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第四話 贖罪

 あれ以来、任務を除いて、ひよりは家から一歩も外には出なくなった。

 コンコン。

「おねーちゃん、ご飯は食べてよ……死んじゃうよ……」

 コンコン。コンコンコンコン。

「おねーちゃん……おねーちゃん?」

 ノックを繰り返すも返事はない。

「入るよ……?」

 恐る恐る扉を開いた瞬間。

「……め、なさ……ごめ、なさ……ぁ゛、う゛、ぅ゛ぅぅぅ……ごめ……」

「おねーちゃん?!」

 慌てて駆け寄ると、ひよりは眠っていた。眠ったまま、険しい顔に脂汗を浮かべていた。

「おねーちゃん、おねーちゃん起きて! おねーちゃん!!」

 慌てて揺さぶると、眉間に刻まれた深い皺が薄くなり、やがて固く閉じられていた目が開いていく。

「……ぅ゛、あ……?」

「おね……」

 その目はあまりにも暗く濁っていて。言葉が喉に引っかかって、うまく出てこなかった。

「……」

 ひよりはゆらりと起き上がり、固まるあかりの隣をするりと抜けて、ふらふらと階段を降りていく。

「……おねーちゃん……」

 あかりは、その姿をただ見つめることしかできなかった。


 そんな生活が数ヶ月続いた後、ある日。母が今日も、食べられることのない朝食を用意していた時だった。

 とん、とん、とん、と。階段を降りてくる音がした。

 2階には寝室があるだけだ。夫も、下の娘も、朝食を摂っている。

「ひより……?」

 制服を身に纏った上の娘が、そこにいた。

「ひより……! あんた、大丈夫なの?!」

「おかーさん! それよりご飯!」

「よく起きてきたね、さあ、座りなさい」

 しかし、ひよりの顔に表情はなかった。

 その日以来、ひよりは家に寝に帰るだけになった。

 学校にも家にもいない時間。ひよりの姿は、MagiAの訓練室にあった。

 毎日毎日、勉強するか訓練するかの日々。摩耗していくひよりを遠くから見つめる、四つの瞳があった。

「気になるの、新しいレオのこと」

 深紅の瞳の少女が、隣にいる黒い瞳の少女に問いかけた。

「あまね姉さんは、とわのが死んだのはひよりのせいだと思う?」

 質問返しに目を瞬かせていちを見るあまねに、いちは続けた。

「少なくとも、ひよりの中ではそれが真実みたい」

 再び視線をひよりに戻す。ホワイトベージュの髪をなびかせた彼女は、相変わらず金剛色の魔力の渦を操っていた。

「ああすることが、とわのへの贖罪になると思ってるんだろうね」

「贖罪……」

「ひよりにとって、生きていることは罪なんだと思う」

「……そんな」

「誰かが止めなかったら、ひより、死んじゃうよ」

「誰かって……」

 その誰かに、心当たりはあった。だけど。

「そんなの、今のMagiAにはいないわよ……」

 ひまわりのような笑顔の彼女は、すでにこの世にいない。

 この数ヶ月、何度とわのがいてくれたらと思っただろう。

「せめてもう少し、あの子の心を開くことができたら……」

 あまねの言葉は、いちだけが聞いていた。

 それからも、ひよりは来る日も来る日も一人で訓練に明け暮れた。

「いつ見ても訓練室にいるね、ひより」

 使用中のランプを見ながら、まことが零した。

「あのとわのの後継者なのです、これくらいの努力は当然なのです」

「もここ」

 咎められたもここは、ぐっと唇を噛んでから口を開いた。

「なんでまことはそんなに冷静で居られるですか?! とわのはあいつをかばって死んだですよ!! あいつがさっさと逃げていれば、とわのは!!」

「もここ、それ本気で言ってるのかい」

「……だって、だって!!」

「とわのの事が辛いのは分かる。僕も同じだ。誰かに責任を押し付けたくなるよね。だけど、本当にそれをしちゃダメだろう」

「押し付けてなんか……」

「しっかりしろ、三代目総隊長金森もここ!!」

 もここの赤い瞳から、ぼろぼろと涙が零れ落ちた。

「とわの、ずっと頑張ってたですよ……突然レオを継承することになって、すぐに総隊長になって……大変だったはずなのに、訓練生だったもここにも優しくて……!!」

「そうだね。とわのは本当にすごい魔法少女だった」

「もここ、考えたこともなかったですよ……魔法少女をしていたら死ぬなんて……それも、とわの、とわのが……!」

「うん」

「なんでとわのだったですか?! あんなに誰かの為にって頑張ってたとわのが死んで……死んだ方が良いクズなんか、この世に沢山いるじゃないですか……! なんで、なんで……!」

