15話:報酬の『メロンサンデー』と突然の来客
「はい! モーニングお待たせしましたー!」
あれから、数日。カフェ「ヒナタ」は新しくオープンした。と言っても建物はあっちの世界のと変わらない。僕達がダンジョンに潜っている間、水道などの生活施設を整えてもらっただけだ。
しかし、こっちに来た時使えなかった家電や水道が使えるようになっただけでずいぶん違う。
「はい! モーニングひとつですね! ユウ殿! 1番テーブルの片付け終わりましたのでご案内を!」
「ユウ~♪ こっちもお願いしま~す♪」
「ほれ! お持ち帰りネ。……おお! 坊や。そろそろ、持ち帰り用の品が切れ始めておる。アリュミールに追加を伝えるネ♪」
「はいはい! こっちは店内メニューで大忙しなのに! あ……ユウ! ちょっと電源見てきて! 少し出力が落ちてきているから!」
店内は結構繁盛している。『焼きそば』や『焼きそばパン』で注目を集めたこともあって、まずは入ってみようという人が多かった。
そこで出てくるのは、アリュミールが作った『クロワッサン』の付けたモーニング。この、ホットかアイスのミルク、または紅茶にとセットにしたそれは見た目や触感がこちらの世界になかったもので、好評だった。
おまけに味もいいので、はやらないわけがない。利益としては少ないが、材料費も高くなく、お客の呼び水としては優秀だった。
そうして、お客をつかんだところで『フォレストピッグのカツ』といった僕達がいた世界の料理を出して、顧客をがっちりつかむ。このメニューはダンジョンから仕入れた材料による日替わりメニューなので、お客さんたちも「今日は何があるのかな?」と言ったマンネリをあたえない。
こうして、カフェ「ヒナタ」の滑り出しは順調だった。
「……『かつ丼』とかご飯系は、まだ安定的に仕入れできないから、別メニューで攻めることにしたけど……。やっぱりあっちの方が売れそうなんだよなぁ~」
昼過ぎになると、客層はカフェではなく食堂になるこの『ナウロイ』の街。父さんが生きていたらきっと悩んでたろうなぁ……。
「後は……人手かな? パンとかはアリュミールが一番得意だからほとんど厨房を任せちゃってるし……」
僕は、今後のことを考えながら店の裏手に向かう。そこには仰々しいボイラーのような機械の一角。洗濯機のような箱の中でぐるぐる回っているオーベンバッハがいた。
「おーい。アリュミールが出力が安定していないって……寝てる?!?」
オーベンバッハは箱の中にたまっている水と一緒に回転させられながら、いびきをかいて寝ている。よくこの状態で寝られるものだ。ひとまず頭を揺らして起こす。これがあの4人だったら回転数を上げてたところだ。
「ん~もう食べられんのじゃ……♪ ……ん? ユウ? もう昼ごはんか?」
「ちょっと前に食べたばっかだよ……。アリュミールが出力が落ちてるって」
「む~……あいつら、我を都合の良い発電機と思っとらんか?」
ふてくされながら、オーベンバッハの体が帯電する。そのエネルギーは色々伝わってボイラーのような機械に貯められる。原理はわからないが、家の家電の電気はこうやって作られてている。
「(おかげで、家にあった家電製品が全部使えるようになったけど……。女の子のお風呂の水で作ってるってスキャンダルにならない……よね?)」
本人もそこまで気にしていない。というかこの仕組みはオーベンバッハ自身が考案したものだ。こっちの世界では一般的なんだろう。……そういうことにした。
「もうちょっとしたら、客足も落ち着くからがんばって!」
「うむ! では、いつものあれを作っておくのじゃ!」
僕はハイハイと返事をしながら、店に戻ることにした。魔王がこんなふうに回って発電機になることを喜んでしている理由。目玉メニューを色々試作していた際、ある一つのメニューがとても気に入ったからだ。
