娘が実家に帰って来た
「父上、たっっだいまー」
実家に帰って来たエレクトラは、駆けつけた父親に、軽く声を掛ける。
「お前っ、荷物っ、ただいまって」
食って掛かる父親の二の腕をばしばしと叩き、明るくエレクトラは笑う。
出迎えている数人の使用人たちは笑っていいのかわからずに、ビミョーな無表情で三人の貴族を見守っていた。
「やだー父上ってばー可愛い娘が帰って来たのにそんな顔しないで☆侯爵様に送っていただいたの」
「このたびは、まことに申し訳ありませんでした」
「いや、あの、その…」
「彼女の法的地位などに関しましては、弁護士から説明いたします。ご令嬢はよくやってくれました。悪いのは我が愚息です」
深々と頭を下げる侯爵に、父親はパニック状態である。
「いえ、娘はその、生意気と申しますか、女らしくありませんので、御不興を買っても致し方ありませんし」
「いいえ!お嬢様は最高のじょお、貴婦人です!私だけでなく、多くの信奉者がおりますとも!」
「そ、そうですか…」
気圧された風の父親は言葉を呑みこむ。
「侯爵様、お茶でもいかがですか?先日極東からの荷が届きましたの」
「それは素晴らしい!よろしいですか?」
「もちろんですとも。庭の藤が美しく咲いておりますよ。どうぞご覧ください」
如才なく応じながら、エレクトラの父はなぜこんなことに、と声に出さず呟いた。
「…姉さんすげー」
黒銀の真っ直ぐな髪を無造作に束ねた少年は呆れたように言った。
「そりゃ父さん寝込むはずだよ…やりすぎだよ…」
極東から渡ってきた酒をちびちび舐めるように呑みながらぼやく。
夕方になって帰って来た弟は、執事たちから顛末を聞いたらしく、父親不在の夕食の後、酒瓶と杯とつまみを持ってエレクトラの部屋へやって来た。
結婚して出て行ったはずなのに、エレクトラの部屋は独身時代と全く変わっていなかった。
「だって、あのアホボン、私とルーグを勘ぐったのよ?つま先舐めさせたくらいで!」
怒り心頭の姉を、ドン引きしながら見やる。
遥か彼方の雲上人に何させてんだ、と思うが姉の特殊な状況は知っている。相談されたから。
身分や地位をかざして無理強いしているわけでもなく(?)むしろ傅かれているため、対処のしようがないと結論が出た。
何もかもを手にしている人種の考えることはわからない。
「まあいいわ、あんたの学費程度なら余裕で稼いできたから。アカデメイアなんか行かなくったっていいわよ。天文でも数学でも好きな勉強するといいわ。全然儲かんないけどね」
「……姉さん…」
「昔から、『すまじきものは宮仕え』っていうじゃない。文官なんかなるもんじゃないわ」
「ありがとう、姉さん…でも遅かったかな……」
「え?」
「姉さんさあ、来年、王太子殿下付きの教育係として出仕が決まってるんだ…」
弟は、口を半開きにして硬直する姉からそっと目を逸らす。後ろめたいのだ。
「俺、一昨年から宰相様の許でバイトしてるんだ…」
「どういうこと?」
「時給良くって勉強になるんだよ…」
「よりにもよって、なんで一番の変態に?」
自分の声が震えていることにエレクトラは気付く。
「プライベートはともかく、王宮では素晴らしい方だよ。趣味は特殊だけど。それでね…」
至極言いにくそうに言葉を切り、深呼吸する。
「まだ諦めてないんだって。むしろ障害が減ったって喜んでいらしたよ?離婚したら、称号が増えるだろうって」
「いぃぃぃやぁぁぁぁ!」
エレクトラは力一杯叫ぶと、酔いに任せておいおい泣き始めた。