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林檎放浪記  作者: 櫻井月光丸
第1章 物語の開幕
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第1話 しあわせな奴ほど気づくのが少しおそい

少し、この世界のことについて説明しておこう。

 いつかの大昔。

 ある偉人の伝記によれば――――人は生まれながらにして未知なる力を蓄えているという。

 魔を操る異人術者によれば、魔の力量は個人差ある本能である、と。

 家来を従えた大富豪は、力ある者に地位と名誉がふさわしい、と。

 道なき道を行く旅人は、人とは己の大切なものを失った瞬間、崩壊するか決意するか――――と。

 

 年代不明……単純に、人間は光と闇の民に分裂し、団体としての存在感で体を大きく膨らませていった。

 この世界には、一応、2つの民がある。


 1、光の民(白の民)は光を信仰し、世の仲間を光と共に信じる民――――

 2、闇の民(黒の民)は闇の魔を信仰し、己の命を一番と考える民――――


 世の中に、誰かの決めたルールなど、あってもない制約だ。

 結局のところ、人というのは「欲」があって生きている。だから「欲」をなくすことは不可能だ。

 人を脅かす悪性の魔物が、この世界には人よりも圧倒的に多く生きている。悪性というのは、逆の良性も存在しているからだ。

 喧嘩を売り、恨みを買い、仇を討つ。

 欲に従い、悪事をはたらく者がいて、それに許せない思いを抱く者がいる。


 それこそが、この世界で起こっている不のスパイラルなのである……





 

 春の刻が告げる、この世界に――――


 むかしむかし、それか凄く遠い未来のお話……

 この村にあったのは古い家か、畑か、家畜小屋か、学校。

 それだけだ。

 もちろん今のは端的な説明に過ぎないが、良いふうに言えば、自然に囲まれた平凡な村だった。人を脅かす悪性の魔物は周辺に張りめぐらされた術式魔法によって入っては来れない。

 そんな、命の心配など無関係にも思えてしまう村に、はるという少女はいた。

 はるは、この村で生まれた光の民だ。現在16歳で、色恋沙汰にも村の女子たちと話したり母の仕事を手伝ったりする、ごく普通の村娘だ。ただ、友達はみんな好きな男の子を追いかけているが、はるは好きな子なんていなかった。

 変なのかな、病気なのかな?と思いも時々したけれど、考えたところで無駄な悩みがまた1つ、増えるだけだった。

 「はる?」

 「えっ」

 丘で何となく、本当になんとなく夕日が沈んでいくのを眺めていると、少し声の高い男の声がした。はるはとりあえずくるりと首を後ろに向けた。

 「よう。なにやってんだ、こんな所で」

 少年は、何故か機嫌が悪そうだ。

 「別に、なんでもない」

 はるは冷たい視線を前に向けたまま呟く。

 家とは少し離れた所に住んでいる、はるの同い年の少年だ。名前はコウシロウ。黒い髪を適当に伸ばした目の細い少年だ。とにかく、なんであんたがこんなところまでやってくるわけ?今私はわざわざ人のいない所にやってきたのに!

 内心「はぁ~」と溜息をもらしつつ、隣に腰掛けたコウシロウを横目でにらむ。

 「あのさ」

 「なーにさ」

 気なんて乗らなかったが、自然とはるは言い返していた。

 「村の学校……何で来ない?」

 「あのねぇ……」

 はるは極力面倒くさい顔つきでそっぽを向いた。コウシロウが言った通り、私は最近学校にまったく言っていない。別にいじめられているという訳でもなく、変ったこともなく……むしろ、恵まれず学校にも行けない子供よりはしあわせなことだと思う。

 なのに、行かない理由。

 考えるうちに、はるは心のなかがもやもやし始めた。

 「どうせ、コウシロウが私のところに来たの……学校のみんなに言われたからでしょ」

 「違うって」

 もう話したくなくて、立ち去ろうとしたはるの腕をコウシロウがひっぱった。ぐぐぐ……と引っ張られて思わず彼の顔を凝視した。

 「……」

 「……」

 しばらく二人はそのまま、じっと目を睨んでいた。これから何を言い出すのかと思えば、コウシロウは口元を変に歪めたままだった。

 「はなして、もう帰る」

 「……」

 そして、裾を掴んでいたその手はぱっと離された。あとはもうコウシロウの顔も見ずに、はるは丘を下りて行った。

 (なによ……変なコウシロウ)

 コウシロウはこの村で、いつも……いや、結構一緒だった。小さい頃は他の子たちと遊んだり、学校で一緒に勉強を共にした。普通に親切な人だとは、思う。だいたい、私が学校に行かなくなったのは自分で決めたことだ。学校よりも大切なことがあるからだ。

