6話:非常食? 『焼き芋』?
森の探索と聞いて険しい山道の登山を思い浮かんでいたが、実際は森林の中を歩くハイキングと言った感じだった。
「……なんか……もっと厳しいのを考えてたけど……」
木漏れ日の中のトレッキング。そんな風に思えてしまう。身に着けているのが鎧と兜でなかったら……。鎧は皮鎧。兜は金属のヘルメット。そして、手にはショートスピア。
「一階層の森じゃからの! 通称『訓練の森』じゃ! といっても本当に偶に危ない魔物が出るからの。武器は手放すなよ?」
木の柄の先にがっしりとしたナイフほどの刃が取り付けられている槍をにぎる手に、力がこもる。最初は剣を考えていたが、僕が剣を振ったことがないというとこっちにされた。突いたり、叩いたりすれば素人でもそれなりに牽制になる……らしい。
「安心するネ! ひとまずは私達がいるから、坊やは安心しているネ!」
4人が僕の周りをしっかり取り囲みながら、歩いてくれている。ちょっとしたVIPみたいだ。
「……ま……まあ、今はその位がいいかの? あ……これをみろ。この木! 矢印みたいな傷があるじゃろ? これは『この先が安全な道』という印じゃ。大抵のでかい木につけられておるから、迷ったらでかい木を探すのじゃ!」
こうやって歩きながら、オーベンバッハはこうやって歩きながら色々教えてくれる。
救援信号やこの先危険の印。薬のもとになる薬草やその取り方。安全な水場など……。昔受けたボーイスカウトを思い出した。
「……。あんた……意外とちゃんとしてるのね? 魔王っていうから体で覚えろ! なんていうと思ったわ」
「アリュミール! 我を何だと思っておる! 探索資格の保有者は、こういうことを教えることも義務になっておる! ギルドで後でしっかり講習とテストを受ける決まりじゃ! 下手に変な点をテストで取ると牽引した我の評価も落ちるのじゃ! だから、しっかり覚えておくのじゃぞ!」
教えられたことをメモしながら、案外しっかりしてるんだと思った。こういうゲームの冒険者ってもうちょっと野蛮だと思っていたから。
「まったく……おっ! ちょうどいい! これを見るのじゃ!」
オーベンバッハが指差した先には、葉っぱの形がハートになっている蔓科の植物があった。
「これは、話した資格の証拠になる魔物……の元と言われておる。実際はこいつに憎たらしい顔が付いた花があるのじゃが……花がついていない場合は……よっと!」
蔓をつかみ引っ張ると、地面が盛り上がった。そして土まみれの太く膨らんだ根が出てきた。……これ見たことある……。
「……サツマイモ?」
「そっちの世界にも似たようなのがあるのか? こいつは『非常食』。魔力芋とか甘根とか言われているが……ここには大量に生えておる」
そういうとナイフでサツマイモのように膨らんだ根を切る。断面はますますサツマイモにそっくりだ。オーベンバッハはそれをくり抜いて、食べろと渡してきた。
「……ちょっと固いけど……ほのかに甘い?」
「そうじゃの。うまいほどじゃないが食えぬものでもない。ダンジョン内で食料が無くなったらこれを食べるのじゃ。だから、『非常食』」
よく見るとそこら辺の樹々にハートの葉っぱが付いた蔓がみえる。タマやジェニーも試しにと採取していた。
「……まんま、サツマイモですね。これ……火で焼いたらおいしいのでは?」
「あ~……。そうじゃな。確かにうまい。だが、ダンジョン内では無理じゃ。……ちょうどいい。メイロンよ。これを火で焼いてみい!」
折れた枝に『非常食』を突きさしたものを、目の前に出されたメイロンは、息を吹きかけるように炎を出した。炎に焼かれた『非常食』……。まんま焼き芋だな……。
やがて、いい匂いが漂う。そろそろ焼き上がりかなと思った瞬間。紫っぽい皮が黒く焦げ落ち……黄色いクリスタルのようになってしまった。
「え?!? 何これ?」
「……まあ、こんな感じじゃ。こいつは火で焼くと中身がこんなふうにクリスタル化する。こうなると食べれぬ。舐めれば甘いがな……」
「……ほんとだ……。匂いと味は焼き芋なのに……。じゃあ、これは生でしか食べれないの?」
