魔獣の軍勢−英雄の登場−
「そちらも終わったようですね」
「時間かけたら姫さんに怒られちゃうからな」
「ああ、まったくだ」
「なんだか聞き捨てならない言葉ですね。
まぁいいですけど」
「さすが姫さん、心が広い」
三人の帝はそれぞれの敵を打ち砕き、再び集結した。
かなり倒したはずだったが依然数えることすら億劫なほどの魔獣の数だ。
魔獣達との距離は約200。仕掛けようと思えばいつでも仕掛けられる距離である。
そしてシルフィが火蓋を切って落とそうとした時、突然、空からなにかが現れた。
現れたというより降ってきたと言った方が正しい気もするが。
ズダーンという音を響かせ、土埃を巻き上げる。
土埃を巻き上げ立ち上がったのは二人の人物。
少年と女性。
武闘大会優勝者であるリョウ、そしてリズだった。
リョウは佇む三人の帝と目を合わせる。
そして一言
「ここは任せてください」
その言葉によってあたりに剣呑な雰囲気が立ち込める。
「それはどういう意味でいっているのですか?」
問い掛けたのはシルフィ。
優しくおっとりとした口調の中にいくらか棘があるのが伺える。
「どういう意味もなにもそのままの意味ですよ。
この場は俺が終わらせます。だから下がっていてください」
リョウはまくし立てるように口にすると、一気に纏っている雰囲気を濃くしたのはライザーだった。
「おい小僧。頭に乗るなよ」
リョウはライザーの言葉の意味を正確に理解していた。
その中に隠れている言葉まで。
つまり、ライザーの言葉を含められた意味まで正確に書くと、あの時のレイリーに勝った程度で頭にのるなよ。ということだろう。
武闘大会でのレイリーが実力を全然出せていなかった事にリョウは気づいていた。
魔鎗ミストルティン等は愚か、魔剣ですらレイリーは召喚しなかったのだ。
もちろんその時はリョウも破壊と創造の力を半ば封印していたわけだが。
というか、もし二人が本気で戦ったとしたら闘技場はおろか、リシュテイン公国全てが地図から消えていたはずだ。
だからリョウの力を知らないライザーはその言葉に対して思ったのだろう。
自らの力を過信しすぎている、と。
世界最強の三人を下がらせ、数えきれない程の魔獣の軍勢にたった一人で向かっていくなぞ、自分の力を過信しすぎているのか、それともよっぽどのアホなのかしかない。
この状況、リョウが力を過信しすぎていると考えたほうが妥当だ。
おそらくレイリーに勝ったことによってなんでもできる気になっているのだろうというのがライザーの見解だった。
しかしライザーはもう一つの可能性を考えていなかった、否、その可能性をはなから捨てていたといった方が正しい。
れっきとした事実という可能性だ。
過信ではなく、ただ自分にはそれが可能であり、成し遂げられるという数多の根拠に基づく類推。
リョウは激しく言い返したくなったが、こんな所で争うわけにはいかない。
「そういうわけじゃないですよ。
ただ今からやるやつは少々危険だから下がっていてくださいと言ってるんです」
だからこそリョウは穏便に済ませようとそのように言ったのだが、結果としては火に油を注いだだけである。
「ほう。俺達が足手まといということか」
ついに口を開いたレイリーからでた言葉は帝三人の怒りの意味を簡単に説明していた。
「簡単に言ってしまえばそうです」
ついに下手に出ることがめんどくさくなったのかリョウが爆弾発言をかます。
後ろで見ていた兵士達はもう冷や汗ものである。
今にも武闘大会優勝者と帝三人が戦いを始めようとしているのだから当たり前だろう。
レイリーは実際に戦いリョウの力を曖昧にではあるが見ぬいていた。
しかし、ライザーはリョウの力を知らない。
だからこのような結論をだすのは当然といってしまえばそれまでだ。
そしてライザーは怒気を孕ませた声をあげる。
「調子にのるな
よ、と言ったと同時にライザーの姿は消えていた。
次の瞬間、ドーンという爆発音かと思えるほどの爆音が轟く。
次の瞬間、
ライザーが振り抜いた拳を、リョウが片手で受け止めていた。
ライザーは目を見開く。
今現在起こっていることが信じられないのだ。
同様にシルフィも目を少し見開いている。
ライザーの今の一撃は帝との格の違いを見せ付けるために放ったもの。
しかもそれが不意打ちチックなものではあったため尚更驚きは大きい。
リョウはライザーが移動した事を感じ取り、受け止めた。
それだけを言えばなんだか簡単なように聞こえる。
しかし忘れてはいけない。
ライザーがリョウの元まで移動するのに1秒もかからない上、その威力は甲殻獣ですら容易く叩き割ってしまう程のものだということを。
以上の理由からライザーは驚いていたのだ。
リョウは片手で、しかもその場から一歩も動かずに受け止めた。
一方リョウは驚いたと言うよりも再認識と言うべきだろう。
ライザーが向かってきたことを察知したリョウは≪破壊≫による身体硬度強化を施した右手で受け止めた。
