天狼の姫−リズ−
リズ編と予定では書いていましたが、天狼の姫編に変更しました
エルフの村を次の目的地に決め、馬車を走らせ続け2日がたった。
だがそれは同時に馬を2日間も走らせつづけたということで………
「うん。流石に休憩しようか」
そうなるのは当たり前のことである。
リョウ達の馬車を走らせているのはリシュテイン公国からもらった最高級の馬で、ただの馬ではない。
魔獣との混血。魔獣の強靭な肉体とその力を秘めた、サラブレードという種類の馬だ。
このように魔獣の全部が全部討伐対象にはなっているわけではない。
しかし、いくら魔獣の血を持っているといってもいつまでも走りつづけていられるはずもない。
リシュテイン公国をでた時は、最初こそハイスピードで走っていたもののそれは少しの時間でしかなかった。
しかしこの二日間はかなりのスピードで尚且つ連続で走らせてしまった。
バテるのは当然である。
「そうじゃな。流石に馬もバテておるしの」
「ならちょうどいいじゃねーか。飯にしようぜ!飯!」
ネルに苦笑しつつリョウは頷く。
「そうだね。飯にするか」
今回食卓に並んだのは干し肉と少量の木の実だけ。
何故こんな質素な食卓になってしまったのか。歎くばかりである。
だがそのことを考えると、あの時何も考えていなかった自分を殴り飛ばしたくなってくるので考えないことにする。
ちなみにあの時とはリシュテイン公国を旅立ったその日の夜のことである。
なにせ国を救った英雄だ。馬車だけではなく食料も大量に貰っていた。
それも多過ぎといえるレベルだ。
そんな思いがあったからかもしれない。
その日の夜、全員で出国記念と大義名分をつけ、食べ物を片っ端から食べまくったのだ。
どの食材も本当に美味しく、料理の心得があるレナとミーヤの調理によってその美味しさはさらに増した。
そしてたらふくになった彼等が気づいたのはなんとも恐ろしい光景だった。
あれだけあった食料が今や三分の一程度しかないのだ。7人という大所帯をなめていたとしか言いようがない。
そんなこともあり食料問題が結構重要になってきている。
「そういえばさ。エルフの村まであとどれくらいなの?」
その事実から目を背けるかのように問う。
「そうですね〜あと1日から二日くらいですかね〜」
「てことはあと少しじゃん」
「そうじゃな。エルフの村か。なかなかおもしろそうじゃな」
リズが楽しそうに言う。
リズは天界三種族の一つ天狼。強者を求めて天界から降りてきた。そして剣獣の森で偶然であったリョウに敗れたことでリョウと行動をともにしている。
最初はなんの興味もなかったこの世界だったが(天界では下界と言われているため)だんだんと興味を持ちはじめていた。
そんなリズとしては自分の知らない新しい場所に行くことが楽しみでしかたないのだろう。
そんなリズの姿を見て、ついついにやけてしまうリョウ。
そしてにやにやしているリョウにジト目をおくりながら、これまでの表情を一変、口を尖らせるリズ。
「なんじゃ主殿。そんな気持ち悪い顔をしおって」
「気持ち悪い顔って…………いや、リズは可愛いなぁと思ってね」
微妙に傷付くリョウであったが、これはリズの照れ隠しであると気づいているので日頃のうらみもかねてここぞとばかりにからかう。
「ふん、我にそんな言葉は通じぬわ」
言葉ではそう言うが照れが入っているのがしっかりとわかる。
「いえいえ、リズさんとっても可愛いですよ」
レナからも追撃をうけ、唸るリズ。
それを見ながらしてやったりという表情のリョウ。
そんな和やかな雰囲気が続く中、それは突然やってきた。
リョウの剣獣の森で鍛え上げた感知範囲に反応があった。
リズに一瞬目配せするとリズも既に気づいているようで小さく頷く。
「どうしたの?」
二人の異変に気づいたミーヤ。
「魔獣の反応がある。結構近いところだ」
リョウの何時にもまして真剣な声色に皆疑問を持つ。
「おいおい。ただの魔獣でそんなビビることあるかよ」
