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第1話 タイムスリップ

 岐阜県岐阜市を南北に分かつように流れる清流、長良川。その長良川沿いの南側には、標高329メートルの金華山が、まるで市を象徴するかのようにそびえている。

 金華山の頂きには、鉄筋コンクリート製の岐阜城がランドマークのように存在している。

 金華山の頂きに建つ岐阜城からは西に関ヶ原、南には広大な濃尾平野が見渡せる。関ヶ原のはるか西には琵琶湖や京都があり、濃尾平野には名古屋が位置している。


 岐阜城は戦国時代、斎藤道三や織田信長ら戦国大名が居城とした。とくに、織田信長は『天下布武』を唱え、岐阜城を足がかりに戦国時代の日の本を武力統一することを決意した。




「今日も岐阜城が綺麗に見えるな」


 警備隊長である辻が、数キロ先にある岐阜城を眺めながら呟いた。


 辻は、青い警備員制帽のつばをつまむように触れながら制帽の位置を正すと、目の前で横並びしている警備員たちを見やった。

 辻の視界には4人の警備員がいる。全員男性だ。

 副隊長の鈴木、隊員の高橋、加藤、若狭の計4人。隊長の辻を含めると、計5人からなる警備隊となっている。


 5人の警備員たちは全員、警備会社『みのっ子セキュリティ』の社員たちだ。

 隊長の辻は55歳、副隊長の鈴木も55歳、高橋は40歳、加藤は35歳、若狭は60歳という、中年男性が中心となっている。


 警備員たちは全員、青色の制服と制帽を着用し、制服の下には白いカッターシャツを着ている。身につけているものといえば、警笛、赤い誘導棒、小型無線機だ。

 彼ら警備隊は、基本的には交通誘導が業務。そのため、スイッチを入れると赤く点滅する誘導棒は、彼らの交通誘導業務にとって必須アイテムなのだ。


 今日、岐阜市内を流れる長良川の左岸側河川敷広場で、辻隊長指揮下の警備隊は定期研修を行うのである。


「辻隊長に敬礼!」


 雲ひとつない爽やかな青空の下、副隊長鈴木の張りのある声が河川敷に響いた。鈴木の一声により、彼の右側に並ぶ3人の警備員が一斉に右手で敬礼をした。敬礼が終わると、皆よりひときわ体格の良い隊長の辻が、鋭い目で警備員たちを見ながら口を開いた。


「今日は土曜日だが、朝から定例の警備研修を行う。残念ながら堀隊員は研修を休んでいる。嫌な予感がする、というふざけた理由だ。そんな馬鹿げた理由で研修を休む警備員は、我が警備会社みのっ子セキュリティに必要ない!」


 辻は隊長であると同時に、警備会社みのっ子セキュリティの部長でもあった。前職がパチンコ店の店長をしていたこともあり、部下の扱いには長けている。


「隊長、今日の研修は何時までですか?」


 警備隊の中では一番年上である隊員の若狭が、恐る恐る尋ねた。質問を受けた辻は、若狭を睨みつけた。


「終わり次第だ。まだ研修が始まったばかりだというのに、もう終了時間を気にするとは何事だ!」


 辻に叱責された若狭は、お腹が出た巨体を縮こませるようにしながら制帽の上から頭をかいた。


「今日はお昼から孫たちが来るので······」


 若狭が申し訳なさそうに理由を説明すると、副隊長の鈴木が若狭に顔を向けた。


「じゃあ、ギリギリの時間まで研修すればいいじゃないか」


 副隊長の鈴木も体格が良い。鈴木の張りのある声で促された若狭は小声で「はい」と返事をした。


 辻と鈴木、若狭のやりとりを見ていた警備隊最年少である隊員の加藤は、虚ろな目で空を見上げた。


 雨さえ降れば、こんな形だけの研修なんて早く終わるのにな。


「加藤! 空を見上げながら何をボケッとしてるんだ!」


「すみません」


 辻隊長に叱られた加藤はうつむきながら謝罪した。


 警備研修が始まった。しかし、研修が始まって1時間もしないうちに長良川の河川敷上空に黒く重い雲が広がり始めた。やがて霧が発生すると、瞬く間に河川敷が濃霧に包まれてしまった。数メートル先が見えなくなるほどの灰色の濃霧に、警備員たちは、突然の不可解な現象に動揺を隠さなかった。


「堤防を走る車さえ見えないな」


 辻は動揺しつつも、冷静に周辺を見渡した。副隊長の鈴木がキョロキョロと周囲を窺いながら辻に近づいてきた。


「隊長、こんな濃霧では交通誘導の訓練がままなりませんが」


「そうだな。霧が晴れるまで研修を中断しよう」


 辻は鈴木の言葉に同意すると、研修を中断した。


「警備隊、集合!」


 辻が濃霧のなかで叫んだときだった。まるでモスキート音のようなキーンという音が警備員たちの耳を襲った。警備員たちは、両手で耳を塞ぎながら苦悶の表情を浮かべると、コンクリートの地面にバタバタと倒れ込んだ。


「うわあ!」「なんやこれ!」「あああ······」「耳がー!」「めまいがする!」


 5人の警備員は口々に叫びながら、コンクリートの地面を転げ回ると、次第に意識を失っていった。




 どれだけ意識を失っていたのか定かではない。まず、隊長の辻が意識を取り戻した。それに続くように、他の隊員たちも意識を取り戻していく。やがて、彼らは立ち上がった。しかし、何かが違うことに警備員たちは気がついた。


 先ほどまでコンクリートの広場にいた警備員たちは砂利や雑草が混ざり合う場所で突っ立っている。

 青空がやけに広がってはいるが、それは周辺に高い堤防やビルが見当たらないからだ。しかも、車さえ走っていない。

 長良川も先ほどより川幅が広くなっており、近くに架かる長良橋や金華橋といった橋がひとつも見当たらない。それに、気のせいか、馬のいななきが遠くから聞こえてくる。

 しかし、変わらない景色があった。

 それは金華山の頂きに城が見えたことだ。ただ、今まで見てきた岐阜城とは何かが違う。


 あまりの異変ぶりに、冷静沈着な辻さえ動揺し始めた。


「ここは、どこなんだ······」


 彼らはまだ気づいていなかった。


 警備隊が戦国時代にタイムスリップした、ということに。




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