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1話:始まりの「テリヤキバーガー」〈挿絵あり〉

 非現実の連続に僕は床にへたり込んだ。伝わる感触は間違いなく本物。ここは見慣れた自分の家兼カフェ『ヒナタ』。

 夢ではない。だが、目の前に夢としか思えない存在がいる。かわいい女の子が4人。僕の前で勢ぞろいしていた。


挿絵(By みてみん)


「いいい……いったい何を! 君たちは……なに?」


「? わかりませんか? レジ横に置いてあった招き猫! 幸運と財を呼び込む付喪神です。タマとお呼びください!」


 ネコ招きポーズを取った和服のネコミミ少女がほほ笑む。


「何出しゃばっているのよ! ユウ! しっかりしなさい! あんたは私の主なんだから! このアリュミール・オルネットのね!」


 平たい胸を張って前に出たツインドリルのメイド服の女の子。


「まーまー♪ 落ち着くねー♪ ようやく人型になれて、ユウとこうして話したり触れ合えるんだから♪ 私はジェニーでーす♪」


 カウボウイハットのオレンジ色のが後ろから抱き着いてきた。豊満な胸の感触に思わずドキリとする。


「これこれ……。坊やが困惑しておる。……ん~。簡単に言うと我らはこの店に置いてあったお土産ネ。ただし、力を得てこうして人型になったネ。日本式だと付喪神というやつが一番わかりやすいカ?」


 大事にされてきた物には命が宿り神になる。それが付喪神。確かに、ここにあるお土産は店が開店した時どんどん増えてきて飾られてきた。大事にしてきたのは本当のことだ。


「でも……そんなこと……。じゃ……じゃあ! 外の光景が変なのは貴方達のせい?」


「他人行儀はやめるネ。坊やと我らは家族も同然。……残念じゃが外の様子が変なのは別の理由と思うネ。逆に、我らが人型になれたのは、そっちが原因だと思うヨ。何せ、あの光が収まった瞬間、力があふれてこうなれたからネ」


 孫を見るような目でメイロンといったチャイナドレスの人が話かけてくる。


「そんな……いったいどうしたら……」


「誰かおるな! むんぬっ! なんじゃこのガラスの扉は! ぐぎぎぎぎ……建付けが悪い……!」


 困惑していると、入り口の自動ドアを誰かが無理やり開けようとしている。電源が入っていないので手動で無理やり開け、肩で息をしながら入ってきた。

 その姿はこの場にいる誰よりも異質。水色の長い髪の少女。しかし格好は、ゲームで出てくるようなビキニアーマー。それだけならまだしも頭には角、背中にはドラゴンのような翼っぽいのが見えている。


「お主か! 勝手に建物を建てた不届き者は! ここをこの魔王オーベンバッハの土地と知っての狼藉か! おまけに女と乳繰り合って~!」


 中に入ってきたコスプレ少女は、顔をあげて僕を睨みつけた。


「いえ! そんなつもりは……っていうか、ここがどこだか……。って……魔王?」


 魔王。ゲームで言えば大ボス。イメージとしては人間より大きくまがまがしい存在だ。けど目の前にいるのはハロウィンのコスプレと言われたら信じてしまいそうなちびっこだ。

 もしかして、魔王の子供か……手下かなと思ったが、さきほどはっきり言った。『この魔王オーベンバッハ』と。

挿絵(By みてみん)

「そうじゃ! 現魔王家当主! オーベンバッハよ! そしてここは、我が家の唯一の領地! そんな場所にこんな建物を無断で……許せぬ! おぬしらを叩き潰してこの建物を徴収……」


 そう言った瞬間、タマが魔王を名乗ったオーベンバッハの前に立ちふさがった。それに続くように他の子達も立ちふさがる。


「ここはユウ殿の店です。何人たりとも危害は加えさせませぬ! ……もしするというなら……」


 全員が殺気というか闘志と言ったものをあふれ出している。だが、まずい。どちらかというと悪いのは僕達のほうだ。

 どうしてかはわからないが、このカフェ『ヒナタ』ごと、知らない場所にとばされてしまった。それがこの場所。どう見ても不法占拠だ。


「ちょちょちょ! ちょっと待ってください! これには事情が!」


「事情だと? お主は、この女共の主のようだが……ここの責任者か? どこの者だ! どうやってこの見慣れない建物を建てた……」


 とにかく話し合いをと叫んだ瞬間、その声以上の音が鳴り響いた。お腹の虫の音だ。それも2つも。

 ひとつはユウ。葬儀からのドタバタのせいでほとんど何も食べていないから当然だ。もう一つは目の前のコスプレ少女からだった。かなり恥ずかしいのか顔を真っ赤にして目をそらしている。


