18話:ドーナッツのお礼とライバル店
「先日はどうもありがとうございます」
あの、家族の外食から数日後、ガーン=レーベルがカフェ『ヒナタ』を訪れていた。
「カーリアも大変喜んで……また来たいと。まあ、私もそうですからね。……それにしてもこの『ミックスサンド』……おいしいです。カーリアにも食べさせたかった」
ガーンはあの時食べれなかった『ミックスサンド』を再び食べに来てくれたのだ。表向きは、この間のお礼ということで。
「はは……ありがとうござます。お持ち帰り用のドーナッツは今作ってますので……カーリアちゃんによろしくお願いします」
「ですね。それを持って帰らないと、娘に怒られそうですし……。それにしてもここは見たことが無い料理ばかりですね。ほんとはもっと通いたいのですが、この前みたいなことがあると……」
注文して、いざ食べようとした時に呪いで食べれない……。そんなことは店にも失礼だし、なによりカーリアちゃん自身がショックだろう。
「そうですか……まだ『呪い』が……」
「ええ。解呪できてません。自宅での食事も時々でてしまいます。大丈夫な時もあるのがまた厄介で……。期待を持たせてダメだったを何度も繰り返すなど……精神的につらいはずです……」
確かに、それはきつい。それをあんな小さい子がと思うと心が締め付けられる。せめて、今はうちのドーナッツで喜んでくれるといいけど……。
「でも、ドーナッツだけじゃあなぁ……。ねえ……あの子の呪いって解くことはできない?」
僕はタマ達に声をかけた。彼女達は付喪神。人知を超えた存在だ。神力とかで調味料を作りだしたり、とても強い。何とか出来るものならやって欲しい。
「ユウ殿……。それなんですが……あの子から『呪い』のようなよくない物の気配は感じられなかったのです」
「はい。ドーナッツの詰め合わせ。できたわよ。 それに……いつ呪われたかが全く分からないわ。この店には結界みたいなものを私達が張っているの。その中で料理に呪いなんてかけられたら気づくはず。でもそんな気配なんて全くなかったわ……」
タマとアリュミールが悔しそうに考え込んでいる。
「術の系統が違うのかのう? 我も魔術を使うが、お前たちが使う術がどういう方法で発動しているかよくわからん。はむっ!」
オーベンバッハが今日の電気代分のおやつをカウンター席でぱくついている。
「まあ、呪いの解呪をレーベル家がきちんと依頼したのならともかく、そうでないなら下手に首を突っ込まぬ方がよいぞ? レーベル家が解呪を依頼した者のメンツをつぶすし」
「いえいえ……。頼んでいる者は『もう少々時間をください』とかいって難航しているようで、結局詳しくわからないようです……。私としては解呪できればいいだけなので、いろいろ考えてくれるのはありがたい。おっと……それより今日はあの時の歓迎に対しての正式なお礼の話でしたね」
そうだった。今日、ガーンさんがここに来たのはあの時の外食に対しての返礼と清算が目的だったはず。
「では、こちらがまずは料理代金……最初に作ってもらい食べれなかった分も含まれています」
犬顔の執事がドラー硬貨の入った袋をお盆にのせて差し出してきた。
「確認させていただきます……。……えーと……はい! 確かに! ありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ。それとは別に何か我が家にお話があるとか……」
「そうじゃ! そうじゃ♪ できればのう……この店に砂糖を卸してほしいのじゃ! 大量じゃなくてもよい。砂糖の流通の元締めのレーベル家ならある程度融通が利くじゃろ?」
オーベンバッハのセリフにガーンさんは言葉を濁してしまった。
「あ……なるほど……そう言うことですか……。う~ん……私としては卸してもいいと思ってるのですが……。個人的に譲るのならすぐにでも……」
「それでもいいです……もがっ!」
僕が返事をしようとすると、オーベンバッハが口を押えてきた。
