第2章 奇妙な村 3
──少年だ。
あたりはすでに暗かったが、相手の背丈ぐらいは何とか見える。
幹が障害物レースのように林立する森の中を、二人の少年は右に左に器用に体をかわして走り続けた。こういう場所をいつも走り慣れている体の使い方だ。
普通の大人ならあっという間に相手の姿を見失ってしまうに違いない。だが、元野球部のケンジも足にはかなり自信がある。一定距離を保ったまま少年達についていく。
さすがに体力的にきつくなりかけた時、唐突に森が切れ、だだっ広い畑地に出た。
もうとっくにまいたと思ったのだろう。少年達は一旦スピードを緩めて後ろを振向き、ケンジが森から飛び出して来たのを見て「ワッ!」と叫んでから、再び畑を対角線に横切る形で走り始めた。
それを見てケンジは敢えて畑の中を通らず、周囲を迂回する道を選んだ。
かなり遠回りになるが、足場の状態が悪い畑とは比べものにならない程走りやすいはずだ。土に足をとられて苦労している少年達にケンジはぐんぐん近付いて行く。少年達は再び「ウワッ!」と叫んで、畑の向こうに続く道を横断して脇道に逃げ込むと、二手にわかれた。
「待てよ──ちょっと訊きたいことがあるだけだ」
ケンジは叫んだが、少年達は後ろも振り返らず必死になって走っている。
仕方なく左の少年に的を絞って、同じように脇道に飛び込んだ。ケンジも意地になっている。たかが少年二人にまんまと逃げられてたまるか、という単純な競争心だけが足を動かしている。
やがて、少年の左右には再び畑が広がり始め、唐突に大きな土蔵が現れた。少年はその向こう側に回り込んだが、同じように回りこんだケンジから、その姿はすでに見えなくなっていた。
蔵の中に隠れているのかと思ったが、かなり傷んでいて所々土壁が剥がれ落ちているものの、入口は南京錠でがっちりと閉ざされている。ケンジは道に沿ってまたしばらく走り続けたが、少年の姿はすでにどこにもなかった。
「糞っ!」
どういうわけだか、無性に腹がたつ。少年にというより、馬鹿みたいにむきになって、こんな遠くまで来てしまった自分に対する憤りだ。
草を蹴飛ばしながら土蔵の所まで戻って来た時、先程はわからなかったが、その土蔵の一画がかなり激しく崩れている事に気付いた。直径一メートルほどの不規則な形をした穴があいていて、中から板で塞いであるらしいが、その板も微妙にずれている。近付いて覗き込むと、少年一人なら充分に通り抜けられる隙間が開いているのが見えた。
板を押すと、意外にも簡単に中にずらすことが出来た。
ポッカリと空いた板と外壁の隙間にケンジはためらわず体を滑り込ませた。プンと黴臭さと土臭さが入り混じったような独特の臭気に包まれる。
小さなあかり採りの窓があるだけの暗い土蔵の中は雑多な農業資材が天井近くまで積み上げられている。
真ん中の細い通路を歩いていると、奥の方からカサカサという小さな音が聞こえた。ケンジは足音を偲ばせて、ゆっくりその方角に歩み寄る。
土蔵の一番奥には藁が人の高さ程積みあげてあった。
「なあ、ちょっとばかし訊きたいことがあるだけだ。恐くないから、出てこいよ……」
返事はなかったが、藁の山が少しばかりガサガサと動いた。
ケンジは藁の山に手を突っ込んで乱暴にかき分けた。黒いシューズがちらりと見える。すかさず捕まえると、思いきり蹴って来た。その足首をつかまえてずるずると引きずり出す。
小学生の三年生ぐらいに見える少年は、この寒さの中、茶色の半ズボンに白いTシャツという軽装である。
ケンジはなんとか少年の機嫌をとり、大人のところに案内してもらう算段だった。
だが、少年の抵抗は信じ難い程激しく、キャーキャーと怪鳥のような雄叫びをあげて、滅茶苦茶に暴れまわり、ケンジの腕にもたちまちみみず張れが何本もできる。
「この小僧──乱暴はしないから、静かにしろってんだろ」
力ずくで直立させ、顎をつかまえて顔を自分の方を向かせようとする。
少年が暴れた拍子に長く伸ばした前髪が二つに割れた時、ケンジは信じ難いものを見た気がした。それは額の真ん中にある『第三の目』だった。
「あっ──」
ケンジは思わず手を離したが、それと同時に後頭部に鈍い痛みを感じた。
倒れながら初めて背後の人の存在に気付いたが、すでに意識はなくなる寸前だった。