天界大戦−襲撃−
ユストラシア歴4月34日。決戦前日。
それはリョウの忘れられない日となった。
「ついに決戦が明日に迫った」
もう慣れ親したしんでしまった王室の中、自分を見つめる幾十の目をもろともせず、リオルガルドは告げた。
その言葉にこの場にいる全員が緊張で顔を固くする。
「天龍が攻めて来る気配を見せない今、俺達が先手を切るしかない。
相手は万全な防御をしいているはずだ。だが、俺達ならばその防御を破ることができる。
愚かな天龍共に我等天狼の力を見せてやろう!」
リオルガルドの言葉に鼓舞された天狼達は緊張な面持ちから一転、目を輝かせる。
その中で冷静な表情を見せているのはリョウ達人間組。
「ずっと思ってたんだけどさ」
隣のアリシアに話し掛ける。
「なんですか〜」
「やっぱりなんか変じゃないか?天龍から宣戦布告してきたのに攻めて来ないんだぜ?」
宣戦布告をして守りを固めるなどそんな馬鹿な話はないだろう。
「たしかに〜それは〜私もずっと〜思っていました〜」
「でもそのことについて考えてるやつは誰もいない。戦術のせの字も知らないんだ。大方ラッキーとでも思ってるんだろうけど…………」
「そうですね〜
一度きっちりと〜天界大戦について〜聞いておくべきでしたね〜
もしかすると〜なんらかの抜け道みたいのが〜あるかもしれませんから〜」
「なんにせよ、注意が必要ってことだな」
頷き合う二人。
そんな二人を余所に天狼達の話し合いは始まっていた。
「まずは今回の大まかな流れだが、俺率いる精鋭と天狐の精鋭で天龍の本拠地に潜入する。
その間、本隊は天狐の本隊と共に天龍軍を押さえ込んでいてほしい」
皆が頷く様子を見て、満足そうに笑ったリオルガルドは、再び話しだす。
「まず、俺が率いる精鋭の方だが、俺、レガルス、そしてアリオレスの三人で行く」
リョウとの戦いで生じた傷も癒え、会議に参加していたアリオレスは一瞬驚いたように目を丸くしたが、すぐにそれは誇りに満ちた顔に変わる。
「はっ!全力で努めさせていただきます!」
気合いに満ちたアリオレスに頷きかけると
「そして、本隊の方だが……ウガルド、お前に任せる。テールは補佐につけ」
ウガルドは当然だといった表情だ。
リョウは争奪戦のあと色々と突っ掛かれると思っていたが、そんな様子は微塵もなく拍子抜けしている。
「あいつが総隊長って大丈夫なのか?」
ネルがリズに問い掛ける。人間組からのウガルドの評価は限りなく低い。
「うむ。本来ならばアリオレスに任せるところじゃったが仕方なくといったところじゃろう。
あれであやつ若年組からの人望はあついからの」
確かに一番最初リョウ達に突っ掛かってきた時も何人かの取り巻きがいた。
人間組がウガルドへの愚痴で話の花を咲かせているとき、天狼の方ではちょうど老齢の天狼が一歩前にでていた。
「わかりました若様。
このテール必ずや、やりとげてみせましょう」
そうしてリオルガルドに頭を垂れる。
老人の顔はとても優しそうで、温厚な雰囲気が伝わってくる。
「ああ、期待しているぞ」
「あの人がテールさんか」
「若ってどういうことなんですか?」
レナの言葉に自分も気になっていたと言うかのごとく、他の五人もリズに説明を求める。
「テール爺は先代、つまり父様の前の長の時代から仕えていらっしゃる。今父様が従えている天狼の中でも最年長じゃ。とても優しい人での。我も幼いときはよく世話になったものじゃ」
リズは思い出に浸っているのかしばしほうけていた。
「なるほどね。でもだったら総指揮はテールさんでいいんじゃないの?わざわざウガルドに任せなくても」
「うむ。そうなのじゃが、流石にテール爺は天狼の中でも高齢での、人間のように歳老いて死ぬことはないが、老いはするのじゃ。老いれば当然動きも鈍る。テール爺以外はもう皆隠居してしまったくらいじゃ。総指揮になるのはちょいと難しいじゃろうな」
「隠居か〜
天狼の世界にもそんなのがあるんだね」
「完璧な存在なんて神くらいじゃ。神に造られたものは何らかの不完全を持っているものじゃよ」
「何らかの不完全、ね」
リズは照れたように笑う。
「ちと臭かったかの。
