17話:呪われた令嬢と『特製ドーナッツ』
「のっ……呪われてるって!? そんな!」
僕はあまりの言葉に、慌ててしまう。せっかく提供した料理を食べてもらえないどころか、呪われてると言われるなんて……。
「待て! それは……我が『魔王』が看板を背負っている店で呪われている品を出した……。そう言いたいのか? レーベル家は?」
オーベンバッハが険しい顔で前に出てきた。
「このメニューはどこに出しても問題ない品をだした! それを『呪われてる』? ほうほう……。ここまで明確に喧嘩を売られるとは……。もしそれを我が食べて何もなかったら……それ相応の事態になっても文句は言えんな?」
オーベンバッハはリューネインの方も睨みつける。
「この話を持ってきたメルバルド家にもそれなりの責任を取ってもらうぞ? 名家だろうが評議会の家だろうが……言いがかりをつけて他の家のちゃんとした商売をけなしたとなると、このナウロイの街の飲食店全員を敵に回すことぞ?」
そこの言葉にリューネインは、耳を硬直させておろおろと周囲を見渡し始めている。こんなことになるとは思ってもみなかったのだろう。
「お待ちください! 我が家の執事が言葉足らずで申し訳ありません。こちらの料理……私が食べても問題ないし、おいしいのでしょう。ですが……我が娘、カーリアだけ食べれないのです……」
ガーンの顔はとても申し訳なさそうな顔で頭を下げていた。一方、その娘のカーリアは悲しそうな顔でうつむいている。
「実は……我が娘カーリアは『呪い』を受けてしまったのです。食べる料理が不定期に毒になるという……。それを食べると高熱になったり、うまく息ができなくなったり……。不思議なことにその料理を私やほかの者が食べても何の症状がでないのですが……」
ガーンの話によるとある日『お前の家に呪いあれ』という不審な手紙が届いたらしい。砂糖の販売をしている関係上、このような手紙はよくあることなので無視をしていた。
しかし、それからすぐに娘のカーリアが料理を食べたら倒れた。毒や食中毒を調べたがまったくその形跡は見られなかった。医者にも見せたが原因不明の高熱や呼吸困難が起きており、その場治療が精一杯だったそうだ。
「それからというもの……、家の執事が呪いが出た料理から出る匂いを覚え、それと同じ匂いが出た料理は食べさせないようにしているのです」
「その通りです。ただ、私は料理から立ち上る『呪い』が掛かった時に出るごくわずかな匂いを感じ取れるだけ。どのような原因で呪われるかはわかりません」
「おまけにその呪いはどの料理にでるかは本当にランダムで……。幸い、小麦や牛乳だけなら呪いは出ないようで……。肉や野菜、果物の場合、出るときと出ないときがあり難儀しています。もしかして、材料ではなく調理方法に原因がある可能性があるかとかんがえて……」
それでこの店に来たというわけか。異国の調理方法なら呪いのトリガーに反応しないと推測したが、駄目だったようだ。
「正体を隠したのも、呪いをかけた犯人が先回りをして手を加えると……ですが、駄目だったようで……。こちらの店の料理を汚すような真似をしてすいません。料金と迷惑料は後日払わせて頂きます」
そう言って頭を下げるガーンさんに僕は顔をあげるように促す。
「そそ……そういうことなら仕方がないです。なので謝らないでください。でも……」
僕の視線は悲しそうに座っているカーリアの方に向けた。目の前においしそうな料理があるのに食べれないなんて辛いだろう。おまけにそのことで親が誤っているのだから。リューネインに至ってはよだれを少したらしながら物欲しそうにサンドイッチを眺めている。だが、主賓が食べれないのに食べるわけにはいかないのだろう。
「……昔は外食が家族での楽しみでしたが……こんなことがあると……なので、最近は自宅で料理人を呼んで……ということが多いのです。自宅ならある程度融通が利きますから……」
それを聞いてますます辛いだろう。僕自身子供の頃の外食は特別イベントだ。それがいざ店の中で料理を出された瞬間、食べれないなんて言われるなんて……。
「いろいろとご迷惑をおかけしました。出された料理はそちらで召し上がってください。我々はこれで……」
「ちょっと待ってください! 小麦と牛乳は大丈夫なんですよね! 少々お待ちください!」
僕は慌てて引き留めて、厨房にいた4人と話し合う。
「というわけなんだけど……あれなら、できそうと思うんだけど……」
「その位ならちょっと時間かかるけどできると思うわ。私と……ジェニーで十分ね。というわけで……タマとロンメイで時間稼ぎしておいて!」