 でも、後でこんなちっぽけな悩みが、こんなにも小さいものだったと気づくことになろうとは……まだはるはわからなかった。


 ***


 「ただいまー」

 古い木のドアを開けて中に入ると、だだっぴろい土づくりの居間があり、筒抜けになった先には水場で母親が食事の準備をしているところだった。

 「おかえり、はる。いつもごめんなさいね、畑の手入れを」

 「いいって。それよりお母さん、今日は何?」

 靴を脱いで母親がしたくしているすぐ近くまで行くと、さっそく煮物のいい匂いがぷんぷんした。はるはこの煮物が大好きだ。

 「先お風呂入ってくる」

 お腹が空いていることを我慢して、まずはこの汚い体を清めなくてはならない。薄い衣を脱衣所で脱ぎ、はるは一回湯を桶で浴びた。じんわりとした心まで癒される温度は今日1日の疲れを癒す。

 「んー……いい気持ち!」

 ぐっと手を伸ばしてまた縮めた後で、はるはまたぼんやりと天井を見上げた。言葉では「いい気持ち」と洗いざらい言っているものの、それが本心ではないのは確かだ。

 ――なんで来ない?――

 コウシロウの一言が、まだ頭の中から離れなかった。もうずっと学校に行っていなく、そんな突然学校に来ない理由を尋ねられても、何を言ったらいいのか解らなかった。そんな時にはいつだって違うと思った。

 (私のことなんか放っておけばいいのにね……)

 そう思い、はるは湯にどっぷりと漬かった。



 「今日は変な空気だ」

 「あぁ。何もないといいけどな……」

 2人の村民が、松明を持って外を見周りしている。

 月が真っ白い、晩だった。

 「しっかし、西の街の方では闇の民がまた襲撃したそうじゃないか」

 眉を歪めて1人が言う。

 「闇の民!?……また来おったのかい、やつらはそんなに光の民が憎いのか」

 「まぁ、それは街の話さ。こんな森の中の小さな村なんて、いくら闇の民であってもどうでもいいのだろう。一体何が目的なのか……わからんな」

 二人は揃って不気味そうな顔でひそひそ話している。

 「目的?……そういえば、数年前だかに光の民の王家の一族が暗殺されたんだとか」

 「おっかねぇ!そいつもまたそやつらの仕業か?」

 「あぁ、多分な」

  しかし、そんな話、関係のないことだと思っていた。何故なら、こんな辺鄙な村が襲われるはずがないだろうと思っていたからだ。雲の上の存在なのだ……向こうの大都市も、変な家系をもった組織のことも。

  その時、森の茂みがざわついた。

 「誰だ!?」

 「……っ」

 音のした方へ灯りを向ける。ところが、なにも変わったものは見当たらなかった。ドク……ドク……松明を持った二人の息は荒かった。

 「な……なんだ、なにもいねぇじゃねぇか」

 男は松明を握る手を一層強くして言った。

 「脅かすなよ……」

 胸を撫で下ろし、二人はまた歩きだした。そういえば、さっきまで風が吹いていたというのに、突然風は音をたてなくなった。

 「お、おま……うぅぅう、後ろ!」

 松明の灯が一気に燃え上がり、ふり向くと……

 「ぎゃあああああああああああああああああああ……」

 赤い目が、3つ暗闇に浮かんでいた。



 「今、何か聞こえなかった?」

 煮物の大根を口に頬張るはるは、母親の言葉に箸を止めた。

 「え……何かって、何も聞こえないよ?」

 母親は「そぉう?」と不思議そうに首を傾げ、それからまた食事を再開した。それにしてもやっぱりこの煮物の味だけは何時食べてもおいしいな、と口元がほころぶ。

 (いつかこんな料理が作れたらなー……)

 美味しい、と言わないのはもう何十回、何百回と母の料理を口にしてきたからでもある。それに、せっかく褒めているのに「うんん、世界にはもっと美味しいものがあるのよ」と、決まり文句だ。

 「なんか何度も食べても飽きのこない料理って、凄いね」

 心で関心していたことを口にすると、母親は意外そうな返事を返した。

 「ただ味が濃いのが好きなだけじゃないの?はるは」

 「えー。私は薄味だって好きよ!」

 口を尖らせてどうでもよい抗議をするはるは、この言い合いが面白かった。

 「じゃあ、今度ははるが料理作ってみる?」

 「えっ……と」

 御飯をもぐもぐさせながらはるは唸った。そう悩むべきことではないのに、後先のことを考えてはそれがまた消えて行った。あまり自分で料理など作ったこともなかったためか、提案されても実行するための実感とやらが湧かない。でも、女性は料理ができたほうが有利だと、よく聞く。

 「何遠慮しているの?何でもいいのよ。自分で好きなものを作ればいいじゃない。干物でも、漬物でも……いくらでもあるわ」

 指を折って数えだした母親を内心で褒め称えつつ、はるは照れ臭そうに言った。

 「そうだね。何でも試してみたいな……」

 母親は、嬉しそうに微笑んでいた。

 「お母さん」

 「ん?どうしたの?」

 優しい母親の顔が向けられて、はるは素直な気持ちになれると思った。でも、はるは今言うべきことなのか、わからなかった。でも、言わなければ言わないでいるだけの時間が、苦痛にしか感じられない。どうせ言うのなら、今言いたいと思った。

