4話:秘密兵器の『焼きそばパン』
『焼きそば』は思った以上に『ナウロイ』の住人に受け入れられた。
「はい! ありがとうござます! 焼きそば2つ!」
「こちらが最後尾デース!」
タマ、ジェニー、メイロンがせわしなく働いている。だんだん食材が無くなっていき、最初用意をしたものだけでは足りなくなってしまった。ソーセージやニンジンやもやし。店用の食材だけでなく家庭用の冷蔵庫の食材まで使って生産している。
「いやぁ~。これうまいなぁ~!」
「この味付け初めてだよ!」
「(好評だな……)食べ終わった皿やフォークはこちらに入れてくださーい!」
そうして段ボールにビニール袋をかぶせた臨時のゴミ箱を設置し、声をかける。
「(紙皿なんかを放置して、街の景観を損ねてトラブルにはなりたくないからね……)」
洗い物や回転率を考慮して使い捨てを選択したけど、それで迷惑を掛けたら台無しだ。そんなことを考えていると、こちらを遠巻きに見ている集団を見つけた。鎧や武器をもっている。まるでゲームの冒険者集団という感じだ。
「お……おい。あれ……うまそうだな。ちょっと食べて行かないか?」
「馬鹿! 出発が遅れるだろ? 早く携帯食を買って向かうぞ」
「うえっ! でもでも……今度いつ食えるかわかんないんだせ?」
確かに、紙皿に乗った焼きそばを持ちながら冒険は難しいだろう。……魔王城ダンジョンに行くのだろうか……?
よく見れば、同様の集団もちらほら見える。行列に並んで完成を待つのは嫌だが、食べたい……。そんな感じだ。
「よし……ここかな!」
僕は一旦店の中に戻る。アリュミールに仕込みを頼んでいた秘密兵器ができているか確認しに来た。
「……いい匂い……え~と……アリュミール? 準備はどう?」
店内に入るとパンが焼かれた匂い。それと、外で作られた焼きそばの匂い。
「万端よ! あいつのおかげでオーブンを動かしてパンも焼けたし……もう少し頑張らせようかしら……」
外では、コードを咥えたオーベンバッハが顔を真っ赤にしながら電気を生産している。
「も……もう勘弁してあげたほうが……。ところでそろそろだと思うから作り始めてくれない?」
「わかったわ。……個人的にこれをパンと思いたくないけど……貴方の頼みと現状をかんがみて、仕方がなく作るだけなんだからね!」
そう、怒りながら手を動かす。パンに切れ目を入れて、そこに焼きそばをいれる。そうしてできたものに僕は紅ショウガをのせて、テイクアウト用にラップにくるむ。ある程度できたら箱に入れて外に持ち出す。
「只今より、お持ち帰り用のメニュー! 『焼きそばパン』を販売します。パンにこの『焼きそば』を挟んだ品。パンにはさんであるので持って歩きながら食べることができます!」
そう言って、ラップをはがし手焼きそばパンをもってかぶりつく。パンが焼きそばをしっかり受け止め、口の中に飛び込んでくる。パンのほのかな甘みとソースの濃い味がタッグを組んで味覚を刺激してくる。うん! おいしい。
「テイクアウト用で焼きそばの量が少なめなのと目玉焼きは付きませんが……ひとつ300ドラーで提供! すでに完成しているので素早くお渡しできます! 半日以内ならおいしく食べれると思います!」
その言葉に、躊躇していた冒険者達が、我先にと注文してきた。
「お……おい! 一つくれ!」
「この透明な膜……これがあるからカバンに入れても汚れないのか……これはどういう素材だ……?」
「簡単にはがせるな……膜は食えないんだな? ……ふむ……よし! ……おお! これは……うまい! 濃い味がたまらん!」
「パンのおかげで麺だが片手に食べられる! ……食べ終わったら、この膜は握りつぶせばいいから場所を取らん……。手軽でいいな!」
「……この赤いつけ合わせも……変わった味だがいいアクセントだ! もぐもぐ……。 もうひとつ……いや2つもらおう! ダンジョンに向かいながら食べる!」
予想通りだった。手早く食べたい人に焼きそばより『焼きそばパン』のほうが受けている。おかげで僕は、店内と外を行ったり来たりだ。
「ふがほごふがぁ~!(ずるいぞ! 我にも食わせろぉ~!!)」
オーベンバッハがコードを咥えながらじたばたしているが、かまっている暇はない。『焼きそば』も『焼きそばパン』も大盛況だから。
こうして、僕たちは材料が無くなるまで、売って売って売りまくった……。
販売の片付けも終わり、店内の机には大量の銀色の貨幣……龍の刻印が施された100ドラー硬貨が積まれていた。
「ふぐもぐ……うむ! これだけあれば、生活基盤を整えるには十分であろう! はぐっ!」
最後の焼きそばパンを食べながら、オーベンバッハが満足そうにうなづく。
「……ふう……よかったぁ~……」
無事にうまくいって、ほっとした。下手したら材料だけを無駄にする可能性があった。けど、やり遂げることができた。こんな達成感を味わったのは生まれて初めてかもしれない。
「お疲れ様です! ユウ殿!」
「ご苦労さんネ! よく頑張った♪」
「……まあ……私が手伝ったから当たり前だけど……。主としての最初の仕事としては……よかったんじゃない?」
「そうデース! 完売デース! 大儲けデース!」
タマ、メイロン、アリュミール、ジェニーが喜びながら、僕をねぎらってくれた。入れてくれたお茶がおいしい。
「んぐっ! ……ふう……。よくやったぞ! ユウ! これで、ようやく本来の目的のために動ける!」
「え……生活基盤を整えるんじゃ……」
「愚か者! これだけでは整えてそれっきりじゃ! 営みは継続しなければならぬ! 今回ので使い切った食材を手に入れねば、次の販売ができぬではないか!?」
「そうだけど……食料とかこのお金で仕入れれば……」
これだけの街。食材を売っていないことはないだろう。
「常識知らずじゃのう……っと……別世界から来たんじゃったか。確かに仕入れることはできる。ただ、それでは税金を思いっきり取られるぞ? 特に商売用は」
焼きそばパンを完全に食べきり、オーベンバッハは立ち上がって窓の外の城……魔王城を指差す。
「そんなことできるのは大手の店だけじゃ! 個人店で儲けようと思ったら……魔王城ダンジョンで食材を確保する! というわけで、次は我らでダンジョン攻略! 完全攻略ではないが……。将来、魔王城の玉座の間にたどり着くための練習じゃ! どのみち、水道などこの店の補強工事も必要じゃからの。ダンジョンアタック中に工事をしてもらえるよう手配しておくぞ!」
魔王城ダンジョン! そういえば、そんなものがあったのだ。ダンジョンという言葉を聞くと、やっぱりここが異世界だということを実感する。現代日本ではゲームでしか聞かない言葉。
ちょっと不謹慎だけど……、僕はワクワクしていた。ダンジョンを冒険できるということに……。