魔獣の軍勢−本当の軍勢−
それは唐突に起きた。
突然の翼獣の襲撃により、パニックを起こし崩壊していた戦線はようやく直りはじめ、続いて起きた魔獣本隊の襲撃にしっかりと対処できていた。
だが、ここで一つ見逃せない問題が生じた。
魔獣が攻撃を仕掛けないのだ。
ただ隊列の中央をえぐるように進攻してくるだけであり攻撃の類を一切して来ない。
何がおかしいのか。
それは魔獣の本能に背いているからだ。
Sランク以上の魔獣は知性を持っていると聞くが、それを除けば基本魔獣は本能だけで生きている。
本来であれば生存本能に基づいて血みどろの戦いが繰り広げられているはずだった。
だからこそセルシオは敗北からの撤退も視野にいれていたのだ。
よってこの状況は何か裏があるようにしか思えない。
その思いは兵士全体へと広がっていた。
疑問と何かがおこるかもしれないという恐怖。
「いったい何をするつもりなんだ」
誰が言ったかは分からない。
自分かもしれないし他人かもしれない。
隣の奴かもしれないし後ろの奴かもしれない。
はたまた両方かもしれない。
重要なのはその言葉は出てしまったということだった。
その瞬間まさにその言葉を合図にでもしたように全ての人、最前線の兵士達から門の前の最終防衛線にいるライアン達。
そして、国内にいる全ての人の頭の中に声が響いた。
「…………貴様ら人間に破壊と絶望を…………」
突然聞こえた声。
それに呼応するようにセルシオ達から数100メートル離れた地点の空間が激しく歪んだ。
空間の歪みから現れたのは魔獣約二万体。
その中にはちらほらSランク魔獣の姿も見える。
最初は誰も信じなかった。
突然こんな数の魔獣が現れるなんて幻覚に決まっている。
そう思い何度も目を擦る。
嫌な夢を忘れようとするように何度も何度も。
しかし魔獣は消えない。
ようやくそれが現実なんだと気付く。
カキン
誰かが剣を落とす。
嘘のように静まった中で金属音が響き渡る。
そしてその音を皮切りに戦線は完全に崩壊した。
次々に剣を捨て逃げ惑う兵士達。
しかし、逃げはじめたものから魔獣に襲われていく。
セルシオは懸命に落ち着けと声をかけつづける。
しかし誰の耳にも入らない。
誰しもが目の前の恐怖にはたえられなかった。
いかに熟練した兵士であっても、所詮は人間。
魔獣二万の軍勢にはなすすべもない。
恐怖にたえその場におしとどまった者もまた一人また一人と命を落としていく。
皆の心を絶望が支配していった。
リシュテイン公国 王城付近 魔獣の軍勢到着10分前
「………だから〜今回の魔獣の襲撃には〜疑問点と不安が〜多すぎるのです〜」
翼獣のことや未だ魔獣がアクションをおこしてこないことなど、アリシアの説明を聞き終わり5人は押し黙る。
しかし、その空気を打ち破るようにリョウが声をあげる。
「確かに考えてみれば変なことばからだ。
でもだからといってここでとまるわけにはいかない」
リョウの言葉に全員が頷く。
アリシアもここでじっとしているきなど毛頭ないのだ。
「いや、やめとくんだな」
突然の声に驚きリョウ達は振り返る。
咄嗟に戦闘態勢をとってしまったことはご愛敬だ。
振り返った先にいたのは全く知らない男だった。
かなり大柄で2メートル以上あるんじゃないかと思われるほどの身長。
髪は漆黒。瞳は金。
精悍な顔つきをしている。
歳はまだ40にもいっていないとリョウは推測した。
もちろん40というのは人間族だとするとという話だが。
「どういうことなんですか」
レナの問い掛けに、馬鹿を見るような目で男は言う。
「どうもこうもない。
行けば死ぬ。それだけだ」
「その根拠は?