「私の大好物デース! 急いで作るので待っててくだサーイ!」
そう言って厨房に引っ込んだ二人を見送り、僕は振り返る。
「それでは……もう少々お待ちください! 今度こそカフェ『ヒナタ』の腕をお見せいたします」
いったん出された料理を下げながら賓客に説明する。その後ろで下げた料理をつまみ食いしようとしていたオーベンバッハが頭を殴られていた……。
それか一時間もしないうちに、厨房から完成した合図が来た。そろそろ、ロンメイの手品やタマの折り紙や切り絵でも時間が持たなくなってきたので助かった……。
「お待たせしました! こちら……出来立て! 『ヒナタ特製ドーナッツ』です!」
テーブルの上に置いたのは、大きな平皿に敷いた紙の上に並べられたわっか状のお菓子。きれいなきつね色。振りかけられた砂糖が溶け、立ち昇る湯気すら甘く感じる。また、その独特な形状を見たことが無いのか全員が興味深く眺めていた。
「これは……変わった形をしているな。揚げ菓子のようだが……ドーナッツという物なのか?」
「はい! 異国では有名なお菓子でござます。食べ方は手に取って食べる感じなのですが……大丈夫そうですか?」
僕は犬頭の執事の方を見てみる。彼は匂いを嗅ぐと、しばらく考え込んだ後、うなづいた。
「こちらの料理……大丈夫でございます。呪いの匂いは感じられません」
「おお! よかったな! カーリア! では早速頂こう!」
「手に取ってかぶりついてもいいですが、大きいようならちぎって食べやすいサイズにしてもいいですよ」
「は……はい! ふーっ! ふーっ……! それでは……! お……おいしいです! 外側はサクサクしてると思ったら、中は柔らかく……♪」
「どれどれ……! たしかに! 不思議な触感だ! だが……悪くない! 変わった形にしたパンに砂糖を振りかけただけかと思ったが……それは間違いだった! これはたしかに菓子! ちゃんとした料理になっている!」
「では私も……♪ んんん~♪ 確かにこれは♪ うめぇ~ですわ! ……じゃなかった! 中々……美味ではありませんか」
全員、好評の様でほっとした。小麦粉と牛乳のみでぱっと思いついたのがこのドーナッツだったが……よかった。それにしてもリューネインさんっていい所のお嬢様なはずだけど……オーベンバッハにそっくり……。
「あと、ドーナッツは個人的にこれだと思いますので……」
僕は3つのグラスに冷えたミルクを入れたものを差し出した。
「どれ……おお! たしかに! 熱々のドーナッツに冷えた牛乳が染み込んで……砂糖が口の中で溶けて……。いけるな!」
ドーナッツの唯一の欠点。食べ続けると口の中がパサつくことだが、それを冷たい牛乳が解決する。それどころか、口の中で手を取り合い、おいしさが爆発的にレベルアップするのだ。
だが、そんなおいしい相棒のはずなのにカーリアは牛乳に手を伸ばさなかった。
「ああ……。すいません。この子は生の牛乳は苦手なんです。せっかく呪いが掛からない食材なのに……」
「匂いが……」
「そういうことなら……ちょっと待ってくださいね。たしか……あった!」
僕は、カウンターの裏の戸棚を探った。そこで見つけたのはある子袋。それをもって急いで席に戻る。
「ちょっと失礼……。これで……はい。いちご牛乳に早変わり! すいませんが、念のため確かめていただけます?」
彼女のグラスに入れたのは、牛乳に入れて味を変える粉末香料だ。イチゴ味、コーヒー味が有名なあれ。以前店に来た子供のためにサービスしていたのを思い出した。
「これは不思議な……。ふむふむ……。大丈夫です。呪われてはおりません。匂いもレッドベリーですな。そちらの国では『いちご』というのですかな?」
適当に返事をしてカーリアの前に戻す。色と匂いが目の前で変わったので不思議そうに眺めてみたが、意を決して飲んでくれた。
「……わぁ! ほんとにレッドベリー! それに……匂いが……これなら飲めます! ドーナッツも……おいしい!」
「おお! そうか! そうか! 娘はレッドベリーなど果物が好きだったが……呪いのせいで出しづらくなってな……。……それはどこに行けば手に入れられるんだい?」
「え? あ……その……ちょっと……母が購入してきたのでどこで売ってるかは正確には……。在庫も今ある分だけですし……」
「そうなのか……それは残念だ……。だが……ありがとう! ここに来たことは正解だった!」
そう、お礼をいいながら親子はドーナッツを楽しんでいる。ここからは家族の外食の時間だ。一旦、席を離れて、一息を突く。一仕事をやり終え、僕はようやく一息を突くことができた。