第1章 夜の迷走 8
それから約十四時間後、二人は漆黒のドゥカティ・モンスターに跨がり、山王峠を疾走していた
アップダウンの激しい峠は先程からずっと下りばかりが続いている。すでに日は落ち、美しく紅葉した景色は墨で塗りつぶしたように暗い。
桐生はバイクを止め、ポケットから一枚のメモを取り出すと、ペンライトで照らし出した。
「道、間違えたんじゃない?」
「間違えるも何も、一本道だから間違えようがねえのさ。唯、脇道がみつからねえ」
「もどる?」
「いや、もう少し走ると土産物屋がある。そこで情報を仕入れよう」
二人は再びバイクに跨がり、下り坂を後輪をスリップさせながら猛スピードで駆けおりる。
ほどなく前方に三角形の看板が現われ、土産物などを売っている「道の駅」が表れた。まだ、閉店前だったが、駐車場はガラガラで客はぜんぜん入っていないらしく、すでに片付けが始まっていた。
桐生はバイクから飛び下りると、一旦店の中に入って、しばらくしてから年輩の女性と現れ、軽トラに農産物を積み込んでいた老人のところに行った。年輩の女性は店に戻り、今度は老人と何事か話し込んでいたが、首を振りながら戻って来た。
「まるで、雲を掴むような話だぜ。とにかく情報はゼロ」
「地図でも貸してもらったら?」
「地図に出ているような場所なら、こんなに苦労はしねえさ」
ニヤリと笑いを浮かべた。
「出てないの?」
「ああ、もしやと思ってあのジジイに訊いてみたが、そんな村は生まれてこのかた聞いた事がないそうだ」
「それって、どういう場所?」
だが、それには答えず、桐生は思いきりアクセルをふかすと、今下って来た道を猛スピードで登り始めた。いつ果てるともなく続くつづら折りの道を、コーナーをギリギリに責めながら、駆け登る。
「ねえ──」
メルは桐生のヘルメットに口をつけて、大声で話しかけた。
「見つからなかったらどうする」
「絶対に見つけるんだよ、今日中に──」
桐生も大声で吼えた。その声は決意というより命令に近く、メルはそれ以上何も訊くことが出来なかった。
漆黒のバイクは漆黒の闇をヘッドライトで裂きながら、次々と現れるコーナーを攻めていく。やがて道は峠を越えたらしく、今度は次第に下り坂が増えてくる。
桐生が何かを言った。
「えっ?」
メルが聞き直し、桐生が後ろを振向いた瞬間、前方のコーナーが向こうから来るらしい車のヘッドライトで、燃えあがるように明るくなった。
「危ない──」
桐生は振返り中央分離帯付近を走っていたバイクをとっさに山側に寄せようとした。いつもなら強引なハンドリングにも応えてくれるドゥカティだったが、今日は事情が違った。二人乗りの不安定な体勢はあっという間に黒い巨体をコントロール不能にし、慌ててカウンターをあてようとしたものの、そのまま転倒して、ギヤギヤと耳障りな音を発しながら、ガードレールに向かって横滑りしていった。それと同時に、光の帯を追いかけるように、ランドクルーザーの巨体が表れる。
二つの巨体は共に相手に一撃を加え、それぞれに奈落の断崖を落ちていった。
メルはどこからか聞こえてくる悲鳴が、落下しつつある自分の咽から絞り出されたものだということに気付いた。それは長く長く尾を引き、漆黒の空に吸い込まれていった。