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第一話 ひより

 さくり。トーストが軽い音を立てる。

 小麦とバターの香りが心地よく口腔内を満たしたところで、ひよりはそれを飲み込んだ。

『それでは、今週の魔法少女たちの活躍を振り返ってみましょう――』

 朝の陽射しが差し込む、清潔で温かな雰囲気のリビング。そこに置かれたテレビの中で、アナウンサーがにこにこと笑う。

「火曜日のレオ、映るかなぁ」

 ホワイトベージュのロングヘアを耳に掛けながら、ひよりは熱心に画面を見つめていた。

「おねーちゃん、ほんっとにレオ好きだよね」

 フォークでミニトマトを突き刺しながら、妹のあかりが呆れ顔で言う。

「あったりまえじゃん! レオは可愛くてー、カッコよくてー、何もかも完璧でー、」

「あーもう耳タコだってそれ」

「たまには聞いてくれたっていいじゃん!」

「たまにって頻度じゃないでしょ!」

 今日も仲良く喧嘩する姉妹の仲裁をするように、テレビの映像が切り替わった。

『――次の注目シーンはこちら!』

 映し出されたのは、真っ白な衣装を身にまとって、たてがみのような長いブロンドをなびかせて。真っ黒な人型の怪物――オドロに向かって弓を射る少女。ひよりが大好きなレオだ。

「~~~~ッ! ここ! ここのダイヤモンドショットの撮り方! ほんっとに最高すぎる……! カメラさんめちゃくちゃ分かってるよね……!」

 大興奮で座ったままぴょんぴょんと飛び跳ねるひよりに、いつもなら小言を言うあかりだったが。

「あー、うん。これはいい、かも」

「でしょ~?!」

 珍しい展開に興奮が止まらないひよりに、つめたい視線が突き刺さる。

「ひより~、あんたそろそろ家出ないといけないんじゃないの? 何のための早起きかわかんなくなるよ〜」

「え、っあ!」

 気が付けば家を出る時間だ。ひよりは慌ててトーストを牛乳で流し込むと、サラダには手をつけずにバッグを掴んで家を飛び出した。

「いってきま~す!」

 その手のバッグは先ほどテレビに映っていた彼女の服とお揃いの白。揺れるキーホルダーには、ゴールドのチャームに獅子座のマークとレオの文字が書かれていた。

 

 オドロ、と呼ばれる黒い影のような怪物が現れるようになったのは、今から十三年前。ひよりがまだ三歳の時の話だ。同時期に、後に魔法少女と呼ばれることになる女性たちも現れたのだという。

