第五話 面
誰もいない屋根の無い駅のホームに立っている。
空を見上げると月は見えなかった。星は周りに見えているということは晴れているのだろう。となると新月だ。
街灯が無く自販機の明かりだけで暗闇の中に自分の存在を証明している。
新月の時には月の光がないのでGHOSTが出るという心配はない。一人で外出するのはとくに危険というわけではない。
雲のない空に浮かぶ星が雪のように見えて少し涼しく感じた。
私のことを最初に「ユキ」と呼んだのはハシだった。
ハシはピアスを耳に11個開けていて、それをあまり人に見られたくないのかそれは関係ないのかはわからないがいつもヘッドホンをしている。
ハシは孤児院で私にとても優しくしてくれていて、親がいたとしてもきっと親よりも大切な人になっていたと思う。
そんなことを考えながらふと、線路の先の方を見た。
「…なに、あれ……?」
丸い白く光ったものがボヤーっと見える。電車かと思ったけどもう走っているような時間じゃなかった。
それはだんだん大きくなり、しばらくするとそれは近づいているということに気がついた。近づいてくるにつれてその光の形が鮮明に見えてきて、それは顔のようにも見えた。
よく見るとその顔のような光の下に体があることが確認できた。
目や鼻、口はあるがそれが動いているようには全く見えないので仮面だと思う。
その仮面野郎は私の方に向かってきていた。ただ線路を歩いているわけではなくまっすぐ私に向かってきていた。
なんだこいつ。
GHOSTか?いや、それはない。GHOSTは月の光がないと活動できないはずだ。
それならなんだ。
私と奴の距離はあと10メートルとなかった。
得体の知れないものが私に迫ってきていることに恐怖を感じている。
「く、来るなっ!」
私は恐怖のあまり声をあげた。しかし奴は少しも動じずに足音を立てず私に近づいてきていた。
もう奴は手を伸ばせば手が触れるほどの距離にいた。
怖い。
何者なんだ。
私の才は攻撃系ではない。才抑制と、幸運だった。
その幸運に私はかけることにした。
確かに今まで不良とかに絡まれたらなんだかんだで結局助かっていた。でも今回はどうなんだろうか。ハシが助けに来ることはまずないし、武器になりそうなものも見当たらない。
どうしたものかとあたりを見渡していて気がついた。
あった。
武器があった。
でもこれで殴るとこれが壊れてしまいそうで嫌だな。死ぬよりかはましか。
そうやって自分を納得させ、さっきから自分の背中にひっついていたギターケースを肩から外したと同時に一瞬で奴に振り回した。
グジュッと嫌な音がして奴のはらわたが弾ける。しかしすぐに再生してしまった。私は半狂乱になりながら必死にギターケースを振り回した。何度も何度も嫌な音が聞こえては再生していたので、打撃系の攻撃は効かないということに気がついた。
こうなったらもう打つ手がなかった。
誰でもいいから助けて。
お願い。
仮面野郎に殴られ、鼻血と涙だらけの顔で私は心の中で助けてと叫んでいた。
意識がなくなりそうだ。
「ハシ…」
ついに声に出してしまった。
弱音は絶対に吐かない、ハシにはもう頼らないとあの日決めたのに。
「呼んだか」
そこには片手で日本刀を持ったハシがいた。
「そいつは斬撃系が一番効くんだよ。そんくらい知っとけ。バカ」
「ハシ…なんで来たの?なんで斬撃系が効くって知ってるの?」
「なんで来たかなんてお前が呼んだからに決まってんだろ。なんで知ってるかはまだお前は知るべきじゃないな」
なによそれ。私はそう口の中でつぶやいた。
私はハシの秘密を全部知っているつもりだった。でも私が知っているのはきっとまだたったの一部だけだったのかな。
ハシはあっさりと仮面野郎を切り刻んで私にドヤ顔をしてきた。
「ユキも常に日本刀持ち歩いとけ」
「バカじゃないの」
「は?俺は心配してやったんだぜ?」
「心配すんの下手すぎるでしょ…」
私は呆れながらさっきの仮面は何なのか尋ねてみた。
「あれはMASKっていってな月の光がないと活動できないGHOSTと違って月の光がなくても活動できるやっかいなGHOSTみたいなもんだ」
「なにそれ、聞いたことないんだけど。なんで知ってんの?…って言ってもまた知るべきじゃないとか言うんでしょ」
「よくわかったな」
「でも、まだってことはいずれはわかるってこと?」
「それまで生きてたらな」
その言葉は冗談という感じがしなかった。
私が顔をこわばらせているといつもの調子で「冗談だよ」と笑いながら言った。
ハシがこういう話をした後にはきまって冗談だよと言うのだ。それが不気味で、不安になった。
ハシは私のことをよく知っているくせに私はハシのことを少ししか知らない。
向こうばっかり私のことを知って、ずるい気がするけど知ろうとしたことはあまりなかった。
「てかさー、なんでお前こんなとこにいんの?」
「え…?そういえば、なんでだろう…」
私がそう言うとハシの顔が引きつった。かと思うとすぐにいつものヘラヘラした顔になった。
「なに?なんなの?」
「まあ〜、気にすんな」
私の知らないことがたくさんあって、それをハシが知ってる。
それが怖くて、そして逆に安心でもあった。




