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9話:お返しの『ツナ缶ズボラ焼き』〈挿絵有り〉

「お久しぶりですね! オーベンバッハさん!」


 焚火を使ってできたかまどを囲みながら、『魔物』の肉を焼いて食べていると、誰かが後ろから声をかけてきた。

 振り返ると、紫色の髪に獣耳。黒い魔導士の様な巫女のような恰好をした女の子が立っていた。

挿絵(By みてみん)


「あら……。まさか『魔物』のお肉をわざわざ採って、こんな場所で調理して食べてるんですの? あなたもとうとうそこまで落ちぶれましたか……」


「なんじゃとぉ~! 誰が落ちぶれたじゃ! リューネイン!」


 オーベンバッハが立ち上がり、リューネインと呼んだ女性に詰め寄った。


「え……。これって普通のことじゃないの?」


「あらあら……。そんなことも知りませんの? 普通の探索者は事前に食料を用意してます。ダンジョン内で採取したものは食べません。それこそ非常時か……食料もろくに買い揃えれないくいっぱぐれ寸前の底辺探索者がすること……」


 お姫様が持つような扇子を広げ、口元を隠して笑う。品がよさそうな動作。


「おっと……名乗っておりませんでしたね。リューネイン=メルバルドですわ。『魔宰相』メルバルド家の娘であり、メルバルド商会専属上級探索者ですわ」


「あ……どうも……ユウと言います。えーっと、こちらのオーベンバッハさんの……あれ? 『魔宰相』って……『魔王』のオーベンバッハさんとなにか関係が?」


 いい所の人だとはわかっていたので、なるべく失礼が無いように挨拶しようとした。その時、つい思いついたことをつぶやいてしまった。


「まあ……! そのことを知らないなんて……ずいぶん田舎者なのですね。……オーベンバッハさん。無知なるものをだましていいように使うなど……先祖の『魔王』の名が泣きますわよ?」


「だっ……だましてるじゃと!」


「あら? 違いますの? あなたは『魔王』じゃありませんではないですか? おっと……血筋は確かに『魔王』ですけど」


 その言葉を言った瞬間、オーベンバッハは口をつぐんだ後、目線をそらす。


「そもそも、何代かけてもこの魔王城ダンジョンを攻略できなかった『魔王』の名はすでに地に落ちてますわ。あなた方も、『魔王』の名に騙されてると損しますわよ?」


「なに……を……!」


「あら? オーベンバッハさん? 違うんですの? あなたのお父様が『魔王』なのに逃げ出して、行政府議員の資格もなくした家のオーベンバッハさん? 借金のせいで代々の屋敷も追い出されたオーベンバッハさん?」


 リューネインの煽りにオーベンバッハは歯を食いしばってだまってしまった。


「確かに『魔宰相』メルバルト家は昔は『魔王』の右腕として働いていましたが……。いまではこの町で一番の商家であり、探索者の声を行政に反映する有力者です。あなた方も、探索者として成功したいのなら名前だけの『魔王』のもとに着くのではなく、我がメルバルド商家の探索者組合に入った方がいいですよ」


 そう言って、リューネインが手広げた先には、大勢の武装した人々がならんでした。


「あのように、新人教育もしっかりしてます。これはサポートも含めてますわ。全員分の装備もそろえて……ある程度力が付くまで安全に探索できるようにしてますの。食事もですわ。いちいち食料のために『魔物』を狩るなんて……リスクしかないですもの!」


 そう言って、懐から、薄紙に包まれた長方形の物を差し出してきた。


「これは我が商家で開発した探索者用の携帯食です。栄養や味も計算しつくされた上、保存性もばっちり! お近づきの印にどうぞ?」


 受け取って、紙をはがして中身を露出させる。小麦色の長方形体のクッキーの中にドライフルーツっぽいのが混入されていた。


「(……あれ? これって……あっちの世界での携帯用補助食品だ……)」


 試しに一口かじってみると、そっくりな嚙み心地。プレーンのなんとかメイトっぽい味に時々甘い木の実が混じる。まずいというわけでもない。まあまあうまく、片手で手軽に食べれるのが利点ってかんじだ。


