2
しかし、リーザは退かない。
退けない。
今、ガシムを逃せば、おそらく仇は討てなくなる。
邪悪な呪術師は、リーザの手の届かない領域へと進むだろう。
これが最後のチャンスなのだ。
たとえ死んでも奴を殺す。
悲壮な決意で、リーザは走った。
「ああ! あなた方は!」
誰の声か。
そう、これはチャミの声だ。
背後から聞こえた。
このタイミングで何者かが現れたのか。
後ろから、強烈な光が差した。
全容を現しつつある、前方の大蛇と虫を合わせたような怪物が発するおぞましい冷気とは真逆の温かい輝き。
そして、何かが駆けてくる音。
リーザの両サイドを、2頭のユニコーンが追い抜いた。
右の一角獣を駆る、白い鎧を着けた娘が、後ろにチャミを乗せている。
左の一角獣に乗った、やはり白い鎧を着た娘が振り向き、リーザに右手を差し出した。
「乗って!」
わけも分からずリーザは、その手を握っていた。
彼女の柔らかく温かな手を握った瞬間、鳥肌と冷や汗が収まった。
リーザは娘の後ろに座り、あっという間に騎乗の人となる。
薄オレンジ色のショートヘアの娘が、前を向いた。
そして、2頭のユニコーンは加速する。
さらに長い身体を現した、赤く丸い口に無数の牙を生やした巨獣は、背にガシムを乗せ、こちらに向かってきた。
チャミを乗せた黒のロングヘアの娘が笑顔で「私はペプシア!」と名乗る。
彼女は右手に長槍を持っていた。
ペプシア自身と銀槍も、キラキラと優しい光を放っている。
「私はラファンタ!」
リーザとタンデムする娘が名乗った。
彼女は左手に円盾を持っている。
「伝説の7聖女様!」
チャミが感激に打ち震えて叫んだ。
「よく知ってるわね!」
ペプシアが笑った。
ブンッと振るった槍先から、星のような光が流れる。
リーザも、何度か聞いたことがあった。
おとぎ話程度にしか、思っていなかったが。
「敵も必死です」
ラファンタが、口を開く。
「様々な方法で聖宝を集め、無力化しようとしています」
「聖宝?」
それは初耳だ。
「はい。時に違う物に姿を変えています。あの男は聖宝を闇に引き渡し、取引しようとしているのです」
2頭のユニコーンはいよいよ、恐ろしい怪物に迫った。
相手は城壁ほどの大きさで、ガシムを口近くに乗せ、石柱を薙ぎ倒しては、くねっている。
長い身体は、どこまであるのか見えなかった。
「あいつは仇なんだ!」
リーザが、ガシムを指す。
聖女たちについてもよくは知らず、呪術師の呼び出した怪物も何なのか理解は出来ない。
しかし、仇だけは何としても討ちたかった。
「善処します」
そう答えたラファンタは、ペプシアとアイ・コンタクトし、巨虫の脇腹へと突進した。
ユニコーン上からの槍撃が、怪物の肉を穿ちえぐる。
四散したかに見えた部分は、急速に再生した。
「生意気な!」
ペプシアが、声を荒げた。
うねる胴体が2頭を押し潰そうとしたが、ラファンタの円盾が、それを弾き返した。
「ペプシア!」
「任せて!」
ラファンタに頷いたペプシアが銀槍を風車の如く回転させ、怪物の肉体を広範囲で、ちぎり飛ばす。
そこにラファンタが円盾を投げつけた。
高速回転する盾は、再生し始めた邪体をさらに砕き、聖なる光で消失させた。
怪蛇は醜い口の牙を鳴らし、苦悶した。
上に乗ったガシムが「ああ、邪神様!」と狼狽える。
敵の巨体を破壊しつつ、2聖女はユニコーンを邪虫の上に駆け登らせた。
どんどんスピードを増し、頭部を目指す。
「わあぁぁぁー! 聖女様のご加護あれ!」
チャミが悲鳴をあげた。
「ハハハ! それは心配するな! お前は、その聖女のすぐ傍に居るのだから!」
ペプシアが笑った。
銀槍が踊り、星が流れる。
虫肌から鋭い棘が伸び、4人に迫るが、全てラファンタの盾が跳ね返した。
「邪悪なるものよ! この世界から去り、自分たちの闇に帰れ!」
オレンジ髪の聖女が、凛として言い放つ。