第二話 魔法少女
ドォォォォ……ン!
地響きのような音と共に、レオのいた場所にオドロのパンチが直撃する。
砂煙で何も見えなくなったひよりは、視界が晴れだしてからすぐにしろがねの人影を探した。
「こっちよ、おばかさん!」
レオの姿は、オドロの頭。その真後ろにあった。
「『ダイヤモンド』!」
声を聞いたオドロが振り返った先。弓を引くレオの矢に向かって、ダイヤモンドダストのように輝く魔力の渦が発生する。
黄金色のたてがみのような髪が、日光と魔力に照らされて輝いた。
「『ショット』!!」
通常より三倍ほどの太さになった矢が、金剛色にきらめきながらオドロの弱点である目玉めがけて軌跡を描く。
「――ォォォオォオォオォ……!」
どすり。矢が刺さったのは、オドロの腕だった。
「やるじゃない!」
弱点を腕で庇う事に成功した勢いそのままに、レオを振り払おうと腕が動く。
その時だった。
「『サンダーボルト』!!」
バリバリバリッ!! と、凄まじい音と共に、強烈な光が迸る。次の瞬間には、オドロの頭に深い紫色の矢が突き刺さる。
「アリエス!」
ハスキーな声を合図に、真紅の人影が宙を舞う。
「『フレイムピアース』!!」
その人物は、上空で真紅の輝きをばらまきながら急加速したかと思うと、そのままオドロに向かって突進した。
稲光で反応が遅れたオドロの目玉に穴が開き、その巨体がズズゥン……と倒れる。
オドロは、動かなくなった。
「アリエス、サジタリウス!」
レオが紫と赤の衣装をそれぞれ身にまとった二人に近付く。それを遠目から見ていたひよりは、呟くように、思わず声を上げていた。
「チーム ブレイズ……!」
十二人の魔法少女たちは、エレメントごとに三人一組のチームに所属している。チーム ブレイズの構成員はリーダーの赤の魔法少女 アリエスと、紫の魔法少女 サジタリウス、そして金の魔法少女 レオの三人だ。つまり。
「全員集合しているところを見られるなんて……」
最推しのレオが所属しているチームを、フルメンバーで、しかもこんな至近距離で。常のひよりならば興奮して鼻血でも流していたに違いないが、しかして今のひよりは呆然とそれを眺めるばかりだった。
二言三言話したレオが輪を離れて近づいてきても、それは変わらなかった。
「そこの貴方、怖い思いをさせてしまってごめんなさい。怪我はなかったかしら?」
「え、えぇ……はい……」
「……あら? そのバッグチャーム……それに、そのショッパーから見えているのは……貴方、もしかして私のファン?」
「えぁ、あ、その……ハイ……」
レオの顔がぱっとほころんだ。
「まぁ、とっても嬉しいわ! いつも応援ありがとう! 貴方、お名前は?」
そう言って、動けなかったひよりの右手をそっと両手で包む。この時初めて、ひよりは自分とレオの距離の近さに気が付いた。
「ひ、ひより、って、言います……。あ、あの……っ近……っ」
「あら、ごめんなさ」
ガラ、と、音がした。
「――レオ!!」
サジタリウスの声とほぼ同時に、どん、と衝撃が走った。
「え」
先ほどまでひよりが立っていた場所には、ひよりに向かって手を伸ばしたレオがいて。その真っ白な足には、黒くツヤのある紐のようなものが巻きついていた。
レオの唇が動く。
「逃げ――」
て。までは、聞こえなかった。
物凄い勢いでレオが持ち上げられて、地面に叩きつけられたからだ。
二回、三回、四回。
ガァン、ゴォン、と凄まじい音を立てて、壁に、地面に、レオの体が打ち付けられる。
「『サンダーボルト』!!」
「レオに何してるですか、このデカブツ!!」
肩に突き刺さった雷の痛みなど感じていないかのように、大型オドロはレオを五度、叩きつけた。
レオから一際強い光が放たれて、純白の衣装が黒く変わる。
「『フレイムピアース』!!」
「『サンダーボルト』!!」
二人の攻撃が触手に命中して、ようやくレオは解放された。が、今度は攻撃の矛先が二人に向いてしまい、レオの状態を確認する余裕がない。
突然のショッキングな光景に愕然としているしかなかったひよりは、ハッとしてレオに駆け寄って抱き起こす。
「レオ! だい……」
大丈夫、とは、言えなかった。
穴という穴から血を流すその姿に、言葉を失ったからだ。
「……ひより、ちゃん……?」
「はい、ひよりです……! レオ、私……私、どうしたら……!」
「……みかさんが言っていた魔法少女の本能、っていうの……やっとわかったわ……」
「……え?」
「ねえ、ひよりちゃん。貴方、星座は?」
少し淀んだ目をしたレオが問いかける。
「え、あ、し、獅子座……です……けど……」