「メルバルト探索組合にはいれば、それが探索するたびに支給されますわ♪ オーベンバッハさんの所ではろくに支援もないでしょう。人数分防具もそろえられないようですし……くすくすくす……!」


 勝ち誇った顔をしているリューネインさんのを見て、僕はリュックを引き寄せる。そして、中からあるものを取り出し、リューネインさんに差し出した。銀色に輝く丈の低い円柱の缶。


「? これは……なんですの?」


「携帯食のお返しです。そちらがくれたのなら、こちらもお返ししないといけませんから」


 僕は笑顔でプルトップを開けて、中身を見せる。


「これは……魚……ですか? え? なんですかこれ?」


「携帯食……ですかね? そうですか。商家をしているメルバルド家の方が知らないんですか? 私達にとっては結構普通の食べ物なんですが……。ああ! もしかしたらお嬢様のような人には口に合わないかも……探索者用な所もある品ですし……」


 僕の言葉を聞いて、リューネインは一瞬むっとした顔をしてツナ缶を受け取った。探索者と言っているだけで、実際は探索者用の食べ物を食べられないお嬢様と思われたくなかったのだろう。


「そんなことはありません! ちょっと珍しくみてただけです! まあ、お返しというなら頂きます。……これは……魚の身をほぐした物? 火は入っているようですが……」


 恐る恐る指でつまみ、口に運ぶ。その瞬間、耳がぴんと立ち上がり目が見開いた。数秒そのままの状態で完全に固定している。


「……。……うっまっ! えっ? は? 何これ? うっまっ!」


 リューネインは持っていた扇子を落とし、両手でツナ缶をむしゃぼりつく。


「(……なんか、野良猫に餌やったみたい……。でも、おいしいんだよね……あれ……)」


 差し出したのは、フレークタイプのツナ缶。店で出していたツナサンド用に在庫があったので、数個リュックに入れておいたのだ。

 本来なら単品で食べるものではないけど、単品だけでもおいしい。初めて食べるならなおさらだろう。


「だ……だめぇえ~♪ とまんにゃいのぉお~……♪」


 ちゅぱちゅぱと音を立てながら、指に着いたフレークまで舐めている。さっきまでのいい所のお嬢様の威厳はすっかりなくなっている。だけど、ここで攻撃をやめるつもりはなかった。


「(どういう関係かわからないけど……オーベンバッハさんを馬鹿にしてるのはわかった……)」


 それは、宣戦布告と同じだ。オーベンバッハさんはこっちに来て初めて会った時から色々助けてくれた。そりゃあ、態度はでかいし、食い意地は張ってるし、偉そうだが……確かに助けてくれた。契約が前提だとしてもだ。


「ええっと……みんな。ちょっと相談が……こういう料理作りたいんだけど……できそう?」


 タマ達4人に僕が作りたいものを相談する。いろいろ材料を作り出せると聞いていたから大丈夫だと思うけど……。


「できますね。大量でなければ作れます」


「マヨネーズは……ちょっと難しいデース。あれ、卵使いますので……バターとチーズで代用しまショウ!」


「塩コショウで味付けすれば、十分パンチは効くわ。あと……焚火だと火力が弱いから、私とメイロンの力で疑似的にオーブンみたいに火を逃がさないようにすれば……」


 結論としていけるとわかったので、僕は即座にツナ缶をもう一つ取りだす。ふたを開け、そこにジェニーとタマの神力を使って作った少量のバターと醤油を投入。そして、その上からチーズをかぶせ、かまどの上の網にのせる。後はメイロンが炎をつぎ足し、アリュミールが光の障壁で囲って熱が全体から伝わるようにする。

 しばらくすると、熱によって醤油の風味があたりに漂いだした。溶けだしたチーズに焦げ目がつき、クツクツとバターとツナ缶の油が溶け合う。


「うまっ……うまっ……!! はっ! え……私はいったい何を……って! それは何ですの!!?」


 リューネインの目の前には先ほど食べさせてもらったツナ缶が、焼かれている光景。ただ、それは先ほど食べたものより、数段上のおいしそうな気配をまとっている。


「なにって……僕達はズボラ焼きって呼んでますけど? 『ツナ缶のズボラ焼き』。ささ! オーベンバッハさん! どうぞ!」


「え……あっ……うむ! ………ユウよ。ありがたくいただこう……!! むっふうぅ~♪ うまい! 魚とバターと……なんじゃ? よくわからないがうまいうま味がチーズに絡まって♪ 最高じゃ~♪」


