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見覚えのある扉が近づいて来るのを視界に入れつつ、私はこれからの行動について頭の中で唱えていた。一通り確認し終わり、「よしっ!」と一息ついて緊張の趣でその扉へと手を伸ばした。
ガチャッ…。
「……あれ?」
扉の向こう側の光景に思わず首を傾げる。
そこには予想通り偉そうな顔をした皇帝の姿――があるわけでもなく、双子のうちの一人(どちらかは不明)が静かに笑みを絶やさずに佇んでいるだけで。
――え?うそっ!?
あんだけ迷惑そうに豪語してたくせに、待ってなかったの!?
状況が理解出来ずに、扉に手を掛けたまま一人呆然としていると、私に気づいた双子の片割れがニコリと微笑みながら近づいて来た。
「お疲れ様でした。陛下と姉はただ今あちらの休憩室にいらっしゃいます。
私は陛下からイリア様をお連れするように承っております。今からご案内致します」
こちらへどうぞ、と示された方向に目を向けると薄らと光を零す扉が一つ。
まさかと思い侍女の後を追ってついていくと、その扉の向こうには紅茶を注ぐもう一人の双子の片割れと、お菓子をつまみつつ注がれた紅茶を優雅に口に運ぶ俺様皇帝の姿が。
予想外過ぎる光景に呆気にとられている私を横に、双子の妹、ティアは一礼して皇帝へと目を向ける。
「陛下、正妃様をお連れ致しました」
「ほう、思ったよりも早く終わったのだな。では早速報告をしてもらうとするか。
お前はもう下がっていてよいぞ、ご苦労だったな」
「勿体なきお言葉、ありがとうございます」
深々と再び一礼をして、ティアは壁側へと下がっていった。
それをぼんやりと見ていた私に、目を向けた皇帝が眉を潜める。
「お前はそこで何をしているのだ?早くこっちに来い」
若干苛立ちを交えながら口にした言葉に、紅茶を注ぎ終わった双子の姉――ティナが私に目を合わせ微笑む。
「正妃様、こちらにどうぞ」
ティナに導かれるままに皇帝の向かいの席に着くと、すぐに眼前に紅茶が出される。
「あ、ありがとう」
困惑のままお礼を口にすると、ティナは微笑みながら軽く礼をしてティアの側に下がった。
ふんわりとした甘い香りが鼻をくすぐり、そっと口元に運ぶ。じんわりと体に染み渡る熱を感じて、思わず息をついた。
私が一息ついたのを見計らったように、目の前の皇帝がついっとこちらに視線を向ける。
「……して、どうであったか?お前の異能とやらは」
ハッと鼻で笑うような嘲りを含んだ言い方に、思わず眉をよせそうになる。
――ハッ!いかんいかんっ!
ここで失敗したら元も子もないじゃないか!!
苛立ちをごまかすように、再び紅茶を一口、口に運ぶ。
刹那に口内に広がる甘味を堪能しながら、先程まで唱えていた内容を再び確認する。
数分後、早く答えろと言いたげな鋭い視線に向き合い、緊張の趣でその口を開いた。
「……私の異能は、“絶対防御”でした」
「“絶対防御”……?その効果はいかほどか?」
「…はい。その名の通り、使用者に対する絶対的な防御のことです。
具体的に言うと、外部からの敵意ある干渉、攻撃の遮断と使用者の負傷に対する絶対的な治癒です。
ちなみに、適用範囲は使用者――つまり、私と私が認めた人間一人までです。
それ以上多いと、防御が行き渡らない可能性がありますので」
――そう、結論として思いついたのがこの能力だった。
あまり強力でなく、かつ無下にされない程度の力。それでいて、私の身を守れる力。
この条件に当て嵌まる能力といえば、あの時間内ではこれしか思いつかなかった。
絶対的な防御だったら、周りに怪しまれずに自分を守ることができる。しかも、それが私ともう一人までOKってことにすれば、どんな場合においても最悪一人――この国における、最高権力者の皇帝を守ることができる。
この項目を付け加えることによって、皇帝は私を無下に扱うことができなくなるはず。――だって、私に認められないと防御は働かないんだもんね。利益ばかり優先する皇帝なら、こんな力を蔑ろにする訳がない。
「ほう……。思ったよりも良い異能を手に入れたようだな。
これからは、その力を俺のために使ってもらうぞ。
喜べ、お前のような女でもこの国に貢献することができるのだからな」
これは……褒められているととってもいいのだろうか…?
