアが部屋へと入ってきた。
「夜分に失礼します」
そしてベッドの端に座っている俺の目の前に立つ。
「えっと、なんでしょう」
なんかちかくね?
「よ・・・・・」
「よ?」
「夜伽にまいりました」
「はい!?」
夜伽ってあれか。
今や深夜番組でさえ放送が難しく、
映画でさえR18指定くらいそうな全男子の夢の。
あの夜伽か。
「あの・・・初めてなので、できれば優しく」
「ちょちょちょちょっとまって!」
夢だけどこれはちょっと待ってほしい。
「なんでいきなり!?」
「国を救うには生贄を捧げなくては・・・」
伝説サイコー!
頂きます!
「いややっぱりまって!昼間言ったでしょ!そんなことされても無理なもんは無理なんだって!」
ありがたいけど。
すぐに頂きたいし頂かれたいけど、
金髪碧眼の姫とかストレートど真ん中ホームランで今すぐ食べてしまいたいが、
後々問題が出ることが決まりきっている。
「よし、ここじゃ勢いに流される!あっちの椅子に行こう!」
ベッドに腰掛ける俺の前に、エロい寝間着姿のアリアがいるだけで、
満月の夜の狼男よろしく、抑えられるものも抑えられない。
「女中さん!なんでもいいから飲み物!」
アリアの手を引き椅子に座らせる。
よし。
テーブルを挟んで向かい側。
これで衝動的に押し倒す事はない。
飲み物を持ってきた女中が、
軽蔑するような眼差しを向けてきたのは気のせいだろう。
気のせいに決まってる。
「夜伽の申し出は大変ありがたいんですが、そのなんと言いますか、
あ、決して貴方に魅了が無いとかそういう事ではなくて・・・」
うおおおおおお!
次が続かない!
「・・・・・」
何か言ってくれ。
間が持たない。
「そ、そうだ!軍は抵抗しなかったの!?」
混乱して意味のわからない話を振ってしまった。
「軍・・・ですか」
ややいぶかし気に返答が帰ってきた。
食いついた!
これは乗るしか無い!
「そう!軍!ほら侵略されてもこの国にも軍隊いるでしょ?
さっきの隊長さんとかいるくらいだしさ。
いくらなんでもそんなに簡単に侵略されないんじゃないのかなって」
「運が・・・無かったんです」
「運?」
「はい、敵が攻めて来た事はすぐに連絡が入り、全ての砦や城塞では、警戒態勢が取られました。
西の砦が攻められ、増援を送ると送り元に敵の大群が押し寄せ、一夜のうちに落とされました。
商都の前に敵軍が集結中との知らせがあり、それに備えました。
商都は重要な補給線でもあります、そこを抑えられることは避けねばなりませんでので、
王都直属の魔法師部隊を送り、砲兵隊用の弾薬も輸送しました。
ですが、夜に火事が起きてしまい弾薬に引火。
弾薬庫の隣の部屋で睡眠を取っていた魔法師部隊は全滅。
そこにちょうど敵が押し寄せ、二日を待たずに落ちました。
応援を送った東の砦も主力の留守を狙われあえなく・・・」
それ運か?
いや、口を挟むのは最後にして、
今は相槌だけにしておこう。
「商都を落とされたあと、王都まではまさに電光石火の進撃でした。
補給を断たれた各砦は持久戦も出来ず陥落。
会戦一年前に、軍縮により砦の備蓄を十分の一にしたのもタイミングが悪かったのだと思います。
それが無ければ少なくとも数ヶ月は戦えました」
うーんこれを運というにはなんとも。
「えーっとその、運が悪いって言うのはその、君の判断?」
明らかに内通者いるよねこれ。
「いえ、ブラムさんも昼間お会いしましたよ。
あの方が悔しそうに震えながら口にしていました。
さも偉そうに話しましたが、戦争に関して私は素人同然ですから」
あいつ真っ黒じゃねーか!
「ちなみに軍縮に関してはご両親が?」
「ええ、決定は父王が行いました。
ですが元は大臣の助言があったと聞きいています。
税制が民を圧迫している、それには軍の備蓄を減らし負担を軽くするべきだと」
大臣もかよ。
軍と政治のトップが真っ黒ってやばくねこの国。
「ちなみになんだけど、ほらミルドさんって政治とか軍には?」
「爺は私の世話係ですので、そういったことにはほとんど関与していません。
それがどうかしたのですか?」
「いや・・・・」
うーむここまでくると全員真っ黒に見えてくるんだけど、
一応マークしておくべき、なのかな。
「俺に出来る事かぁ・・・」
案外ありそうだけど、いきなり排除とか無理だよな。
そもそも既に潰れかけなわけだし。
「なんでも良いのです!少しでも国が救われるなら!そのためには辱めも甘んじて受け入れましょう!」
地雷を踏んだ。
せっかく反らした夜伽の話が戻ってしまった。
だが先ほどの不意打ちとは違い、真面目な話をしていた分動揺は少ない。
「そ、それはじゃあ成果報酬ってことでね?」
「成果報酬、ですか?」
「うん、俺が無事に国を救ったら姫さん貰うってことでどうだろうか」
姫さん抱いて何も出来ませんでしたとか張付け獄門にされそうだし、
なんて打算も働いていたが内緒だ。
「ブラムさんがそれでよろしいのでしたら、そういたしましょう」
本能は激しく泣き叫び、今にも自殺してしまいそうだけど、
理性が勝ったのだよ。
「よし、じゃ細かい話は明日するってことでね。女中さーん!アリアさん帰るよー!」
呼ぶとすぐ出てくる女中さん。
そういえば今の話全部聞かれてたよね、多分。
となるとこの人が黒いとまずいな。
いや大丈夫だ、あの目は俺を男として蔑み、だらしないと侮蔑してくる目だ。
役立たずめって感じじゃない。
・・・俺の尊厳が大丈夫じゃないがしかたない。
ーーーー
「ブラム様」
扉をノックする音と呼びかけで目を覚ます。
「ふぁい」
気の抜けた返事を返し起き上がる。
なにを隠そう朝が苦手だ。
朝寝て夜起きるのは得意なのだが。
「朝食はどうなさいますか?」
「食べる」
どこかの世界一怖い大尉さんも朝食は抜くなと言っていた。
実際あれを見て以来どんなに眠くても食べている。
失礼しますと扉を開け女中さんが台車に朝食を載せて入ってくる。
ここで食べるのか。
てっきり食事をする部屋に行くのかと思っていた。
「ときにブラム様、一つよろしいでしょうか」
朝食のパンを頬張っていると女中さんが声をかけてきた。
「ん?ひょっとまっふぇ」
口の中のものを飲み込む。
「いいよ、なにかな」
「アリアは好みではありませんでしたか?」
飲み込んでいてよかった。
でなければ全部吹き出しているところだった。
「いやいやそうでなくてね?好みだけどほらそういうんじゃなくてね」
まさかの不意打ちに動揺しまくる。
「そうですか、アリアは幼い頃より一緒に育った手前、身分は違えど妹のようなもの。
悲しませるようなことは避けて頂きたいのです」
それ先に言おうよ!
