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第2章 奇妙な村 4

 ケンジがいなくなって間もなく、遠くのサイレンの音が聞こえた

 アマネがすかさず腕時計に目をおとす。

「ちょうど五時だわ」

「時報だな。村が近い証拠だ」

 ハヤトがそう言い、しばらくしてからシュウが笑顔になった。

「つーことはさ、今夜どこか泊めてもらえるかもしれないってことじゃん。とにかく、早く出発しようぜ」

「ケンジはどうすんだよ。お前たち先発隊じゃなかったのかよ」

「それは心配しなくていいんじゃない。ケンジのことだからきっとうまくやってるよ」

「いや、ここでバラバラになるのはまずいな」

「一人だけ置いてはいけないわね」

 ハヤトの意見にアマネも同調する。メルは皆から少し離れたところをブラブラしていた。

「じゃあ、俺達ここで足留め?」

「何、すぐ帰ってくるさ……ちょっと中で休んでいないか?」

 ハヤトは遠くにいるメルにも声をかけたが、

「あたしはいいよ。このへんにいるから」

 素っ気なく断られ、所在なげなシュウも、

「あの、悪いけどさ俺も外にいるよ。見張りも必要だろ……って言うより、正直、こん中気味悪くてさ」

「そうか、じゃあ……」

 ハヤトはアマネを連れて、拝殿の中に入った。

 壊れている箱の中から比較的まともそうなものを二個選んで、向いあわせに並べる。

 箱に座って目を瞑ると、疲労感が足許からじわじわと昇って来るのがわかる。長いような短いような変な二日間だったが、とりあえず事態は好い方向に向かっていると言ってよかった。

 とりあえず全員五体満足で、ようやく村に辿り着いたのだ。後は連絡さえとれれば、誰かが迎えに来て、車の保険などの実務的な話に移行するだろう。

 焦ることはない。すでに流れにのっているのだから……。

 そんなことを考えていると、アマネがクスクス笑い始めた。

「思い出しちゃった……」

「ん?」

「初デートの時……」

「ああ……」

 大学入学当初、ハヤトはアマネとつき合っていた。一時は同棲に近い生活までしていた。

 そのアマネとの初デートは甘い雰囲気とはほど遠いひどく滑稽なものだった。当事、大学の周囲にはいろんな変わった店があったが、ハヤトたちが行ったのはホラー喫茶と呼ばれる、怪奇趣味を売り物にしている店だった。

 いかにも廃虚といった内装に、店員がそれらしいメイクをして現れるのだが、問題は店内が極端に暗い事だった。ミカン箱のような粗末なテーブルの上の小さなロウソクが唯一の灯りで、食べ物を箸でつかむのさえ苦労するほどだから、立って移動しようとすると大変な事になる。

 実際、ハヤトはトイレに行く途中、段差に躓いて派手に転ぶし、アマネも帰り道を間違えて狭い店内で迷子になり、店員に笑われた程だった。

「あの頃は楽しかったよな……」

 今、目の前に料理が並べられたあのテーブルとロウソクさえあれば、シチュエーションとしてはほぼ同じだった。

「お子さん、元気?」

 アマネが唐突に訊いた。

 あれから歳月は流れ、アマネはハヤトの親友の洋太郎とつきあい始めてやがて結婚し、ハヤトは会社で知り合った同僚と結婚した。結婚したのはアマネの方が早かったが、未だに子どもは授かっていなかった。

