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上米良から手渡された金属バットを握っていた雅が「幸はさ、や、野球とかしたことある?」と急に脈絡なく口を開き問われた幸は「やったことないですね…そう言う雅さんは?」とぎこちなく返す。
「私はーー」「そうですね、私もーー」現状から目を背けるようにお互いに当たり障りない雑談を始めてしまう。
勇気の出ぬまま時計だけ進み、デスマッチ部の開け放たれた窓から風が入り込み幸や雅の身体中から噴き出ていた汗をさらった。
時間経過と共に殺伐していた雰囲気とは一転し正しい青春のひと時が訪れる。部活の一室で2人が話すその光景は手に持つバットでさえ違和感なく自然に馴染んで見えた。
その甘い空気感を壊すことなく黙って眺めていた上米良が「ちょっと休憩してくる」と言い部室を後にする。
残された部屋には幸と雅、そして、異世界人であるミナホだけとなった。
ミナホは先程から机にドーナツを複数個並べては写真を撮っては首を捻り、ドーナツの角度を調整し写真を撮り直している。
その光景と雑談に笑みを浮かべる雅の両方に挟まれた幸は、なんとなく心地よいこの温泉にこのまま浸りたくなってしまうが、ふと手元を見た時、今やらねばならない現実に急に引き戻され、しぶしぶと重い口を開いた。
「雅さんーー」「幸ーー」
「あ、どうぞ」
「いや、幸こそ」
互いの視線が重なり間が開くとどちらからともなく笑ってしまう。
その笑顔を見ていた幸は何も今日いきなり殴り合う必要はないじゃないかと甘い考えが浮かぶが、そんな幸とは対照的に「ふー」と息を吐き一瞬真面目な表情をした雅は「それじゃ、バットでサクッと私殴ってよ幸」と明るく告げた。
◼️
「じゃあ今度こそ行きますよ雅さん」
一旦ブレイクを挟み終え、仕切り直しにスラリと伸びた背中ではなく形の良い丸い頭に幸は金属バットを持って狙いを定める。
バットを振り下ろした直後、その頭から壊れたスプリンクラーのように、鮮血や人体から出てはいけないモノが飛び散るのを想像してしまい、幸はバットをまたも静かに下ろす。
「あの、雅さん。一旦蛍光灯挟みません?」
「蛍光灯をはさむ?」
「ほら、しばらく蛍光灯で頭叩き合ってないじゃないですか、なんだか落ち着かなくて」
「何、そのワード。大丈夫、幸?」
ーーこんなの大丈夫なわけない。学園のアイドルである雅姫香の頭を今からカチ割ろうとしているのだ。その綺麗で整った顔を! そんなのは狂気の沙汰ではない。百歩譲って彼女の体がぐちゃぐちゃになるのを見るのはかなり嫌だったがそれでもまだ耐えれた。でも、顔だけは…それも私の手で直接顔を潰すなんて…そんな…神聖な仏に泥を塗るよりも酷くてできないよ…。
「振らぬなら振らせて見せようバッティング」
「ーーいきなりどうしたんですか雅さん?」
「今、幸は私の頭を叩くことに躊躇しているんだよね?」
「そんなの当たり前ですよ! 誰だって躊躇しますよ。特に雅さんならなおさらです」
「今更何を怖がってるのか知らないけど、今、幸が持っているバットを振り下ろせばいいだけなのよ。ほら、よく言うじゃない。緊張した時は人の顔を野菜か果物だと思って見るといいってさ」
「…こんな状況下でそのおまじないは絶対に通用しませんよ…あの、先に雅さんが私を殴るとかはどうですかね?」
情けなくも、弱音を吐いた幸の顔を振り向き見た雅だったが「いーや」と一言、告げるとさっさと正面を向いてしまう。
「早く殴りなさいよ、幸の意気地なし」
「な…そ、そんな強がり言ってますけど、私、知ってるんですからね。私がバットを構えた時、雅さんの手が震えて椅子を必死で掴んでたの」
「ーーそれはあれよ、早く喰らいたいなぁーっていう武者震いよ」
「どーー」幸は慌て口を止める。
「何よ? 言ってみなさいよ」
「……どMですね」
幸がボソリと呟いた瞬間、雅が弾かれたように立ち上がり顔を赤くしながら反論する。
「幸に言われたくないわよ。この前、幸なんて腕立て伏せ500回終えた後に自分から上米良先輩の元に行って、『上米良先輩、腕をハンマーで破壊して欲しいって』お願いしてたじゃない!!」
「そ、それはあれですよ! 疲労であまりにも腕が痛くて多分箸も持ち上げられないぐらいこの後大変だなぁと思ったのでーーだいたい、そんなこと言ってますけど、雅さんだって『お疲れです、先輩。早速ですけど腰痛いんで破壊してもらっていいですかぁ」って言ってるの聞きましたよ」
「…そういえば言ってたわね」と片手で頭を抱え続け言った。「異常な状況に慣れ過ぎて気付いたら素で変なこと言ってるのね私…」
過去の自分に軽くショックを受けたのか自重気味に椅子に座ると雅はため息を吐いた。
「あの、元気出してください! 確かに私達、慣れ過ぎて少しおかしくなっているかもしれませんが、それは、裏を返せばそれだけ体が強くなった証拠でもあるんじゃないですかね!?」
雅を勇気付ける為に幸は「ほら」と力こぶを作る。
雅は幸の小山を見ながらおもむろに立ち上がると、競うように袖をまくり力こぶを作り幸の上腕二頭筋と並べた。
「あのー雅さん?」
雅がしばらく交互に山を見比べていたかと思うと「はい、私の勝ちー」と言って得意げに自身の腕を叩いた。
日々競い合うように雅と筋トレをしてきた幸の中でその一言により勝負スイッチがポンと押され「今度は左腕で勝負しましょう」と袖をめくると雅もつられて歯を見せた。
それから2人互いに体の筋肉を競うように見せ合う。腕、脚、と続きーー。
「それじゃ今度は肩ね」と雅は言って着ていた赤いジャージを脱ぎ、中のインナーを払う。中から薄いピンク色のスポーツブラが突然見え、幸は反射的に顔を逸らしてしまう。
「なに、恥ずかしがってんのよ。アナタも早く脱ぐ!」
「ちょ、ちょと雅さん!!」
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