第5話 ふて腐れるのも1分未満
新たに仲間に加わったはる。途中に休憩を挟むも、その道のりはとても長かった。傷も癒えないまま、2人は次なる人里を目指して歩いていた――――
「おーい、大丈夫かぁ?」
林檎は川沿いを歩いていた。
どう考えても足取りが悪いはるは、もう結構遅れをとっていた。
「……早いー!」
息使い悪く、遠くに立つ林檎に叫ぶ。
「なんだよあいつ、意外にぴんぴんしてんな」
「同感だ」
静かに師匠にぼやく林檎は、少しほっとしていたのも確かだ。
はると旅をすることになったのは、単なる偶然だろうと思う。でも、こうも口の堅い林檎から仲間に指名されるということは、少なからず要素をもっているということだろう、あの少女は。
「変に引きずっても困るだろう」
「まぁ、そうかもな」
そう言って、また林檎は川岸の長い道を歩いていく。道と言っても石ころや砂利が歪な通り道を作りだしているに違いがない。川辺にたまった灰色の丸石は、どれもつやつやと輝いている。
まったく、穏やかな天気だ……
林檎は不思議な気分でいる。あれほど仲間を連れるなど、自分の主義ではないと思っていたのに、いざとなると――――
「はぁ……」
大きな溜息を1つ。
「どうした、林檎」
「ん、いや……」
どうせはるの目的は「仇」なのだ。いずれ自分の目的にも沿っている。
「あのはると言う娘のことか」
図星だったらしく、林檎はぎくっと顔をひきつらせた。
「あのはるとか言った娘、身体能力もそれ程悪くは無い。それに、根性があると見える」
「そーですか」
林檎は変に言葉を伸ばして言い返す。
「それより、次に寄る村か街で、あいつの服買ってやんないとな」
思い切り会話をずらす林檎。泣きじゃくるはるに「仲間になれ!」と叫んだ時のことを思いだし、今とはまるで別人のようだった、と師匠は思った。
「そうか……金はあるのか?」
「……」
林檎はすぐには答えず、無言だった。
「依頼でも受ければ、報酬が入るのではないか?」
「そうだ!あぁ、それ俺も考えてたんだ!しかし……報酬かぁ」
師匠の提案に勢いよく乗って、林檎は大げさに呟いた。
「でも、それって俺に仕事をしろってことだろ?」
当然の様に聞いてきたので、
「当たり前だ。馬鹿者」
と、師匠は即答した。林檎は何も、馬鹿扱いまでしないで欲しいと思った。
「なんでだよ!俺は闇の貴族を追ってんだぞ?師匠だってわかってんだろ。俺は、そんなちんたら仕事なんてしてる暇なんてないぜ」
「毎日しろ、と言ってはいないのだが……」
変に誤解を生んでしまったのだろうか、不安になった。
「1日だけなら……別にいいけどな」
「……」
たった1日で手に入る金額など、たかが知れているだろう。それに、そんな威張って言うことでもない。少しは恥ずかしいとも思って欲しかった。
「そんなことを言いおって……今までに闇の貴族を追い詰めたことがあったのか?」
すると、林檎は何か弱みを握られた様子で渋い顔をした。
「何が言いてぇ」
「このままでは……また、いつあの子のような被害者がでるか分からん。最近やけに過激になってきたからな……闇の貴族らは」
一番あってはならなかったはずの最悪のケース。
村で唯一の生存者であるはるが、その危機感を強く抱いているはずだった。
「んなのわかってんだ……なるべく早く潰さねぇと」
確実に身近に潜んでいるはずだった。
近くにいて、なかなかに探しだせない……それが難点だ。
真上の太陽を面倒くさそうに見つめた林檎は、後ろでついてくる少女に呼びかけた。
「あともう少しがんばれよー」
***
「あっ、お兄ちゃん!」
「なんだい?」
優しそうな笑顔を浮かべた1人の青年が、街中で女の子に声をかけられた。
「今日、魔物の貸し家が新しくなったの……ぜひ来てください!」
「……」
(魔物の貸し家か……珍しい店があるもんだな)
青年は笑顔を崩さないで、女の子から広告用紙を受け取った。小さな体には似合わない、大きな同じ広告用紙が大量に入ったバスケットを持っている。推測するに、その貸し家の下で手伝いをしている子供なのだろう。
「君は?お手伝いさんかなにかなの?」
青年はにっこり笑顔を忘れずに、女の子を怖がらせないように姿勢を低くして尋ねた。女の子は、驚いたように、困ったように、けれども嬉しそうに言い返してきた。
「優しいお兄ちゃんのために……お手伝いしてるの!」