 さっきまで目をそらし気持ちが沈んでいたオーベンバッハが、いつも通りはしゃぎながらむさぼり始めた。

 ツナのフレークがバターと醤油でまとまり、熱することで完全に融合。それをチーズが包み込むことでまさに究極合体した味となる。もう、見ただけで最強! とわかる味だ。


「あ……ああ……なんですの?! さっきのツナ缶? が……さらに……! わ……私にも……」


 カラになったツナ缶を地面に落とし、リューネインはふらふらとオーベンバッハに手を伸ばす。だが、それを僕はさえぎった。


「だめです。貴方には先ほどお返しをしました。それに……あれは、魔王オーベンバッハ様が手配してここにあるもの。いわば、私達の企業秘密です。どうしても欲しいというなら……貴方が、私達みたいにオーベンバッハの配下になれば食べれますよ?」


「なっ! なにっ……何を言うかと思えば! そんなことありえ……ううぅ……でも食べた……いいえ! そんなの絶対にありえません!」


 顔を真っ赤にして歯を食いしばるユーネインに対して、僕はオーバーリアクション気味に手を振る。


「あっ、そうですか! じゃあ駄目です。そちらは支給している携帯食でも、もそもそとかじってるといいでしょう♪」


「きぃーっ! なんですか! 当てつけですわね! ふ……ふん! 加工した魚なんてものを持ち込めばどこだっておいしいに決まってますわ! ですが、そんなもの日持ちせず、すぐに腐るのでこの階層でしか使え……」


「あれ、数年は持ちますよ? 開けなければですけど……。えーっと、これは……あと1年は大丈夫です。そっちの携帯食はどのくらい持つんですか?」


「……え? はぁ? あ……あれは……3か月だったかしら? いやいや……うそでしょ!? 魚の身よ!?」


 どうやら、こっちには缶詰はないらしい。まあ、見た反応からそうだと思ってたけど……。


「な……なにそれ……。何かの秘宝なの?」


「秘宝? 結構ありますけど……?」


 僕はリュックの中を見せた。そこには数個似たような缶詰が入っている。こんなにもいらないかなと思ったけど、オーベンバッハが入れた。準備の際、あちらの世界の保存食だと教えたら、面白がっていれたのだ。だから、ある意味オーベンバッハが手配してここにある。


「う……うそ……え? にぎっ……ぐううぅ……!!」


 リュックをつかみながらカンヅメの山を睨むリューネインの肩を、誰かが叩く。それは、ズボラ焼きを食べながら勝ち誇った笑顔のオーベンバッハ。


「……うまいぞ♪ どうしても欲しいなら、お前と我の仲じゃ♪ 一口位なら分けてやらん事もない♪」


「ぐ! ぐがあぁあぁあああああ!!! なんですの! なんですの! ふざけんじゃねーですの! ……はぁ……はぁ……! ふん! 結構です! ちょっと珍しいものを手に入れたからって自慢して……! くやしくなんかないですよーっだ!」


 そのまま、逃げ出すように走っていくリューネインを見て、ちょっとやりすぎちゃったかなと思った。


「……坊やもなかなか♪ でも、よかったのカ? あっちの方が権力や財力は上っぽかったネ?」


「そうだけど……うちの家はオーベンバッハさんの土地の上にあるし、なんだかんだで、出会ってからお世話になってる。ダンジョンの中に入っても……」


 色々気に障る行動をするが、ちゃんと僕らのために行動をしてくれている。積み上げた信頼の差だ。さっきのリューネインさんにはそれがなかっただけ。

『魔王』のこととか、どうして一人でやってきたかまだ知らないことはあるけど……それは後で聞けばいい。今は頑張ってまず、ダンジョンの探索資格を獲得するんだ!


「しかしこれホントにおいしいの! もっとくれ! え? ツナ缶はともかく、ほかの材料に神力使うからダメ? ……ヤダー! もっとよこすのじゃー!」


 子供のように寝転がって手足をばたつかせながら駄々をこねる『魔王』をみて……ちょっとだけ僕は不安になった。


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