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第1章 夜の迷走 4

 翌朝、冷気は衿や袖の僅かな隙間を探りあてて、液体のように服の中に忍び込んできた。

 シュウは思わず身震いし、自分のその動きで眼を覚ました。

「あっ! ヤベ……」

 慌てて焚き火に枝をくべる。よく乾燥している枝はパッと燃え上がり、パチパチと火の粉が舞い上がる。

 ケンジとアマネは木の幹にもたれてよく寝ていた。アマネが肩に羽織っているのはハヤトのジャケットだ。

「起きたか──」

 そのハヤトが木の枝をステッキ代わりに、足を引きずりながらやってきた。

「足の方はどうよ?」

「ま、ごらんの通りだ。とりあえず人の肩は借りないで済みそうだ。それより、ついでにあたりの様子も見て来たんだが、なかなかやっかいなことになるかも知れん」

「つーことは?」

「うん、向こうは垂直に切り立ったような崖で、道路も何も見えない状態だ」

「陸の孤島?」

「ま、最悪そうなるかも。もう少し調べる必要があるけど……」

 ケンジが野獣のような欠伸をしながら、眼を覚ました。

「どうした、朝飯はまだか……何? 陸の孤島だって?」

「ああ、車の周囲を見ただけだが、とても登れるような崖じゃないぞ」

「そうか、少し対策を練らなくちゃダメだな」

 アマネが眼を覚ますのを待ってから、これからの行動について話し合った。

 とにかく、元の道路に戻れないことには話にならないので、ケンジとシュウは崖沿いに歩いて、登攀ルートを探すことにする。その間、アマネと足の悪いハヤトは車の残骸から食料や使えそうなものを探したり、逆に崖の反対側に下って水を確保できる沢などがないか探索する。

「で、朝飯はどこに喰いに行く?」

 ケンジがジョークを飛ばすと、アマネが皆の手に小さな包みを渡した。それは小さなキャンディーで、朝食と呼ぶにはあまりにもお粗末だったが、その甘さは皆の心に沁みた。

 ケンジたちが出発した後、ハヤトとアマネは転落した場所へと向かった。

 朝の光は悪夢のような現実をすべてさらけだしていた。昨日は見えなかった周囲の様子が陽光の中に煌めいている。

「きれいな所ね……」

「確かに……」

 ハヤトは苦笑いをしながら答えた。目の前には垂直に切り立った崖がそそり立ち、その岩場に根をおろして赤や黄に葉を染めた木々が斜めに生えている。まるで巨大な花の滝に対峙しているような美しい眺めだ。

 所々枝が折れたように見えるのは、昨日ランドクルーザーが落下した痕に違いない。枝が落下の速度を弱めたから助かったようなものの、そうでなければそのまま地面に激突して、車ごと紙屑のようにくしゃくしゃになっていたに違いない。

 そのランドクルーザーは崖の下の大きな二本の木の間に挟まれるように斜めになっていた。火は消えているがまだどこかで燻っているらしく、細く白い煙りが立ちのぼっている。火力は相当なものだったらしく、その二本を始め周囲の木々は、車を中心に黒焦げになっている。

 いぶり臭いにおいがあたりにたちこめている。

「めぼしい物はないかも知れんな」

 そう言いながら車内を探ってみたが、ほとんどが炭の状態で、まともなものは何一つないようだった。それでもアマネが記憶を頼りに燃え残りの荷物の一番奥から、丸いビスケットの缶をようやく掘り出した。

「サービスエリアで買っといたの。まさかこんなところで役にたつとは思わなかったけど……」

 飲み物類は車外に飛び出した缶ジュースが三本だけで、車内にあったものはすべて破裂している。他に役にたちそうなものといえば青い工具箱ぐらいだ。

「寂しい限りの収穫だな……」

 二人は一旦焚き火の場所に戻って、拾ったものを置いてから、工具箱にあったビニール袋を持って反対方向に歩き始めた。食料はともかく、ジュース三本では飲料水として一日ももたない。あまり考えたくはなかったが、ケンジたちの方がうまくいかなかったら、じっと救出を待つことになるかもしれない。その時のために、最低でも水場の確保は必要だった。

 鬱蒼と茂った森を抜けると、唐突に岩混じりの斜面に出、そこを下ってさらにしばらく行くと背の低い潅木や雑草に囲まれた湿地帯に出た。

 湿地帯を迂回しながら少し歩くと、岩場からチョロチョロと水が流れ出している場所を発見した。

 二人で顔を見合わせ、初めにアマネが両手に汲んで口へと運ぶ。

「おいしい──」

 アマネは現在の境遇も忘れて、満面の笑みを浮かべた。

 それは今回の旅行でハヤトが見たアマネの始めての笑顔だった。

「じゃ、俺もひとつ……」

 身を乗り出して水を受けようとした手をアマネがつかんだ。

「ん? どうした……」

「ね、聞こえない? あの音……」

 耳を凝らすと、かまびすしい鳥の啼き声に混じって、何か一定のうなりのような音がかすかに聞こえる。

 しかもそれは次第に大きくなりつつあった。

「こっちだ──」

 杖代わりに持っていた木を投げ捨てると、足の痛みも忘れて水が流れ出している岩を、草を手がかりにマシラのようにしゃにむによじ登る。上はとことどころに潅木の生い茂る広い原っぱだった。音はさらに大きくなり、姿は見えないが今でははっきりと何かのエンジン音だとわかる。

 アマネが息を切らして後からやってくる。だが、エンジン音は逆に小さくなり始め、また元のようなうなりとなり、やがて森の喧噪に溶け込んでいった。

「車だ……いや、バイクかな……」

「こんな山奥に?」

「不思議だけど、この先に林業か何かで使う道でもあるんだろう。いずれにしても、車かバイクが通れる道があることは確かだ。それは間違いなくどこかで大通りに繋がっている」

「さっきの音は今も誰かがその道を通っている証拠だわ」

「ちょっと行ってみようか?」

 ハヤトは原っぱを覆いつくす丈の高い草を両手でかき分けながら、

「でも……不思議だ。林業?」

 自分が口にした言葉に首を捻った。


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