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元夫(手続き中)がやってきた

「私が悪かった」

「お人形さん」が深々と頭を下げた。

空っぽな割にはさすが近衛騎士、見事な最敬礼である。

「いえ別に。何の御用でしょうか」

幾ら格下の格下の格下の男爵家でも先触れくらいしろや、と思いつつ、エレクトラはつつましい応接室で応対している。

お値打ちものの長椅子をすすめ、座らせる。

父親自慢の庭に通すまでもない。

「離婚を考え直してほしい」

「はあ?」

思いっきり、言ってしまった。本心だし。

心の底からの大声に、元夫秒読み(手続き中)はびくつく。

「せめて、私が納得するまで保留にしてもらえないだろうか」

おそるおそる、言う姿に肩が落ちる。

ああ、結婚契約公正証書は読んだんだというか、理解できたんだ。良かった。

小さくエレクトラは溜息をつく。

今までのアホボンぶりからすると、憑きものが落ちたかのように年相応である。それでもエレクトラより年下だが。

「申し訳ありませんが、事情がありますので、無理です」

めんどくさいので、出仕してからの離婚は避けたい。

前だろうが後だろうが、面白おかしい噂にはなると思うが。

「後宮に入るのか?」

「はい?」

エレクトラの眉が、跳ねる。

ニュアンスが、おかしい。

その言い方だと、まるで――

「国王陛下直々の指名で後宮に入るともっぱらの噂だが」

「はいぃぃぃぃ?」

やられた。

あの変態、画策しやがった。

噂を否定するためには、後宮に引っ込むわけにもいかなくなった。

……むしろ、引っ込んで噂を肯定しようか…いやしかし、それはそれで喜びそうな気もする。国王陛下は王妃陛下一筋だから良い虫よけだと思われてたら…?

ぐるぐると思考が螺旋状にねじ曲がって行くのを自覚しながら頭を抱える。

「後宮に入るのではなく、後宮で王太子殿下にご教授させていただくのです」

何故そこで小首を傾げる。

元妻(手続き中)の職業も知らないのか…知らないんだろうなあ。

エレクトラは呆れを隠し、視線を合わせる。

「私は、研究都市で経営学の研究をしておりますので」

「あ、ああ、そうなのか…」

知らなかったのか、そうだよなあ、知らないよなあ…領地管理もマトモにしてなかったもんなあ…あれから誰が管理しているんだろ。やっぱり、家令のアルケスかな…一人でこなすにはちょっと可哀そうな量だけど。

つらつらと心の中で呟き、反応が遅れた。

元夫(手続き中)がエレクトラの眼鏡を取り上げた。

「――綺麗な目だね」

にっこり微笑む顔は、とても美しい。

しかし、エレクトラの好みではなかったので反応は薄い。

「眼鏡を返してください」

冷たい、低い声にびくつきながらも、微笑みをキープする。

「勿体ない」

「意味がわかりませんが、その眼鏡は必要なものです。私は目が悪いので眼鏡がなければ手加減ができません」

「質問に答えてくれたら返すよ」

「…違えたら、報復しますよ?」

冷ややかな声に怯みながら、元夫(手続き中)は口を開いた。

「貴女は、私が好きではなかったの?」

「まったく好きではありません」

「何故、結婚したの?」

「家の事情です」

「父とはどういう関係?」

「紳士倶楽部で経営学を講義しています」

「なぜ、あんなことを?」

「あんなこと?」

「足を…」

「それは侯爵様に訊いてください。私は求められたから応じただけです」

「結婚生活は辛かった?」

「ヴァネッサ嬢のお相手以外は充実しておりました」

ぼんやりとした視界でも向かいに座っている人物が頭を抱えているのがわかる。

「なぜそのような質問を?」

手探りで眼鏡を取り戻し、掛け直す。

視力の悪い者にとっては、義足などと同じで眼鏡はとても大事なものだ。

それを子供っぽいやり方で取り上げ交渉に使う性根が気に入らない。

「入っていた紳士倶楽部から追い出された」

「へぇ」

貴族って耳が早いな。

エレクトラが王家と近しくなるから元夫(手続き中)と距離を置きたくなったのかもしれない。

そういう深謀遠慮しなきゃいけないから、貴族は嫌だとエレクトラは思う。

ともかく、エレクトラには関係がない。

「子爵様が侯爵家跡取りとして実績を積めばあちらからお誘いが来ますって」

無理だろうけど。

別に入ってなくったって実害はない。

元夫(手続き中)はお飾りの近衛騎士だから。

王宮で失脚したっていずれは侯爵家を継ぐんだから問題はない。現当主が見限らない限り。

明らかに他人事であるため、エレクトラはテキトーにコメントする。

「エレクトラ」

「はい」

「私と結婚してくれないか」

「お断りします」

意味がわからない。

なぜそんなに絶望した顔をしているのか。

なぜ今更、求婚するのか。

意図が、わからない。

離婚手続き中だと言うのに。

「恋人がいるの?」

「研究が恋人です」

目を丸くして硬直するアホの思考回路がわからない。

結婚したくない理由など、幾らでもある。

恋人がいなきゃ、受けるとでも思ったのか、と思うと頭痛さえ覚える。

「ヴァネッサ嬢はどうなさったのですか」

「……ヴァネッサは、妻に出来る女ではない」

苦々しく、アホが言う。

エレクトラからすれば、エレクトラよりよっぽど「貴族」らしいのに、と苛立つ。

「うわあ、むかつく」

「エレクトラ…?」

「妻にできない女を、長年縛り付けていたのですか。親戚でもありながら、酷い仕打ちですね」

冷やかに言い放つエレクトラの言葉に項垂れる。

「大体今更何なんですか、気持悪い。妻に相応しい女性など、幾らでも居るのに何故私なんですか。とっとと帰って現実を見直してください」

「――気持悪い……」

「ええ。気持悪いです。ルベルト、お客様をご案内してくれる?」

音もなく扉が開き、執事が入って来る。

「クレクティス子爵、お疲れさまでした。お帰りはこちらでございます」

生まれて初めてぶつけられたであろう罵り言葉に自失の体ながらも、辞去の言葉を口にし、元夫(手続き中)は去って行った。

「――お嬢様」

「何よ」

「ぐっじょぶでございます」

「……うん、ごめんね。鬱屈たまってたんだね…」

「お嬢様には公子様くらいの方でないと」

「いや、それはカンベンしてよ……」

ロマンスグレーな執事は微笑みながら一礼し、エレクトラが大好きなお茶を淹れてくれた。




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