表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/6

第2話 「元副官の修繕スキル、なめるなよ」

 翌朝、ガルドは日の出と共に目を覚ました。


 宿の二階、唯一まともに眠れそうだった部屋に寝袋を敷いて一晩過ごした。窓の隙間から冷たい風が入り込み、何度か目が覚めたが、三百年の軍人生活に比べれば快適なものだった。


「さて」


 ガルドは立ち上がり、腰に手を当てて全身を伸ばした。関節が小気味よく鳴る。


 懐から小さな手帳を取り出した。修繕部位を書き留めたメモだ。



【修繕優先順位】

 1. 屋根の補修

 2. 窓ガラスの交換

 3. 床の補強

 4. 浴場の清掃と配管確認

 5. 厨房の整備

 6. 客室の清掃と内装



 ——屋根の補修。


「まずは道具だな」


 ガルドは街の中心部へ向かった。



 ♢ ♢ ♢



 湯煙の里の雑貨屋は、温泉街の入口近くにあった。


「いらっしゃい」


 店主は初老の男性だった。


「修繕用の道具が必要なんだが。金槌、のこぎり、釘、それから丈夫なロープと滑車。あと板材。屋根に使えるかやもほしい」


 店主は興味深そうにガルドを見た。魔族だと気づくと、一瞬だけ表情が硬くなったが、すぐに商売人の顔に戻った。



「茅は裏の倉庫に少しあるが……一人でやるつもりかい?」


「ああ」


「雲泉楼の修繕だろう? 相当傷んでる。人を雇った方がいい」


「金がない」


 ガルドは正直に答えた。


「それに、急ぐ必要もない。ゆっくりやるさ」


 店主は肩をすくめた。


「まあ、あんたの勝手だが。道具は全部で銀貨二十枚だ」


 支払いを済ませ、道具を担いで宿へ戻る。魔族の膂力りょりょくがあれば、この程度の荷物は軽い。



 ♢ ♢ ♢



 最初の作業は屋根だった。


 ガルドは梯子はしごを修理し、三階の屋根に登る。瓦は半分以上割れ、茅葺かやぶき部分は腐って穴が開いていた。


「これは……思ったより酷いな」


 それでも、手を動かすしかない。


 まずは腐った茅を全て取り除く。使える部材は残し、ダメなものは地面に投げ捨てる。作業着の袖をまくり上げ、黙々と手を動かす。





 昼過ぎ、下から声がした。


「おーい、大丈夫かい?」


 区長だった。心配そうに見上げている。


「問題ない」


「無理するなよ。屋根から落ちたら洒落にならんぞ」


「三百年、戦場を生き延びた。この程度で死にはしない」


 区長は苦笑した。


「変わった魔族だな、あんた」


「そうか?」


「普通、魔族ってもっと……荒っぽいイメージがあるんだが」


 ガルドは手を止めず答えた。


「俺は副官だ。戦うのは兵士の仕事。俺は事務方だ」


「なるほどな」


 区長は何か納得したように頷く。



 ♢ ♢ ♢



 日が暮れる頃、ガルドは屋根の四分の一ほどをき替えていた。


 全身汗まみれ、ほこりまみれ。それでも、確実に進んでいる。


 夕食は街の食堂で質素な麦粥を食べ、宿に戻って寝袋に潜り込む。体は疲れていたが、心地よい疲労だった。


「……悪くない」


 誰かに命令されるわけでもなく、誰かのために働くわけでもなく。


 自分のために、自分の手で、何かを作り上げる。


 こんな感覚は、三百年ぶりだった。



 ♢ ♢ ♢



 翌日は窓ガラスの交換と床の補強だ。


 ガルドは黙々と作業を続けた。


 割れたガラスを外し、新しいガラスをはめ込む。隙間には粘土を詰めて密閉する。


 床の補強では、腐った板を剥がし、新しい板材を打ち付ける。魔王軍で培った正確な測量技術が役立った。一ミリの狂いもなく、板はぴたりとはまる。





 街の人々は最初、遠巻きに見ていた。


「魔族が一人で、あんな大きな宿を?」


「無理だろう」


 しかし、日に日に宿が変わっていく様子を見て、評価が変わり始めた。


「あの魔族、本気だ」


「しかも、仕事が丁寧だ」


 一週間後、ガルドが材木を運んでいると、街の大工が声をかけてきた。


「なあ、あんた。柱の補強、手伝ってやろうか?」


「……いいのか?」


「ああ。職人として、あんたの仕事ぶりに感心したんだ」


 ガルドは初めて、心から笑った。


「ありがたい。助かる」


 こうして、一人だった修繕作業に、少しずつ協力者が現れ始めた。



 ♢ ♢ ♢



 一週間後。


 屋根のき替えが完了し、窓ガラスも全て交換された。床も補強され、歩いてもきしまなくなった。


 まだ内装は手つかずだが、建物の骨格は完全に修復された。


 ガルドは宿の前に立ち、腕を組んで自分の仕事を眺めた。


「……ふむ。まずまずだな」


 夕陽が、修復された雲泉楼を照らしていた。


 まだ道のりは長い。だが、確実に前に進んでいる。


 ガルドは再び袖をまくり上げた。


「次は浴場だな」


 元副官の、第二の人生は、まだ始まったばかりだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