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国王陛下が恐怖した

見つけた。

出会った瞬間に確信した。

黒銀色の髪。

色が変わる紫水晶の不思議な瞳。

感情が高ぶると、涙目になるのも可愛い。

胼胝ができている貴婦人の指など初めて見た。

彼女は実に、貴婦人らしくなかった。

立ち居振る舞いは素っ気なく見える程シンプルで。

上っ面は取り繕っていたが、学問を志す真摯な瞳は純粋で。

一目で恋に落ちた。

会えば会うほど愛しさが募る。

想えば想うほど、会いたくなる。

どんな表情も愛おしい。

独占したいが、海千山千のタヌキ共を出し抜くのは難しい。

考えた末、一石二鳥の策を思いつく。

彼女を女王のように扱い、傅くこと。

恋など知らなげな彼女には、少し刺激が強いかもしれない。

村娘と勇者の恋物語が好きだと言う彼女の好みとは大きくかけ離れているため、誰かに心を寄せることはしないだろう。

調子に乗って依存するならそれも良し。

イヤそうに頬をひきつらせる様も、困ったように眉を寄せる様も、可愛い。

上手くすれば、その美しい手や足を愛でることもできるだろう。

まさか、自分が忙殺されている間に古狸共に抜け駆けされるとは思わなかった。

お飾りの近衛騎士など、論外だ。

次期侯爵だとしても見てくれだけの女たらしではないか。

案の定、夜会にすら来ない。

彼女の代わりの女は臭くてうるさくて近寄りたくもない。

様子を彼女の弟に尋ねれば、苦く笑って誤魔化される。

三年。

彼女の貴重な三年間を、何の権利もないバカ息子が奪った。

もう、我慢できない。

餓えを隠したはずの視線にびくつく肩を抱きしめたい。

手を取ろうとすれば避けられ、近寄れば跳び退る。

追いかけるのも楽しいが、そろそろ飽きてきた。飽きたというより、辛くなってきた。

彼女の肌に触れたのは、遠い昔。

「ルーグ殿は許されたのに、私はダメなのですか?」

つい、言ってしまった。

情けない言葉だと自覚はしている。

「クレクティス侯は、義父ですもの」

困ったような声でも、聞きたい。聞くことができた。

「義父……魅惑的な響きですね…」

いいなあ。

同居していないとはいえ、義理の家族としてしばしば通っていることは知っていた。

彼女の父とも親しげに話していた。

私の時にはひたすら縮こまっていたのに。

胡散臭げな視線すら、心地よい。

彼女のいない時間が多すぎる。

「倶楽部」の時だけの逢瀬など、その他大勢の中の一人など、嬉しいけれど苦しい。それさえ不可能だった時期よりマシだと自分に言い聞かせているが。

彼女の弟に、彼女が欲しいと打ち明けた。

瞠目して驚く様はそっくりだった。

「…姉が結婚した理由に、姉の理由はありませんでした」

静かに、ぽつりと彼は言った。

「父のため、僕のため、でした。わかっていたら、止めるくらい、くだらない理由です。でも、姉は譲れなかったんですね…貴族の娘なら誰だって家のために嫁ぐのだと」

年齢にそぐわない、深い溜息をつく。

「姉は、家のためじゃなくて、家族のために嫁いだんですよね…「お人形さん」と呼ぶ夫に」

思わず、笑みが浮かぶ。

彼女が夫を愛していないと知って、嬉しかった。

「だから、姉が選んだ人なら、誰だって反対なんかしません。無理強いもしません。閣下を義兄上とお呼びしたいですけどね」

快活に笑う姿も彼女に似ている。

少し、少女めいた面差しの彼は、人当たりが良く、女性だけでなく、年寄りにも受けが良い。

官僚にするには善良だが、彼女を手に入れるために彼を囲うことにした。

彼女と同じ紫水晶の瞳は、憧憬に煌めく。

僅かに罪悪感を感じながら、頷いた――

「……顔のいい奴って得だよなあ…」

髭面の従兄は半眼で人を見る。

「陛下も精悍で凛々しいと評判ですよ」