まぁなんにせよ。テール爺のことじゃ。ウガルドですらうまく使ってくれるはずじゃよ。
我等若年組はほとんど全員がテール爺に世話になっておるからの。
テール爺の提案ならあのプライドの塊と言ってもいいウガルドでも無下にはできないじゃろう」
「じゃあひとまずは安心ってとこか」
リオルガルドが細かい説明をしている。
天狼と天狐がどう連携するのかは既に話し合っていたようで、今は部下に伝え細かい所を埋めていく作業に入っているのだろう。
「何か〜嫌な予感がします〜」
「うん。何か変な感じする」
会議も佳境に入ってきた時だった。
突然二人がそんなことを言い出した。
人間の数倍に及ぶ感覚器官を持つエルフと、野性の勘のような第六感を有する二人が同時に感じ取ったということは、いくら「気がする」程度のことでも無下にはできない。
そう考えた時だった。
バタバタと焦ったように走る音が王室の中にまで響いてくる。そしてドアが弾けるように開かれる。
「リオルガルド様ぁああ!」
いつぞやのハイテンションな天狼さんだった。
だが、その顔は焦りで歪んでいる。
「天龍軍の襲撃です!!想定外の事態に行動不能多数!」
早口でまくし立てたその内容に一瞬言葉を失う。
「リョウ!何かくるよ!」
ミーヤが叫ぶように言う。
「わかってる!」
既に気配察知を行っていたリョウは一歩前に出る。
見上げたのはただの天井。
「創造、我が盾は万物を阻む、《イージス》!!」
直径10メートルほどの大きな円状の盾。いや、盾というよりはバリアと言ったほうがイメージしやすいだろうか。
そして青白く光るそのバリアが創られたのとほぼ同時。無数の熱線が天井を突き破る。
それをリョウは《イージス》で防ぐ。その全てが致死級の威力を持っていることは容易に想像できる。つまり一発も通すわけにはいかないのだ。そして一発も通さないということは降り注ぐ無数の熱線を全て受け止めるということである。
「ぐ、流石にきつい………」
襲い掛かる何十もの熱線。いくらリョウといっても長時間押さえることは難しい。
パキっという割れた音と共にそこから漏れ出た熱線がリョウの皮膚を焼く。
「ぐあぁ」
《イージス》に全ての力を注いでいる今、≪破壊≫を行う余裕はない。さらに痛みで集中が途切れたためか《イージス》の効果が弱くなっている。
「リョウさん!!」
「主殿!」
レナとリズの叫び声。
「大丈夫。って言いたいとこだけどこれは流石にきついかも………」
いつになく弱気な声に、リョウの限界が近づいていることを感じる。
リズが駆け出そうとしたとき、これまでの熱線より二回りも太い熱線が、塵が形成した天井の黒いもやを切り裂いて現れる。
狙ったようなタイミング。ちょうど《イージス》が弱まった一瞬をついて打ち出されたそれにリョウもついに限界を感じた。だが、ここで押し切られるわけにはいかない。
「んの野郎ぉぉおお」
受け止めきれないならせめて軌道をそらす。そう考えたリョウは全力で《イージス》を傾ける。
それにともない滑るようにしてリョウ達の頭上を通過した熱線。
それを見届けると体から急速に力が抜けていくのを感じ、受け身もとれず倒れ伏す。
「主殿ぉぉおお」
こんどこそリョウの元に駆け寄るリズ。
リョウは意識を完全に失っているようでこれ以上の戦闘は不可能だろう。
すぐにここから避難しなければ、そう思った時だった。
度重なる攻撃に耐えきれなかったのか、ついに宮殿が崩れはじめる。降り下りる無数の瓦礫。防ぐものは何もない。
「く、数が多すぎる!」
エリアが《千光》で大きな瓦礫を打ち砕いていくが、数が多すぎて間に合わない。
「みんな−−」
伏せろと言おうとした時
「《カリバーン》」
風で形成された刃を天に向ける。すると風のベールが周りを包み込み触れた瓦礫を粉々に切り刻んでいく。
「小僧だけにいい顔はさせん」
窮地を救ったのは天狼のナンバー2、レガルスだった。
「レガルスおじ様!!」
レガルスはリズに優しく微笑みかけ
「安心してくれリズちゃん。おじさんがちょちょっと皆殺しにしてくるから」
などと宣った。
リオルガルドが落ち着かせしぶしぶ突撃をやめる。
「だけど、どうすんだよ!いつまた熱線がふってくるかわからないんだぞ!」