「ぜ、善処します」
「そうですか」
それだけだった
その後は気まずい雰囲気の漂う中食事をしたせいで、美味しいはずの朝食が台無しだった。
だが少し考えてみればこれはいい情報だ
幼い頃から一緒という事は、止むに止まれぬ事情でもない限りは裏切らないはず。
例えば両親が人質にとか無い限り。
「えっと女中さん、名前なんての?」
「レルド・ハイフィールドと申します」
「レルドさんのご家族は健在?」
踏み込んだ質問だが、なりふり構っていては手遅れになるかもしれない。
それに兵は神速を貴ぶとも言うしね。
「元々孤児でしたので両親に関しては不明です。兄弟もいません」
死んでいなくてもそれはそれでセーフだと思う。
少なくとも人質に取られるとかは無いはず。
「なるほど、悪いね踏み入った事を聞いてさ」
「いえ、仕えの身です。気になさいませんよう」
あとは姫さんに確認して問題なければ味方にしよう。
・・・・にしてもなんとなくだけど、
反応が薄いというか、目では凄く語るけど、
表情は変化が無く、口調は単調で人形みたいな印象だな
でも案外こういう人がモテたりするんだよな。
「あ、ちなみに恋人は?」
そうだよ。
恋人が人質とかありそうな話じゃん。
「おりません。それとブラム様はタイプではありません」
おい!告白もしてないのに振られたぞ!
「そ、そうなんだ。ははは」
生まれて初めての経験だよ。
告白もしていないのにふられるとか。
食事を終え、城の庭を散歩していると、
通用口のような場所から話し声が聞こえてきたので、興味本位で近寄り聞き耳を立てる。
どうも商人と女中さんが話をしているようだ。
「んじゃこれね、今回の料金はこれだけだ」
食材を詰んだ荷車を運んできたようだ。
「えっと樽が5個で、麦が7袋と野菜がこれだけあってだから」
指折り数えている。
大丈夫なのだろうか。
比喩表現じゃなく指を折って数えてるよ。
「そうそう、だから銀貨4枚であってますよ」
ぴったりとかあんの?
貨幣の価値が分からんけど、それはないだろう。
仕方ないので首を突っ込む。
「ちょっとまって」
「あん?なんだ兄ちゃん」
「ここの客人でね、見かけたもんだからちょっと失礼」
積み荷の数を数える。
樽が5つ麦が入ってるらしい袋が7つ。
野菜が詰んである桶が三つ。
果物が入ってる桶が二つ。
「女中さんちょっと」
客人と聞いてニコニコし始めた商人から距離を取るべく、
女中さんの手を引き離れる。
「この国には来たばかりでね、貨幣の価値が分からないんだ。教えてくれない?」
女中は小さな袋からいくつかの貨幣を取り出し、
一つ一つ教えてくれる。
「ふむふむ、この四角いのが一番低い貨幣で1ペニーね。
んで、これが2ペンス、こっちが5ペンス、10ペンス、20ペンス、50ペンスと」
あれ?銀貨は?
「それでこれが1ポンドです、これが5、10、20、50ポンドで、100ポンドで銀貨一枚です、あとはここには無いですけど金貨があります」
なるほど。
銀貨は大体一万円って認識でいいのかな。
「それで、あの樽は一個いくら?」
「えっとワインの樽は一個20ポンドです、麦が一袋10ポンドで、野菜が一つ4ポンド、果物が5ポンドです」
暗算でもできたけど、一応地面で筆算をする。
「192ポンドだね、だまされてるよ」
「え・・え・・・えっと」
おろおろし始めてしまった女中さん。
年齢は12歳くらいだろうか。
ポニーテールがとても可愛らしい金髪金目の女の子だ。
「いつもこんな感じで取引を?」
「は、はい。人手が足りなくて見習いの私も色々しなくちゃで、
いつもあれくらいの量を大体銀貨4枚で買ってます。
その、おまけしてくれてると言ってたので・・・・どうしよう」
「おっけ、ちなみにあの人とは何回くらい取引を?」
「私が担当になってから10回目くらいです」
「よしわかった」
女中と商人のところに戻る。
「どうかされましたか?」
相変わらずニコニコしている商人のおっさん。
こんな小さい子だまして良心が傷まんのかね〜?
