おじさんの仮装
このお話は、三十路を迎えた「おじさん」の物語です。
でも、そのおじさんは本当は可愛いものやいい香りが大好き。
外では「おじさんらしく」振る舞っているけれど、家に帰ると仮装を脱いで、素の自分に戻ります。
鏡に映ったのは、世間が知っているおじさんではなく、内側に隠れていた可愛らしい自分。
その瞬間、ちょっと恥ずかしくて、でも不思議と幸せになる。。
吉村は三十路を迎えたおじさんだ。
鏡の前に立つたび、少しずつ変わっていく自分の身体に戸惑いを覚える。髪の艶は薄れ、肌にはうっすらと疲れが刻まれる。世間からは「おじさん」として見られ、本人もそれを否定できなくなっていた。
だが、心の奥底は違う。
吉村は昔から可愛いものが好きだった。ふわふわのぬいぐるみ、甘い香りのキャンドル、やわらかい色合いの雑貨。それらに囲まれると心が和む。しかし、社会の中で「おじさん」がそんな趣味を持っていることは、どこか許されないように感じる。だから彼は外に出れば、渋い色のスーツをまとい、口数少なく振る舞う。「おじさん」という仮装を着込んで。
世間はドライだ。おじさんに可愛さを求めない世界で、吉村は仮面を外すことなく一日を過ごす。けれど、家に帰るとその重たい衣装を脱ぐことができた。
部屋に足を踏み入れると、棚には小さなマスコット、机には花柄のマグカップ、ベッドにはリボンのついたクッション。吉村は椅子に座り、深く息をつく。職場で固めていた表情が、ゆっくりと溶けていくのを感じた。
ふと視線を上げ、鏡に自分の顔が映った。最初は無表情に見えたが、よく見ると頬がほんのり染まっている。思わず恥ずかしさに目を逸らした。だが、もう一度そっと覗くと。。
そこには、雑貨に囲まれて幸せそうに微笑む、自分が映っていた。
頬はやわらかにピンクを帯び、まるで内面の可愛らしさが滲み出たようだった。
おじさんの仮装を解いた、本当の自分。
その姿を見つめながら、吉村は静かに笑った。
淡い桃色の余韻が、心の中に広がっていった。