「お前と違って鍛えているからな!人の話聞きながら思い出し笑いはやめろ」

「つまらない話を聞いているんです。少しくらい思い出したっていいじゃないですか」

「つまらない話じゃない!お前の話だ!ひいてはネルウァ大公家の存続問題だ!」

「姉の内の誰かの子供を養子にすればいいし、そんなに由緒ある家ではないです」

「『連枝』の自覚を持て!」

「爺みたいなこと言うの、やめてくれませんかね?お嫁さんなら、今、口説いている途中です」

「は?」

むさい顔が固まった。

「……まさか、『口説いている』と言ったのか?」

恐る恐る言う、熊男がムカつく。

事実なので普通に頷く。

「まあ、陛下が仰るようにいい年なので本腰入れてますよ?ですから、協力してくださいね?」

「……その不運な娘さんは、実在するのか?」

失礼な。

「エレクトラ・ルマティカ男爵令嬢ですよ」

「――って、人妻だろ?クレクティス子爵の!」

「いずれ離婚します」

「いやいやいやいや。クレクティス候が怒るだろ…結婚式の時、新郎よりデレッデレだったって聞いたぞ?お前、直に見ただろ?」

「ええ。本っ当に腹立たしかったです。くじ引きで勝っただけのくせに」

「――『倶楽部』絡みか」

貴族の派閥の一種である「倶楽部」は同好の士が寄り合い親睦を深める集まりだ。

同年代より上の人脈を作るために入ったそこで彼女と出会った。

その意味では感謝しているが、彼女を独占できない障害でもあるので忌々しい。

「陛下が宰相なんかに任じるから、彼女を手に入れ損ねたんです。責任とって下さい」

「意味わからんわ!」

「仕事にかまけて『倶楽部』に行けないでいるうちに彼女が結婚したいと『倶楽部』のメンバーに相談したんですよ。よって陛下が悪いです」

熊男は言葉に詰まる。

宰相のすげ替えなど、この平和な時代にすることではない。

多少の不正がどうだというのだ。そのせいで彼女と結婚できなかったと思うと忌々しいという言葉では飽き足らない。

王妃陛下を貶め、陥れようとしたために貴族の地位ですら剥奪された前宰相に止めを刺したくらいでは飽き足らない。

「あー…まあ…タイミング悪かったのか……なんというか…すまない」

「大体、頭空っぽの近衛騎士には勿体ないんですよ、『バカはバカと結婚しろ』って布告してくれませんかね?」

「――それはちょっと…」

その、怯えたような、かわいそうなものを見るような目はやめろと言いたい。

「一応、王家とも縁があるしな…そんなに素晴らしい女性なら、見かけだけの子爵をよく支えてくれ――すまない。俺はお前の味方だ。どんな協力も惜しまない」

後半、早口で言った熊男に黙って笑いかけてやる。

小さく震えているような気もするが気のせいだろう。

「過分なお言葉、ありがとうございます。永の忠誠を誓います」

「今までは誓ってなかったんか!」

「恨み骨髄でしたが何か」

折角忠誠を誓ってやったのに、がっくりと肩を落とすとは失礼な。

「で?何か頼みたいことでもあるのか?」

「陛下は、彼女の評判を御存じですか?」

「ああ、経営学の研究者で第一人者のベリオス卿の愛弟子の一人だろ?子爵の財産も結婚してから増加の一途だ」

「王太子殿下の帝王学の教授に相応しいと思われませんか?」

熊男のくせに青ざめるな。

「あ、ああ、そう、だな…しかし、だな…囲い込むのはどうかと……いやすまない、妃と話してみよう。女性の方が何かと安心だからな。男爵も清廉で真面目な性格だと聞く――こわっ」

「どういう意味ですか?」

「その顔怖い。いいか、絶対令嬢には見せるなよ?ドン引きされるからな?」

「ドン引きなら、会う度されてます」

「うわー…うわーうわー」

熊男が壊れた。

うわーうわーとしか言わなくなったので暇を告げ、立ち去った。

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