「いやいや、どれもいい品だよねってね」
「そうでしょうそうでしょうとも!城に収める品ですから厳選させていただいております」
「でも二倍はやり過ぎでしょ」
商人の笑顔が固まった。
わかりやすいなこの人。
「一割増で小遣い稼ぎとかならまぁ分からんでもないんだけど、二倍はねぇ、ちょっと見過ごせないかな」
笑顔が引きつっている。
「しかも今まで全部ねぇ。おっさんここどこだか分かる?」
指で地面を指す。
「王宮でございます」
おっさん冷や汗がすげー勢いで吹き出してんな。
「その通りだね、なんだわかってんじゃん。
んで住んでるのは当然王族だよね。その王族相手に詐欺とはね」
オーバーリアクション気味に身振り手振りを入れる。
ちょっと楽しい。
「さ、詐欺だなんてそんな。ちょっと計算を間違っただけでして、はい」
「あー計算間違いね、あるよねー」
「ええー人間ですから」
はははと二人で笑う。
「間違ったんなら今までの分返そうね。
こちらにも落ち度があるから全部とは言わないよ。
7割返してもらうからね」
「・・・計算します」
「銀貨14枚だ」
一瞬理解できないような顔でこちらを見た後に、
懐からそろばんに似た計算機を取り出し、弾いていく。
「・・・・おっしゃるとおりで」
「それじゃ、銀貨14枚この子に渡してね。謝罪も忘れずに。
それから今回はこれただで貰うから」
実質8割返してもらった形だ
商人は胸元から財布を取り出し、銀貨14枚を女中に渡す。
「よし、これで解決!でも次やったら・・・・わかるよね?」
王族相手に詐欺行為だ。
この国の法律は知らないけど、
王族相手にやれば侮辱罪とかで打ち首確定にはなりそうだ。
「はは!肝に銘じておきます!」
商人は脱兎のごとく帰っていった。
「あ、ありがとうございました!」
「いやいいのいいの、一宿一飯の恩って奴よ」
この言葉使ってみたかった。
幼い女中は何度も頭を下げながら、
荷車を馬に引かせて搬入口らしき城の扉へと消えていった。
いい事をしたあとは気分がいいぜ。
「しかしあれだなー、やっぱ教育水準って低いんだろうか」
あれくらいの計算なら小学生でも出来る。
この国はその辺もどうにかしなきゃいけないな。
さて城内に戻りますかね。
来た道を戻り廊下を歩いていると、
アリアがレルドを連れて正面から歩いてくる。
「おはよう」
「おはようございます、ちょうどよかった。お部屋に伺ったのですがいらっしゃらなかったので、探していたところです」
ドレスの端をつまんで挨拶するあたり王族なんだなと実感する。
「なんか用?」
「昨夜の話の続きをしに参ったのですよ」
そうか。
細かい話は明日って言ったっけ。
「天気もいいですし、テラスで話を致しましょう」
レルドに飲み物をたのみ、二人で先にテラスに向かう。
「そういえば、レルドさんが孤児というのは?」
二人きりの今が聞くチャンスだろう。
「あら、どこでそれを?確かにレルドは孤児で、小さい頃から一緒に育ちました」
ふむ、姫さんからの裏付けも取れたし、
これでレルドさんは引き込めるな。
お茶を持ってきたレルドさんにも座ってもらい、三人で内緒話開始だ。
「そういえばさ、昨日の話だと隣国は電光石火の勢いで王都手前まで攻入ったのに、なんでここで止まったの?」
大した障害もなさそうに見える。
ぶっちゃけ囲んで兵糧攻め一択で勝てるんじゃないのか。
「それは、正直よくわからないんです。
急に攻勢が衰えて、攻めて来ても少数で散発てきなものになりました」
補給線が伸びきってしまったとかか?
いや、商都を落としているのならそれはないはずだし、略奪とかしてれば補給はそこまで大きな問題じゃない。
「これを期に反撃をと言ってみた事もありましたが、
大臣と兵隊長から敵の罠かもしれないと言われ、とにかく王都だけでも守る形となりました」
大臣にも言われたか。
「そのときさ、反撃って話を出したときさ、大臣と兵隊長になにか変なところなかった?」
「変なところですか?・・・そういえばなにかに急かされているような感じがしたような」
大臣も黒確定と。
しかし姫さんはこれでよく気がつかないな
そこでボロを出す大臣達もだけど、それに気がつかないのもどうかと思う。
「レルドさんはなにか変だとか感じない?」
姫さんと仲良しなら大臣とかその辺のことも見てるんじゃなかろうか。
カップを手に取り紅茶を飲む。
昨日から幾度も出されているがとにかくうまい。
コーヒー派の俺が鞍替えしそうなくらいにうまい。
そういえばコーヒーってあるのかな。
「兵隊長と大臣の暗躍のことですか?」
吹き出した。
ギリギリテラスの外に顔を向けたのでアリア達に被害は無いが、
テラスの下から、雨かしらという声は聞こえた。
ごめん名も無き女中さん。
「えっと暗躍とはいったい」
「何度か怪しげな行動を目にしています。
ですが怪しいというだけで、確たるものはありませんでしたが、
昨夜の姫とブラム様の会話から確信いたしました」
怪しい行動があったのか。
「なんで姫さんに教えてあげないの?」
「ですから確信がなかったのです」
あーまぁそうか。
確かに確信が無いままに女中の身分でそんな事を言って、
万が一間違っていたらそれこそ彼女の身が危ない。
むしろ混乱を煽動するスパイとされてる可能性もある。
「なんのお話ですか?」
「は?」
今のでわからないのか?
頭痛くなってきた。
「えーっと」
「ブラム様、姫はなんといいますか。
そうですね、はっきりと言わないとわからないお方ですよ」
それって馬鹿って言ってるも同然だよね。
「つまりだね、大臣と兵隊長は裏切り者で、戦争に負けてるのは主にその二人のせいってこと」
「え・・・・そんな・・・だってお二人はいつも私に助言を・・・」
泣き出した。
信じてた人が裏切っていたなんて知ったらそりゃ泣きたくもなるな。
しかしいくらなんでも鈍感すぎやしないか?
