マダム達に招かれた
「だから私は言ったのよ!『女に学は要らない』って!」
ええと、誰だっけ…
エレクトラは内心、喚いている貴婦人の名前を思い出そうとしていた。
確か、父の従姉妹の息子の妻、だったかな…
招かれた茶会で。
顔は覚えているが名前はとんと思い出せない知り合いに捕まってしまった。
しかも、わけのわからない説教が始まった。
「大体、そんな眼鏡を掛けて!そんなことで貴族の妻が務まると思っているの?そんなことだから家を追い出されるのよ!」
そんなこと言うなら、自分の二重顎どうにかしろよ…とエレクトラは毒づく。
明日は我が身かもしれないので口には出さないが。
「あら、こんなところにいらっしゃったの?」
「ローザ様」
「伯爵夫人?」
「探していたのよ、さあさあ、こちらへ。貴女の大好きな焼き菓子も沢山あるわよ?」
上品な微笑みを浮かべながらこの茶会を主催する伯爵夫人はエレクトラの手をとり歩き出す。
「あ、あの、」
「私、貴女に発言を許しましたかしら?私の可愛い子猫ちゃんを怒鳴りつける無礼を咎めてほしいのかしら」
冷たく言い放つ伯爵夫人はエレクトラの腰をがっしりホールドしている。
先ほどまでの勢いを失ったおばはんはもごもごと口の中で言葉を転がす。
伯爵夫人の口角は上がっているのに目は睨みつけると言う器用な表情を見、凍りつく。
「いえっ、その、」
「アレラモ子爵夫人、失礼しますね?」
面白い顔で硬直するおばはんを置き去りにし、おばはんより怖い奥様に連行される。
「アレは何なの?」
一番奥の、合歓木の下に設えられた茶席に座らされる。
ほわほわしたピンク色の花が可愛い。
「親戚です。よくわからないんですが」
「そういう意味じゃないけどね…男爵の父方の従兄の息子の嫁ね。まるっきり他人じゃないの」
あ、ちょっと違ってた。
貴族名鑑なんか、覚えきれない。顔など特に。
さすがに、サロンの女王と呼ばれるだけはある。
「あんなの相手にしてはだめよ?」
「はい」
したくなくても絡んでくるのがああいう手合いなのだが。
「大体、眼鏡っこの可憐さを理解しないなんて無粋にもほどがあるわ」
夫である、カスティオーネ伯もエレクトラに踏まれるのが好きな不思議な人物だが、夫人もなかなか変わった好みをしている。
「縁談が沢山来ているようね?」
気配を感じさせないメイドがそっと茶器を置いて下がって行く。
伯爵夫人の他の見目麗しく存在感のある女性たちは皆、高位貴族であり、あの『紳士倶楽部』の会員の妻であった。
「……侯爵様のご厚意で称号を戴きましたので…」
「それだけだと思う?」
くすくすとマダム同士で顔を見合わせて笑う。
「……あまり言いすぎますと品が無くなりますので」
「そうね。貴女は今や、どの未婚女性よりも注目されているわ。身分の高い金を産む鵞鳥とね。逆にクレクティス子爵は嗤われているけどね」
「廃嫡も囁かれているわね。あちらは養子の来手はいくらでもあるからいいわよね」
「子沢山はいいわよね。子猫ちゃんも早く見せてね?」
「……努力します」
「焦らないでね?相談してね?」
各々、次々に声を掛けられ、律儀に応答する。
奥まった場所とは言え、なかなかの規模の茶会であるため、他の参加者の視線が痛い。
本来、大した後ろ盾もない、下っ端貴族の娘が来ていい場所ではない。
今や、王太子の教育係(予定)、元侯爵夫人という称号、嫁げば婚家の資産を激増させるというラッキーアイテム扱いである。
――まあ、いい感情は持たれないだろうなあ、とは、思う。
マダム達も今までは弁えていてここまで特別扱いはしなかった。
多分、エレクトラの後ろ盾として、わざわざ催してくれたのだと、思う。
ありがたくて、段々顔が下がって行く。
「どうしたの?子猫ちゃん?」
「ほら、子猫ちゃんの大好きな焼き菓子よ?どれが食べたい?」
「気分が悪いなら、中で休む?」
「いえ、大丈夫です。ご厚意に感謝します」
深々と頭を下げる。
礼を言うことしか、出来ない自分が不甲斐ない。
マダム達は身も心も美しい、優しい人たちだと思う。
何か、報いたいと思うほどに、親切にしてもらっている。
「厚意なんかじゃないわよ、可愛い子猫ちゃんを愛でてるだけよ?」
「ほら、顔を上げて?その眼鏡は新作よね?」
「お茶会は始まったばかりよ?楽しんで頂戴」
半泣きのまま微笑んだエレクトラに、マダム達は御満悦だった。