「お前も落ち着け、ネル。焦る気持ちはわかるが、そんなことしても事態は解決しない」
エリアが正しいと思ったのだろう。ネルは深呼吸して焦る気持ちを落ち着ける。
「すまねぇ。もう大丈夫だ」
エリアは頷き
「で、どうやってここから抜け出るかだが。
リョウはこの通り、これ以上動けそうにない」
支えるリズの肩にもたれ掛かるようにして気を失っているリョウを指さす。
「魔力の使いすぎですからね〜
しばらくは〜無理でしょう〜」
「今は瓦礫のおかげか撃ってこないみたいですけど。これが止んだら」
「一斉砲火だな」
エリアの端的な表現に顔を暗くする。
「絶望したところで〜何も〜始まりませんよ〜」
「エルフの娘の言う通りだな」
リオルガルドはレガルスに目をやり
「レガルス、あの熱線防げるか?」
するとレガルスは悔しそうな顔で
「一発二発なら防げないこともないが、あの小僧のように何十発も防ぐのは難しいな」
《カリバーン》の風のベールは触れたものを微塵レベルまで切断するものなため、瓦礫など物理的な物に効果的だが、熱線のようなエネルギー攻撃には相性が悪いのだ。
「先程レガルス様がおっしゃったように、こちらから叩くというのはどうでしょう」
そう提案したのはアリオレス。
「いや、相手の戦力がどれほどかわかっていない。この場合は得策ではないな」
「ですが、このままでは………」
突如まばゆい青白い光が現れる。思わず目を背けてしまうほどの光量。
その光は徐々に魔法陣を形成していく。
「これは………」
「転移魔法陣!」
合計3つもの転移魔法陣ができあがる。そして次の瞬間、3人の人影が現れた。
二人の男を背後に控え現れたのは、見覚えのある人物。
「ロキ様の命により救出にあがりました。ロキ様の側近メイヤと申します」
ロキに耳打ちをしていた側近の美女だった。
「あなたは……なんで?」
驚きの声を上げるエリアを目で制す。
「詳しいことは後で話しましょう。今はここから離れることが先決です」
「だが、他にも多くの同士達がいる。俺達だけ逃げるわけにはいかない」
天狼の長として、皆の安否が確認できるまでは離れるわけにはいかないのだ。
だが、
「それは心配ご無用です。私達を含め多くの天狐がそれぞれ救助にいっています。だから安心してください」
「しかし−−」
渋るリオルガルドに
「父様!迷っている場合ではありません!」
「リズ………」
「父様がいなくなってしまったら、今度こそ天狼はばらばらになってしまいます。
今は体勢を立て直すのが先決です!」
リズの言葉にようやく決心を固めたのだろう。
「わかった。頼む」
「はい」
一礼するメイヤ。
「でもこの人数をたった三人で転移出来るのか?」
いくら天狐と言えどもここには十人以上いるのだ。
ネルの疑問は尤もなものだった。
そんなネルにメイヤは優しく微笑む。
その可憐で神秘的な笑みにネルは心臓を打ち抜かれたような気がしたとかしないとか。
「それも心配ありません。ここに来るにあたり、ロキ様にしっかりと許可はとっています」
「許可?」
いきなりなんの関係もないロキが出てきて混乱する。
「はい、そうです。
ですが、ここで見たことは内緒ですよ?」
そう言った瞬間、メイヤの魔力が爆発する。
いや、爆発したように感じたのだ。魔力が急激な上昇は空間を圧迫する。
「なんて魔力量だ」
そしてメイヤの背後には先程まではなかったものが現れていた。
「天狐の尻尾………」
メイヤの華奢な体には不釣り合いな大きな尻尾が現れる。
「八尾………いや、九尾だと……!!」
驚いた顔のリオルガルド。
八本の長い尻尾に、生えてきたばかりのような小さな尻尾が一本。
「だから内緒です」
語尾に星が弾けるような言い方だが、目は本気だった。
「ロキ様には迷惑をかけたくありませんので」
天井に漂っていた黒いもやが晴れだす。
「そろそろ時間がありません。跳びますね」
呆然としたままの周囲をそのままに、詠唱を開始するメイヤ。
覚えていたのは巨大な青い魔法陣が自分の周囲を覆ったところまでだった。
少々強引感が否めない…………
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