「おー……。ユウ、お腹すいたの? それじゃあ、ご飯作るヨ♪ ユウの好物でこの店の看板メニュー!」


 ジェニーが先ほどまでの雰囲気が嘘のように陽気にカウンター裏のキッチンに向かう。


「……そうネ。ついでネ。そっちの角娘も一緒に食べるといいネ。腹が減ってはまともな話もできないヨ」


 メイロンも後に続く。


「……しょうがないか……さっさと作るから、座って待ってなさい! いいわね! ちょっと! 勝手に仕切らないで!」


「それではユウ殿! いってまいります! 何かありましたらすぐさまお呼びを!」


 アリュミールとタマもキッチンへ向かっていった。結果、フロアにコスプレ少女と一緒に取り残されてしまった。


「えっと……あの……とりあえず、お座りください……」


「う……うむ! わかった。だが、これはお前達を許したわけではないぞ! ぐぅ~……。 あっ……あくまで! 事情を聴いてやることにしただけじゃ! ぐうぅううぅ~……」


 僕以上に腹を鳴らしながら、この少女はボックス席に座る。ひとまず、グラスに水を入れ、おしぼりと一緒に出した。しばらく休んでいたので、水は冷蔵庫のミネラルウォーターでおしぼりも使い捨てのだが……。


「……ここは……食事処か? 見たこともない装飾……いや構造だな……。お前たちは異国から来たのか? というか2日前は空き地だったのに、どうやってこれほどの物を……」


 グラスの水を一気飲みした後、店内を見渡す少女。翼が生物的に動き飾り物に見えない。角もカチューシャからではなく地肌からっぽい……。


「えっと……実は僕達もよくわからなくて……ここはいったいどこなんです?」


「なんだと? 知らずに、建物を建てたのか? ……ここは魔王城ダンジョンがある街『ナウロイ』じゃ」


 ……こまった。全くわからない。 ダンジョン……ゲームのあれだよな? 『ナウロイ』? 聞いたこともない……。オーベンバッハと名乗った少女の対面に座ったけど、考えがまとまらない。これからどうすればいいんだろう?

 本当に、どうしようという言葉しか出てこないでいると、いい匂いが漂ってきた。……この匂いは……。


「!!? な……なんじゃ? この匂いは……なんとも食欲をそそる……。こんな匂いは嗅いだこともない! いったい何を作っておるのじゃ?」


 オーベンバッハは思わず腰をあげ、よだれを垂らしながらキッチンを見ている。だが、僕はこの匂いを知っている。そうだ……。もう二度と巡り合えないと思っていた物。


「お待たせしました! ユウ殿! ……カフェ『ヒナタ』特製! 『テリヤキバーガー』です!」


 タマが目の前の机に皿を置いてくれた。バンズに挟まれたテリヤキソースとマヨネーズが掛かったハンバーグ。深みのある黒いタレのかかった肉をドレスのように包み込むレタス。そう、両親がいつも作ってくれた物とそっくりだ。


「テリ……ヤキ……? なんじゃこれは! う……うまそうじゃが……どうやって食べるのじゃ?」


 指でバンズをつつきながら、オーベンバッハが首をかしげていた。僕は皿の上のハンバーガーを手に取る。匂いは……同じ。そして味は……恐る恐るかぶりつく。

 ……同じだ。甘辛いタレ。ハンバーグの弾力。パンの柔らかさと甘み……。両親しか出せなかったはずなのに……。


「パンは私が作ったわ。まあ、急いで作るために神力をつかったけど……あ~疲れた!」


 アリュミールがどうだと言わんばかりに腕を組んでどや顔をしている。


「私はハンバーグ担当でース♪ こう見えても肉を焼くのは自信がありまース!」


 ジェニーが両手をあげ、アピールしている。


「私はテリヤキソースですね。ユウ殿の御父上のレシピ……しっかりと覚えていましたから!」


 タマが、頑張りましたよといった具合で力こぶを作っている。


「我々は長年、このカフェにいたネ。だからここで出されていた料理は全部覚えて作れる。それぞれ得意分野はあるけど……。今回、ワタシは火担当ネ。電気やガスがきてないらしくて……」


 メイロンが指先から炎をだす。まるで魔法だ。


「そ……そうやって食べるのか……では、我も……!!! う……う……うまい! ななな……なんじゃこれは! むほぉ~♪ こんなおいしい食べ物は初めてじゃ!」


 オーベンバッハは歓喜の声をあげながら、体を揺らしかぶりついている。


「……。ああ……ホントだ……同じ……作ってもらったのと同じ……」


 口に含むたびに思い出す。これを出してくれた両親の笑顔……。そして実感する。2人が死んだこと。今までは今は夢だと思っていた。でも、食べるたびにわかる。触感が……味覚が……匂いが……。