ここまで鈍感だと病気か、それともなにかの魔法に・・・
「魔法か・・・レルドさん、魔法で人の精神とか意識をどうにかするものってある?」
俺の言葉にレルドの表情が驚愕に変わった。
表情の変化を見たのはここに来てから初めてだ。
「すぐに魔法師を呼んできます!」
慌ただしく立ち上がり、駆け出そうとしたレルドの腕を掴み引き止める。
「まって!気持ちは分かるけどまって!」
凄い力で引きずられそうだ。
「ですが!」
腕だけでは振り払われそうになり、
渾身の力で引き寄せて抱きしめる形で抑える。
「よく聞いてくれ、もしアリアが魔法で意識になにかされていたとして、
それをかけたのは今いる城の魔法師の可能性もある。
大切な妹のことだ、いてもたってもいられないのは分かるけど頼むから落ち着いてくれ」
抱き寄せたまま耳元で話す。
姫さんは泣き続けているが、
レルドはなんとか落ち着きを取り戻したようだ。
「大変失礼しました」
さっきまでの取り乱し方が幻かのようにしれっと綺麗な姿勢でお辞儀をされた。
「城には何人魔法師がいるの?」
商都に直属の魔法師部隊を送り、全滅したというのは昨日聞いている。
「三人います。全員熟練の魔法師と伺っております」
魔法の事はよくわからないが、
もし姫さんに変な魔法がかかってたら気がつくもんなんじゃないのかな。
「その三人は黒だと思った方がいいね、ほかに伝手とかある?」
レルドは首を横に振る。
「うーむ、どうすっかなぁ。先延ばしに出来る問題なのか微妙だしな」
「個人的な意見としてはすぐにでも診てもらいたいです」
まずは実際に魔法にかかっているのかどうかだし、
単純な病気ってこともある。
それに魔法にかかっていたとしてそれを解けるのかは、また別の問題だ。
「うーむ」
「やや!これは一体どうされた!」
腕組みをしながら思案しているところに、ミルドが駆寄ってくる。
今の状況を整理するとテラスで三人が座り
姫さんが泣き、俺とレルドが無言で思案中。
目配せでミルドに話しても大丈夫か聞いてみるが、
レルドは軽く首を横に振った。
黒かもしくはわからないということか。
ならば言わない方がいい。
「アリア、まだミルドさんには話さないでくれ」
小声で泣きながらしゃっくりをしているアリアに伝えると、
かすかながら頷きが返ってきた。
アリアの横まで駆寄ったミルドが説明を求める。
「姫、何があったのですか?」
気遣うように優しく語りかけている。
表面だけ見ればこの人は怪しくない。
軍や政治にも、ほとんど関係していないと姫さんは話していた。
「ひっく・・・なんでも・・・ない」
泣きながらなんでもないと言われて、
はいそうですかと引き下がる人はあまりいない。
どうやってこの場をごまかすか。
「なんでもないことがございましょうか。大丈夫です。ささ、爺に話してくだされ」
「痴話喧嘩です」
レルドがみじんも表情を崩さずに続ける。
「昨夜姫様が夜伽に赴きましたが断られ、その理由を先ほど訪ねられました」
前半本当で後半が嘘。
夜伽に行くというのはミルドも知っていておかしくないはずだし、ここは任せよう。
「姫のご覚悟を考えれば断られたのは、それはもうショックじゃったのはわかる。
だが先ほどお会いした時は、そのような素振りは・・・」
やはり夜伽に向かったということは聞いていたか。
「姫様は断られた理由にショックを受けています。
ブラム様は姫様よりも、私の方がタイプだとおっしゃり、
力強く私の事を抱きしめました。
それを見て姫は泣いてしまい、どう慰めるか考えていたところです」
任せるんじゃなかった!
「ブラム様・・・・」
肩が震えてるな
あれだろ、怒り心頭って奴だろうな。
「我々の身勝手でお越し頂いたのは、重々承知しております。
女性の好みもありましょう。ですが!なにも姫の前で抱きしめることは無いのでは!?」
当然の怒りだよね。
その後散々小言を言われ、以後そのようなことは慎むよう丁寧に、
そしてはっきりと言われてミルドは去っていった。
「お前・・・・・」
恨むぞという目で睨む。
「抱きしめたのは事実です」
しれっと言い放つ。
アリアもいい加減泣き止んだ。
「俺もいい方法思いつかなかったけどさ、あれじゃ完全にクズじゃん。女の敵じゃん」
「私だって殿方に抱きしめられたのは初めての経験です、
あれくらいの意趣返しは許されると思いますが」
初めてだったか。
美人だしもてそうなのにな。
恋人とか本当にいないのか。
「レルドいいなー」
「「え?」」
アリアの意味不明な発言に場は凍りついたが、
アリアを見てくれる魔法使いの情報をどうやって集めるかという議論をし、
とくに成果もなく話し合いはお開きとなった。
昼食を済まし、城を探検する。
結構広い城だ。
中庭もあり、地上三階建てで、
一部の塔などは地上十階ほどはありそうだ。
ふと地下があるのか気になり、手近にいた兵士に聞いてみる。
「地下ですか、地下には地下牢くらいしかありませんよ。
元々政治犯や大罪人を閉じ込めるためのものでして、
作りは頑丈ですが数は少なく、今も一人しか収容していません」
やっぱあるのか。
そういうのが。
「その一人ってなにやらかした人なの?」
「反乱の罪に問われ、かれこれ数年ほど牢にいます。
本来なら死罪ですが、前王の恩情により生かされております」
反乱か。
「興味本位なんだけど、その人と会える?」
面会許可とかってどこで取ったらいいんだろう。
「私のような下っ端にそのような判断は出来かねますので、
兵隊長か、もしくはそれなりの身分の方に伺っていただかないと」
たしかにそうか。
ただ兵隊長はなしだな。
予想が当たってればまず許可は降りない。
となると、姫さんがしかいないな。
姫さんの部屋に行き事情を話すと、すぐに書類を書いてくれた。
牢番に見せたら気怠そうに渋々地下牢への扉を開けてくれた。
職務怠慢というか、もしかして牢番ぐらいしかできない無能か。
中に入る俺についてくる様子も無いし、地下への扉も開けっ放しでやる気が全くない。
階段は割と深くまで続いていた。
正確には分からないが、地下20メートルはありそうだ。
だが牢の数が少ないおかげで、目的の人物はすぐに見つかった。
「だれだ」
「昨日からここで世話になってるブラムだ、あんた反乱起こしたんだって?」
奥からため息が聞こえてくる。
「見せ物じゃねーぞ、帰りな」
やさぐれまくってるな。
一応降りてきた階段の方を確認してから声を落として話しかける。
「あんた、大臣と兵隊長の裏切りに気づいたんじゃないのか?」
俺の言葉に暗い牢屋の奥で人影が立ち上がる。
ゆっくりと近寄ってくる。
臭い。
糞尿垂れ流しなのかものすごく臭い。
あまりの匂いに一歩下がる。
昔の奴隷船ってこんな匂いを我慢してたのか。
「その言い方だと奴ら側じゃねーな、目的はなんだ」
鉄格子を掴みながら睨みつけてくる。
すごく臭い。
「びびんなって取って喰いやしねーよ」
「いや、臭いだけ」
「・・・・・・・・・・」
道ばたに落ちてる犬の糞でさえ臭いのに、
多分まともに掃除されてないこいつの糞尿が山ほどあるはず。
その上糞尿垂れ流してる本人は風呂も入ってないんだから最悪だ。
「で、なんだよ」
臭いと言われて動揺したのか傷ついたのか。
若干声が震えてる。
「あんた名前は?それと剣士?それとも魔法師?」
「ロニーだ。剣士だよ、正確には騎士だったか」
「強いの?」
「強いさ、我が剣は何人をも切り裂き、いかな大群も我が進撃を止めることはできないほどだ」
「いやそういう誇張いいから、それに捕まってるじゃん」
「・・・・・・・・・・」
あ、言ったらだめだったかな。
「まいいや、魔法師の知り合いとかいない?」
「・・・いるぜ、家内だ」
お、これはいい情報だ。
「だがな、連絡もなしにいなくなった俺を、いつまでも待ってくれてるかってーと微妙だな。
なにせ捕まる前は仕事一筋でよ。
子供も欲しいとせがまれたが、結局その前にこうだからな」
うーむきびしいかな。
「城下町の外れに住んでる、行くだけ行ってきたらどうよ。
もし居たら、そんときゃすまねぇって伝言頼むわ」
それだけ言うと牢の奥に戻っていく。
「また来るよ」
「へっ、くる度胸があるならな」
「この臭いはできればもう嗅ぎたくない」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
地下牢をから出て牢番に声をかける。
「俺、臭い?」
鼻をつまんでうなづいている。
やっぱり臭いが移ったか。
風呂に入って来よ。
「城下町の外れか、うーん。よし、行こう」
即断即決即時行動!
