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離婚しましょう、旦那様

なんとなく、むしゃくしゃしてやってしまいました…


「――エレクトラ?」

爽やかな風が新緑を揺らす庭園の四阿で。

カストルは自分の父である侯爵が跪き、自分の妻の足――靴を脱ぎ、ストッキングを露わにした爪先に口付けている様を見てしまった。

妻は足を組み、縁に片肘をついていた。

「何か御用ですか?ああ、お義父様に?」

無造作に口付けられていた足を靴におさめ、立ち上がる。

「――いつからそんな関係に……」

愕然とする。

色気も胸もない野暮ったい眼鏡を掛けた妻のどこがいいというのだろう。

そういえば、この話は父が主導していた。

妻の父はひたすら恐縮し、妻の弟はいつもしかめっ面だった。

そして妻はいつも、うすら笑いを浮かべていた。

「何か用か、愚息」

妻に遅れて立ち上がった父は、既にいつもの威風堂々たる父だった。

「どういうことですか、これは!」

「敬愛の念を表しただけだ。お前とは違う」

「いくら父上でも妻と二人っきりというのは、」

「我が女神と会えるならば、万難を排す」

女神!

息子の妻を女神呼ばわりとは。

父と話すことを諦め、妻を睨みつける。

「エレクトラ!お前もお前だ!昼間っから何をしている」

「……煩い」

低い声に、カストルは怯む。

初めて聞く不機嫌な声。

眼鏡の奥の双眸は、疎ましげに細められている。

「貴方と違っていかがわしいことはしていません。貴方と違って子作り以外の役目は果たしてます」

父の腕に自分の腕を絡め、冷笑する。

「リクルグス、もういいでしょう?」

「私の負けですな」

謎の会話を交わし、妻は視線を合わせてきた。

眼鏡の奥の瞳が鮮やかな紫だと、今初めて知った。

三年前に結婚したのに。

「カストル・クレクティス子爵、離婚しましょう」

「は?」

何を言い出すのか、解らなかった。

「処女審査員を喚びますので、近づかないでくださいね?」

「…なっ、」

「では、ごきげんよう。ヴァネッサ嬢にもお知らせしておきますわ?貴方以上に煩いんですもの」

本当にあなたの息子なの?とエスコートする父に囁く妻。

教育に失敗しました、と応じる父。

凍り付くカストルを後目に、二人は館に入っていった。



「離婚など、認めない」

エレクトラは、席にも着かず宣言する元夫予定を見上げた。

緩く波打つ明るい金の髪に、薄い蒼の瞳。

巷の貴婦人方からは絶大な支持を受けている「お人形さん」である。

何とか「学園」は卒業したものの、「学院」には入れず、マトモに馬にも乗れない名ばかりの「騎士」だ。

近衛騎士として、見栄えのよい格好で突っ立って居るのがお仕事である。

お飾りの「近衛騎士」はいくらでもいるが、まさか、自分の夫になるとは思っていなかった。世界が違いすぎる。

父親とはそれなりの親交があったが、息子とは結婚式までに二、三回位しか会った覚えがない。

この程度の美形ならば、錬金都市の花街なら、客引きレベルである。

王都では近衛騎士になれるレベルであるが。

一目惚れでもすれば別だろうが、研究都市の研究員の仕事を擲つほどの存在ではない。

それでも、結婚を了承したのは男爵である父の立場と離婚時の報酬が「結婚時の増加した財産の八割」だったこと、エレクトラの一存で離婚できること等々を結婚時に公正証書にした為である。

公正証書の説明を公証人から受けた時には確かにいたはずなんだけどなあ、とぼんやりとエレクトラは思う。

隣に座る弁護士はさすがにおとなしかったが、向かいに座る、元夫予定の父親の侯爵は怒気に顔を染め上げている。

「認める、認めないではないんですよ?ご自分が曲がりなりにも『配偶者』に何をしたか思い出して下さいな?」

侯爵が怒鳴りつける前にとどうでもいいことを口にする。

エレクトラは、怒っていない。

結婚はしたかったが、元夫予定としたかったわけでもないし、予定が繰り上がっただけだ。

無礼ではあるが、エレクトラからすれば「理想的な夫」だった。

干渉せず、触れもせず、家の財産を差配する権利をくれた。

今や、子爵家の財産は結婚前の七倍である。

確実な情報と資金があれば、投資は成功するという確たる証拠である。

だから、エレクトラは怒っていない。無礼は咎めるが。

「今度こそ、ヴァネッサ嬢を妻として迎えればいいじゃないですか。夜会や園遊会にも同伴されているんですから?教会にも同伴してくださいよ」

「……まさか、一度も行ったことがないのですか?」

呻くように問いかける侯爵にエレクトラは頷くしかない。事実なので。

エレクトラにしてみれば渡りに船だった。ドレス用のコルセットは拷問具である。

「たった三年ですし、侯爵様はお気になされずに。ヴァネッサ嬢が夫人になればおさまる話ですから」

「なぜそんなに離婚したがるんだ!」

元夫予定がなぜ激昂するのかが、わからない。

「何なんですかさっきから?立ったままで怒鳴りつけるなど。無礼の極みです」

元夫予定はメイドが引いた椅子にどっかりと座る。

「結婚契約書の通りに履行します。その確認のための場です。勘違いなさらないでください」

「不貞を為したはそちらだ!」

ふう、とエレクトラは溜息をつく。

「こちらは、処女審査の結果です。私は貴方の妻でない事が証明されました」

「――この証明により、『白い結婚』が教会に認められました。元侯爵夫人の称号と初婚の証明をエレクトラ・ルマティカ男爵令嬢は獲得されました」

弁護士は平坦な口調で次々と説明を始める。

「――婚姻中の不貞に関しましては、婚姻前からのことであり、侯爵閣下直々に説明がありましたので慰謝料の請求は致しません。また、子爵が御懸念のエレクトラ様の不貞に関しましても、処女証明がありますので事実無根です。結婚式参列者への通知に関しましては、こちらのリストに載っている人物に対しましてはこちらで対応いたしますので、残りの人物への説明をお願いいたします」

次々と書類を取り出してはきっちりと並べる。

「あと――契約書に則り、『結婚時に増加した財産の八割を財産分与の額とする』件に関しましては、このリストに記載されている物件の名義の変更を行います」

「離婚は認めないと言った」

「結婚契約公正証書には、『離婚は妻エレクトラの一存を以って行う』とあります。子爵の意思など関係ありません。冷静になる時間が必要のようですね。この資料をきちんと読んで下さい」

弁護士はエレクトラに視線を向け、頷く。

「では、私たちは失礼いたしますわ。たった三年でしたがお世話になりました。生活費は全くいただいておりませんでしたが興味深い経験をさせて頂きありがとうございました。次回は侯爵様のお邸でお会いしましょう」

「カトルス!お前はっ!」

「ルーグ、お人形さんに何を言っても無駄よ?」

「……ここまでひどいとは思わなかった…誠に申し訳ない」

「貴重な経験をさせてもらったのだから、気にしないで?」

エレクトラは優雅に侯爵に手を差し伸べ、侯爵は恭しくその手をとり、エスコートを始めた。

後に続いた弁護士が振り返ると、椅子に座ったままの次期侯爵は呆然と宙を見つめていた。





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