「僕は……ちゃんと起きていて……生きているんだ……」


 気が付くと、涙を流しながら彼女達が作ってくれたテリヤキバーガーを食べていた。お腹がすいていたこと……そしてそれが満たされていき、無くなっていることを感じ取れた。


「ぷっはぁ~! うまかった! こんな料理初めてじゃ♪ 満足! 満足!」


「あんたのために作ったんじゃないんだけど……」


 あの後、お代わりと一緒に出されたフライドポテトと炭酸ジュースを平らげたオーベンバッハ。その満足そうな顔をアリュミールがジト目で眺めている。

 一方僕は、ようやく泣き止むことがでた。その顔を見てメイロンがほほ笑む。


「ようやく生気が戻ってきたネ。……今は悲しいかもしれないけど、人間とりあえず生きてるなら生きてくしかないヨ。この店もある。一人じゃない。何とかなるヨ♪」


「……はい。……ありがとうござます!」


「オー! 元気になってよかったでーす!」


「ふん! 当たり前じゃない。あんたはこの城……そしてこの私の主なんだから! しっかりしてもらわないと!」


「安心してください! この身尽き果てるまで! ユウ殿とここをお守りします!」 


 メイロン、ジェニー、アリュミール、タマ……。なんだろう……。ついさっきであったはずなのに、昔からずっといた人に励まされている気分になる。いや……ずっといたんだ。子供の頃から、この店の中でずっと一緒に……。

 そう思っていると、ポケットの中に違和感があった。それは神棚に置いていたはずの形見のペンダント。今では、あの光は出しておらずただのアクセサリーだ。


「むむむ! ……それは……。これは……我が魔王家の紋章! ユウといったな! これをどこで手に入れた! これは魔王家の血を引くものにしか与えられん!」


「えっ……こ……これは両親が海外で買ったお土産で……。どうやって手に入れたかは……詳しくは……」


 ペンダントをとっさにかばい、後ずさる。タマ達はが立ちふさがったのを見ると、オーベンバッハはそれ以上の追撃をやめた。


「そうか……。……ユウよ。お前はこれからどうするつもりだ? 生きていくと言ったが、現在進行形で我の土地を不法占拠中なのだぞ?」


 痛いところを突かれた。異国で身元保証人なしの犯罪者一歩手前。今の現状はピンチ以外のなにものでもない。


「しかし、安心せよ! そんなお前達に救いの手を差し伸べよう! 我が家の紋章を持っていたのも何かの縁! 我が部下となれ! そして、この店で料理を振舞い、まずはお金を稼ぐ!」


 オーベンバッハはユウを指差し、宣言する。


「ここの料理はうまい! 必ず繁盛するだろう! もちろん、それなりの代価はもらうぞ? 場所代はもちろん……我が魔王家の悲願! 魔王城ダンジョンを攻略し、魔王城を取り戻す手伝いをしてもらう!」


「……えっ? あの城ってあなたのじゃあ……? 魔王城っていうからには……」


「昔は! 我が家のものじゃった! だが今はとある事情で誰も入れん! 正確には最奥の『魔王の間』にな! ダンジョンになってしまったのじゃ! おかげで名前だけの魔王と呼ばれ……だからこそダンジョンを攻略し『魔王の間』に最初にたどり着く!」


 魔王城に入れない魔王って……鍵を無くして家に入れなくなった子供じゃないんだから……。ああ、だから、自分の土地を不法占拠されて、怒鳴り込んできたんだ。家どころか管理してた土地も取られたんじゃあ立場ないもんな……。


「何、哀れんだ目でみておる! というか、お前らに選択肢などないのだぞ! このまま、警備隊に通報しても我は一向にかまわぬ……。くっくっく……。身元保証もないよそ者が捕まるとひどいぞ~♪ そこで、先ほどの話というわけじゃ! 悪い話ではなかろう?」


 たしかに……。日本で置き換えると、パスポートも持ってない外人が他人の土地に家を建てて住み着いている状況。


「ユウ殿。どうします? いざとなれば、斬り捨てて店の裏手にて……」


「ちょちょちょ! 待って! ……受けます。その話」


「むう……坊やよ……。それはこいつにいいように扱われる可能性があるヨ?」


「そうかもしれないけど、かといって別のあてがあるわけでもないし……それに……」


 うちの看板メニューを、あんなにおいしそうに食べてくれた子だから悪い子じゃない……と思う。


「オッケーで~す♪ ユウが決めたのなら従いま~す!」


「……まあいいけど……。いざとなったら、あいつの角へし折ればいいだけだし……」


「うむうむ……♪ ここの主は坊やネ。そうすると決めたのならそうするといいネ」


「です! どうしてもというときはすぐにご命令を!」


 4人は笑顔のまま、オーベンバッハを囲む。


「なんじゃ? おい! お前の部下……なんかこわいぞ! しっかり、教育しておるんじゃろうな!?」


「いや……教育も何もさっき会ったばかりだし……、けど、大丈夫だと思います」


「大丈夫ですよ……はい。今は……ね?」


 怖い映画を見たような顔になりながら、オーベンバッハが何とか4人の囲いから抜け出そうとしている。なにか……久々に騒がしいなと思った。

 この店が、こんなににぎやかなのはずっと昔だった気がする。テリヤキバーガーを平らげ、奇麗になった皿を見ながら僕は4人を止めようと歩き出した……。 


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