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第2章 奇妙な村 5

 袋を被らされているので、周囲の様子は分からなかったが、道は悪いらしく車は上下に激しく揺れた。十分ほど走ったところで車から降ろされ、建物の中に連れ込まれた。

 ようやく荒縄を解かれ、袋を外されたのは、小さな窓が一つあるだけの取り調べ室のような殺風景な部屋の中だった。

 入口の近くに先程の丸刈りの二人の男が立ち、部屋の真ん中には折り畳み式の長いテーブルが二つ並べて置いてある。そして、その向こうには貧相な部屋に似つかわしくない豪華な安楽椅子があり、そこにニヤニヤ笑いを浮かべた警官が腰を沈めていた。

「俺はここの所長の多々良っちゅうもんだ。さてと、とりあえず持ち物をここに全部出してもらおうか」

 椅子にふんぞり返ったまま机の上を叩いた。ハヤトごそごそとポケットを探り、スパナと手帳と神社で拾った黒い石、空のビニール袋を、アマネは財布と小さなドライバーと文字盤がピンク色の腕時計を机の上に並べた。

 多々良は面倒臭そうに体を起こすと手帳をパラパラとめくったり、財布の中身を調べたりしていたが、やがて中身でも確かめるようにスパナを鉛筆の先でコツコツと叩いた。

「ほう、なかなか渋い物持ってんねえ。脱獄でも企てようって寸法か……」

 そう言いながらアマネのそばにやって来て、背後に回るといきなり服の上から体をべたべたとさわり始めた。

「何をするんですか?」

 アマネが思わず身をよじって避けようとすると、

「ねえちゃん。あんた、自分の立場わかってんの? あんた、被疑者なんだよ。被疑者を勾留する前の当然の手続きなんだがねえ」

「じゃあ……あの……女性警官の方を……」

 多々良がゲラゲラと笑い、それにつられて後ろの男達も笑った。

「残念ながらここは男所帯。野郎しかいねえんだよ」

 そう言いながら、容赦なく再びさわり始め、後ろに立っていた背の低い男の方に顎をしゃくってみせる。

 男はハヤトに近付き、脇の下から手をまわして体を調べ始めた。

「それにしてもねえちゃん、いい体してるねえ。旦那がうらやましいよ」

 自分の掌の臭いを嗅ぎながらゆっくりと安楽椅子まで戻って、机の上に乱暴に足を投げ出す。

「あの、主人と連絡を取りたいんですけど」

 アマネが屈辱のあまり青ざめながら言うと、多々良は呆れたようにハヤトの顔を見て、

「主人? こいつは間男? ……全く可愛い顔して、あんた、やることやってんじゃねえの。くわえられる物は何でもくわえるってか……」

 再びゲラゲラと笑いながら、

「ま、明日取り調べすっから、今日はそこでゆっくりしてな。男女同室だからって変なことすんじゃねえぞ。ちゃんと見張ってっかんな。里村、連れてけ」

 里村と呼ばれた背の高い男が、入ってきた方角と別のドアを開け、二人の腕をつかんで乱暴に隣の部屋に誘導する。ドアを閉める寸前、多々良と残ったもう一人の会話がきこえてきた。

「ウサギカメラも呼びますか」

「ああ、一応な……それと、目玉の瓜生にも連絡しといてくれ」

 その部屋は先程の部屋よりかなり小さいく、書棚と机がふたつ、書類入れやスツールや石油ストーブなどいろんな物がごちゃごちゃと置いてあった。ドアは今入ってきたものの他に二つあり、そのうちの一つは南京錠で閉ざされ、上の方に開閉できる小さな覗き窓がついていた。

 里村は机の引き出しから鍵を取り出すと、そのドアを開き、二人を乱暴に中に押し込んだ。

 ドアを締めた後、ガチャガチャと施錠する音がする。

 そこは階段下の倉庫のような天井が斜めになった細長い空間で、片側の全面が棚になっていた。棚には瓶に入った薬品や、ロープや、手錠や、古い書類の束や段ボールなどが乱雑に積み上げてある。反対側の壁には小さな壁掛け時計がかけられ、入口近くには申しわけ程度の洗面台もあった。あかりはその洗面台の上に吊るされた裸電球だけである。

「まるで、整理整頓でもしろって言わんばかりだな……」

「ここって本当に警察なの?」

「まあ、そうだと信じたいが……。この部屋はいわゆる留置所なんだろう」

 ハヤトは灰色の寒々とした室内を見回した。ドアの小さな覗き窓の他には、奥に高窓があったが、頑丈そうな鉄格子が嵌っている。

 ハヤトは部屋の中をぐるぐると歩き回ってから、洗面台で顔を洗った。

「物は考えようだよ……」

「えっ、何が?」

「ここには屋根もあれば、水もある。野宿するよりよほどいいってことさ」

 洗面所の横にぶら下げてあった汚いタオルで顔を拭いた。

「それにしても、さっきの人達、何だか変じゃない?」

 ハヤトはアマネを部屋の奥に連れて行き、頭を抱えるような振りをしながら耳許で囁いた。

「そういう話はなるべく小声で話そう。」

「聞かれてる?」

「もちろん盗聴されているだろう。まあ、聞かれても困らないことはむしろ聞かせた方がいいぐらいだが、核心部分はなるべく話さない方がいい」

「ここの人達のこととか?」

「本物の警察にしちゃあどう考えても変だし、だからと言って偽者という感じもしない。その辺に転がっている物は、どれも本物らしく見えるしね。けど、留置場がないというのも何だか変だ。結局、そのあたりがはっきりしない間は、あまり相手を刺激しない方がいいと思う」

「むこうに合わせるってことね」

「ああ、むこうはむこうなりにこちらを警戒する事情でもあるのかも知れない。明日になれば、おそらく取り調べがあるから……ま、あの所長の話が本当ならだけど……そこでも余計なことは言わない方がいい」

「誰かに連絡がとれるといいんだけど……」

「それは、当然の行為だけど、そのあたりを強く言うと逆効果になるかもしれない。とりあえず神社を荒らした犯人じゃないことはきちんと主張した方がいいな。まず、小さな誤解から解いていくのが先決だと思う」

 その時、ドアの小窓がカタンと音をたてた。

 ハヤトは何ごともなかったようにアマネから離れ、ドアの方に近付こうとしたが、

「こっちに来るな! 窓際に寄ってろ──」

 怒鳴り声が聞こえ、続いてがちゃがちゃと鍵を外す音が聞こえ、里村が入ってきた。

 手には薄汚れた木製のプレートを持ち、その上にはアルマイトの器が二つ並んでいる。

「ほれ、飯だ。何か会ったら教えろ。このすぐ外にいるかんな。それから毛布はその棚の右奥の段ボールに入ってるから、勝手に使えや」

 それだけ言うと、ハヤトたちに目を向けたままの姿勢で後ずさりし、緊張した面持ちで外に出ていった。ほどなく再び錠を閉める音がする。

 食器の中には生温い饂飩が入っていた。紙のように薄っぺらな蒲鉾にネギが散らしてあるだけの粗末な饂飩だったが、空腹な二人にとっては何よりのごちそうだった。

「悪くない」

「うん、すごく美味しい」

「確かにひどい状況ではあるけれど、こうしてご飯にもありつけたわけで、当初の目的は一応達成したということだよな」

 ハヤトが言うと、アマネは頷きながら饂飩をすすった。

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