天狼の姫−争奪戦−
天界に来て最初の夜は無事に終わった。
翌朝はリズの部屋に集まるということで、女性陣はリズの部屋、男性陣は隣の部屋で一夜を過ごした。
リョウも久しぶりにぐっすりと寝ることができ(ふかふかベッドのおかげである)朝もすっきりと起きることができた。
そしてリズの部屋に行くリョウとネルであった。ノックせずにドアを開けてしまったネルが制裁という名の集団リンチを受けるという悲しい事故があったわけだが、ここでは割愛する。
抜け殻のようになったネルを無視しながら穏やかな朝は進んでいく、と思われた。
コンコンというノックの音。
誰かが来たのだ。途端リズ以外の6人は警戒心を強める。
リズからすれば生まれ育った場所だとしても、リョウ達にとっては、未知の場所。油断はできない。リョウはすぐさま気配を探ると、それは1人。それも知っている人物の者だった。
だが、念には念をとリョウが扉を開けることにする。
ゆっくりとだが怪しまれないように開かれたドアはあっという間に全開になる。
「……!!」
その瞬間リョウは殺気を感じた。
いつも背中に吊ってある相棒は今はない。その思考の間にも振り下ろされる『何か』。
そこからは無意識だった。コンマ数秒で斬波刀を召喚。居合切りのように振り抜いた。
そしてそれは甲高いを立てると共に動きをとめる。同時に発せられる舌打ち。
「おいおい。おいおい殺す気だったろ。さすがに今のは冗談じゃすまさねーぞ」
リョウの目の前で魔力爪を振り下ろし、軽く舌打ちしたのはアリオレス。
「冗談だと思うか?」
「ほう。やるってのか?」
二人は後ろに下がって距離をとる。どちらも臨戦体制だ。
アリオレスは両手の魔力爪を、リョウは斬波刀を構える。
しかし−−
「いい加減にせんか!この馬鹿共!」
突如響いてきた怒声に集中を途切れさせてしまう。
怒声の主はリズ。
「アリオレス。いい加減にしろ。我の目の黒いうちは仲間に危害は加えさせん」
押し黙るアリオレスを一瞥し、リョウの方を見る。
「主殿、すまぬ」
短い謝罪だったが、リズの思いは伝わってきた。
「いや、リズが謝ることじゃないよ。悪いのはこいつなんだから」
リョウは相当頭にきているようだった。
それに気づいたのか逆なでするかのように薄ら笑いを浮かべる。
「下民ごときにこの私が詫びるなどそんな馬鹿な話がありますか」
どうやらリョウとアリオレスは犬猿の仲のようだ。
これ以上やっても両者の関係が悪化するだけだと思ったリズは気になっていたことを尋ねることで場の雰囲気を払拭しようとする。
「それにしてもアリオレス。まさか何も用件がないのにこんなところに来たのではあるまい。何の用じゃ?」
アリオレスはしぶしぶといった調子で頷く。
「リオルガルド様からの緊急のお呼び出しです」
「父様から?一体何があったんじゃ?」
「まだ私の口からは言えません」
訝しむリズ。
「ふむ。わかった。して、我だけか?出来れば主殿達も連れていきたいのじゃが」
主殿、のところで眉がピクリと動く。
「はい。リオルガルド様はそのようにせよと」
「わかった。では今から向かおう。かまわないか?」
そう念のため問い掛けるも、当然とばかりに頷く仲間達に苦笑する。アリオレスは既に歩き出しており、
「よっしゃ、さっさといこうぜ」
という、ネルの緊張感のない言葉と共にリョウ達も部屋を後にした。
「明後日、争奪戦を行う。これはもう決まったことだ。異論は認めない」
開口一番リオルガルドはそう告げた。
要件だけを端的に告げる非常にわかりやすい文だったが、突然のことにリョウ達の頭にはハテナマークが浮かんでいる。
「どういうことなのですか、父様」
いち早く立て直したのはリズだった。続いてアリシアも立て直すも、ここはリズに任すつもりなのか、口を挟むそぶりを見せない。
「天界大戦が差し迫っている今、そのようなことをしている余裕はないと思うのですが」
頷くリオルガルド。
「ほんとにその通りなんだけどよ。やっぱりそいつがまずかったんだよ」
そう言って指差した先にいたのはリョウ。
「ただでさえ下民を天界に連れて来たってことで問題になってんだ。それに加えて、突然その下民の中の一人がリズの婿になるだなんて。こいつらとしては面目丸つぶれって奴だろ」
確かにそうだとひとごとのように頷くリョウ。いつの間にか婿まで話が大きくなっていることには気づかない。
「確かにそれはそうですが…………
だからといって私の主はリョウだけです」
リズは強い口調で言い切る。
「やっぱりお前はそう言うだろう。このままじゃ平行線だからな。