だが迷った。
即断即決即時迷子だ。
よく考えれば城下町の外れは外周全域なわけで、情報が少なすぎる。
住所とか聞いてくるべきだった。
しかもぽつんと孤立する感じであるのかと思ったけど、割と密集してる。
「あー、名前も聞いてない。馬鹿か俺は」
いや、きっとあの臭い空間に一秒でも居たくないという本能がそうさせたのだろう。
陽も傾いてきたし帰路につく。
だが甘かった。
またこの広場だ。
ここからは城が見える。
だが路地に入るとすぐに建物で見えなくなり、
方向感覚が麻痺する。
気がつけばこの広場に戻っている。
もう5度目だ。
空もすっかり夜だ。
広場のベンチに座りこむ。
こんなことになるなら人通りがあるうちに、道を尋ねておけば良かった。
「あの」
「え?あ、はい」
「お困りでしょうか?」
天使光臨。
「はい、困ってます。この歳で恥ずかしいのですが、
迷子です。なので城まではどういったら戻れるか教えてください」
恥も外聞も無いが、このさい仕方ない。
「城ですか、うーん。教えることはできるのですが、
この辺りは治安もあまり良くないですし・・・よければ今夜は私の家に泊まっていかれます?」
女神だったか。
「あー、では失礼ながらお邪魔します」
瀬に腹は変えられないし、
よく見れば路地の方からこちらを見ている男達がいる。
いかにも素行悪いですって感じだ。
女性に案内された家は、質素なもので家と言うより小屋だった。
「狭いところですが、どうぞ」
中は整理され、掃除が行き届いているのか埃すら落ちていない。
「あー、ご家族は?」
玄関入ってすぐリビング。
1kという感じの間取り。
「一人で暮らしています、夫はいるのですがもう数年音沙汰がなくて、
ちょうどお話する人が欲しかったところなんですよ」
美しい微笑み。
今なら女神の生まれ変わりと言われても信じる。
「いやしかし、でしたらここに居るわけにはいかないですよ。
あらぬ疑いでもかかってしまっては貴方にご迷惑が」
「大丈夫ですよ。ちゃんといい人と悪い人の区別はつきますから」
あれ?後光が指してない?この人。
「いやほら、男は狼といいますしやはり出て行きます」
「ふふ、大丈夫。こう見えて魔法師でも結構強い方なんですよ?」
魔法師?
「つかぬ事を聞きますけど、亭主の職業は?」
「城で騎士を務めていました」
これもうビンゴだろ。
「優しい方で、少しでも私に楽をさせようと必死で働いていました。
音沙汰がなくなってからは何度も城に行きましたが、
遠征中と言われるだけで・・・でもきっと帰ってきてくれるはずなんです」
うーむ。
一途や。
「でもまぁなんていうか、もう死んでいたりするかも」
意地の悪い質問だったな。
失敗した。
「そうですね。死んでいるかもしれません。
でも、万が一生きていて帰ってきた時に妻が居なかったら悲しくなるじゃないですか」
泣いたね。
号泣。
こんな人いるんだな。
それをいるかどうか微妙とかほざくあいつは一発殴る。
「さ、暗い話はこの辺で・・・・」
その後は質素ながらも美味しい夕食を御馳走になり、
ベッドで寝てくださいという女性に、かたくなに床で寝ると言い張り朝を迎えた。
「城まで案内しますよ」
道を教えてくれるだけでもよかったのだが、ほんとにいい人だ。
ーーー
王宮にたどり着き、
門番にレルドを呼ぶよう頼む。
「昨夜はどちらへ・・・そちらの女性は?」
いぶかしむ疑いの眼差し。
だが悪い事してないから痛くない。
「・・・魔法師見つけてきた」
彼女にはここまでの道中で事情を軽く説明しあった。
夫らしき人に心当たりがあること。
姫に魔法がかかっていないか見てもらいたい事。
「ナターシャです」
レルドと握手をしている
「でだ、すぐにでも見てもらいたいのだけど、
いい口実とかある?よくわからんけど一般人が城には入れないんだろ?」
「そうですね、美しい方ですし、新しい女中見習いとして入れましょう」
レナドに連れられ、姫の私室まで案内される。
「失礼します」
「あら皆さん、そちらの方は?」
姫はいくつかの書類にサインをしているところだった。
脇には書類の束を抱えた小さな女中。
昨日、商人にだまされそうだった子だ。
「あー」
さすがにこの子が裏切ってるとかないだろうけど幼すぎる。
話を聞かせると喋ってしまう可能性がある。
「今仕事中?できれば場所を変えたいんだけど」
少なくとも書類から引き離せばあの子が付いてくることもないだろう。
「でしたらもう少しお待ちくださいますか?」
書類を受け取ってはサインをしていく。
手持ち無沙汰になりなんとなく姫のサインしている書類に目を落とす。
『王都軍備拡充における、強制徴収命令書』
「そのサインちょっとまて」
「え?」
姫は途中まで書いているサインを止め顔を上げる。
「徴兵するのか?」
歴史の授業で習った程度だが、
自分の居た世界でも中世などでは、徴兵は当たり前だし、
日本も第二次世界大戦中に行っている。
だが質の悪い兵士が増え、寧ろ軍隊としての質は下がる。
おまけに徴兵した側に対する反感も残ってしまい、
後々良くないというのが一般的な認識だ。
「兵隊長さんが必要だと」
「おいおい・・・昨日のテラスでの話はなんだったんだ」
昨日の今日でもう忘れたのか。
大臣と兵隊長の裏切りは明確。
その兵隊長の言う事を信用するのか。
「あ、そうでした・・・・・・・・痛っ・・・」
姫が頭を抑える。
「姫!?」
レルドが心配そうに慌てて駆け寄り声をかける。
「だ・・大丈夫です、昨夜から軽い頭痛がしてて」
軽いというが顔色は結構悪い。
真っ青と言っても過言ではない。
「これは、意識操作の魔法ですね。意識誘導の魔法もかかっています」
ナターシャが机越しに姫に手をかざしている。
