第4話 晴れのち曇り
ここは不穏な土地だ。
まるで光の立ちいることを拒んでいる。
闇の隠れしアジトにて――――ある者たちが、オンボロの館で、くだらない世間話をしていた。
外は黒雲で真っ暗だ。
そんな天気を、女は館の暗い一室の窓際で、眺めていた。
「まったくゴルゴットの連中ときたら……また勝手に行動したようだ。おい、番人!ちゃんと殲滅させたんだろうね?」
いらだたしいふうに、女は言葉を吐く。黒装束に身を包み、性格をそのまま移したかのように鋭い眼光をもった、黒髪をどこまでも伸ばした、危険な空気を醸し出す女だった。そんな彼女の質問に答えたのは、「番人」という男である。
「おれ知らねえ……ダンヌ様。あいつら上ぇの言うことしか聞かねぇだろ」
変にたどたどしい物いいに、ダンヌは一層不愉快になる。この、田舎者らしいアクセントの喋り方は元々なのである。
ダンヌやこの番人。2人も「闇の貴族」という組織の中で動く身だ。中でも、組織の中では中の位である。下は本当に下の仕事しか任されない。中はそこそこ。上は……
「あたしが聞いてんのは上のことじゃねぇっての!」
「おれぇ、ここの番人だ。上ぇ様の指示でここ守るのが仕事だぁ」
番人は、ずるずる引きずる巨大な鉄の塊を、ダンヌに今一度見せた。全身鉛の鎧を身に付けた大男は、素でも十分強靭だろうに、そのせいで余計存在感がデカかった。
「あぁー!んなのわかってる。……直接上に殴り込みでもしてくるかね」
面白半分でダンヌは言った。
「ダンヌ様、上ぇ様は何を考えているんだぁ?」
「あたしが知ったことか」
また、ダンヌは鼻で笑う。
「そういや……炎酷郎様はまだ青い子供らしいな」
さっきから出て来る「上」とは、ダンヌの言う炎酷郎様だ。
しかし、彼女が「らしい」と言ったのは、今まで一度も姿を見たことがなかったからだ。姿かたちも知れない、名だけの存在。そんな者が、1人でこの組織を動かしているとは……
「わけぇ子供かぁ、一度でいい。会ってみたいなぁ、ダンヌ様」
「必要とあれば……お呼びがかかるさ、番人。お前も背を伸ばして待っていればいいさ」
心なしか、ダンヌは気になって仕方が無かった。
闇の貴族が民の間でも、脚光を浴びるようになったのは、新しい亭主が現れてからのことだった。その亭主こそが「炎酷郎」なのだから、組織内部でもそんな若者の顔を見た者はほんの一握りだったのだ。以前の亭主は顔を見せていたというが、かたくなに見せたくない理由でもあるのか。
「今回はゴルゴットに手柄もってかれたが……次はあたしがやる。村だろうと街だろうと、失敗はしない」
「ほう……余程、力量有り余っているようだな」
「……あんたは」
番人の声ではない。
部屋の入り口付近に目をやると、不気味な笑みを浮かべた老人がいた。ダークブラウンのマントに大きな木の棒を持った、魔法使いらしき格好をしている。
初めて見る顔に、ダンヌは探りを入れる口調で警戒の色をあらわにする。
「なんだ、じいさんかい。何の用だ……」
その間、ダンヌは手で番人をシッシッと追い払う。
「私は黒師と言う。炎酷郎様の付き人だ」
「なんだと……?」
(聞いたことないねぇよ、黒師なんて名前……)
それに炎酷郎の付き人とは、すなわち、自分よりも地位の高い組織の人間を表している。裏腹に、そんな物言いを鵜呑みにはできない。
(……このおいぼれじいさんが、ねぇ)
「そなたに命が下ったぞ」
「おいおい、待ってくれよ……黒師さんさぁ。あたしだって馬鹿じゃない。あんたが炎酷郎様の付き人……上位の人間である証拠を見せな!」
ダンヌは自分がこの弱そうな老人を、一撃でやれる自信があった。
挑戦的な目つきで、黒師の目を強く睨みつける。一方の黒師は、眉根1つ変えずにダンヌの発言を面白そうに聞いていた。
「闇の貴族に弱い者はいらぬ。そなたは強いか?……それとも弱いか?」
「……あんたの目で確かめな!」
そのセリフが開戦の合図だった。
ほとんど眼前の黒師を信用していないダンヌは、迷いなく、右手に持っていた剣で襲った。
一瞬、黒師の顔が笑った気がした。
「何!?」
驚きの声。ダンヌが繰り出した剣の一振りは、完全にすかしていたのだ。確かに――――確かに、首の根元を捉えたはずなのに!
