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13話:凱旋の『かつ丼』

 夢を見ていた。子供の頃母さんに膝枕をしてもらった夢。心地よい暖かさにいつまでもこのままでいたいと思ってしまう。しかし、確実に目は冷める。


「ん……あ……」


 瞼をあげると、そこにいたのは母さん……ではなく、アリュミールだった。


「……起きたわね。……熱は……ないみたいね。念のため疲労を回復しやすくするわよ」


 手をおでこにあてると、魔法陣が浮かび上がる。ひんやりとした感覚が心地よい。


「ああ……気持ちいい……。アリュミールが……残ったんだね?」


「そうよ! まったく……私の主があの程度で……。武術もだめなんて……私もついてないわ……。でもまあ……自分の身の丈は今回のことでわかったと思うから……」


「……うん。きちんと鍛えて、皆に後れを取らないように……」


「違うでしょ! 今後は、私達の後ろでに隠れてなさいって言ってるの! 危ないんだから! あんな花に苦戦するレベルなのよ!!」


「いや……でも……」


 怒られてそれを改善しようとしてるのに、怒られる。これは何なんだろう?


「いやでもなんで! あの花が反撃してこなかったからよかったものの! 最低でも私のそばから離れないこと! いい! ……約束してくれるなら、パンツ……見せてあげるから……」


 顔を真っ赤にして、自分のスカートに手を掛けようとするアリュミールを、僕は慌てて止めた。


「なっ……なんで、そうなるの!? やめて! やめて!」


「何よ! 貴方、子供の頃私のスカートめくってパンツ見てたじゃない! 母親に怒られてもやって……」


「わー! わー! やめて! あれは子供の頃で!! パンツが見たかったわけではなく、中どうなってるのかなぁ~って!!」


 アリュミール……いや、元の姿のフランス人形のスカートはめくったことはある。それも子供の頃だ。だって、人形だし!


「興味があったんじゃない! それとも何? 自分でめくりたいタイプなの? ……くっ! こんなのが主だなんて……いいわ! これも臣下の務め……覚悟はできてるわ!」


 手を頭の上に組んで目をつむり、歯を食いしばったいる。そんなアリュミールを僕は座らせる。


「いいから! そんなのいいから!」


 そんなやり取りの中、部屋のドアが開いてオーベンバッハが入ってきた。


「魔王の帰還じゃ! ん? おお! ユウよ! 目が覚めたか! ん? 何をしておる? アリュミールの服つかんで?」


「お楽しみを今からされる……もごっ!」


「いや! 何でもないよ! 他の皆は?」


 慌てて、アリュミールの口を手で塞いで、体裁を取り繕う。


「何かすごい物を見つけたと、盛り上がって炊事場にいったわ。もうそろそろ戻ってくるのではないのか?」


「そ……そう……。それじゃあ、待とうか。ところで……この街ではやっている食べ物や人気がある食べ物ってなに?」


 話題をそらすために、今後必要になる情報を聞き出すことにした。何かしないと、また、アリュミールにあの話をされるかもしれない。


「ん? そうじゃのう……。探索者やダンジョンの素材を加工する職人は、ボリュームがあるのが人気じゃの。肉たっぷりのシチューとか。農場では一階の森に出た『魔物』を家畜化して飼育しておる。安定してる分味より量……じゃな」


 頭に指をあてながら、オーベンバッハは記憶をひねり出している。


「あとは……甘未じゃな。最近砂糖を取ることができる区画を制圧したらしく、市場に出回るようになった。以前は果物だったが……」


 そんな話をしていると、再びドアが開いた。タマ達が戻ってきたようだ。


「ユウ殿! 目が覚めたんですね!」


「ああ。心配かけたみたいでごめん。もう大丈夫……!?」


 驚いてしまった。それは彼女達がもってきた2つの土鍋から漂う匂いだ。荷物には持ってきてない。市場で購入したのだろう。特にそのうちの一つから漂う匂い。食材はここの市場で購入する話だった。なら、この匂いを嗅げるとは思ってもみなかった。


「え……これ……もしかして……ご飯?!」


 僕のセリフと共に、蓋が開かれる。そこにはピンと整列するように炊かれた白米があった。湯気と共に立ち上がる香り。きらびやかにコーティングされたかのような表面。間違いなく炊き立てのご飯。


「ん? なんじゃ? これを知っておるのか? こいつは偶にダンジョンで採れる『丸小麦』ではないか。そっちではご飯というのか? しかし、こいつは小麦の代用品でこんな見た目では……おまけにうまそうではないか!」


 オーベンバッハが土鍋を覗き込んでいると、もう一つの土鍋のふたが開かれた。そこには黄色のふわふわの雲に浮かぶ、金色の小判。……ではなく、卵をとじられ出汁の海に浮かぶトンカツ。そう、『かつ丼』だ。


「……こ……これって! 『かつ丼』?! えっ? 市場から材料を探して作ったんだよね??」


「そうです。お米があるのはびっくりしました。そしてこの肉。『フォレストピッグ』の物らしいです!」


 タマがご飯をよそって、カツと卵とじを上からかぶせる。この匂い……。これも記憶がある。家で作った『かつ丼』だ。


「これは……『かつ丼』というのか……! 我も食べたいぞ! はやく! はやく!」


 全員にいきわたったのを確認して、食べ始める。


「いただきます! ……味もだ。うん……うん……! おいしい!」


 分厚いけど柔らかい肉。噛むとコロモの歯ごたえと一緒に肉汁があふれ出す。それが出汁と一緒に舌が広がって、肉を食べていると実感する。醬油とみりんベースの出汁を吸い、膨らんだ卵は決して主張せず、けれども確実にいるという存在感だ。

 それらを白米が全部受け止め、口の中にあふれ喉の奥に流し込んでくる。ベルトコンベアのようにどんどんどんどん途切れなく食材を運ぶ。ああ……止まらない。


「ほかにもいろいろありましたが……やっぱりこれだと! 勝利の後のご飯はこの『かつ丼』しかありませんでしたもんね!」


 タマのセリフで、思い出す。そうだ。家ではいつもこれだった。運動会の徒競走で一着を取った時。テストで100点を取った時。25mを始めて泳ぎ入れた時……。母さんが作ってくれた。


「お~! これもいいのう♪ うまい! なんじゃ? これはそっちの世界での凱旋料理か? 縁起が良いではないか! それならこれを店の名物に……」


「これ! それはダメネ! これを、店のメニューに出すのは禁止されてるネ」


 メイロンに頭を叩かれ、盛大に噴き出すオーベンバッハ。


「ぶへっ! なんでじゃ! 勝利の料理なのじゃろう? 探索者はそういう縁起がいい物を好むのじゃぞ!」


「ダメデース! 『かつ丼』が名物のカフェなんてカフェじゃないとユウのファザーが嘆いてやめましたからネー! おいしいから裏メニューになってましたけど……」


 そういうことである。カツサンド用に仕入れた肉が全部かつ丼になった時の父の嘆きっぷりと言ったら……。自分のかつ丼が好物だったくせに……。

 かみしめるたびに、よくやったとほめてくれた両親の声を思い出す。ただ、前と違って泣きそうにはならなかった。


「今回もやれたんだ。次も頑張れるな?」


 そう言われているように思えた。だから、泣くことはできない。元気よく返事をすること! だって、今は家……あの店を僕が4人と一緒に続けていかなければならない。つぶしてはいけない。そう思えたから……。

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