その腕にはいくつもの魔法陣。
不謹慎だがかっこいいと思ってしまった。
「頭痛は意識操作の魔法のせいですね、術者の望みと違う事をしようとすると発動し、
意識の改変が起こります。その際頭痛を伴いますが、さほど強い痛みではないので、
風邪や単なる体調不良と思いがちです」
それはつまり今まさに意識の操作が行なわれているということか。
「もう一つは?」
「意識誘導の魔法はあらかじめ設定された方向に、意識の決定が進むようにします。
誘導は穏やかで、本人が気がつく事はありません」
つまり普段は意識誘導の魔法で都合良く動かし、
なにかの拍子に目的のレールを外れると、
意識操作の魔法が発動して、今のようになるってことか。
「解ける?」
「できますけど、術者にはバレますよ?」
やはりそうか。
かけた人間にバレないわけが無い。
「ちょっと考えさせてくれ、あー、1分だ」
姫がこのまま魔法にかかっていると、国はどんどん悪い方向に進む。
だが魔法を解けば術者にはバレる。
そうなればグルであろう大臣と兵隊長は、すぐに姫を捕らえて再び魔法をかけるだろう。
俺たちはいいとこ幽閉、最悪死刑。
避けるには先手を取る必要がある。
まず軍部だ。
トップは真っ黒。
開戦時からということはかなり根回しが進んでいるはずだ。
となると、半分以上が敵ということもあり得る。
次に大臣だ。
こちらも政治のトップ。
頭を使う職なだけあって、奸計や買収に秀でている可能性が高い。
国にとって不都合な決定に異論が出ていない辺り、
すでに身内で固めているはずだ。
あれ?詰んでね?
「・・・・・やめた」
「え?」
考えるのが面倒になった。
そもそも色々考えて計画通りに進めるとか俺には向いてない。
「ナターシャさんアリアの魔法解いて」
「いいんですか?」
「このままでもどうしようもないし、そもそも軍も政治も真っ黒なんだから全員敵の方がわかりやすいよ」
「では」
ナターシャは両腕からいくつもの魔方陣を展開し、それをアリアに向ける。
するとアリアの頭部を中心に複数の魔方陣が現れ、薄いガラスを割ったような甲高い音と共にくだけ散った。
「もう解けましたよ」
姫さんはしばらく放心状態となったが、はっと何かに気がつくと、
今までサインした書類を慌てて読み直す。
「そんな・・・これもこれも・・・」
幼い女中が持っていた残りの書類もかっさらうように鷲掴みにする。
「・・・・・わたしは・・・なんの疑問も持たずにこんなものにサインを」
涙が書類に滴り落ち力任せに破り捨てていく。
事情を知らない人が見れば、錯乱したと思われるがむしろこれが正常だ。
「ナターシャさん、多分魔法師がここに来ると思います。
悪ければ兵隊もね。魔法で守ることって出来ますか?」
魔法師がどれくらいの能力を持っていて、なにができるのかを俺は知らない。
「守るだけなら任せてください。
攻撃は苦手ですが、その分回復と防御は得意です」
やはり得手不得手があるのか。
ここは任せよう。
「ブラムさんは?」
部屋の一角に飾ってある剣を手に取る。
ずしりとした重量感。
本物の剣はこんなに重いのか。
「んじゃ、ちょっとよろしく」
ナターシャの質問に返事をする時間が惜しい。
剣を持ったまま部屋を出る。
目指すは地下牢。
またあの臭いを嗅ぐのかと思うと一気にやる気が失せるが、後には引けない。
ーー
「許可証は?」
相変わらず気怠そうにしている牢番。
許可証を出す。
「ん?これは一回限りのもんだぞ」
回数制限あるのかよ。
これは予想外だった。
「大丈夫、あとで新しいの持ってくるよ」
「だめだめ、くそみたいに退屈な仕事だが、
ちゃんとやらねーと隊長がうるせーんだよ。さっさと消えな」
牢番は地下牢に続く扉の横に置いてある、木の丸椅子に腰掛けた。
「しかたないか、今もらってくるよ」
一度振り向き戻る振りをして、振り返った勢いを止めずに、
さやに収まったままの剣で牢番をぶん殴る。
牢番は大きな音を立てて床に倒れ込み、頭から血を流している。
生死の確認を他所に、ベルトに付いている鍵を奪い、
地下牢への階段を下りて、昨日の囚人に会う。
「なんだ、また来たのか」
男の声を無視して牢の鍵を開ける。
「なんの真似だ」
「この剣で姫と奥さんを守れ」
持っていた剣も男に放り投げる。
男は片手でそれを掴み。
「へっ、俺の剣は高く付くぜ?」
「そういうのいいからさっさといけ。奥さん死ぬぞ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
ロニーと二人で地下牢への階段を駆け上がり扉をでると、
牢番の姿が無い。
気がつき応援を呼びにいったか。
「牢番は?」
「さっき殴って気絶させたけど、起きたみたいだね」
「次からは殺しとけ」
姫さんの部屋まで駆け出すとすぐに6人の兵士が立ちふさがる。
「おとなしく投降しろ!」
指揮官クラスの兵士が剣をこちらに向けて怒鳴ってくる。
俺は足を止めて様子を見る。
だがロニーは違った。
一瞬のためらいもなく相手の懐に入り、
横一線に指揮官クラスの兵士を切り捨てる。
振り抜いた勢いを殺さず、さらに回転して横に居た兵士も切り倒す。
「おのれ卑怯な!」
仲間をやられて交戦体勢に入った兵士が袈裟切りを繰り出す。
それをロニーは右手で持った剣で受け流し、
左の拳で兵士を殴り飛ばす。
そして後ろから斬り掛かった兵士の斬撃を屈む事で躱し、
その姿勢のまま剣を後ろに振り膝の辺りから下を切断する。
「ひっ!?」
一瞬で4人を倒され、残された二人の兵士がひるむ。
ロニーは気にする様子も無く床に転がった剣を拾って俺に渡す。
「あんたも一応持っときな」
「あ、ああ」
この人本当に強かったんだな。
なんで捕まってたんだ?