「ああ、三歳になったよ」

 アマネが子どもの事を聞く時、ハヤトはちょっと気を使ってしまう。かつてそのことで洋太郎に相談を受けたことがあることは、アマネには内緒にしていた。

「可愛いさかりね……」

「ああ、可愛くないと言ったら、嘘になるけど」

「子どもってあれよあれよという間にどんどん大きくなっちゃうから。一年一年を大切にしてあげなきゃね。……と言っても、子どものいない私が言っても、説得力ないか……」

 アマネはそう言って、舌を出した。

 何故、アマネと別れたのだろう。ハヤトは人前では決して口にすることのない忸怩たる思い、アマネにも洋一郎にも妻にも語る事のない思いをぐっと胸の奥に仕舞い込んだ。

「こりゃ。そんなとこで何しとるんだ──」

 その時、唐突に拝殿の中が懐中電灯で照らし出された。外に見知らぬ男達が立っていて、怪訝そうな顔で中を覗き込んでいる。

 アマネが眩しさに手で顔を覆いながら。

「すみません。私達自動車事故にあって、ようやくここまで辿りついたもんですから……」

「おめえら、どこのもんだ?」

「ここで少し休ませてもらおうと……」

 警官の制服をしたずんぐりした男が懐中電灯を片手にずかずかと入ってきて、その懐中電灯をアマネの鼻先に突き付ける。

「おめえ、耳悪いのか。どこのもんか訊いとるのに、さっさと答えんかい」

 そう言いながら後方に合図を送ると、頭を丸刈りにした私服の若い二人の男が入って来て、いきなりハヤトの腕を両側から後方に捻りあげた。

「いててて、何すんだよ──」

「こらっ。暴れるとためにならんぞ」

 警官が腰のベルトに装着してあった警棒を取り出し、ハヤトを睨みつける。いきなり殴りつけかねない危険な気配にアマネは慌てて注意を惹こうとする。

「あの、私は葛西雨音という者で、本当に交通事故でここまで辿り着いたんです」

「じゃあ、身分証明書見せんかい」

 アマネはポケットから財布を取り出し中を調べていたが、

「事故の時、全部なくして今、証明できるものはありません。私達、燃える車の中から脱出したんです」

「なるほど、燃える車から命からがら逃げてきたけど、証拠になるものはすべて灰になったってわけだ」

「そうです……」

 警官は大きな腹をゆすって、はあはあと笑ってから、いきなりアマネに顔を近づけて恫喝した。

「映画じゃあるまいし──そんな嘘が通用すると思ってんのか。この糞アマ!」

 アマネはヒッと叫んで、バネ仕掛けの人形のように立ち上がった。

「所長、こいつ抵抗しますよ」

 ハヤトが痛さに耐えかねて体をよじろうとすると、背が高い方の若者が言った。

「暴れるようなら、少々痛めつけてもかまわん」

 何かおかしい……とハヤトは思った。誰か他の人間と間違えているのか、あるいはこの警官自体がおかしいのか。偽警官という線も考えられなくはないが、制服は本物のように見える。

 とりあえず、無抵抗である事を意思表示しないと何をされるかわかったものではなかった。

「ちょ、ちょっと、待ってくれよ。逃げも隠れもしないから、とにかくこの手を放してくれ」

「放せだと……犯罪者のくせに偉そうに言うな」

 警官の目に陰惨な光が浮かぶ。

「わ、わかった、じゃあ手錠をかけてくれ。それなら抵抗のしようがないだろう」

「ほう、自ら手錠をかけろとは、面白い犯罪者だ。お望み通りにしてやれ。ただし、手錠なんてえ高級なもんは使わんでいい。荒縄で充分だ。抜けねえように思いっきり締めあげてやれや」

 男達はハヤトの手を後ろ手に縛りあげ、続いてアマネの手も縛った。アマネの顔は緊張でこわばっている。さすがに涙は流していなかったが、未だかつて男にこれだけ手荒に扱われた経験はないに違いない。

「……にしても、ようこんなに荒らしたもんだな」

「いや、これは俺達がやったんじゃない」

「じゃあ、誰がやったんだよ。まあいい、署でじっくりと締め上げて、吐かしてやる。どんな激しいプレイをすると、こんな有様になるのかをな……」

 警官が下卑た笑いを漏らし、仲間の男達もつられて笑った

 ハヤトはここに至って、男達が話題にしているのは自分達二人だけだということに気付いた。シュウとメルは気付かれずにうまく逃げたのだろうか。

 ──それにしてもこの警官たちは何者だろう。

 男達は乱暴に二人を境内に引きずりおろすと、いきなり汚物の臭いのする麻袋を頭からすっぽりと被せた。


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