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林檎放浪記  作者: 櫻井月光丸
第2章 途上の章
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第7話 どんなこともまずは経験

 誰もいない室内で、はるは苦痛な時間を過ごしていた。

 (遅い……)

 林檎が帰ってこない。そのことは別にたいした不安ではないが、今のこのどうしようもない不安は、もっと簡単な理由があったからだ。

 しかし、そんなことも今のはるには考えている余裕がなかった。

 林檎や師匠が近くにいる時間は感じなかったことだが、こうして単独になる時間は不安な気持ちがぬぐえないものだった。

 椅子にちんまり膝を抱え、頭を抱えてただその孤独に耐えていた。目を閉じたら、悪夢に追いかけられそうで、はるは目だけは開けていた。

 (まだかな……)

 それにしても、この部屋は居心地がどうしても悪い。

 臭いもそうだし、好き勝手に散らかった風景も……

 「落ち着けないな」

 はるはぴょこっと椅子から起立をし、一目散に外に出た。

 最初に店に入った時のように、自分が不在の間も、平気で鍵を開けているような亭主なのだろう。それなら、他人で無縁の自分が勝手にここから出ようとしても、関係ないはずだ。

 「ちょっとだけだし……いいよね?」

 好奇心には、勝てなかった。

 静かに抜け出すと、あの不安はすっかり消えて、胸が高鳴った。

 (あの人……林檎はすぐに戻ってくるって言ってたけど、私もすぐに戻ってくるもんね)

 内心で林檎にいい訳して、はるは街の通りに出た。

 こうして、人の流れに呑まれて自分も歩いてみると、一体化している気がして嬉しい。

 (みんな、楽しそう……)

 人の表情とは、こうも、見ていて気持ちの良いものだったとは……知らなかった。なんだかそんな光景を見ているだけで、はるは満足してしまう。

 あの店は何だろう?

 はるは、思うよりも早く、近づいていた。

 店の看板には「コッドハウス」の文字。一体何の店か、気になっていると、謎は呆気なく解決した。

 「綺麗……」

 店の前に並べられていたのは、可愛らしい小物や雑貨。さらにはアクセサリーの類だった。この世の物とは思えない程に美しく、うっとりしてしまう輝きだ。

 村にはこんな高価そうな品はなかったな、とはるは懐かしく振り返る。街にはこんな物がわんさかと売られているのか。良く見れば、道を歩く人々のほとんどがアクセサリーで着飾ったり、お洒落な髪型をしたりしていた。

 しかし、ただ見ているだけも飽きたはるは、また人の流れに乗って次なる場所を目指した。

 「なっ、何ここ!」

 目の前を見て、今まで自分が感動してきたのは、街のほんのささいな一角であると思い知らされた。

 西部のメインストリートや広場を突き当たって、さらに進んで行くと、巨大な円形状の大広間が出現したのだ。

 そこにも溢れんばかりの人、人、人、人、人――――

 目が回りそうになり、はるはとりあえず邪魔にならないように隅っこに寄った。

 (あれ――――何で魔物がこんな所にいるの?)

 道中、所々で魔物が人間に付き従っているのが見える。

 大きな積み荷や、車輪のついた箱をガタゴト運んでいく魔物は皆、森や川で見た魔物よりずっと大人しかった。叫んだりはむかったりもする様子はないし、まさに従順といった感じだ。

 (いい魔物もいるのね……)

 人を襲ったり喰らったりするだけが、魔物ではない。改めて、はるはそう思った。

 この広間から、さらに南部、東部、北部の道にも行けそうだったが、はるはそこでとどまった。これ以上の散策は時間が一杯必要だし、ただ疲れるだけだろう。

 (まっ、しょうがないっか……)

 進むのはここで断念したが、今通って来た西部でも十分だ。

 そこで、帰り道を行くはるはある提案を思いついた。

 林檎に何か持って行ってあげよう。

 なるべく果物とか、何か美味しい気持ちがさわやかになる物がいい。持って行ったら、林檎はきっと喜んでくれるはずだ。道中お世話にもなっている訳で、何でもいいから気休めになる物を――――

 目移りしそうな繁華街のなかで、はるは特に果物売り場を歩いた。

 (リンゴにオレンジにナシ……うわっ、本当になんでも揃ってる!)