でも、その目に迷いは探れなかった。
「そうなんだ……お兄さん思いの妹なんだね?」
今度青年は、どこか同情する表情で言った。
「わたし妹じゃないよ!」
「へぇ、じゃあ……養子で来た子なの?」
さらに質問を重ねようとすると、ふいに女の子は時間を思い出したように焦って口を開く。
「そろそろ次の場所に行かなくちゃ……!優しいお兄ちゃん、またね」
手を振って走り去って行く女の子に、青年は最後まで笑顔で手を振っていた。やがてその小さな姿が街の中に消えると、青年は何事もなかったように歩きだした。
これで6人目。
この数は、今日1日で関わった人間の数だ。これからまだ関わる予定はたくさんあった。
なかでも、さっきの女の子のことは気になっていた。
詳しく調べれば、何か面白いことがわかりそうな予感がしていたのだ。
突然物の例えをあげてみる。
枯れると花はその美しさを完全に失う。
でも、枯れても美しいと思う感性があれば、それはその瞬間から「美しい花」になる。
同じ世界でも、天気は違う。
西が晴れていれば、東はもっと違う天気の場合だってある。
と、言っても。
冬季戦士郎という男にとって、それはあくまで自分には無関係であり、考えなくてもいいことだった。
そう、この男にとって関心のないことは「当たり前」のことだった。
それにしても、「戦士郎」だなんて名前、本当にめでたい名前だね。ここは戦う騎士とでも述べておくべきか?
それはないな、と彼は肩をすぼめる。それは、自分の性格をよく知っているからだろう。別に、戦いが苦手という訳でもないのだが。どっちかといえば、頭脳派なのだ。
「そろそろこの街にも飽きてきたね……何か平和過ぎるかな?」
クスクス笑う戦士郎。
その表情は、一切無理のない満面の笑みだ。
戦士郎がいるバクライ市は、今のところ特に事件や事故が相次ぐような街では無い。それどころか、あまりに平和すぎる街だと思う。
もっと世界に目を向ければすぐにわかる。ここは平和でも、ここを出た一歩外界はまるで違う世界だ。1秒間に生まれる命があって、消える命がある――――この時この瞬間も。
戦士郎が求めているスリルとは、平和ではない。
こう……腹が煮えかえるような、人と人が醜く争い喧嘩をするような……とにかく、戦士郎が求める要素が、ここバクライ市には1つもなかった。
なのに、なんでいるかって?
それは変な質問だ。
「もったいないね……十分な役者は揃っているというのに。俺が代わりにこの街を変えてあげるよ……そっちの方が素敵だと思わない?」
戦士郎は、まるでそこにもう1人相手がいるかのような素振りで問いかけた。
もちろん彼の周りに人間はいなかった。
彼は、街に話しかけていたのだ。そんなわけの分からないことを大きな声で言う戦士郎を、行きかう街人たちは不審な目で通り過ぎていく。「なにあの人……」と陰口をたたく者もいたが、戦士郎はそれすら楽しそうに、愉快そのものに眺めていた。こうしている今も、楽しそうに笑って歩く若者や、呑気に立ち話をしている夫婦がいる。そんな光景は見あきていた戦士郎は、自分はもっと違う世界を知っていると高ぶる気持ちを抑えきれなかった。
「はは……いいねぇ!!その平和ボケした表情。でも、やっぱり君らには似合わない……残念」
自分の前を通り過ぎて行く人間に、どう思われようと戦士郎はおかまいなしに奇妙な独り言を続けていた。
結論的に言えば、彼は光の民でも闇の民でもない。だから、たとえ両面戦争が起こっても、戦に巻き込まれることはない、お得な方ではある。あえていうなら争い事には積極的ではない。ところが、人間だれしも1つだけの顔ではないように、彼も違う顔をもっている。例えるのなら、いいとこをかすめ取っていく泥棒猫みたいな存在である。
そんな彼が愛してやまないのが、人間の感情というやつだった。
動物や魔物や小動物と違って、人間の感性、感情、憎しみ、悲しみ、怒り……は特別なものだ。人それぞれ、もつものは違うのが当たり前。戦士郎はいつの間にか干渉好きになっていた。
(ここには光が強すぎるね)
不敵に笑み、日光で眩しく照らされた街中を眺める。
「さてと、さっそく探しに行かないとね……」
うんしょ、と戦士郎は寄り掛かっていた壁から背を浮かせた。
(今日はどんな人間と出会うか、楽しみだなぁ)
彼は胸をどきどきさせて、街の雑踏のなかに紛れて消えて行った。