「ああ。そこのバカの言う通りだ。この七人ならそんじょそこらの魔獣には引けをとらない。Sランクとすらやり合えると思うぞ」
確かに二人の言うことは正しい。
帝並の実力を持つリョウに天狼のリズ。
この二人だけでも一国分の戦力になるだろう。
油断しろというわけではないがただの魔獣をここまで警戒するのは不自然といってもいい。
「違う」
だがリョウは短く否定する。
「あいつらただの魔獣じゃない」
リズは天狼だ。いくら力をおさえているとはいえ、Bランク魔獣クラスの存在感はある。そして魔獣は本能で行動する。自分より強いものに自ら向かうなどという愚行はしない。
にも関わらず向かって来るということは少なくともBランク以上ということになる。
そしてリョウが警戒している一番の理由は、魔力の質が通常の魔獣と異なっていることだ。
魔獣というよりかはむしろリズに近い存在・・・・
「それってどういうk………」
ウウォォォォォォォン
突然あがった雄叫びがミーヤの言葉を遮る。
雄叫びが終わりエコーが未だ残っているなか、それは現れた。
白銀の狼。美しい白銀の毛皮を持つ狼がそこにはいた。今まで見てきた魔獣とは一線をかくす存在感。
「なんだこいつら。こんな魔獣見たことねーぞ!!」
「違う」
「リズさん、どうしたんですか?」
顔を伏せるリズを心配するレナ。
「ち、今頃くるとはな。
あやつらは魔獣等ではない。我等の同類−−−」
「その通りでございます」
背後から突如リズの言葉を遮る声。
「フェンリルなんぞ呼び出して、なんじゃ。我になにかようかの」
振り返らずにリズは言う。
「はい。随分と探しましたよ、リーズリット様。リオルガルド殿下のご命令です。直ちに天界にお戻りを」
「嫌じゃと言ったら?」
「なんとしても、たとえ力付くででも連れ戻せと言われております」
そこでようやくリズは振り向く。
「久しぶりじゃのうアリオレス」
「はい。お久しぶりですね、姫様。元気そうで何よりです」
完全に置いていかれているリョウ達。
「え、えと一体なにがどうなってるんだ」
そう口に出したネルに向け、鋭い視線を向けるアリオレス。
「下民風情が口を開くな。耳が汚れるであろう」
「………なんだと?」
アリオレスの不躾な言葉にわずかに怒気を含ませる。
「リズ、知り合いか?」
警戒心を全開にしたままでリズに尋ねる。
「ああ。こいつはアリオレス。不本意ながら我が天界にいたころの我の婚約者候補じゃった」
「「「「「こ、婚約者!?」」」」」
全員が目を見開く。
「我より弱いものを伴侶にするなぞ我が認めるはずがないがな」
リズの言葉を一笑し、
「その問題は時期に解決しますよ。
それにしてもリズ様。そこにいる下民は一体何なのですか?
私としては一刻も早く消えてほしいのですか」
「っ!!」
「ネル!」
思わず飛び掛かろうとするネルをエリアが呼び止める。
「エリア、何で止める?
俺はこういうやつが一番許せねぇんだ」
「落ち着けこのバカ。
今はまだおさえてろ。情報がまだ少ない。様子を見てからでも遅くはない」
「ちっわかったよ」
しぶしぶ下がるネル。
「それに怒っているのはなにもおまえだけじゃない」
「アリオレス。いくらお前でも我の仲間を侮辱するのは揺るさぬぞ」
「ひ、姫様。今何と」
「仲間を侮辱するのは許さない。そういったはずじゃが?」
「仲間?この卑しい下民どもがですか?」
「ああ。アリオレス、どうやらおぬしは耳が悪いようじゃの。
そんなお前に朗報じゃ」
今度はリズが笑みを浮かべる番だった。それも嘲笑を。
リズはすぐ近くにいたリョウの腕を無理矢理組むと、リョウにその身を寄せる。
「こやつが我の主じゃ。
我が挑み、そして敗れた。我の理想の男じゃよ。
もはや心も体も主殿のものじゃ」
うっとりとしたリズの声にアリオレスだけでなくレナ達も目を丸くする。
いつもの凛々しい姿でも威厳に満ちた姿でもない。そこにいたのは一人の女だった。
「リ、リズ様?何をそんな妄言をおっしゃっているのですか?