そこでだ。再び争奪戦を開催し、そこで優勝すればこいつをリズの婿として認める。だからといって人間に天狼の長をやらせるなんていう馬鹿な話はない。その場合は長のことはまた考えよう。まぁ尤もそんな必要もないだろうがな」
リョウを無視して話は進んでいく。いかにもリズが決意に満ちた目をしているが、実際に戦うのはリョウである。
リオルガルドは周囲に目を向け、
「今回の出場者は前回の優勝者、アリオレスと準優勝のウガルド、そしてそこの人間、リョウだ。
時間はあまりないのでな前回のような大規模なことはできん。だから今回はまずウガルドとリョウが戦い、その勝者とアリオレスが戦うということにする」
リオルガルドは玉座から立ち上がる。
「アリオレス、ウガルド、リョウ。前に」
その言葉にアリオレスはすみやかに、ウガルドは自らを誇示するかのようにゆっくりとリオルガルドの元へと向かう。そして膝をつき頭を垂れる。
そこでリオルガルドの視線とぶつかる。ここで物おじしてしまってはなめられるだけだ。
リョウは覚悟を決め、一歩一歩堂々と歩いていく。
ついに三人が横一列に並び傅いた。
それを見届けると、リオルガルドは大きく息を吸い込み、高らかに告げる。
「これより争奪戦の開催を宣言する」
「まさか、昨日の今日で争奪戦に参戦することになるとは思いもしなかったよ」
「むう。すまぬ……主殿……」
苦笑しながら言うリョウに、リズは申し訳なさそうに顔を伏せる。
武闘大会の時は喜々として送り出していたのに、この変わりようは一体どうしたのだろうか。
自分が話に一回も入らないまま決定してしまったためリズに抗議しようとしていたリョウだったが、こんなに反省されると逆にこちらが申し訳なくなってきてしまう。
そうしてついついかっこつけてしまうのは男の性なのか。
「まかせとけって。天狼だろうがなんだろうがぶっ飛ばしてやるよ」
リョウの言葉に表情を多少和らげる。それを見たネルがヒューヒューと冷やかし、エリアの鉄拳をくらうといういつもの流れを繰り広げたリョウ達だったが、前方に立つ男に足取りをとめる。
天狼であることを証明する銀の頭髪に優男のような甘いマスク。だが、その性根は決して良いものでないことをリョウは知っている。
「ウガルド………」
リズの憎々しげな声で続けて
「今回のことは貴様の差し金じゃろう?」
ウガルドは不敵に微笑み
「ええ。姫様。その通りございます。リオルガルド様もすぐに理解してくださり助かりました」
「何を言うか。父様が認めることはわかっていたじゃろう?」
リョウ達の登場に今、天狼達は混乱している。
その上リズがリョウを婿だと言ったことでその混乱は怒りに変わっていた。
積もりに積もった悪感情はいつ爆発するかわからない。さらに言うと、爆発した場合、それがリョウ達を連れて来たリオルガルドに向かう可能性もあるだろう。
この状況を打開するにはリョウを認めさせなければならず、そのためには力を示さなければならない。そんなときにウガルドから持ち出された争奪戦の話。
天狼側を立たせるためには了承するしかない。
ここでもし認めなかったとしたら、人間に組していると言われてしまってもしかたがない。
ただでさえ天界大戦を控え、種族内の団結が重要になってくる時だ。
そんな時に内部から分裂させるわけにはいかないのだ。
「いえいえ。滅相もございません」
ウガルドの相も変わらず慇懃無礼な態度に怒気を孕ませるが、ここで争っても仕方ないと冷静になったリズはウガルドを無視して歩きだす。
「姫様、もう行かれてしまわれるのですか?私としてはもう少し話していたかったのですが」
「残念じゃがウガルド。我はお前とはこれ以上話したくないのじゃ」
リズは昨日と同じようにウガルドの横を通り過ぎる。だが、ウガルドの表情は妙に余裕げなものだった。昨日あんなに屈辱に塗れた顔をしていた人物と同一なのか疑ってしまうほどの満ちあふれる自信。それはリズの後をついていくようにウガルドの横を抜けるリョウに向けられた。
リョウがウガルドとすれ違う瞬間。普段の声音だが、そこに最大限の殺気を込めて
「間違って殺してしまうかもしれませんが、どうかご容赦を」
と囁くように呟く。
それに対しリョウは一瞬立ち止まり
「せいぜい気をつけとくよ」
と残し、仲間達の元へ小走りに向かっていく。
ウガルドはリョウの答えが自分の想像していたものと遥かに違うことに苛立ちを増長させる。
ウガルドはリョウの怯えた姿が見たかったのだ。だが実際はその対称とでも言うべき表情。
「楽しみにしていてください………」
ウガルドは狂気の笑みを浮かべた。
少し遅くなってしまいました。すみません><
明日も投稿します。
では、
感想・評価・アドバイス・質問お待ちしております。