それを聞いたレオは微笑んで、ボロボロになった黒いセーラー服に包まれた腕をゆっくりと上げ、傷だらけの手でひよりの頬に触れる。
「巻き込んで、ごめんなさい」
そのまま頭を引き寄せられ、ひよりは。
「んっ……?!」
レオと、唇を重ねた。
瞬間、体が心臓になってしまったと錯覚するほどに大きく体が脈打つ。それから視界が金剛色の煌めきに染まり、上下左右が分からなくなる。
気がついた時には、ひよりはレオの横に倒れ込んでいた。
「……今の、は」
「ひよりちゃん。貴方はどうすれば良いか……本能で、理解しているはずよ」
息も絶え絶えのレオが必死に唇を動かす。
「……さあ、やってみて」
精一杯口角を上げる彼女を見たひよりは、頭の中でずっとぐるぐると回っていたあるワードを口にした。
「……『変身』」
右手の中に、硬い何かが現れる。ひよりはためらうことなくそれを握ると、キャップを外し、自分の唇に滑らせた。
それは、ギラギラと輝くグリッターを纏った、白いリップだった。
瞬間、どこからともなく布が現れてはひよりの体を覆っていく。それは、先ほどまでレオが纏っていた衣装と全く同じだった。違うのは髪の色と顔立ちだけ。
リップは最後に獅子座の紋章に姿を変えるとひよりの背に宿る。
そうして変身が終わりを迎えて、ひよりは走り出した。大型のオドロと対峙する、二人の元へ。
「アリエス、サジタリウス!」
二人の目が溢れんばかりに見開かれたが、すぐに意識は戦闘に戻された。
「事情はあとで聞かせてもらうのです! 救護班はもう呼んであるのです、出来る限りレオから意識を逸らし続けるのですよ!」
「君は遠距離からアリエスの援護を頼むよ」
「は、はいっ!」
ひよりの返事と同時にアリエスが突っ込んでいく。サジタリウスはそれを見ながら、薄紫の髪をなびかせつつ深紫の弓に矢をつがえた。
「悪いけど、僕たちもこんなに大きいオドロに会った事がなくてね。君に指導している余裕はない。だけど、君も魔法少女なら……自分の力の使い方は分かるだろう?」
サジタリウスの言う通りだった。習ったわけでもないのに、ひよりは弓矢の使い方も、魔力の使い方も、そうしようと思うだけで自然と出来ていた。
「大丈夫そうだね。……君はとにかく回避を優先するんだ、いいね」
「サジタリウスは……?」
「僕はレオを診てくるよ。いきなりで申し訳ないけど、アリエスを頼むよ」
それだけ言い残すと、サジタリウスはレオの方へ向かっていった。
そうしている間にも、アリエスは巨大オドロの気を引きつけ、無秩序に現れる触手を捌き続けていた。
ひよりはぎりりと弓を引き、狙いを定める。
「『ダイヤモンド』!!」
金剛色の輝きが風を巻き起こし、ひよりのベージュホワイトの髪がなびく。
アリエスがオドロから一度距離を取った、そのタイミング。
「『レイン』!!」
まるで矢が分身でもしたかのように無数に現れ、雨のようにオドロの目玉目掛けて降り注ぐ。オドロはそれを面倒そうに弾くと、ターゲットをひよりに変えた。
穴の空いた目玉が、ぎょろりとひよりを睨みつける。けれど、不思議と逃げ出したいとは思わなかった。
「『フレイムピアース』!!」
オドロの頭の向こう側で、アリエスが叫ぶ。
「『マキシマム』!!」
それは、先ほどよりもずっと。はるかに大きく燃え盛っていた。
後頭部から目玉を貫かれたオドロは、今度こそ二度と動かなかった。
「お疲れ様、アリエス。……と。ごめん、名前は?」
「ひ、ひよりって言います……」
「ひより。悪いんだけど、この後MagiAまで来てくれるかい?」
「えっ」
正式名称は魔法少女機関【MagiA】。魔法少女たちが所属している組織のことだ。
「君はとわの……先代のレオから魔法少女レオを継承してしまったからね。このまま帰すわけにはいかないんだ」
サジタリウスの濃い紫の瞳が、戸惑いと悲しみとを混ぜこぜにしてひよりを見る。
「わ、わかり……ました……」
「まこと、とわのはどうなりましたですか」
「今のところは意識不明だ。救護班が連れていってくれたから、後は祈るしかない」
「……そう、ですか」
「さあ、いつまでもここにいても仕方がない。行こう、二人とも」
サジタリウスに促されるまま、ひよりは二人と共に車に乗り。テレビ越しでしか見たことのないMagiA本部に到着した。
「他の魔法少女も、総司令も、レオ継承については知っているから。安心して」
「は、はいっ……」
エレベーターに乗り、廊下を歩き。そうして辿り着いたのは、円形のテーブルとコンピュータとモニターがたくさんあって、その周りを一方的に見知った顔が囲んでいる部屋だった。
集まっている面々の中で唯一の男性が口を開く。
「初めまして。君が新しいレオだね」
獅子帝宮久遠。MagiAの、総司令だ。