言っておきますが私たちはそう簡単には死にませんよ」
「ふん。威勢のいい娘だな。
根拠か………
根拠についてならそちらの娘の方がわかっているのではないか?
いや、もしやまだ気づいていないのか?天狼の娘よ」
そう言って男はリズを見る。
リズとリョウは絶句した。
今のリズが人型であることは言うまでもないし、天狼としての膨大な魔力は押さえている。
少し人間離れしているとは思われても、天狼だと気づかれることは万に一つもないと思っていたのだ。
だが目の前の男は初見で見破った。
エリア、ミーヤ、アリシアは目を丸くしてリズを見ているが、当の本人は目の前の謎の男を凝視している。
もちろんもう天狼の魔力を隠してはいない。
その膨大な魔力からくる絶大なる威圧感はリョウですらたじろぐほどだ。
しかし、男は余裕の表情を浮かべている。
「お主、何者じゃ」
リズが痺れを切らしたように問い掛けるも、男はふっと笑って流すと。
「天狼の娘。俺は気づいていないかと聞いたのだが?」
「なにをじゃ?」
「その様子だとまだ気づいていないようだな。
所詮はその程度か。
ならばさっさと立ち去れ。
このままではこの町はじきに墜ちる」
男の言葉に反発したのはミーヤだった。
「そんなことにはならない!
強い人もいっぱいいるし、帝もいるんだ!
それにリョウだっているんだから!」
リョウという単語を聞いた瞬間男の眉がピクリと動いたのをリョウは見逃さなかった。
「ほう。お前がリョウか。
………となるとまだやつも本気ではないということか」
「やつ?
どういうことだ」
男が発した言葉をエリアが問い詰める。
「なに。なんでもない。
気にするな」
急に歯切れが悪くなった男をさらに問い詰めようとした時だった。
頭にその声が轟いたのは。
「貴様ら人間に破壊と絶望を」
その瞬間、膨大な数の魔獣を察知する。
「ついにはじまったか」
男はなんでもないように呟く。
「どういうことじゃ!!
今までこんな反応は無かった。
何故いきなり!」
「だから言ったはずだ。
気づいていないのか、と。
やつらは光属性と闇属性によって作り上げられた空間の歪みを移動していた。
たしかに常人には感知することなど不可能だろうな。
俺は用があるからな。
ここらへんで去るとするよ」
そしてリョウの方を向くと、
「終幕を楽しみにしているよ」
そう言って謎の男は去っていった。
「くっ」
男の後ろ姿を見ながらリズは悔しそうに唇を噛む。
「リズ、悩んでいても始まらない。
すぐに行こう。
おそらく最前線あたりのはずだから」
「すまないの、主殿。
我がもっと早く気づいておれば」
「謝る必要はないさ。
問題はこれからどうするかなんだから」
「そうだな。
だったら早くいこう」
そう言って走ろうとしたエリアをリョウが静止する。
「いや、エリア、レナ、ミーヤ、アリシアはここに残ってくれ」
それぞれの顔を順番に見ながらリョウは告げた。
それに声を荒げたのはエリア。
「おい。リョウ。
私達は足手まといということか?」
「この状況。
うだうだしていられる状況じゃないから端的に言うよ。
別に足手まといというわけじゃない。
ただ俺がやろうとしてるのはこの状況を一発で静めることのできるものなんだ。
だけど初めて使うもので俺でも制御しきれるかわからない。
だから巻き込みたくないんだ」
リョウの必死な顔にエリアは徐々に怒りをおさめ呆れ顔へと変える。
「そんな顔をされては行ってこいと言うしかないではないか」
ぷいっと横をむきながらのエリアの言葉にリョウは苦笑し、次の瞬間には真剣な顔つきに戻る。
「リズ、解禁だよ。
思う存分戦おう。」
「その言葉、まっておったぞ!!」
リズは抑えていた魔力を全て解放する。