「いや? 確か、大量の水で長時間煮るとか、蒸したりすれば食べれる……と聞いたことがあるの。ただ、めんどくさい上に、水や燃料を大量に使う。けど、味はべらぼうにうまくなるわけではないからの~。誰もやらんのじゃ」
ちょっともったいないと思いつつ、僕も引っ張って採取してみる。……うん。見れば見るほどサツマイモだ。
「(でも、サツマイモの生で食べようと……あれ? 煮たり、蒸したりすればクリスタルにならないんだよね? ……もしかして……。熱を通すとじゃなく、火に直接触れるとクリスタル化する?)」
聞いた調理法はどれも、間接的に熱する方法。対して先ほど見たのは火が直接当たっていた。それならと……リュックの中からあるものを取り出す。
それは、アルミホイル。箱から引っ張り出し、切り取るとそれを『非常食』とよばれる芋っぽいものに巻いた。
「メイロンさん! これで……ええっと……火で焼くんじゃなくて、これを握ってじっくり温めるって感じで……わかるかな?」
「むっ? おうおう……大丈夫ネ。やりたいことはわかったネ!」
そういうと、アルミホイルで包まれた『非常食』を握る。その手が真っ赤に赤熱化した。
「むむむ……。ユウよ! 何をしておるのだ?」
「えっと……あの芋……『非常食』ってやつは火に当てなければクリスタル化せずに火を通せるんじゃないかと……。アルミホイルで巻いて間接的に……あっ!」
説明の途中で、甘いにおいが漂ってきた。そう、あの匂いだ。
「う~ん……そろそろいい感じネ♪ 開けてみるよ!」
メイロンがアルミホイルを開けると、そこにはホクホクにやけた焼き芋ができていた。折ってみると中はクリスタル化していない。黄色く火を通された芋の身が糖を溢れさせながら、湯気を立ち昇らせている。
「ぬわっ!?! なんじゃ! なぜ、クリスタル化しておらぬ!」
「やった! うまくできた! 味は……うん! おいしい! これは焼き芋だ!」
柔らかくほぐれる芋の身からとろけだす独特の甘み。柔らくほぐれることにとってそれが口の中に膨らみ広がる。温められたおかげで熱気と一緒に匂いが口腔から鼻腔にたどり着く。あっちの世界のサツマイモよりおいしいかもしれない!
「ほう……どれどれ……おお! これはうまいネ!」
「……これは……良いサツマイモですね! この芋は熱加工に適していると思います。天ぷらでもいけるかも……」
メイロンとタマが焼き芋を一口食べて絶賛している。
「こ……これっ! 我にも喰わせろ! ………!! むはぁあぁ~♪ なんじゃこれ! なんじゃこれは! 本当にあの『非常食』か! 甘い! ホクホク! こ……こんなにうまいとは……! い……いかん! ここら一帯が宝の山に見えてきた……」
ハートの葉っぱが付いた蔓をよだれを垂らしながら眺めるオーベンバッハ。できた焼き芋をジェニーとアリュミールにも配って食べてもらう。2人にも好評のようだ。
「これで、いざというときの食糧も……ってだめか。これはダンジョン内じゃあメイロンさんがいないと作れないし……」
「何を言ってるネ♪ 坊やが望めばいつでも作ってやるネ。そうネ……手だと一個ずつしか作れないから裸で、何個か抱きかかえれば量産できると思うヨ♪ 私は皮膚を赤熱化できるし♪」
メイロンさんが、裸で大量の芋を抱えて焼き芋を焼く……。それは……なんかいかがわしい店のメニューっぽく思えてしまった……。
「い……いえ! 結構です!」
「そうかネ? まあ両手がふさがると不便だから服の中に入れておけば歩いてる間に……」
「そ……それも結構です!」
シャツのボタンをはずして、胸の中に入れようとしたところを慌てて止める。
何とか阻止した所で振り返ると、オーベンバッハが腰の部分で90度に曲がったお辞儀をしていた。とてもきっちりとした見事なお辞儀。差し出された手には引っこ抜いたばかりであろう『非常食』がのっていた。
「メイロンさん! どうかお願いいたしまーす! ……ユウよ……我はお主を世界で一番の配下と思っておるぞ♪ メイロンさんのような素晴らしい人材に言うことを聞かせられるお主は、我の右腕を名乗っても良い! だからの……いっぱい作るように指示するのじゃ♪」
それは今まで見たオーベンバッハの笑顔の中で一番優しく……下心が見え透いたものだった……。