武闘大会−加速眼−
アクセルアイ
「《加速眼》」
リョウがそう唱えた瞬間、リョウの目は金色に光り、世界が速度を落として行くように感じる。
今のリョウには風、観客の声援、舞う砂埃、そしてこちらに向かって来るライアンの動き、全てが遅く緩やかに感じられる。
《加速眼》それは《千里眼》とならぶ視力の最大強化。
千里眼が遠視や透視を可能にするのに対し、加速眼は動体視力、思考スピードなどを上げるもの。
これは最強と言ってもいいほどの技だ。
しかし、リョウはこれを使うのを渋っていた。
何故ならそれはこの技にはリスクがあるからだ。
いくらリョウといえども脳を強化することはできない。
次々と入ってくる情報量に脳が堪えられないのだ。
よってこの技は連続でも10秒、こまめに使っても1分が今の限界。
それ以上やってしまうと負荷に耐え切れず脳に少なからず損傷をあたえてしまうのだ。
しかし、ライアンの実力を目の当たりにした今、ただでさえ制約の多いリョウには加速眼無しで勝つのは難しかった。
加速眼などの≪破壊≫は外見的に目立った変化はない。
だから≪創造≫と違い人前でも躊躇なく使用することができる。
リョウはライアンの《百花繚乱》による無数の斬撃を視認し、全て避ける。
そして太刀の峰でライアンの意識を刈った。
ゆっくりと崩れ落ちていくライアン。
その動きすら、今のリョウには酷く遅いものに感じられる。
リョウは加速眼を止める。
すると、再び世界が速度を戻していき元の速さに戻っていく。
そしてリョウはゆっくりとした動きで闘技場をあとにしたのだった。
「ばかな!!」
豪勢な一室の中で試合を見ていた大柄で屈強そうな男がこれまた豪勢な椅子から勢い良く立ち上がり叫んだ。
周りにいる者達は今だ、唖然としていて状況を受け止められずほうけている。
その中で、最も男に近いところにいた中年の男が誰よりもはやく我に帰る。
「陛下、落ち着いてください。
部下の不安を煽ります」
「………う、うむ。すまなかった」
豪華な服を纏った陛下と呼ばれた男は、いまだ落ち着きをたもてていないものの、取り合えず椅子に座り直す。
「お父様、あの方が私の命の恩人であるリョウさんです」
男の隣にある、男のに比べたら劣るものの、それでも充分豪華な椅子に座っている女性−−セフィーリア・ド・リシュテインは自分の父親であり、リシュテイン公国国王でもあるセルデラ・ド・リシュテインに向かって、自分と闘技場を後にした少年との関係を述べた。
「………あの少年が………か」
「はい」
セフィーリアは断言する。
しかし、セルデラの顔はすぐれない。
なぜならたった今そのその少年によって、国の威信が脅かされたからだ。
気絶しているライアン・ドラ・バシュリエドは公国の騎士王と呼ばれている通り、この国最強の戦士であり、同時に国の最終防衛ラインだった。
最近数多の国が裏で暗躍しているようだ。
だから、ここでライアンの力を示させ、他国への抑止力にするのがセルデラの策略であり、ライアンの任務だった。
つまり、ライアンに負けは許されない。
ただ、四帝及び千光相手には勝つ必要はないと言えるだろう。
事実四帝に勝てるものはこの世界に存在しないし、千光もそれに相応する力を持っている。
この時大切なのはどれだけ善戦するかということ。
セルデラの策略はあと数試合で完遂されるところだった。
しかし、セルデラの考えもしなかったイレギュラーが存在した。
それはライアンがリョウに敗れたということだ。
確かに、リョウの力は凄まじいの一言に尽きる。
何故、あの歳であれほどの力を、と
セルデラも認めるほどの力だ。
しかし、書類場リョウはCランクにすぎない。
Cランクとはようやく一人前と認められたあたり。
よって今の状況は公国最強と言われ、最後の砦でもあるライアンが、一人前になったばかりのCランク冒険者ごときに負けたということになる。
これでは抑止力どころか他国が喜喜として攻め込んでくるだろう。
少数の国を相手にするのであればさして問題はない。
ただ、ガイヤ王国や、リースダス王国などの大国が攻めてきた場合、難無く切り抜けられるとは思えない。
この危機を逃れるにはただ一つ、リョウが決勝まで勝ち進むしかない。
武闘大会で決勝まで進めば文句なくリョウの強さは認められる。
リョウが千光達と同じ層に入れば、ライアンの敗北はそこまで問題にはならない。
ただセルデラはリョウが千光に勝てるとは思っていなかった。
セルデラが重点を置いたのは、どれだけリョウが千光に善戦するかということだ。
全てはリョウの戦いしだいなのだが・・・
「−−−−−うさま、お父様、どうなされました?」
そこでセルデラは自分を呼ぶ娘の声を聞き、思考の渦から抜け出す。
「どうかなされたのですか?」
心配そうに見てくる我が娘を見て、いや、心配ないと無愛想に答える。
その答えを聞くと、セフィーリアは安堵の息をつき闘技場へと向き直る。