貴女様が下民ごときに敗れる?そんなことあるはずがないでしょう!!」
リョウを睨めつけ
「貴様!リズ様に何をした!!」
アリオレスは気づいていなかった。
自分の言葉がおかしいことに。
リズは天狼の中でもリオルガルドに継ぐ実力を持つ。そんなリズに小細工は通用しないのだ。
確かに催眠魔法というものは存在する。
しかし、万能ではない。
自らの魔力が相手より上回っていなければならない。催眠魔法にかけた時点でかけられた方より実力が上だとわかるのだ。
つまりアリオレスは自ら、リョウがリズより実力が上ではないかと問うていることになる。
睨めつけているアリオレス。一方睨めつけられているリョウは混乱していた。
リズの行動についてはスルーだ。もはやなれている。
考えなければならないのはこの状況。
(リズはどうやら説明する気はないようだしね)
大きく息を吐き思考を落ち着かせる。
(リズは天界の中でも結構な地位にいて、なんらかの理由、これはなんとなく想像できるけど、でこっちの世界に降りてきた。それでアリオレスとかいう婚約者はリオルガルドとか言う人の命令でリズを連れ戻しにきたと)
なんとなく整理はできたが、如何せん情報が少な過ぎる。
「主殿の考えていることでだいたい正解じゃよ」
心を読んだのかとも言えるベストタイミングなリズの言葉に苦笑する。
そのいかにも通じ合ってますというような雰囲気にアリオレスは激怒する。
「下民風情が!!」
右手をさっとあげるとすぐ背後に四人の人影が現れる。
一触即発の雰囲気。
その中で状況が飲み込めていないレナ、エリア、ネル、ミーヤはぽかんとしている。
アリシアは傍観の構え。関わる気ゼロである。
朧げにだが事態を把握してきているリョウは今度こそ説明を要求しようとリズに視線を向けるが、その豊満な胸でリョウの腕を挟み込むように抱き着いているリズはどこ吹く風。おそらく内心テンパっているであろうリョウのことを面白がっているのだろう。
「やめておけ。我が主は我より強い。貴様らが束になったとて敵いはせんよ」
リズのわかりやすい挑発に顔を真っ赤にするアリオレス。
そんな彼を見ながらどんどん天界に住まう者への神聖なイメージが瓦解していく。
「で、リズ。俺は一体どうすればいいの?それすらも説明なしだと流石に怒るよ」
するとリズは腕からゆっくりと離れていたずらげな笑みを浮かべる。
「もう少し主殿のテンパる様を見ていたかったが、ここまでにするかのう。詳しい話は後でする。
もしやつらが向かって来たら叩き潰してくれ。無論殺さないようにじゃがな」
「随分と難しい注文だな。わかったよ。りょーかい」
「何を言う。主殿ならば余裕のはずじゃ」
これだからリズのやることは本気か冗談かわからないのだ。
リョウは愚痴をこぼしたい気分に襲われるが、場が場だけに理性を総動員して抑える。
「天界にもどるのもやぶさかではない」
リョウの腕から離れたリズの言葉にリョウ達は驚き、アリオレス達は歓喜する。だがそれも一瞬の話。
「が、ただし条件がある」
「条件ですか?」
「ああ、そうじゃ」
「わかりました。可能な限り飲みましょう」
「うむ。我の要求は唯一つ。もし我が天界にいくのであれば、この人間達も共に連れていく。それだけだ」
「な!?」
アリオレスはだけでなく背後に控える4人も驚きをかくせない。
「正気ですか姫様!
