第三話 MagiA
「初めまして。君が新しいレオだね」
話しかけてきたのは、魔法少女たちのセンターにいる、中年の男性だった。
「は、はいっ……」
「ようこそ、魔法少女機関【MagiA】へ。総司令の獅子帝宮久遠だ」
「し、獅子帝宮って……」
「ご想像通り、獅子帝宮グループのトップだよ」
隣に立つまことが耳打ちをする。
思わず更に身を固くしたひよりに彼は笑う。
「リラックスしてくれ、今日から君もここの一員なのだから。……早速だが、いおな。仕切ってくれるかい」
こくりと頷いたのは、淡い緑の髪が神秘的な女性だった。
「では、星座順に進めましょうか。もここ」
「改めまして、魔法少女アリエス 金森もここなのです」
その挨拶を皮切りに、十一人の少女たちが順に名乗った。
先ほどの緑の髪が印象的な彼女は魔法少女タウルスの月白いおな。その隣に魔法少女ジェミニの双海れい。その更に隣には魔法少女キャンサーの蟹江ゆう……と、自己紹介が続く。
元々魔法少女オタクであるひよりは、変身していなくても誰がどの星座の魔法少女なのかは判断できたが、どうにも本名と関連づけられずに混乱していた。
魔法少女たちの本名と変身前の姿は非公開だからだ。
「一度に十一人も覚えるのは大変だろう。少しずつ覚えるといい」
「は、はいっ!」
それを見抜いたかのような久遠の言葉に(バレてる〜……!)と恥ずかしくなりながら、ひよりは必死に説明を聞いた。
説明が終わって司令室から出た時、くん、と服を引かれて振り返ると、そこには魔法少女ではない少女がいた。
魔法少女訓練生だろうか。首を傾げていると、彼女が口を開いた。
「はじめまして。わたし、毒嶌いち」
「は、はじめまして……?」
毒嶌といえば、さっきの自己紹介で聞いた苗字だ。確か……魔法少女スコルピオの苗字がそうだったはずだ。
「あなた、新しい魔法少女なんだってね」
「え、う、うん……」
「これからよろしく」
それだけ言ってさっさと去ってしまった彼女の下の名前をきちんと覚えるのは、もう少し後の話になる。
一晩明けて、ひよりの姿は、再びMagiA本部にあった。それも、今度は両親と一緒に。
「ごめんね、来てもらっちゃって」
「別にそれは良いけど、あんたが魔法少女って本当なの? 夢でも見たんじゃない?」
「昨日総司令の名刺見せたじゃん、良い加減信じてよ!」
「まあまあその辺で。ほら、総司令さんを待たせてるんだろ?」
三人がMagiAに呼び出された理由。それは、魔法少女になることの説明を受けるためだった。
本来、魔法少女の継承は、魔法少女から魔法少女訓練生へと行われる。魔法少女訓練生は、入隊時に説明を受けて同意をしているので、通常であればこういった説明は必要ない。
だが、ひよりの場合はイレギュラー中のイレギュラーだ。
MagiAの職員ですらない、何の訓練も受けていない一般人が魔法少女になるのは、ひよりの記憶の限りでは前例がない。
もしかして、とんでもないことの渦中にいる?