 「こんな時に言うのは私……変なのかもしれない。でも、聞いてほしいの……お母さん」

 まっすぐ母親の顔を見つめて、はるは立ち向かっていた。

 「どうしたの?改まって……」

 表情はさっきと変って心配そうだった。今、目の前の母親にそんな顔をさせているのは他でもない、自分であるのはちょっぴりつらかった。

 はるは唇をかみしめたあとで、はっきりと宣言した。

 「私、この村を出て行きたい」

 「……はる」

 母親の声は、いつもより小さく感じた。いつもより一段に。どうしてこんなことを今、言っているのか、はるは言ってから戸惑った。自分がお母さんのそばにいてあげなくちゃいけない。そんなのとっくにわかっている。でも、どうしても許せないことがあった。

 父親が死んでしまった理由を知らないことだった。

 「ねぇ、お母さん……お母さんはお父さんが闇の民の人に連れていかれて、殺されたって言ったんだよね?」

 いつか、母親から聞いた情報だった。

 「えぇ、でも……はるっ」

 「私、この村を出て、お父さんが死んでしまった理由が知りたいの」

 今、母親は何を考えているのだろうか?そのまっすぐ見つめて来る瞳は、何を伝えたいのだろうか?

 「聞いて」

 落着き払った声で、向かい合うはるにそう呼びかけた。

 「私たちは光の民……もう、お父さんのことは……」

 母親の最後の言葉に耳を傾けていたまさにその時……

 「敵襲ぅぅぅぅぅ!!!闇の民だぁあああ!はやく逃げろ!!!!!!」

 「っ!」

 悲鳴に、2人ははっとなった。

 その誰かの叫びは空しくも途中で途切れた。何者かに襲われたのかもしれない。すさまじい鐘の鳴り響く轟音に、外が騒がしくなり始めた。はるは窓の外に顔を向け、信じられない光景を目の当たりにした。村が赤く燃えている。それに、倒れている村人もいた。

 「どうして……」

 時が止まったように、感じた。

 どうやら、こんな感傷に浸っている暇はないようだ。

 「はる!逃げましょう!」

 互いに頷きあった。家から逃げる間際、はるは居間の祭戸からグローブを掴み取った。「はる!急いで!」という叫びに必死に走った。

 家の裏口から裸足であの丘に、死に物狂いで走り続けた。途中後ろを振り向くと、恐ろしい姿の魔物や化け物が次々に人を襲っていた。

 (信じられない……!)

 無我夢中で逃げてきた丘には、既に何人かの知った顔があった。

 「コウシロウ……っ」

 今にも泣き出しそうな顔を見たコウシロウは、眉根を険しく歪めてそのまま肩を寄せた。

 「俺達の村が……」

 ここにいる誰もがぽかんと村を眺めていた。戦わず、逃げることしかかなわないというのだろうか?私が戦わないから……こうなることも、何かあってからじゃ遅かったんだ。

 どんどん燃え上がる炎の中には、黒い影がうごめいていた。黒い怪しげな杖を手に持った黒衣の奴らは杖の先から火の玉を放出していた。まるで地獄絵みたいだ。

 「く、くるっ!こっちに来るぞ!」

 ここにいた、一人の男が声を震わせた。黒衣の者たちは、燃え盛る村のなかからゆっくりとこちらに近づいてくるではないか。来ると同時に、死に対する恐怖で足がすくんだ。丘の下は谷。もう逃げられない。

 「……!?はる、何を……」

 グローブを手にはめ始めたはるを、誰もが目を丸くして驚いた。

 (このグローブは、お父さんからもらったもの、せめて……これで奴らを!!)

 「無駄じゃ!奴らは闇の民……」

 構えるはるは、きつく結んでいた口を一瞬開いた。

 「黙って!」

 「はる……」

 隣にいたコウシロウは、止めようとしていた手をゆっくり下ろした。見れば、黒衣の者たちはもうはるたちを囲んでいた。マントから除く顔は、顔とは言えない程に不気味だった。まるで、骨に皮がそのままくっついたみたいに細く、赤く光る目は3つあった。こんな奴らにはむかうこと自体、自殺行為だと、だれしもが考えた。

 「何が目的なの!早くこの村から出て行って!!」

 両方の拳に力をこめ、みんなを守る形で一歩前に出た。束の間静寂が訪れ、妙に張りつめた空気が漂い始めたころ、8人のうち1人の闇の民が、しゃがれた声を発した。

 「憎き光の民は永遠の宿敵。命が欲しければ跪け」

 「……」

 もちろん、従わなければ確実に殺されるに違いない。でも、はるは構える格好をやめなかった。

 (こいつらに従ったところで、生きていられる保証はない!どっちの道、死ぬんなら……)

 「私は……お前たちを倒す!」

 はるは地を蹴り、眼前の標的に飛びかかって行った。

 「はる!やめてえぇぇぇぇ!!!」

 その瞬間の母親の声は、なんだか別の女の人の叫び声みたいだった。

 

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