一方セルデラの頭のなかでは今後の方針が決定しつつあった。
それはリョウをなにがなんでも本国へ入れる、それを拒否した場合は可能な限り恩を売っておくということだった。
すでにセフィーリアの暗殺未遂の件で、リョウは恩人というこの国で優位に働く立場にいる。
よってまずはその立場を逆転させ、こちらが優位にたつようにせねばならない。
こちらが優位に立てる状況を作り上げれば、彼はこちらの要求を邪険にはできなくなる。
そこまで持っていけば、こちらに引き込む方法はいくらでもある。
ただ今は経過を見送るしかない。
まだ二回戦なのだ。決勝まであと二試合も残している。
行動するときは少なくとも今ではない。
そしてもう一つのイレギュラー、あの仮面の男が気になる。
(なんだかいやな予感がする。あいつに似ているような感じが………)
そう考えてセルデラは無意識に首を振る。
それは有り得ない。あいつはあの時私が………と。
頭がつい熱くなる。今まで脳をフル回転させて思考していたのだからしょうがないだろう。
やむを得ず思考を中断し、脳をクールダウンさせることに専念した。
三回戦はすでに始まっており、あと二試合後に問題の仮面の男の試合が始まる。
もし、この試合を仮面の男が勝った場合、準決勝で件のリョウとあたることになる。
ひどい胸騒ぎがしていた。
しかし、セルデラは気のせいだとして、心の隅に追いやる。幸い次はB+ランクの冒険者が相手だ。
そう安々とは勝てまいとセルデラは人の悪い笑みを浮かべる。
しかし胸騒ぎは依然として消えることはなかった………
リョウは現在医務室にて休養という名の睡眠をとっていた。
加速眼の影響である酷い頭痛がリョウを苦しめているのだ。
コンコンというドアを叩く音でリョウは目を覚ます。
すぐに覚醒し、ドアの外に向かってどうぞ〜と声をかける。
ドアを開けて入ってきたのはリズとミーヤだった。
「大丈夫か〜あるじどの〜〜〜」
何ともけだるそうな声に、え?ホントに心配してんの?と問い掛けたくなるのを必死に抑え(リズがこわいから)、ひきつった笑みを浮かべながら、心配ないよと短く返答した。
そういえば、とリョウはミーヤの方を向いて言う。
「そういえばミーヤはもう大丈夫なの?」
リョウの問い掛けにミーヤは笑みを浮かべ返す。
「はい。大丈夫です。
もとからそこまで酷い怪我でもなかったですし」
「そっか、そりゃよかった」
リョウが思い返すに、ミーヤの怪我は確かにそこまで酷い怪我でもなかったが、軽い怪我でもなかった。
鎗が貫通したのだから軽症なはずがない。
試合後ミーヤをみにいった時、平気な顔をしていたが、かなりの痛みがあったと推測できる。
リョウは≪破壊≫による生命エネルギー活性によって治癒力を高めさせたが、それでもこんな早く退院できるまで回復するというのはというのは、相当な生命力だろう。
その生命力が獣人族だからなのかミーヤだからなのかはわからないが。
「で、その後の試合は?
三回戦始まってるんでしょ」
「やっぱりそれを聞くんですか」
と、ミーヤは若干呆れた表情を浮かべる。
リズは苦笑しつつも、質問に答える。
「エリアは準決勝進出したの、で、そろそろレナの番じゃな」
「そっか………
やっぱり来るか」
エリアの名が出た時、ミーヤの体が一瞬ビクッとふるえ、拳を握りしめているのが見えた。
あれほどの大敗をきしたのだからそれは仕方ないことだろう。
そこでそういえば、とリョウは思う。
エリアは準決勝進出を決めている。
そしてレナがこの試合に勝てば準決勝ではエリアVSレナということになる。
実際レナは強い。暗殺魔法を抜いたとしてもかなりの実力者だ。
もしかしたらレナが勝つことだってありえる。
勝率は五分五分だろうというのがリョウの見解だった。
そしてリョウが準決勝で戦うかもしれない相手はネルか仮面。
個人的にはネルと戦ってみたいが、仮面の男がかなり気になる。
ネルがそう安々と負けることはないと思うが、仮面の男はいまだ未知数。
なにが起こってもおかしくはない。
「で、主殿はどうするのじゃ?試合は見るのか」
「うーん。レナには悪いけどもう少し休ませてもらうことにするよ」
「うむ。ではレナにもそう伝えておこう」
「うん。ありがとね。ミーヤもね」
「はい。すぐに出番が来ちゃうでしょうけど、ゆっくり休んでください」
「うむ。この娘の言う通りじゃ。ゆっくりしておれ。試合楽しみにしておるからな」
そう言って、二人は部屋を後にした。
リョウは苦笑しながら再び浅い眠りについたのだった。
すいません。
ネルVS仮面の男までいけませんでした。
それを書いてしまうとキリが悪くなってしまうので次回ということで。
次回
武闘大会準々決勝
ネルVS仮面の男
あとリョウの試合まで行きたいと思います。
では、
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