しかし、想像を超える衝撃で未だに手がじんじんしている。
だが、今の状況はそれだけではなかった。
ライザーがリョウの元へ飛び込み、拳を振り下ろし、リョウがそれを受け止めたのと同時に何かがライザーの首筋に突き付けられていた。
ライザーは首は動かさずに目だけを動かしてそれを見る。
それはなんだか爪に似たような形状だった。
細さも含めまさに爪がそのまま伸びたような形。
しかし色は少し白みがかっている。
恐らく風魔法によって作られたものだろうと結論を出したところでそれを首筋に突き付けている者を見遣る。
そこにいたのは、銀髪をなびかせ、凛と立つ美女、リーズリット・フォン・ワーウルフ。
リョウを主殿と呼び、いつも連れ従っているかのように共にいる彼女はその双眸に怒りの色を浮かべている。
「汝らは主殿が無益な争いをさけようとしているのがわからぬのか」
告げられた声は思いのほか冷静であった。
「もしそれでも汝らが主殿に牙を向くのであれば我が相手をしてやろう」
そう言ってリズは魔力を解放する。
その膨大な魔力は空間にまで侵食し、大気を揺らがせる。
「ライザー」
半ば意地のように動かないライザーにシルフィは声をかける。
「その方の言う通りです。
今私達はこんなところで無駄な争いをしているひまなどないのです」
「それにお前だってわかっているはずだ」
シルフィに続くようなレイリーの言葉にライザーはばつのわるそうな顔をしてだまる。
「今の一撃はお前の中でも結構なものだったはずだ。
だがそいつは片手で微動だにせず、それを受け止めた。それにそこの女もそうだ。お前が首筋に刃を突き付けられるなんて始めてじゃないのか。
魔力だってシルフィに匹敵するかもしれん。
認めたくないのはわかる。だが今は認めるしかないんだ。それでも気に食わないなら後で勝負でも決闘でもすればいい」
ライザーは徐々に殺気を抑えていく。
「すまねぇ。つい熱くなっちまった。今はそんな状況じゃないっていうのにな」
ライザーが殺気を消していったことでリズも首筋に突き付けている爪を消す。
リョウは万事解決し、ほっとしたが重要なことが未だ片付けられていない。
「それでこれからのことは……」
「その話ですが」
リョウの言葉にかぶせるかのようにシルフィが告げる。
「私達はあなたの力を認めます」
その言葉にリョウは密かに安堵した。
しかし、
「ですが信用はしていません。
私達はあなたのことを何も知りません。
よって信用に値する人物か
そして今私達は後ろにいる千人の兵士と1万もの国民の命を背負っているのです。おいそれと任せられるわけではありません。
ただの自己満足という線もありますからね。
そんなもののために何万もの命を危機にさらすわけにはいかないのです。
ですから折衷案を決めました」
そこでシルフィは一拍おく。
リョウは無意識にごくりと息を呑む。
「5分。5分です。
それまでに殲滅出来なければ私達帝が介入します。もし拒否するのであれば最悪の展開ですが、戦うしかありません」
シルフィの案にリョウは頷く。
「わかった。要は5分以内に終わらせればいいだけの話だろ」
「ええ。ライザーもレイリーもこれに異論はありませんね?」
「ああ」
「うむ」
「では、健闘を祈ります」
そう言い魔帝は下がっていく。
それに続いて剣帝と獣帝も。
リョウとリズだけがその場に残され、妙に静かな空気が立ち込める。
「まったく驚いたよ」
リョウは苦笑する。
「なにがじゃ?」
「いや、まさかリズがあんなことを言ってくれるなんてね」
「そうか?いつも言っておろうに」
「嘘つけ、いつもは無茶ぶりばっかしてくるくせに」
「だってその方がおもしろいからの」
「まったく何が主殿に一生付き従うだよ」
「むむ?我では不満か?」
「いいや。無茶ぶり上等だよ」
静かだった空気が少しだけ和む。
しかし、その空気を打ち壊してしまうようにリズは冷静な声で問う。
「しかして主殿。5分でいけるのか?この数を」
「もちろん。じゃなきゃ条件をのんでないよ。
あれを発動する時間を考えても1分、いや40秒もかからないと思う」
「ほう。
なんともたのもしいのう」
「だから…………」
リョウは口ごもるがリズはその先の言葉が分かっていた。
「たかが4、50秒じゃろ。
我を誰だと思っている。
あの程度の魔獣の数、なんてことはない」
「そっちこそ頼もしい限りだよ」
二人は笑い合う。
「じゃあ頼んだ」
「うむ。主殿を守護するのは我の務めじゃからな。
せいぜい暴れるとしよう」
そう言いリズは迫り来る魔獣の軍勢と向かい合う。
ついに最後の戦いが始まる。
リョウは右手を天高く挙げ、唱える。
「創造」
リズは少しデレたのか?
ということで次回
リョウとリズがあばれます。
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