その為に、毎日毎日この箱に入って回され魔力を電気に変換しているのだ。魔王なのに……。
「いいのかなぁ~……いいんだよね?」
魔王という物がなんだかわからなくなったが、ここは異世界だ。こっちの世界の魔王はああいうものなのだろうと納得することにした。
数時間後……昼飯前の小休憩の時間になった。オーベンバッハは机の上におかれた希望の品に歓喜の声をあげている。
「お~! 今日はなんか緑色の果実か! 白と緑のアイス! うまそうじゃ!」
ガラスのカップの中に白と淡い緑のアイスを入れ、その上にメロンの果実と生クリームをのせたもの。『メロンサンデー』だ。
「今日市場でメロンみたいな果実が売ってましたので作ってみまシタ~♪」
「うむうむ。これはメロンというのか! ダンジョンでよくわからん果実が偶に取れて市場に流れるからの! そこから、第一階の農場で栽培できるようにしたものがどんどん増えて……うむ! 今回のうまい!」
アイス自体は、牛乳、卵黄、砂糖、生クリームでできるらしく、比較的こちらの世界の材料でも作れた。ただ作るのはジェニー。作る所を見せてくれない。おまけにアリュミールがものすごく不機嫌になる。
「向こうの世界のメロンと一緒みたいデース! 片方はメロンの果汁をちょっと混ぜてみました~♪」
「昨日のバナナも良かったが、こっちのメロンもいいのう! みずみずしいが薄いわけではない! それどころか今まで食べた果実の中で一番濃いと感じるわい!」
おいしそうに食べるオーベンバッハを見て、僕はこっちの世界でも元いた世界の料理が十分通用することを再確認する。経営の方も滑り出しは上々だ。
この街の気候は温暖なので、アイスを使うサンデー系は売れると思う。アイスの冷たさとそれが口の中でとろけるときに広がる甘味。体の中から冷たさで癒される感覚。そこにフルーツが加われば勝てるものなどほとんどないだろう。
「ただ、いかんせん値段がなぁ……。砂糖がもうちょっと安ければ……」
そう、これを正式なメニューにしなかったのは値段が理由。特に砂糖は安価で継続的に購入できない。このため、お客には出せないのだ。
「砂糖はなぁ……。安定して手に入れる場合は……砂糖を取り扱っている商会と契約するか……我らで砂糖が取れる区画を制圧するかじゃ!」
前者は一般的な方法。後者は探索者ならではの方法だ。魔王城ダンジョンの2階以降は特殊な構造になっている。
それは3つの区画でできていることだ。
ひとつ目は『転移区画』。これは他の階層へと移動する区画。ほとんどは『探索者ギルド』が管理しており、ここに入るのに探索者資格証が必要になる。
2つ目は『通路』。これは転移区画同士をむすぶまさに通路と言った場所。大きさはさまざまで、危険な魔物も出る。
そして、3つ目に『小ダンジョン区画』。これが一番謎の区画で通路に連結する形で存在するのだが中の環境が大小さまざま。人口の遺跡の部屋かと思えば、畑だったり、挙句の果てには海だったりもする。
「運よく砂糖が取れる『小ダンジョン区画』を制圧すれば、そこで採れた砂糖を使えるようになるのじゃが……まあ、そんな都合のいいことはめったにないの!」
アイスを食べながらオーベンバッハは説明する。探索者の中にはそういう生活に直結する素材を取れる『小ダンジョン区画』を制圧して一攫千金を目指すものがいるそうだ。実際に、制圧できたものはほとんどいないらしいが……できた場合は大金持ちになれるという。
「本気で、無数の『小ダンジョン区画』があるからの! あの中から目当てのに当たるなど……。なので、砂糖を取引している商会と契約……」
「それは私の家のことですかしら? オーベンバッハさん!」
オーベンバッハがしゃべっている途中で、大声をあげながら人が入ってきた。この声は聞き覚えがある。
紫の髪から生える獣耳。和風テイストの服を着た女性。ダンジョン内のキャンプで出会った『魔宰相』の家のお嬢様。リューネインだった……。