まぁ、この反応ならとりあえず成功かな?
「…はい、精一杯努力していく所存です。このような私ですが、これからよろしくお願いします」
ペコリと軽く頭を下げてから、チラリと相手の顔色を窺うように視線を戻す。
ちょっと大袈裟に言い過ぎたかな?……と思ったけど、皇帝はそれなりに機嫌が良さそうだったので、ホッと胸を撫で下ろす。
……さすが俺様皇帝。あんだけ人を見下しといて、敬語を使われることに疑問を感じないのか。
馬鹿なの?それとも、普段から敬意を表されるのが当たり前過ぎて、感覚が麻痺してるとか?――自分で考えといて何だけど、後者だったらむかつく。
まぁ、とりあえず上手くいったからいいか。
「…そういえば」
優雅に紅茶を飲んでいた皇帝が、ふとこちらを見遣る。その視線の先にいた私は、ドクンと鼓動を高めて皇帝の一挙一動に目を向ける。
「…お前をこちらに喚びよせた時に一緒に現れた荷物だが、魔法で調べたところ特に危険物はなかったようだからな、お前の部屋に運ぶように命じておる。
部屋に戻ったら確認しておけ」
相変わらず偉そうに吐き出された言葉に、一時思考が止まる。
荷物……?……確か、あの時は学校から帰る途中で……ってああ!
「学生鞄っ!!」
確か昨日は入学式で、真新しい鞄には携帯、財布、電子辞書、筆箱、ウォークマン、あと何個か未開封のお菓子が入ってたはず…!
……ん?勉強道具はどうしたって?……教科書は車の親に預けて歩いて帰ってたからな!ずるいとか言うなよ!高校生気分を味わいながら、のんびり帰りたかっただけなんだからな!まぁ、それも何処かの誰かさんの都合により中断されたけどねっ!しかも拉致されるという最悪の形でねっ!
なんて内心で誰かと会話をしている私に、突然叫んだことを咎めるような視線を送りつつ、皇帝は話を続けた。
「…本当はもっとよく調べて、国益に繋がらせたかったのだがな……、如何せん、余りにも使い方の解らぬ珍妙なものばかりであったからな。
迂闊に扱って壊れたら大変だと、研究者共が恐れ戦いたため一度本人に返還することにした。
そのうち研究者がお前の下に訪れるだろうが、しっかりと質問に答えてこの国に貢献するんだな。よいな」
ペラペラと当たり前の如く述べられた内容に、青くなる。
そうだよ!この俺様皇帝が何の見返りも無しに、異世界の物なんて珍しいものを手放すはずがないじゃないか!!
うわぁ~よかった~。何とか無事に戻ってくるみたいで。何で今まで鞄の存在忘れてたんだろう、私!
少し顔色を変化させて視線を落とす私に、ちらりと視線を遣った皇帝は、すぐに興味をなくしたように視線を戻しまた一口紅茶を口に運んだ。
「……俺の話は以上だ。お前はさっさと部屋に戻れ。先程から顔色が良くないぞ。今日は部屋でゆっくり休むがよい。本来ならば、この後に父上と母上への面会を予定していたが…、致し方あるまい。そんな様子では父上と母上に要らぬ心配をかけてしまうのでな。
昼食、夕食ともに朝食を行った場所に用意される、忘れるなよ。
他に不明な点や要望があれば、この二人に言え。分かったな」
こちらを一切見らずに語る皇帝。
最初の顔色云々には「お前のせいだよ!!」と罵倒していた依璃亜だったが、すぐに「デレ!?まさかのここでデレるのか…!?」等と思考を素早く切り替えて少し興奮したが、父上~のくだりからは「なんだそっちかよ」と再び悪態をついた。
やはりこいつは俺様皇帝だと再確認した依璃亜だった。
もちろん、この独り言は全て心の中でである。
表面では神妙に頷いただけの依璃亜を確認した皇帝は、壁に寄り添うようにして立つティアに目を遣ると、ティアはそれに答えるように一歩前に身を出した。
「俺はもう少し休憩してから戻る予定なのでな。こいつを就けるからお前は先に戻っておけ」
またしても優雅に紅茶を運びながら答える皇帝に、私は「分かりました」と言いながら席を立つ。
だがしかし、一言言ってやりたいことがある。
―――お前、十分暇じゃねぇえかあぁぁぁっ!!!
お久しぶりです(^_^;)
長い間放置しておりすみませんでした。
次回の投稿もまだ未定ですが、気長にお待ちして戴けると助かりますm(_ _)m