 感心して、はるは真っ赤なリンゴを1つ掴んだ。

 他にも見たことのない珍しい果物や野菜があったが、何故かはるはリンゴを手に取っていた。取ってから、それが、あの青年林檎と同じ名前であることに気づかされた。

 (おんなじ真っ赤な綺麗な色だ……)

 不思議と林檎の顔が浮かんで、思わずぷっと笑った。

 そう言えば、何で林檎は果物と同じ名前なんだろうか――――

 「お客さん、それ買うかい?」

 「え?えっと……」

 突然声がして見ると、店の人だった。買う?と聞かれて、今更自分がお金を持っていないのだと、気がついた。もしそれがわかったら、きっと目の前の店員は「なら帰ってくれ」と言って追い払うのだろうか。

 「い、いいです……」

 溜息を漏らしそうになったはるは、諦めてリンゴを元あった場所に戻した。それを見た店員は、もう次の瞬間には、別のお客に話しかけていた。

 (何か、感じ悪いなぁ……)

 お金を持ち合わせていなかった自分にも、いけないのだと思ったが、考えたところでお金

はやってこないし、どうにもならなかった。皆、サービス精神豊かな優しい人ばかりかと思ってしまったのが、いけなかったのだろうか。

 時間が過ぎるにつれて、はるは何か持って行かなくちゃと思う気持ちだけが、強くなっていった。

 そういえば、このところまともな食事もとっていない。怪我もしたままだったし、はるはにここにいる自分が場違いに思えて、急に恥ずかしくなった。

 手も土だらけで、服も良く見ればくすんでいた。

 (嫌だ……)

 急いで林檎と最初に入った裏地に向かい、角に差し掛かろうとしたその時――――

 「わっ!!」

 何か、糸のような物で足がもっていかれ、バランス感覚を完全に失ったはるは、そのまま地面に転倒した。

 「いっててててて……」

 頭を手で押さえて、閉じていた目を開けると――――

 「!?」

 目の前には大柄な男が1人、大きな影をつくっていた。

 男は上からはるの腕を強力な腕力で掴んだ。

 「痛っ……何するの!!」

 しかし、無表情の男は何一つ表情を変えぬまま、その手をどかさない。もう、こうなったらはるはやるしかないと思った。

 (私は格闘家の娘……!!)

 己の強みを必死に貫き、はるは自由な足で男のわき腹をキックした。

 ところが――――

 ごて……と、その足は最後まで力が届かなかった。

 男の横腹に当たった足は、地面に戻った。

 正確に言えば、今のはるのキックは技でもなんでもなかった。

 「どうして――――?」

 はるの顔からはどんどん生気が失せて行く。そういえば、この男に腕を掴まれた辺りから、全身の力が奪われていくような感覚があったのだ。気持ちでは確かに負けていなかったはずなのに、何故倒せない?

 いつもの私ならこんなの……あっという間なのに……

 「誰かっ……たす……けて」

 

 ***


 「助けて欲しいんです……」

 男は、弱弱しく言った。

 部屋の中で、林檎は目の前で説明する男と2人きりだ。ただし、師匠もいれれば3人扱いになるだろうが。

 依頼人の仕事を受けるべく、林檎は東部のある場所へと向かった。しかし、そこにいたのは依頼人ではなくて、その弟というややこしい展開だった。

 「だから、助けてやるって言っただろ」

 せがむ男に林檎は即答した。その顔には話しよりも報酬、と書かれてある。

 しかしそんなことにも気がつかず、救世主の如く拝む男は相変わらず手を合わせている。何なんだ、そのポーズは。いい加減、人を神みたいに拝むのはやめて欲しい。それに、まだ依頼を達成した訳じゃないのだ。

 この男は依頼人の弟だ。依頼人の兄の方が先に魔物にやられていたとは、初めて聞いた時は少し驚いた。

 「それで?場所はどこなんだよ」

 「下水道です」

 「はぁ!?」

 (その聞きかたはよくないぞ……林檎)

 まったく教育がなっていない男になってしまった、と師匠は内心溜息をつく。

 一方で、またそんな辺鄙な所で魔物が悪さをしたというのか、と林檎は少し気落ちする。

 「兄は下水管の修理屋をしていました。でも、ある日そこに化け物が現れたんです――――そして、夜になったら姿を現して……兄は、兄は……っ。うぅぅっ!!……」

 涙と鼻水をすする男。

 「心配すんなって。俺が倒す」

 (あー、これさっきも聞いたわ)

 口では男を慰めつつ、内心では落胆する思いで呟く林檎。

 「兄が死んで……もうあれから何日もたって、依頼の紙は私が引き継ぎました。でも誰もこんな依頼を受けてくれる方がいなく、そしたら丁度……あなたが依頼を受けてくれるって!!私、もう感激で感激で……涙もでません……うえぇ」

