第2章 奇妙な村 1
厚い雲に覆われてはっきりとはわからないが、時刻はとうに正午を回っているはずだった。
疲労と空腹感が一層神経を逆撫でする。
「本当にこの道で大丈夫なのかよ?」
シュウの泣き言に誰も反応しなかった。シュウも答を期待しているわけではない。泣き言の一つでも言わない事には、足が止まってしまいそうな程心身共に疲れていた。
そのシュウのメガネに唐突に雨粒が落ちた。
「あっ、やべ……」
そう言っている間にも、雨粒はどんどん数を増し、やがてあたりをサーッと濡らし始めた。
「やばいよ……」
シュウに続いてメルも言ったが、その意味は少しばかり違っていた。
「タイヤの痕が流れちゃう。せっかくここまで辿って来たのに」
「どうせ一本道なんだから、どっちだっていいだろ」
シュウが言うと、ケンジが、
「いや、ずっと一本道とは限らんぞ」
「そんなことより……ねえ。あそこに見えるの橋じゃない」
足を引きずるハヤトを庇うように先頭をあるいていたアマネが言う。
目を凝らすと、確かに道の両側に木で組んだ柵のようなものが見える。誰からともなく自然に駆け出し、近くまで来ると、雨音に混じって川の流れの音が聞こえた。
「橋だよ……」
橋の上でシュウは見たままを感慨深く呟きながらあたりを見回した。その土橋はかなり古い物らしく、所々に穴が開いていて、そこから土がさらさらと下に流れ落ちている。両側には膝ぐらいの高さの木が組んであるが、こちらも所々に修復の痕跡がある。
川は鬱蒼とした緑に覆われて三メートルほど下を流れていた。周囲は苔むした岩場のようで、いかにも深山の清流と行った気配である。
「ここから下に降りれるかもしれない」
ハヤトが橋を渡ったところで獣道のような痕跡を草むらの中に見つけた。
雑草をかきわけながら進むと、ほどなく下へと続く滑りやすい隘路が現れ、そこを辿って行くと、橋の下の岩場に出た。そこは上から見たよりもずっと広くテラス状になっており、橋の下は格好の休憩所になっている。
そこに五人で肩を寄せあって、しばらく雨宿りをすることにした。
雨は益々激しく降りしきり、雷鳴がひっきりなしに轟いている。
「あー、俺達どうなっちゃうんだろ」
「まあ、そう嘆くなよ。とりあえずまだこうして元気なんだから、どうにかなるだろう」
ケンジの返事に、シュウは口を尖らせる
「そうは言っても。ずっとこんな感じだったら、いずれは行き倒れだぜ」
「ま、いい徴候もある。ここに橋があるだろ。しかも現在使われている橋だ」
「この先に村があるってこと? こいつの話だと、地図にも載っていないような……」
シュウはメルに向かって顎をしゃくってみせた。
「隠れ里かもね……」
水際に生えていた笹の葉をむしって何かを作っていたハヤトがボソリと言う。
「何だい、その隠れ里ってやつは」
シュウが聞きつけて身を乗り出す。
「神仙境って奴だよ。昔から日本にはそういう場所がいっぱいあるのさ。浦島太郎の話、知ってるだろ」
「おいおい、お伽話かよ。勘弁してくれよ」
「いや、お伽話にだって存在理由があるのさ。有るから残ったんじゃくて、必要だから有ったというわけだ」
「今度は禅問答かい……」
「そうじゃなくて、まず人に隠したい何かがあったから隠れ里信仰が生まれたというわけ。つまり理由の後付けだ。一説には特殊な宗教団体だったとか平家の落人だったとか、いろんな説があるらしいが、本当の所はわからない。わからないから隠れ里なんだよ」
「つまり、地図にないからって存在しないって決めつけちゃダメ……ってことか?」
「平たく言えば、そういうことになるかな」
「俺達はそこに向っているのかよ。じゃあ、タイやヒラメの舞い踊り……のわきゃあねえよなあ」
「ま、そりゃそうだろう。隠れ里は一種のエアスポットみたいなもので、何か特殊なことがなければ行く事はできない。ただし、その予兆を暗示するいろんなアイテムがあるのさ」
「予兆を暗示する?」
「ああ、そうだ。お伽話によく出てくる、米や機織り。それから箸とかお椀なんてえのもある」
そう言いながらハヤトは木の葉で作った舟を川にむかって投げた。舟は空中でくるくると二三回転してから、うまい具合に正位置で川面の端に着水した。そして、そのまましばらくたゆたっていたが、やがて次第に流れの中央に引き寄せられ、大きな石の間を縫って流れる本流にのって下流へと押し出され、やがて反対岸の淀みへと辿り着いた。
そこにはたくさんの枯れ枝がたまっていたが、真ん中あたりに丸い小さな赤い物体が浮きつ沈みつしているのが見えた。
「ウソっ、ホントにお椀だ──」
シュウは呆気にとられたように叫んだ。