ようやく感じたのは、黒師の並々ならぬ覇気だった。丁度、魔物ならこの覇気を感じただけで尻を見せて逃げかえってしまうような、そのくらい強力な気を感じたのだ。しかも、まだ相手は何も動かしていない。
「どうした……そなたは弱いのか?」
「くそっ!」
軌道をそのたびに切りなおし、ダンヌは一気に突きを放った。
「動きは悪くないな……」
口だけが動き、その間際にも黒師は攻撃を奇妙にかわし続ける。
――――いや、かわしている、というよりは、剣そのものが標的を避けているかのようだ。
(何故あたしの軌道が読める……?)
この狭い室内で、剣が空を切る音だけがビュンビュン鳴っていた。このまま突きや水平切りをしていては、同じことの繰り返しだ。瞬時に判断したダンヌは、悩まずとももう1つの技を決行することにした。数メートル黒師と距離をおいた後、ダンヌは剣先に気を溜め始めた。
外からは特段変化のない剣だが、ダンヌはその変化が目に見るようにわかった。これも、長年剣技に磨きをかけてきた努力で出せる技だろう――――
「天魔切り――――!!」
素早くその剣を、バツ印に振り下ろした。
透明な風が凄まじい勢いで黒師の体へ向かった。部屋中の家具や敷物が吹き飛ばされていく光景は、その威力の強さを表している。
今度はしっかりとした感覚があった。ところが、それも何かを斬った感覚ではなくて、布切れを破った軽い感覚だった。
「外した」
風がおさまって、舞う埃の中、ダンヌは呟く。
思った通り、黒師は無事だった。両手で自らの布をガード代わりにしたらしく、隠していた顔をゆっくり上げた。これだけの集中攻撃を与えたのにも関わらず、血1つ流さないとは、ダンヌは心底関心していた。
「良い技を持っておるな。さすが、炎酷郎様の手下だ」
手下、と言われて良い気はしなかった。
ダンヌはあざ笑うようにして、鼻で笑った。
「あんたもやるじゃないか……避けるのは慣れてんのか」
その時、黒師がガリガリに痩せた手首をこちらにむけた。
「なっ……」
目に入ったそれは、黒い宝石が1つついたシンプルな金属製のブレスレッドだった。
それを見た途端、ダンヌは素早く剣を鞘におさめた。
黒い宝石は闇の貴族の証。
ダンヌもそれを、首にかけている。
「隠すなっ」
「これは失礼。隠すつもりもはなかった。……しかしこれで、私が炎酷郎様の付き人であると納得してもらえたか」
黒師は満足げに薄気味悪い笑みを浮かべた。
「それで?黒師。お前はさっきあたしに命が下ったとか言ったな」
あっさり引いたダンヌは、腕を下げた老人に尋ねる。
「そなたには、魔物を手なずける技師を捕えてきて欲しいのだ」
「はっ?」
ダンヌは拍子抜けした様子で口を曲げた。思い切り雑用係のやるような仕事ではないか。妙に気の進まない依頼だと思い、ダンヌは皮肉げに囁いた。
「魔物なんて飼ってどうするのさ?」
「さぁな。全ては炎酷郎様の命令だからな」
それを聞いては流石のダンヌも押し黙った。上の命令は絶対だ。しかも、こんな絶好のタイミングで新たな仕事が舞い込んでくるとは、運がいいのかもしれない。命をかける必要もない内容だが、とっとと終わりにしてしまえばいい。それでいい報告ができるのなら、思ってもいない仕事だ。
「目星はついておる。この紙に記しておいたぞ……」
「ん」
ダンヌは片手で用紙を受け取った。
「では、いい報告が聞けると期待しているぞ――――ダンヌ」
「へいへい」
ダンヌは軽い返事を返し、細く笑んだ。