そんなことを思いながら向かった会議室では、丁寧な謝罪と説明が行われた。
魔法少女は危険が伴うこと。怪我をした先代のレオが未だ目覚めていないこと。嫌であれば、魔法少女をやめることもできること。それから、難しい話もたくさん。
両親は時に頷き、時に質問をし、そうしてしばらくすぎた後。ひよりに聞いた。
「あんたはどうしたい?」
娘がずっと魔法少女に憧れていたことは知っている。だけど、親としては危険に身を投じてほしくはない。そんな思いを抱えながらの一言に、ひよりは。
「わたし、魔法少女やりたい」
それは、大好きな魔法少女たちと一緒に活躍できるから、というものではなかった。
「レオから、託されたから」
「……分かった。では、これを」
総司令から渡されたのは、可愛らしいひまわりの装飾が施された、金色のスマホのようなものだった。
「魔法少女専用の連絡端末だ。これで出撃命令が下る。失くさないようにね」
「はいっ!」
初めての出動は、それから三日後のことだった。
ヴィーッ! ヴィーッ! と緊張感を高めるような音がして、あわてて端末を見ると、デカデカと出動命令の文字が書かれていた。
人通りのない路地に入ったひよりは、すぐにその下の受話器マークを押す。と、即座にオペレーターに繋がった。
「も、もしもし!」
『レオ、すぐ近くにオドロが出現しました。変身してすぐに向かってください。オドロの位置へはこちらで案内します』
「は、はいっ! よろしくお願いします!」
『変身しながらでいいので聴いてください。今回の任務はアリエスとの共闘です。苦戦することはないかとは思いますが、何かあればすぐに報告してください』
「了解!」
ポケットからあのリップを取り出し、下唇に滑らせる。
あっという間にレオの衣装を身に纏ったひよりは、すぐに案内に従って市街地を駆け出した。
「おい、あれって……」
「レオ? にしては髪が……」
「そういえば代替わりしたんだっけ」
街の人々の声が、視線が、容赦なくひよりに突き刺さる。が、ひよりはオペレーターの指示を聞くのに精いっぱいで、それらの声を気にしている余裕なんてなかった。
ひよりが現場に着くのとほぼ同時に、黒い人影と鮮烈な赤が視界に飛び込んできた。
「アリエス!」
「来たですね、レオ」
アリエスは赤い槍と盾を装備して、既にオドロと交戦中だった。
「良いですか、レオ。とにかくアリエスの邪魔をしないように気をつけるです。これくらい、アリエス一人でどうとでもなるですから」
「えっ……」
「まだレオは練度が足りていないですし、アリエスの戦い方も知らないのです。今回は見学のつもりでいるですよ。武器も出さなくて大丈夫なのです」
それはレオにとって、アリエスからの拒絶に聞こえた。だが、練度が足りないのも、アリエスの戦い方をまだまだ知らないのも事実だ。大型オドロの時は的が大きかったのもあって成功したが、今回の的は小さい。援護射撃のつもりで妨害をしてしまっては元も子もない。
ひよりには、力なく「はい……」と返すよりほかになかった。
結局アリエス一人でサクッと片をつけ、その日は終了。ひよりは、部屋でひとりスマートフォンをいじっていた。
『新レオ、あんま可愛くないよな』
『先代が完璧すぎた』
『新レオの違和感w』
『戦えよレオ、アリエスの足引っ張んな』
「……分かってはいたけど、容赦ないなぁ」
なんせ前任は、ひよりが大好きで大好きでやまなかったあのレオだ。
ビジュアルも性格も、もちろん戦闘も。どこをとっても非の打ち所がない、ひよりのスーパーヒーロー。
だけど。
「……レオ」
今はMagiAと連携している病院で治療を受けているという。
「もしレオが戻ってきたら、どうなるのかな」
レオはまだ、魔法少女として戦える年齢だ。あるいは。
「……本来レオを継ぐはずだった子に渡すことになるのかな」
現在、魔法少女は訓練生を経て魔法少女になるように整備が進められている。
本来の形に戻す方が、MagiAとしてもやりやすいはずだ。
「……だけど」
レオに力を託されたのは、自分なのだ。消去法だったとしても、あのレオから力を受け継いだのは自分なのだ。どうしたって渡したくなかった。
この後、レオ――獅子帝宮とわの死去の知らせを聞くまでは。
どうやって葬儀に参列して、どうやって帰ってきたかは覚えていない。ただ、気がついたら制服で家にいた。
「ひより……」
喪服の母に声をかけられて、ひよりの口からはぽろりと言葉がこぼれ落ちた。
「レオ、わたしのせいで死んじゃった」
「……違うよ、ひより。それは違うよ……!」
ひよりの体を包み込む温もり。必死な慰めの言葉。そのどちらも、濁った目をしたひよりには届かなかった。