「……もここ、今日は休んだ方が良い。ね?」

 わんわんと子供のように泣き喚くもここをなんとか落ち着かせて帰路につかせ、再び訓練室に戻っても。使用中のランプは、灯ったままだった。

 ブースの扉を開けると、強制的に訓練が中止され、ひよりがゆらりと振り向いた。

「や、お疲れ様」

「……お疲れ様、です」

「訓練、頑張ってるね」

「はい」

「でも、ちょっと根を詰めすぎだと思うんだよね。どうかな、ちょっと休憩がてら話さない?」

「いえ、これでは足りないので」

「大丈夫、ゆっくりで良いんだよ。僕ももここもフォローするし」

「それではいけないんです!!」

 初めて聞くひよりの大声にまことが思わず固まっているうちに、ひよりの気持ちが堰を切ったようにあふれ出した。

「わたしは魔法少女レオに、先代のようにならなければならないんです!! サジタリウスやアリエスに頼りきりなんて、先代のレオはしなかった!!」

「ま、待ってよひより、とわのだって最初から完璧だった訳じゃないよ。焦っても良いことないって、ね?」

「レオは最初から完璧でした。実力も、人格も、何もかも!! わたしも一刻も早く、少しでもレオに近付かないと……! そうじゃなきゃ……!」

「ひより……」

「出て行ってください」

 ぎっ、と、琥珀色の瞳がまことを見た。

「わたし、訓練を続けるので」

 ブースを追い出されたまことは、天井を見つめた。

「とわの、僕の引退までに必ずなんとかするから……安心していてくれ……」

 それは決意ではなく、祈りのように溶けて消えた。


 出動命令が下ったのは、まことがいつもよりも少しだけ遠回りをして帰宅していたその時だった。

「今現場に向かっている魔法少女は?」

『レオとスコルピオです』

「レオが出ているのか……」

『アリエスを始めとした多数の魔法少女から、レオの状態の報告は受けております。ですが』

「ああ、申し訳ない。責めるつもりはなかったんです。最年長として、現状の余裕の無さは理解しているつもりです」

 やはり、大きいのはとわのの穴だった。それに加えて、魔法少女史上初の死者で、皆大なり小なり揺れている。もちろんまことも。

 ただでさえ余裕のなかった状況は、更に悪化していた。

「今のレオ一人に任せるのは危険でしょうし、変身して向かいます。最短ルートでの案内をお願いします」

『承知しました』

 まことはメイクポーチを引っ張り出すと、その中にあるシルバーのリップを取り出した。キャップを外すと、マットな紫のリップが現れた。

「変身」

 すっと唇に滑らせるとリップを空中に放り投げ、そのまま走り出したまことの体を、どこからともなく現れた布が包んでいく。

 紫を基調にした華やかな衣装を身にまといながら、まことは加速していく。

 投げられたリップがひときわ強く輝いたかと思うと、それはいて座の紋章に姿を変え、右のふとももに宿った。

 建物の屋根を飛び越えながら、慣れた手つきで紫の魔力の奔流を集め、弓の形を作っていく。

 そうして万全の状態で辿り着いたまことは。

「……えっ?」

 既に地面に倒れ伏して動かないオドロと、その前に立ち尽くす金剛の後姿を見た。

「レオ、サジタリウス!」

 まことからわずかに遅れて、七色にきらめく衣装の魔法少女 スコルピオが到着し、状況を理解できない様子でまこととひよりを交互に見た。

 魔法少女レオの能力は、単独戦闘向きではない。少なくとも、こんなに短時間でオドロを片付けるのは、先代のとわのですら恐らく無理である程度には。

「……ひより、君は……」

 ぐわん、ぐわん、と頼りなく頭を揺らしながら、ひよりが歩き出す。

「待ってくれ、一人じゃ危ない。送っていくよ」

 ぎょろり、琥珀色に射抜かれて、まことはどきりとした。感情が見えないほど、深く濁った瞳。

「……お疲れさまでした」

 ぼそりと言葉を残したひよりの背中を、見ていることしか出来なかった。

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