その魔力量はリズを中心に暴風を引き起こすほどだ。
そしてリズは天狼の姿へと戻る。
その姿は人型の時とはまた違った美しさ、凛々しさを兼ね備えていてエリア達は唖然としてその様子を見ている。
しかし皆が唖然としているなかレナだけは決意に満ちた目をリョウ達に向けていた。
リョウはレナと目を合わせる。
「せっかく残ってあげるんです。
怪我なんてしたらゆるしませんからね」
一拍置いて
「だからすぐに帰ってきてください」
リョウはしっかりと頷く。
それに満足したのか、レナは満面の笑みで言った。
「行ってらっしゃい!!」
「主殿!ゆくぞ」
おう!と言ってリョウはリズの背中に飛び乗る。
レナの言葉を背にリョウとリズは空高く飛び上がっていった。
リシュテイン公国 王都
「ガジル、今の聞いたか?」
「ああ、やっぱり幻聴じゃないみたいだな」
「残念ながらな」
ネルとガジルは翼獣の死骸を背に門の方へと目を向ける。
「こりゃ相当まずい状況だろ」
「ああ、ほんとにいったいどうなってやがんだ」
ガジルは苛立たしげに地面を踏み付ける。
「ここにとどまったってなんもはじまらねーな。
おれは行くぜ。
お前はどうするよ」
ネルが挑戦的な口調にガジルは笑って答える。
「はん。てめぇ誰にいってやがんだ。
行くに決まってるだろうが。
魔獣の千体だろうが二千体だろうが速攻で潰してやるぜ」
「そういうとおもったよ。
なら行くぞ。
これ以上留まっていられる時間はねーようだからな」
ネルはビシビシと伝わってくる魔獣の気配に厳しい顔つきで言う。
それはガジルですら同じだった。
恐怖?躍動?よくわからない感情で心が満たされていた。
最前線
およそ二万の魔獣の軍勢により最前線は完全に崩壊していた。
恐怖に負け逃げるもの、動けず固まるもの。
死を覚悟に突撃するもの。
だが死は均等に訪れる。
誰しもが戦意を喪失していた。
セルシオの声だけが虚しく響く。
そんなとき、ついに援軍が到着する。
しかし援軍といっても千人程度、さしてかわらないのが現状である。
だが援軍が来たことにより少し心に余裕が生まれた兵士達は再び統制を取り直そうとしていた。
セルシオの指示に従い、徐々にだが布陣を築き上げていく。
あともう少しで完成。
誰もが安堵していたところだった。
前衛を任されていたおよそ100人が勢いよくふきとばされ宙を舞ったのだ。
誰も声を発することができない。
続いて聞こえた肉が地面に落ちる音でようやく我を取り戻す。
彼等の目の前にはSランク魔獣、人型の魔獣(人魔獣)サイクロプスの姿があった。
サイクロプスが手にもつ巨大なこん棒が再び振り上げられる。
恐怖により動くことができない。
迫り来る死。
さけることのできない死。
死が振り下ろされる。
しかし死が与えられることは無かった。
突如顕れた七色の光がサイクロプスを貫いたのだ。
血を吹出しながら崩れ落ちていくサイクロプス。
それと対照に七色の光を身に纏い空から舞い降りてくるその女性はまるで女神のようだった。
その女性、魔帝シルフィはたからかに反撃の狼煙を上げる。
「恐れることはありません。
剣をとりなさい。
あなたたちは負けない。死なない。
私達があなたたちを守ります。
だから成すべきことをなさい!
守るもののために、愛するもののために!!」
物語は終末へと向かう。
ようやく魔獣の軍勢編も折り返し地点です。
第一章ももうそろそろ終わっちゃうな。
長いようで短かったかも。
なにはともあれ魔獣の軍勢編も残りわずか。
楽しんで見ていただけたら幸です。
では、
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