10話:ズボラ焼きの後で……〈挿絵有り〉
「あー! むかつきますわ! むかつきますわ! オーベンバッハもそうですが、あの男も! なんですの! 私とメルバルド家を舐めているんですか?!? むきぃー!」
「お……お嬢様……」
「私はテントで休みます! 誰も入らないように!!」
大型テントの入り口を広げ、怒りながら中に入る。誰もいないことを確認すると、先ほどの怒り顔がすっと引いた。
「むきぃー! ……。ふぅ……くくく……これで、言いくるめられて悔しがってる風に思われましたかねぇ~♪」
リューネインは冷たい笑いをしながら、テントの向こう。オーベンバッハとユウがいるであろう方向を向く。
「最初はむかつきましたが……。隙を見せるなんてやっぱりオーベンバッハさんにつく程度の人物ですね。……ま……まあ、あの『ツナ缶』というのが我が家で開発した携帯食よりすごいのは認めないと……」
まさか、あんなものをだされるとは思わなかった。屋敷も徴収された魔王家に、あんなすごい物があるとは……。
「腐っても、元名家ですか……。これは徴収された屋敷を調べねば……。くっくっく……あんなすごい物を出しといて、目をそらすなんて……そっちが悪いんですよ♪」
そうつぶやきながら、懐からあるものを取り出す。それはカンヅメひとつ。先ほどユウに見せられた時、驚きながらも一つくすねてきたのだ。
「さて……どんなものか調べますか。できれば、作り方がわかればいいですけど……。隙間がないですわ。……こんなの作れますの? やはり秘宝……? あら……これ……」
奪い取ったカンヅメを見ていたリューネインはあることに気が付く。お返しとしてもらったあれは、魚の絵が描かれていた。しかし、これは4足歩行の獣っぽいのが描かれている。
「……もしかして、中身が違うんでしょうか……? 確かあの子はこうやって……よっと! 開けましたわ! やっぱり! こっちは肉っぽい? けど魚の身も……それに少しレアのような……?」
なるほど。いろいろな食材が別々にはいっているらしい。確かに、一つの食材だけでは飽きが来る。こうしていろいろな種類の食材があるのはいいことだ。
「こんなことなら、もう2,3個かっぱらってくるべきでしたね……。もっと違いがあったかも……味も調べてみましょう♪」
これは調査だと大義名分を掲げながら、リューネインは中身を口に運ぼうとする。
**********************************************
一方、その頃ユウたちの方では……。
「むー! 仕方がないのじゃ! だが! ズボラ焼き我慢するが、カンヅメはあと一つ食べさせてもらうぞ!」
「はいはい……。一個だけですよ?」
「よっしゃー! ど・れ・に・するかの~? むっ! これは……獣の絵! これは肉じゃな!」
そう言ってオーベンバッハが掲げたカンヅメ。確かに4足歩行の獣……猫の絵が描かれていた。
「え? 肉? そんなのあったっけ……あっ!」
持ってきたカンヅメはツナ缶とか果物系のはず……。思わず、見てみるとそれはネコ缶……ペットフードだった。確か、福袋に入っていたやつだ。
おそらく、オーベンバッハは適当に入れたので混ざりこんだのだ。
「おー! やっぱり肉……ぽいの? 魚も交じっておるが……まあ、これもうまいじゃろ!」
「ちょちょ……待って! それは人が食べるものじゃ……もごっ!」
僕が止めようとした時、タマが僕の口を手で塞いできた。
「ユウ殿♪ 本人が選んだんですから♪ 食べれない荷物を増やした本人に、しっかり処分してもらいましょう」
ニコニコしながら僕を押さえつけている間に、オーベンバッハはネコ缶を開けて食べ始めてしまった。
「む……これもなかなか……けど……ちょっと薄味じゃな……。の……のう? タマよ。できればでいいんじゃが……あの『醤油』とやらを分けてくれんか?」
「……ええ♪ いいですよ♪」
「まじか! てっきり、『ユウ殿の命令でもないのに出すわけがありません‼』とかいうと思ったが……! うむ! これはいけるぞ!」
笑顔で出された醤油をかけたネコ缶を、オーベンバッハは喜びながら食べていった……。
**********************************************
「むっひょほおぉおおおお~♪ な……なななぁ~……なんでひゅのおぉ~♪ これ! おいひっ! うまっ! うまっ! ああぁあぁ~!」
再び、リューネインのテントの中。そこではネコ缶を食べたリューネインが悶絶していた。
下肢の力が入らずへたり込みながら、手に持ったネコ缶を落とさないように必死になっている。
「うぎっ! おっほっぉお~♪(なんですか! これは!こんなの食べなことありません! おいしい! おいしすぎますううぅうう~!)」
口から頭の中にかけて爆発が起こった感覚。実際に起きてはいないがそんな風に感じるほどのうまさ。焦点が合わない。でも体は、これを望んでいる。
「はぐっ! んっぱ! んん~! んっぱぁ! レロレロ~……♪ はぁ……はぁ……。もっと……もっとぉお~♪」
マナーなどとうに忘れ去ってしまっている。頭はこれを食べることしか考えられない。種族的な性質だったのか、あちらの世界の企業努力のたまものなのか……。
こうしてリューネインは、あまりのうまさの快感に気絶することになった。家来がテントに様子を見に行った時、人には見せられないような笑顔のまま倒れ、痙攣していたという……。