 ほぼ魔法少女ネイティブ世代のひよりには想像もつかないが、当時はマッチポンプではないか、やれ怪物の仲間ではないかと酷いものだったという。

 今じゃ街中の広告は当たり前、なんなら公式が魔法少女専門グッズショップを運営しているくらいだ。

 ひよりが今日目指しているのも、ちょうどその魔法少女グッズ専門店だ。

 新作のグッズが出ると聞けば、レオの大ファンを名乗る身としては行かざるを得ない。母親には「もう置く場所無いでしょ」とあきれられてしまったが。

 実際問題、今回買ったグッズの飾り方や保管方法はどうしようか。

 頭を悩ませているうちに、開店三時間前だというのに既に列が出来ている魔法少女グッズショップに辿り着いた。

「みんな早いな~……」

 整列開始時間ギリギリに来たんだけどな、と思いながら列に並ぶと、すぐに整理券の配布が始まった。ひよりは開店三十分後の組だ。

 こういう時、ひよりの行動は決まっていた。


 カラン、とドアベルが音を立てる。

「いらっしゃいませ、一名様ですか?」

「はい!」

「ではお席ご案内しますね」

 グッズショップの近くにあるのに、一本入らないといけないからかあまり人がいないカフェ。ここで時間を潰すのが、新グッズ発売日のルーティンになっていた。

 カフェラテ一杯でケーキを六個食べたひよりは、自分の組の整列が始まる時間に席を立った。

 ショップの前は、整理券がある分マシだとは思うが、それでも人だかりが出来ていた。

「すご〜……」

 列をなす人々を見てみると、紫が最も多いだろうか。

「やっぱり唯一の初期メンは凄いなぁ……」

 紫がメンバーカラーの魔法少女 サジタリウスは、彼女たちが現れた十三年前から魔法少女を続けている唯一の人間だ。

 魔法少女は皆、十八歳になると学業や就職などを理由にして引退してしまうからだ。

 そんなサジタリウスも、今年で十八歳。ファンはサジタリウスなら続けてくれるんじゃないか、いや彼女も例外ではないのではないか、とざわついている。

「それでは十時三十分からの方、こちらにお並びくださ〜い!」

 整列して、待って、いざショップの中へ。

 中ではスタッフがサジタリウスのグッズの補充に追われていた。

「やっぱりサジタリウスって凄いんだな……」

 なんせ五歳の時から今の今まで十三年間ずっと魔法少女なのだ。国民の娘との呼び声が高いのも頷ける。

 が、ひよりが好きなのはサジタリウスではなくて。

「あった〜! レオグッズ……!」

 うちわ、アクスタ、アクキー。新グッズが全て顔を揃えてお出迎えしてくれた事に歓喜し、ひよりはそれらをひとつずつカゴに入れた。

 本当はもっと買いたいけれど、二つ以上買うと母親に「ただでさえ似たようなのたくさんあるのに、おんなじやつまで買うの?!」と言われてしまうからぐっと堪えた。


 会計を済ませて外へ出ると、お昼には少し早いくらいの時間帯だった。

 家にカップ麺あるけど、どこかで食べてから帰ろうかな。どこで食べよう。

 つい一時間ほど前にケーキ六個を平らげたとは思えないことを思いながら、レオの新グッズがたくさん入った袋を片手に街を歩く。

 魔法少女レオ。その姿はまさしく気高き獅子のごとく。五年前から魔法少女たちを束ねる総隊長を務める彼女は、ひよりの憧れだ。

 いつか、自分も肩を並べて戦える日が来たら。なんて妄想を何度しただろうか。魔法少女訓練生に応募する勇気もなかったくせに。

 ひよりが内心苦笑いを浮かべた、その時だった。

「きゃあぁあぁぁぁあぁっ!!」

「逃げろ逃げろ!! こっち来ちゃダメだ!!」

「えっ」

 突然悲鳴があちらこちらから上がる。

「な、なに……」

 混乱していると、急に影がさす。

 今日は快晴だったのに、どうして。

 影の発生源を辿って行くと、そこには。

「オ゛ォォオォオオオォォォォ……」

 独特な鳴き声を発する、オドロがいた。

 が、普通のオドロではない。本来、オドロは大きくても2mくらいしかないはずだ。なのに、この個体はビルよりもはるかに大きくて。通常のオドロと同じところは、単眼であること。体が真っ黒であることくらいだった。

「なに、あれ……」

 人々が走っていく。自分もそれに続かなくてはならない。

 頭ではそう理解していても、足が一歩たりとも動いてくれない。視線は巨大なオドロに釘付けにされたまま。

 歯がカタカタと音を立てるのが酷く耳障りだ。呼吸は浅く、短くなり、焦りを掻き立てる。

 そのとき不意に、単眼がぎょろりと動いた。

 見られている。自分が。

「――ッ!!」

 気付いた時には、あんなに動かなかったのが嘘のように、弾かれたように走り出していた。

 ひより以外誰もいない街を必死に走る。影が追いついてこないように。

「ひ、っ、ひっ……!」

 恐怖。それだけがひよりの頭を支配する。あれほど慣れ親しんだ街なのに、今自分がどこを走っているのかすら分からなかった。

 ずうん、ずうん、と足音が近づき、地面の振動も大きくなる。

 真っ黒な指が、ひよりの体に絡みついた。

「ひ、ッ……! や、やだっ!」

 どんどん地面が遠ざかる。足掻いても藻掻いても僅かすら緩みもしない。

「助けて、誰か……ッ!」

 恐怖に目を閉じようとしたその時、白い輝きが目の前を横切った。

「えっ……」

「聞こえたわ、貴方のSOS!」

 聞き馴染みのある声。ひよりがそれを間違えるはずもなかった。

「れ、レオ……?」

 声の発生源に目を向けると、ひよりが憧れた姿そのままの魔法少女レオが、弓を構えた状態で笑っていた。

「少しだけ我慢して頂戴! すぐに助けるから!」

 力強い言葉に涙ぐんだのも束の間、攻撃を受けたオドロが、まるで怒っているかのように地団駄を踏み、レオに向かって拳を振り上げた。

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