「待て待て! 悪いがそれは認められん。『レーベル家の推薦で砂糖を卸している店』と『料理のお礼に砂糖を分けてもらっている店』とでは信用が違う! それどころか素材と物々交換している低俗な店とみられかねん!」
オーベンバッハの主張を聞いて納得した。確かに、元の世界で『家で採れた野菜』をあげるから料理をタダにしてと言われるのは困る。それがまかり通るようになったら店としては終わりだ。前例を作るのはまずい。そして、善意で分け与えてもらってるものなので、安定供給には程遠い。
「あ~……。確かにそうなのですが……。実は最近販路に一つ余裕ができて、増やそうと思ってたんですが……」
「なんじゃ? それををここに融通すればいいのではないか! 『お前の娘を楽しめる料理』を出した店へのお礼。こちらが望んでいるのに断るとは……」
そんなことをしゃべっていると、店のドアが開かれ、最近よく聞く声が響いた。
「それは、その販路! メルバルド家が頂いたからですわ!」
オーベンバッハを目の敵にしている名家の令嬢。リューネインさんだ。
「なんじゃ……お前か。最近よく来るが暇なのか……って! なんじゃと!」
「お~っほっほ! ごきげんよう♪ 今日はきちんとしたご挨拶でしたが……なんでも砂糖を卸してほしいとか……ですが! 新しくできた販路は我がメルバルド家が頂くと決まっておりますの!」
「ええ……。実は……この店を貸し切りにしてもらう交渉をお願いした際、成功したら砂糖の販路をひとつ融通するというお約束で……」
ガーンさんが申し訳なさそうな顔で説明する。
「私としてはこちらに卸してもいいのですが……メルバルド家にすでに約束してしまい……」
この店が望んでいるお礼を、店を紹介してもらった人にお礼として渡してしまっていたという。なんとも、後味が悪い状況。
「あら♪ 困ることはありませんわ♪ たとえ、この店が欲しがっていたとしてもすでに我が家と約束をしています。無いものをねだるあちらがはしたないだけですわ♪」
「な…なんじゃとおぉ~! 貴様こそたかだか紹介と連絡を手配した使いっパシリ程度で、レーガン家を楽しませた我らが欲しいものをもっていくとは……少しは遠慮というものはないのか!」
今にも飛び掛かりそうなオーベンバッハを思わず抑え込む。確かにこれは……関係者全員が気まずい。いや、リューネインさんだけは大義は我にありって感じだけど……。
「まったく……。納得がいかないようですわね……。ではこういう言い方はどうでしょう? 『御令嬢を楽しませた店』と『御令嬢の呪いを解呪した家』。どちらが良いお礼を頂けるか……」
リューネインは扇を広げ、口元を隠しながら勝ち誇った笑みをする。
「はぁ? 何を言っておるのじゃ?」
「……『宝玉翡翠』……。近々、我が家は手に入れる予定ですの♪」
その言葉を聞いて、オーベンバッハとガーンさん、レーベル家の者達がざわついた。
「宝玉……ひすい? なんですか? それ?」
「あら? ユウ様は知らないのですか? 『宝玉』を名を冠する果実は最高品質の果実。ただおいしいだけでなく、その身には神秘の力が宿り、あらゆる病魔・呪いを治すといわれています」
「その果実の色によっていろいろ呼び名は変わるがの。効果だけは共通じゃ。だが、その絶大な効果故、めったに見つからん。魔王城ダンジョンの『小ダンジョン区画』……。そこからしか採れん。ただ……」
「どこの『小ダンジョン区画』に出るかは完全ランダム。また、必ず、強大な魔獣か果実を守っている……。ですが我が家のチームがその区画を発見しましたの♪ 戦力が整い次第討伐し、採取する予定ですわ。それを『私の店』の開店セレモニーで出そうと思ってますの♪」
リューネインは扇を窓の外に向けた。その先……通りの向かい側にある建物。何か改造工事をしているようだ。
「本当は今日はお向かいに店を構えるご挨拶ののつもりでした。我がメルバルド家直営店! カフェ『リューネリティア』ですわ!」