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第2章 奇妙な村 2

 一時間ほど休んでいるうちに、雨が次第に小降りになってきた。

 シュウはもう少し休んでいたそうだったが、日の高い間に少しでも先に進んでおきたいというケンジの提案で最後のビスケットとジュースを皆で分け、出発することにした。

 疲労の色は濃かったが、橋の下で見つけた子供用らしい小さな赤いお椀が、一行に新たなモチベーションを与えていた。お椀は上流から流れてきたものに違いなく、今向っているのはまさにその上流のはずだった。

 川とは一旦別れるが、また上流のどこかで合流しているに違いない。

 しかし、皆の期待に反して、橋を過ぎた後は行けども行けども単調な道が続いた。

 メルは何度もしゃがみ込んで道路を調べる仕種をしていたが、その度に首を横に振りながら立ち上がった。バイクの痕跡は先程の一過性の雨のせいで、跡形もなく流されてしまったらしい。

 さらに三時間ほど歩いた頃──。

 天候が回復したせいで、空は日中よりむしろ明るくなっていたが、東の空がほんのり朱に染まり始めた。

「今日も野宿になるのかしら」

 アマネがぼそりと言った。神様がそれを哀れに思ったわけではないだろうが、そこから少し歩いたところで、最後尾を歩いていたメルが看板を見つけた。

 いつものようにタイヤ痕を探してしゃがんでいる時、ふと横を見ると雑草の間から板切れのようなものが突き出しているのに気付いたのだった。

 メルに呼ばれ、駆け足でもどったケンジがそれを草むらから引っ張り出すと、思ったより大きな板で太い一本の杭に打ち付けてあった。かつてこの道端に立てられていたものに違いない。草の中にうち捨てられて大分たっているらしく、四方は腐食してボロボロになっているが、下手糞な文字だけはかろうじて読めた。

 ┌──────────────┐

 │ これより先 入るべからず │

 │        神魂村役場 │

 └──────────────┘

「入るなっていわれたって、どうすりゃいいんだよ」

 シュウが溜め息をつく。

「ま、俺達にゃ関係ないだろう。……にしてもシンコン村? って、聞いたことねえな」

 ケンジは首を捻ったが、少し歩くうちにみるみる周囲の様子が変わって来た。これまでの原野の雰囲気から一転して、人間の手が加わっている気配がする。周囲の木々は枝振りが整えられ、所々土留めの石積みがあった。道自体も未舗装ではあるが、今までよりだいぶ整備されている。

「何か、大分人間臭くなってきましたよ。こりゃいよいよタイやヒラメの舞い踊りですか」

「もし民家があるんなら、急がないとな……日が暮れちまうぜ」

 ケンジは早足で歩いた。

 ほどなく道が二つにわかれ、その向こうに畑と左前方に大きな針葉樹が林立している一帯が現れる。

 その針葉樹を目指して左の道を辿り、近くまで来ると、横道が針葉樹の方角に向かって一直線に伸びているのが見えた。道の両側には杉の巨木が等間隔に並び、その幹には変わった形のしめ縄らしきものが巻き付けられている。その奥には原木を組み合わせたような素朴な鳥居が立っているのが見通せた。

「こりゃ、神社だよ。どうする?」

 ハヤトは苔むした大きな石に腰をおろしながら、ケンジに目を向けた。

「まあ、誰もいないだろうな。でも、雨宿りぐらいは出来るかも知れん。ちょっとハヤトに無理をさせすぎたかも知れん。少し休んで行こうぜ」

「えっ、まさか今日はここでお泊りなんて……」

 シュウが情けない声を出す。

「いや、とりあえずベースキャンプを築こうってことさ。俺たち二人は少し休んだら先の様子を見に行こう。その間ハヤトたちにはここで休んでてもらって、万一泊めてくれそうな民家が見つかったりしたら、その時はまた迎えにくればいい」

 一行は、夕焼けで朱に染まった参道を恐る々々進んだ。

「これって、しめ縄?」

 アマネがハヤトに訊く。幹に回してあるしめ縄には、縄の編み目に黒い丸石が幾つもはめ込んである。

「俺も初めて見たよ……」

 鳥居を過ぎると、真ん中だけ雑草が禿げて黒土がむき出しになっている小さな境内が表れ、その奥にキャンプ場のコテージほどの小さな拝殿が見えた。

 シュウは逸早くそのそばに行くと、ガラガラと鈴を鳴らし、柏手を打った。

「お賽銭はないけど、どうか今夜は暖かい飯が喰えますように……」

 鈴の音は水を打ったように静まり返った境内に驚く程大きな音で響き渡った。驚いたのは一行だけでないらしい。近くの梢から突然巨大なカラスが飛び出して、ガーガー啼きながら茜空に飛び去っていった。

 拝殿の中は八畳ほどの広さで、内部は泥棒でも入ったかのように荒れ放題に荒れている。外からそれがわかるのは、拝殿の前面を覆っていたと思われる引き戸の一枚が外され、賽銭箱の横に転がっているからだった。

「ちょっと失礼しますよ……」

 シュウがおどけた格好をしながら横の段を登って、中を覗き込み、

「入っても、別にバチあたんないよね……」

「大丈夫だろう」

 長身のハヤトも足を引きずりながら上に登り、ズカズカと中に入っていった。

 中はがらんとした正方形の部屋で、奥が供え物を置く場所らしい壇になっていて真ん中が更に一段と高くなっている他は、これといった飾り気のないシンプルな造りだ。だが、床にはしめ縄や木彫を施された棒やいろんな大きさの箱などが壊され、所狭しと散乱している。しめ縄に編み込んであったものと同じ黒石も方々に転がっている。

「泥棒でも入ったみたいだな。……にしても盗る物もなさそうだけど」

 シュウはその石ころを一つ拾いあげた。すでに床に散乱しているしめ縄に編み込まれたものもあり、ここでそうしたしめ縄作りも行われていたらしい。シュウが黙って差し出した石を受取ると、ハヤトは重さを確かめるように二三回小さく投げあげてみた。

 その時、外から唐突にバタバタと誰かが駆け出す音が聞こえた。

「まてっ──」

 怒鳴り声がする。シュウとハヤトが拝殿から顔を覗かせると、

「今ね、そこから誰かが覗いてたの──」

 アマネが周囲の森の一角を指差す

「ケンジは?」

「追いかけていった」

 ハヤトは急いで外に出て、ケンジの行方を目で追ったが、すでに夜の帳に包まれ始めた鎮守の森はその密度を一層深めて、そよとも動かない。

 ケンジはあたかも黒い海原に呑み込まれたかのように、皆の前からこつ然と消えてしまった。

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