下民を天界に連れていくなど」
「ああ、我はいつだって正気じゃ」
「っ!!………しかし−−−」
「なら、交渉は決裂じゃな」
「姫様。先ほど申し上げましたが、私達はリオルガルド様より力付くで連れて来いと言われているのです。いくら姫様でも私達5人を一度に相手するのは難しいと思いますが」
「ふむ。じゃが我も言ったはずじゃ。我は一人ではない。そしてお前達は我が主の足元にも及ばないと」
憎悪の視線をリョウに送るアリオレス。
リョウは深くため息をつく。
「何もそこまで挑発することないだろ」
「いいではないか。今日くらい我のナイトになってくれても」
「はいはい。どうぞ姫様のおおせのままに」
リョウはしぶしぶ傅く。
そんなリョウを見て気分を良くするリズ。
「下民の分際で!!」
ついに痺れを切らし感情を爆発させたアリオレスが背後に控えるものをけしかける。
「まずはそこの下民を血祭りにあげろ!!」
4人の天狼は完全にリョウをターゲットにしている。だが、それはリョウにとって都合がよかった。
4人の実力は既に見当はついていた。こんなところでも剣獣の森での技能が生かされたことに驚きつつ、思考を続ける。
確かに実力はかなりのものなのだろう。
リズを力付くで連れ戻すつもりだったのだ。それなりの実力がなければ無理だ。
しかし彼らはリョウを侮っていた。
いや、本来であればそれが正解なのだ。
人間という規格で考えれば正解なのだ。
彼らのたった一つの最大の間違いは人間の規格で考えてしまったことだろう。規格外であるリョウを。
最初に動いたのはやはり天狼勢。
音を置き去りに一瞬でリョウとの距離を詰める。
確かに速い。人間程度には視認もできないほどの速度だろう。
だがリズやライザーと比べるとあまりにも−−−
「遅い」
突き出された爪は空を切る。
驚愕に目を見開く天狼。
リョウの姿は背後にあった。
背中を天狼の方へ向けて立つ。そして振り返る時の遠心力を乗せ、手刀をふるう。
力はこめられていない。ただただ速いだけの攻撃。そしてそれは吸い込まれるかのように天狼の首へと向かっていく。
トンという擬態語が聞こえてきそうなほどの軽い攻撃。だが、次の瞬間糸の切れた人形のように崩れ落ちていく。
ビュッ
リョウの左右に距離を詰め、挟み撃ちにした二人の天狼から放たれた斬撃だ。
動揺を隠し、すぐに攻撃に転じるのは驚嘆に値することだろう。
だが、音でわかるようにその爪は一人目と同様空を切っただけでリョウを捕らえてはいない。
リョウはしゃがんでいた。ギリギリのラインでかわしていたのだ。
体重を乗せた攻撃を避けられてしまったため生まれた大きなすき。
それを見逃すリョウではなかった。巧みな体捌きで繰り出された爪をかい潜り、手刀をそれぞれの首にあてる。
首に手刀をあてられただけで崩れ落ちていく天狼達。
この間たった数秒。
たった数秒で三人もの天狼が人間一人に敗れたのだ。
信じられようもない光景。
だが、アリオレスはそれをまぐれで済まそうとするほど愚かな男ではなかった。
「一体何をした?」
「何をした、か。わざわざ教える義理もないだろ」
種明かしをしてしまうと、答えは簡単だ。
首に手刀が触れた瞬間、そこを通して≪破壊≫の生命エネルギー操作を発動。体内の生命エネルギーの流れを無茶苦茶にしてやったのだ。
そんなことをされてしまえばいくら天狼といえども堪えることはできない。
「貴様、何者だ。少なくともただの人間ではないな」
「俺はまだ人間だと思ってるが?」
「ただの人間が我々のスピードについて行き、ましてそれを上回るなどありえない」
「現にありえてるじゃないか。それに俺が使ったのはただの加速魔法だよ」
持続的なスピードならリズに到底及ばないが、発動した一瞬という短いスパンではリズのスピードを上回ることができる。
リョウの皮肉に眉をぴくりと動かす。だが、そこにはもう侮蔑に満ちた表情はなかった。
「貴様は後々驚異に成りかねない。ここで消す」
アリオレスの言葉に口角をあげる。
「できるとでも思ってるの?」
腰を落とし、加速の姿勢をとる。
そして飛び出そうとするその瞬間だった。
「…………っ!!」
とんでもなく大きな圧力がリョウを襲い、耐え切れずにおもわず膝をついてしまう。
否、リョウだけではなかった。
レナ、エリア、アリシア、ミーヤ、ネル。そしてリズやアリオレスまでもが圧力に耐え切れずに膝をついていた。
強力な圧力が発せられているその中心には一人の男が立っていた。
リズと似た銀色の長髪に凛々しい顔。
「と、父様?」
「久しぶりだな。このバカ娘が」
やっとリアルの方が一段落したので更新スピードを徐々に戻していきたいと思います。
この話ででてきた圧力はBL〇A〇Hでいう霊圧みたいなもんだと考えてくれるとうれしいです。
では、
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