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ミッドランドの物語のひとつ。
石柱の並ぶ、夕刻の遺跡を黒装束の山岳部族の娘、リーザは駆けている。
両親を殺した仇を追っているのだ。
20歳から今日までの2年間、ずっとガシムを捜していた。
あの憎むべき呪術師は言葉巧みに両親に取り入り、騙し討ちにした。
父が持っていた魔石を奪うためだ。
すでに諸国を巡る旅に出ていたリーザは、村の仲間の連絡を受け、逃げた仇をすぐさま追跡した。
ガシムは行く先々で悪さをし、やはり魔力の込められたアイテムを盗んでいた。
何か狙いがあるのかもしれない。
そして、とうとうこの近くの酒場で、西方の珍しい格好をした呪術師が遺跡に向かったのを見たという証言を得て、ここまで追ってきたのだ。
彼女は逸る気持ちのまま、走った。
絶対に逃しはしない。
と、突然。
「助けてー!」
若い女の悲鳴が響いた。
反射的に、そちらへ向かっている。
何本か柱を過ぎた石畳の床に、巫女姿の美しい娘がへたり込んでいた。
彼女に向け、2匹のホブゴブリンが右手の剣を振り下ろそうとしている。
リーザは左手から、小さな刃をつけた鋼線を放った。
部族の戦士が得意とする武器だ。
飛刀は手前の怪物の喉を斬り、倒した。
リーザに気付いた残りの1匹が、こちらに向かってくる。
彼女は左手首を巧みに返し、戻ってきた飛刀で敵の足首を刈った。
怯んだ隙に、右手に抜いた短刀で胸を刺す。
あっという間に、怪物2匹を片付けた。
武器をしまい、娘を見下ろす。
「ありがとうございます!」
かわいらしい声で、巫女は礼を言った。
10代後半か。
リーザは返事もせず、彼女に背を向けた。
「ま、待ってください!」
巫女が足に、しがみついてくる。
「何だ?」
「私はチャミと申しまして」
そこから巫女は、訊いてもいないのに自身の素性を語り始めた。
「近くの神殿に仕えているのですが、ガシムという男が」
「ガシム!?」
リーザは彼女の説明を遮った。
「は、はい! そのガシムが神殿から貴重な魔杖を盗んだのです。私は護衛の2人とここまで追ってきたのですが、ガシムの魔法の罠で2人は怪我してしまって…それでも1人で追い続けたところにホブゴブリンが! 私、ホントについてなくて…」
ガシムは懲りもせず、他者からマジック・アイテムを盗んでいるようだ。
とにかくチャミには、もう付き合っていられない。
リーザがチャミを振り解いた、その時。
前方の石柱群から、禍々しい赤い光が天へと伸びた。
「ガシム!」
リーザは、そちらに走った。
夕陽を打ち消すかの如き、邪光の発生源は、儀式台が中央にある広場だ。
今、台の上には、いくつもの物品が並べられている。
「あれは!」
間違いない。
父がガシムに奪われた魔石だ。
その隣に置かれた杖は、チャミの神殿から盗まれた物ではないか。
「はぁ…はぁ…あー! あれです、あの杖!」
ようやく追いついたチャミが、リーザの推察を証明した。
儀式台の陰から、ヌッと男が現れる。
後頭部だけを残した黒毛を束ねた、半裸の呪術師はリーザを見て、ニヤッと笑った。
「その装束は見覚えがあるぞ」
「お前が父から奪った魔石を返せ!」
リーザが吼える。
右手に短刀を構えた。
「そして、お前の命も貰う」
「カカカ!」
ガシムが笑った。
「遅かったな、ゴミ虫! 我は必要なもの全てを手に入れた! 今、こちらにおいでになるところだ!」
ガシムが宙を指す。
呪術師が何かの呪文を唱えだすのを見て、リーザは突進した。
刃付きの鋼線の射程内まで迫り、仇の首を掻き斬るためだ。
だが、それよりも早く、空中に開いた巨大な黒穴から、毛むくじゃらの太長い何かが、こちらへ出てきた。
そのあまりに邪悪なオーラに、リーザは鳥肌が立った。
恐ろしい怪物が出現しようとしている。
戦士としての勘は「今すぐ逃げろ!」と警鐘を鳴らした。