「やる気が無いなら引っ込んでな」
ロニーが睨みつけるとそれだけで残った兵士は逃げ出した。
こういうの本当にあるんだな。
「いくぞ」
ロニーに先導され走り出そうとするが呼び止める。
「いや、ここ右だから」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
角を曲がり姫さんの部屋までは一直線だが、遠くに見える姫の部屋の前には、兵士が大勢集まっている。
「どうするよ?」
「正面突破よろしく」
「あいよ!」
自分でも無茶ぶりだと思ったが、
ロニーは難なくやり遂げた。
斬り掛かる直前に怒声を上げ、振り返った兵士袈裟斬りに一刀両断にし、
返す刃で二人纏めて横薙ぎにした。
鋭い剣捌きでさらにばたばたと斬っていく。
一騎当千とはこの人のことをいうのだろう。
ロニーが開いた血路を駆け抜け部屋に入ると、三人の魔法師が青い結界に向かって攻撃魔法を連発し、
兵隊長と大臣が一人相手に何を手こずっているのかと、怒鳴っていた。
結界の中には、姫を含め皆が入り身を寄せ合っている。
ナターシャは右腕を体の前に突き出し、左手で右手首を握っている。
「ふん!」
ためらいなく魔法師の一人を斬り捨てるロニー。
二人目に斬り掛かったが、魔法師は結界への攻撃を止めて防御した。
薄い膜のような物がロニーの剣を防ぎ、二人とも飛び退いた。
「貴様は!?」
大臣が叫ぶ。
「よう、久しぶりだな豚大臣に成金兵隊長」
構えを解かずにロニーは話す。
一応自分も剣を構えて相手を威嚇するが、
バッティングセンターで120キロの球すら打てない俺では、
魔法師あいてには何も期待は出来ない。
あくまでポーズだ。
「旦那、こいつらも斬っちまっていいんでしょう?」
「この状況を打破できるなら任せるよ」
レルドが俺の襟を引っ張り結界に引き込む。
「うお!?」
いきなりだったので変な声と共に倒れ込む。
「ブラム様、あの人は?」
姫さんが質問をしてきた。
「ナターシャさんの旦那さん」
ナターシャの方をみると、ロニーの姿に涙を流している。
嬉し涙というやつだろう。
「ロニー、それ勝てるの?」
結界の外で一人剣を構えるロニーに問いかける。
相手は魔法師二人に兵士が2ダースほど。
おまけに兵隊長だ。
大臣を数にカウントしないが、俺より弱そうな大臣なんか誤差だ。
「はっ!どうしたって勝つしか無い状況だろ?」
「いやそういうのいいから」
「・・・・・・・・・・・・兵士はともかく魔法師二人はきついです」
やはり魔法師相手は剣の腕だけではきついのか。
さっきもほとんど不意打ちに近い一撃を、魔法の障壁で防いでいた。
それは防御に専念すれば、剣相手にやられることはないということになる。
しかも相手は二人。
二人の魔法師がお互い距離を保っている現状では、
それだけでどちらにも攻撃できない。
片方に斬り掛かっても、障壁で防がれ、
もう片方に魔法で攻撃される。
しかも味方ごと撃っても死ぬのはロニーだけで、仲間は障壁で無傷だ。
広範囲を攻撃できる魔法はあるはずだが、使わないところを見ると、多分詠唱が必要なはずだ。
でなければもう撃っているだろう。
となると小出しの魔法しかないが、
それはロニーの技量をみて避けられると踏んでいるのだろう。
扉付近の兵士がこちらに来ないのは、魔法師の邪魔にならないようにか、
もしくはロニーに斬り掛かっても返り討ちにあうだけだとわかっているためだ。
技量的に確実に返り討ちに遭う上に、運良くロニーの反撃を躱しても、
魔法師が撃つ魔法に巻き込まれる恐れがある。
そのため今はこのような膠着状態になっているわけだ。
たった一人でこの人数相手に膠着状態に持ち込めるロニーの技量に感謝だな。
だがこのままではダメだ。
ナターシャがいつまで魔法を使っていられるのかわからないが、
何日も使い続けるわけにもいかないだろう。
それにこの戦いは負けなければ勝ちではなく、
勝たなければ負けなのだ。
「ロニー、一対一なら魔法師でも倒せるか?」
結界の前に陣取っているロニーにだけぎりぎり聞こえるように、声を落として話す。
「この距離なら一人は瞬殺できるが・・・おい、なにをする気だ?」
右の魔法師を頼むと伝えて結界を出る。
魔法師はこちらを一瞬見ただけで、ロニーに集中する。
相手にもされない。
距離にして4メートル。
素人の俺が斬り掛かっても余裕で防御されるか、攻撃魔法で迎撃されるだけだ。
相手はそれがわかっているからこそ、ロニーにだけ集中している。
時代劇でみた中で、印象に残っている構えを取る。
剣を垂直に立て頭の上に構えるのだ。
大上段の構えというらしい。
俺の狙う魔法師は相変わらずロニーを警戒し、
こちらには意識だけを飛ばしている形だ。
どうせ俺にはこの距離を一瞬で縮める技量も脚力もないさ。
だがな。
「せー・・・っの!」
大上段から思い切り振り下ろし、剣を『投げる』。
この距離なら到達まで一秒かからない。
手放した剣は一瞬で魔法師にたどり着く。
都合良く刺さるとかそんなことは期待していない。
とにかく自分に命の危険が迫っていると、一瞬でも思わせればいいのだ。
剣は運良く切っ先から魔法師に当たったが、当然障壁で阻まれ弾け飛ぶ。
俺の攻撃は意味をなさなかった。
だがロニーはその一瞬を逃さなかった。
俺が剣を投げ魔法師とは反対にいた魔法師に向かって一瞬で距離を詰め、
力任せに袈裟斬りを放つ。
普通の袈裟切りに見えるが、速度と重さが段違いに強い。