 言いながらぼろくそ泣く男。

 「心配すんなって。俺が倒す」

 心なしか、言葉が念仏みたいになってくる林檎。

 こんな無幻ループで永遠に同じ話を繰り返されていては、埒があかない。

 「あっ!そういえば俺用事が!」

 (なんて都合のいい用事なのだ……)

 「あ、わかりました。では約束は夜。月がのぼる頃にまたここに来て下さい!地下に案内します。……絶対に戻ってきてくださいね!!絶対ですよー!!」

 「はいはい」

 思えば、話していたのはほぼあの男1人だけだった気がする。

 途中から昔話や自分の過去を語り始めたあたりからは、林檎は半寝していた。というか、爆睡すらしそうになった。

 「なんか、あの依頼今まで誰も受けなかった理由がわかった気がするぜ」

 長話に付き合わされてしまい、林檎は疲れ切った様子で戯言を師匠に呟く。

 「兄がいなくなって人が恋しくなっていたのだろう……悪気はないのだ、許してやれ」

 その言い草も、客観的に聞けば随分酷いと思う。

 「だいぶ時間喰ったな……早く戻らねぇと」

 すぐ戻る、と言っておいてゆうに何時間もはるを置きっぱなしにしてしまっていた。今頃暇過ぎて寝ているのかもしれない。そして、丁度足利あしかがも戻ってきていればいいタイミングなのだが。

 林檎は解放された足取りで、来た道を駆け抜けて行く。

 猛スピードで走り過ぎて行く林檎を、不思議そうに見る者もいたが、いちいちそんなことにかまっていられる程心の余裕はない。

 「師匠!後で足探そうぜ……!」

 走りながら叫ぶ。

 「足……とはなんだ」

 「足は足だ!旅すべてが徒歩だと救える命も救えねぇだろ!!」

 「なるほど……では、後で魔物の貸し家にでも行ってみるか」

 師匠は走るのに夢中な林檎に、そう言った。彼は納得したのか、珍しく「ああ」と賛同した。


 

 やがて、林檎は足利の店に風邪の如く戻って来た。

 ガタンッ!と、勢いよくドアをぶち開ける。

 「おい!足利ー!!!」

 すると、まったりとした老人の男が返事を返した。

 「おお、おお!君は確か……戸光林檎か。久しぶりだな。いや、本当に久しぶりだ」

 歳はとってはいるものの、見た目はいたって元気そのものの白髪のおじいさんだ。彼がこの店の亭主――――足利あしかがという男なのだ。

 「久しいな、足利よ――――」

 「おお、セビルか!会いたかったよ。それにしても、まだ林檎の首に繋がっているのか?」

 しげしげ林檎の首にぶら下がった1つ目を眺める足利。

 「まぁ、こればかりは仕方がないものでな……お主は、相変わらず研究ばかりしているようだな……」

 「あぁ、これはわしの人生の成果といってもいいからね!」

 「おい待て、昔話に花咲かせなくてもいいからよ、こいつの傷――――」

 2人の会話に割り込んで、林檎ははるのことを指さそうとしたが。したのだが……

 「あり?」

 林檎は途中で言葉を切った。

 はるがいない。

 どこにもあの少女の姿が見えないのだ。これには師匠も驚いたみたいで、「どこへ行ったものか」と呟いた。

 「足利……ここに娘いたろ」

 迷いなく、疑惑の目を足利に送る林檎。

 「馬鹿者。あの子は退屈で街を散策しに行ったまでのことだろう。すぐに戻ってくるはずだ」

 師匠は何故、かかばうように言う。

 「何を根拠に言ってんだ……」

 まさか、はるがここに戻っていなくなっていたとは。すると、戸惑う林檎に足利は言った。

 「ん?お主らの他に連れがいたのか。珍しいな……林檎が仲間など連れ歩くとは」

 「そこまで感心することか」

 師匠は少なくとも自分もその中に入ると思った。

 「…………」

 林檎はソファに座り、考えるポーズをとる。

 「心配か?」

 「あったりまえだろ。あいつは怪我してんだ……足利、お前にその怪我治してもらおうってここに来たんだよ」

 ついでにここに来た理由を告げる。そのついででなければ、ここには寄らなかった。

 「それは大変だ。早く治療しないといな」

 足利は率直に医師として言うと、一同は頷いた。

 とりあえず、帰ってくるのを待ってみよう。林檎はそう考えたが、どこか引っかかる気がしていた。それが、嫌な予感だとは、思いたくなかった。

 

 

 


 

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