障壁を張った魔法師相手に力技で叩き潰すため強引なものだ。
剣が障壁に触れた際に、丸ノコで金属の板を切ったような音が響き、
一瞬の抵抗もなく障壁が砕け、魔法師の体に剣が体に食い込む。
「がああああああああ!?」
肩口から鳩尾までを引き裂かれ、断末魔の悲鳴を上げる魔法師。
ロニーはすぐに俺が剣を投げつけた魔法師の方を向き距離を詰める。
「ふん!」
ロニーは今やって見せたように、力づくで袈裟斬りを放つ。
だが魔法師も今のをただ見ていたわけではない。
手のひらに魔力を集中させ、狭い範囲に強固な障壁を作り出す。
全身を覆っている障壁を一カ所に集中すれば、ぶつけた剣が折れるほどの強度を持たせられる。
だがロニーの左拳が魔法師の腹にめり込む。
袈裟斬りはフェイク。
一カ所に集めた為に障壁が無くなった胴体を、鍛えられた拳が襲ったのだ。
「ごはっ!?」
そのまま膝から崩れ落ち倒れた。
「さて、残りはどうする」
扉の前に陣取っている兵士に向かってガンを飛ばすロニー。
それで最後だった。
兵士達は散り散りに逃げ出し、
後に残ったのは兵隊長と大臣だけだった。
「おのれ・・・」
兵隊長が腰の剣に手を伸ばす。
「やるか?あんた一度も俺に勝った事無いよな?」
半ばまで抜かれた剣が途中でとまり、兵隊長の手が震えている。
訓練のような寸止めはない。
斬り掛かればそこで終わりだ。
避けようのない死が待っている。
「剣を捨てろ」
ロニーの命令に兵隊長は大人しく従い、腰帯から剣を外し床に捨てる。
たった一瞬の隙でロニーは膠着状態を崩し勝利した。
その後は大臣と兵隊長を縛り上げ、
騒ぎを聞き駆けつけたミルドと、おそらくまともな兵士達と協力して城内の一斉清掃。
全ての裏切り者を見つけ出せたわけではないが、大方片付いたはずだ。
ちなみに政治連中は全員真っ黒。
自分だけがとやけになった大臣が、洗いざらい吐き出したからだ
賄賂に癒着、隣国への情報提供の他、自国民を奴隷として売り渡してまでいた。
一段落したところで、ロニーが臭いままでナターシャを抱きしめた。
ナターシャはあの臭いをものともせず、抱きしめ返していた。
俺には無理だ。
どたばたと過ぎた一日も終わり、
あてがわれている自室のベランダで夜風に当たっていると、
ロニーが酒を持って訪ねてきた。
「いいのかよ、奥さんほっといてさ」
久しぶりの再開だろうにと。
「ああ、あとでたっぷり愛し合うから今はな」
これはもうあれだろ。
つまりそういうことだろ。
夫婦の夜の営みってやつ。
「あー・・・・」
ロニーを殴る。
硬い。
思いっきり顔を殴ったのにゴムタイヤでも殴ったかのようだ。
「痛ってー!なにすんだよ!」
「うるせー!うらやましいんだよ!
あんな美人で気だてのいい人嫁にもらいやがって!」
「いいじゃねーか!お前だって嫁貰えばいいだろうが!」
「うるせー!うるせー!彼女すら出来たことねーわ!」
「あらやだ童貞?」
もう一度殴る。
「だー!いちいち殴るんじゃねー!」
「うるせー!童貞なめんな!」
喧々諤々と馬鹿な言い合いをひとしきり行い、
グラスに注がれた酒を二人で煽る。
「しかしまぁ、剣を投げる奴は初めてみたよ」
昼間のことだろう。
そんなに珍しい事なのだろうか。
「珍しいのか?」
剣を投げて戦うってのは小説や漫画ではわりと出てくる表現だ。
「めずらしいっていうか、武器投げたら終わりだから、
やる奴は普通いないし、生きてねーよ」
言われてみれば、確かに武器を投げてしまえばそれ以上戦えないし、
戦場で武器を持っていない兵士が居れば、俺なら真っ先に狙う。
「あー、たしかにそうかも。成功してよかったわー」
こうして言われると馬鹿な選択だった。
だが普通に切りかかっても片手間に返り討ちにあうだけで、
隙なんか作れなかっただろうし結果オーライだ。
「それよりさ、あんなに強くてなんで捕まってたんだよ」
「強いって言っても剣士としてだ、複数の魔法師に囲まれたらどうしようもねーさ。
昼間もそうだったろ?膠着状態は二人が限界で、それ以上なら降参するしかないわな」
そう考えると魔法師ってチートだよな。
これから戦争もあるだろうし何らかの対策は必要か。
「これから隣国と戦争もしなけりゃってのに、魔法師対策はどうしようかね」
「あ?戦争って何だよ」
そうか。
ロニーは戦争の前から牢屋にいたから知らないのか。
「その辺の経緯はレルドさんに説明聞いてくれ」
「レルドってどれだ」
「どれってお前・・・ほら、姫さんの近くにいた茶髪でこれくらいの背丈の」
身振り手振りを混ぜながら、
レルドはセミロングの髪に片側にリボンをつけていると説明する。
「おお、あの可愛い子ね。おっけい、明日辺り聞いておくわ」
「そろそろ戻った方がいいんじゃないのか?」
「ん?ああそうだな。んじゃな」
「おう、おやすみ」
手をひらひらさせながらロニーを見送る。
ベランダの手すりに背中を預けて星空を眺めると、
東京じゃ考えられないほどの数の星々が天を埋め尽くしている。
「こんなのネットでしか見たことねーな」
流れ星も1分おきくらいに流れている。
異世界でもここは球体の星なのだろうか。
テーブル型の世界ってのも夢があっていい。
「まいいや、寝るか」
部屋に戻り眠りにつく。
第1話を読んでいただきありがとうございます。
自分のPCでは結構先までこの後も書いていますが、
誤字脱字が多いため、現在添削中です。
作品を読み後書きに至ってくださった全ての読者様に感謝いたします。