表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/31

4

「あの、行きますよ雅さん」

 日比谷幸がデスマッチ部に入部から数ヶ月過ぎたとある日の放課後、デスマッチ部の一室で金属バットを振り上げたまま、止まった幸は前方に行儀良くびっちり椅子に座る雅姫香の手が微かに震えたのを視認し、振り上げたバットを静かに下ろす。


「やっぱり無理することないんじゃないですかね」

「む、無理って何? 金属バットなんて小学生でも身近に触れ合って遊ぶただの道具じゃない」

「そうかもしれませんが、いくら小学生でも金属バットで頭を殴り合う遊びなんてしませんよ」

「う、するかもしれないわよ。何たって最近の小学生は進んでるって聞くし」

「それは退化してるのでは…?」

 何故こんな古代剣闘士のようなことをする様になってしまったのだろうと幸は所々凹んだバットをさすりながら、ここ数ヶ月の地獄の日々を思い出し体が自然と身震いした。


 ◼️


 入部して2週間程は基礎体力向上にと上米良魔技からスクワット、腕立て、腹筋、ブリッジ、ダンベルを使ったフリーウェイト、などどれも10回や20回など生優しいものではない100〜500回と体を酷使するオーバートレーニングを毎日強いられた幸や雅だった。


 苦しく辛く厳しく泣く程に痛いトレーニングではあったが、それでも幸は日々の練習に活力を感じていて、トレーニング中は勿論、トレーニング後も毎回自分の筋肉から上がる悲鳴(筋肉痛)に顔を歪ませていた。それでもまだその頃はいい思い出だと笑っていられた。


 とある日は働き盛りの会社員のように、脚や肩、背中の怠さや痛みに嘆き。

 とある日は支えがないと立っていられない程に体を痛め老婆ように生活し。

 とある日は嘘のように体が痛みで言うことを効かなくなり、赤子のようにあんよが上手、あんよが上手と四足歩行で移動したりとーー。


 満身創痍な幸ではあったが、着実に一歩、また一歩と肉体の疲労と引き換えに、成長を少しづつだが重ねていた。そんな幸や雅の苦労を一瞬で薙ぎ払った賽の河原の鬼である上米良魔技の言葉を紹介したい。

「よし、時間もないしそろそろ体破壊しよっか」


 一般的に筋トレを行うと、筋肉に傷が付く。それが筋肉痛という報酬に変わり筋トレ大好きな筋トレジャンキーを泣いて喜ばせる。何故彼ら彼女らが喜ぶのかと言うと筋肉痛を経てまた一つ筋肉が大きく成長するからである。


 筋肉を大きくしたり、体を丈夫にするにはこの工程が欠かせなく、それゆえに体をデカくしたい人間は死に物狂いで自分の脚や背中、腕、腹筋などを高重量の重りや、限界のセット回数を重ねて数ヶ月、数年掛けて丹念に自身の体を鍛える。

 幸や雅も明らかにやり過ぎではあったが、筋肉をデカく強くすると言う広い意味では間違っていないトレーニングをしていた。

 さて、ここで上米良魔技の言葉をもう一度紹介しよう。


「よし、時間もないしそろそろ体破壊しよっか」

 一見すると体を破壊するとは筋トレの強度をさらに上げて筋肉の繊維をズタズタに傷付け更なるマッチョへと飛躍させようとしたどこか愛のある言葉に思われるかもしれないが、彼女の発した言葉はそんな生優しくものではなく、文字通り体を破壊する意味で使用されていたことを声を大にして言わなければならない。

 上米良が破壊すると宣言してからの筋トレメニューの中にあまり馴染みない道具が登場する。


 その一つ登場頻度が高い金属バットを使っての一例を紹介しよう。

 練習中、地獄のスクワット500回を終えた幸は自身が作り上げた床の湖(汗の中)に崩れ落ちた。熱と震えと痛みと酸欠がミックスチーズのように濃厚に絡まり合い、脚を一ミリも動かすことができない。


 時刻は放課後、デスマッチ部に夕日が差し込み、季節柄暖かな陽射しが部屋を照らす。開け放たれた窓からイタズラに風が入り込みカーテンが揺れた。

 校内のグランドで練習中の野球部から熱い掛け声が聞こえ、カッーンとボールを弾く音がデスマッチ部まで届く。


 その効果音に対抗するかのように、倒れ伏す幸の脚に向けて狙いを絞った上米良は、片手で約3キロの金属バットを振り上げ、軽々と打ち下ろす。

 その打ち下ろされたトップスピード100マイル(160キロ)の鉄が幸の両脚をぐちゃぐちゃに粉砕した。


 この時、幸の人体から軋轢音が響き、きしめんのように平たくなった脚から行き場のなくなった赤黒く硬い無数の骨がニョキニョキと萌芽する。

 この凄惨な瞬間、あまりの衝撃に幸の脳が考えることを放棄してプチュンとブラックアウトした。


 目を覚ました幸の脚は異世界人であるミナホ楓の手により細部まで綺麗に修復されていた。そして、修復されただけでなくーー。

「前より、強くなるってわけだよ後輩諸君」

 幸だけでなく、雅に対しても笑いながらバットを振り下ろす上米良を擁護する訳ではないが、ミナホの証言を載せなければならない。


「修復なんて、この日本に来ている異世界人なら誰でもできる。でも、私のように修復して尚且つ、修復した箇所を強化できる異世界人はそうそういない。例えるなら人間の骨を石のように、更に鉄のような強固な物に強化する。もちろん、日本の法律で禁止されていないぎりぎりを狙ってやるから、回数は掛かるけどーーあ、当たり前だけど、この強化はただではやらないよ。そんなドーナツのように甘くない」


 ということで上米良が嬉々として可愛い後輩の人体を破壊する理由がわかって頂けたと思う。

 もう一つ体を破棄するメリットを紹介しておきたい。最初に筋トレをすると、筋肉が傷付きその結果筋肉痛が発生すると述べたのは覚えているだろうか? この良友のよにも悪友のようにも取れる筋肉痛はトレーニングに日々取り組んでいる人間ならご存知の通り、大変にありがたいが同時に迷惑な存在でもある。


 何故なら筋肉痛が発生する際、体の痛さで日常生活の支障は仕方ないにしても、重要な筋トレ中に痛さで体を最大限に活用できなくなってしまうからだ。

 この前余裕綽々で上げれていた重量、余裕でこなせたセット回数が痛みでできない。仕方ないが痛みが取れるまで休養しよう…。


 と多くの筋トレ市民達はこの様に体の痛みに喜びと煩わしさを感じながら、悶々と日々を過ごす。簡単な筋肉への負荷なら1日程度で痛みが消え去るが、過剰なオーバートレーニングともなると、酷い時は1週近く痛みが続く。どうであろうか、こう聞くと筋肉痛の鬱陶しさを想像できると思う。


 それでも、あまりピンと来ていない運動とは無縁の者に簡単な筋肉痛メニューを紹介したい。

 スクワット30回3セットを軽い休憩を挟みつつで良いので行ってみて頂きたい。早い者だと2セット辺りで呼吸が苦しく太ももが痛みだし、3セット無事に終えだが最後、次の日にはキャッチセールのようなしつこさで筋肉痛がやって来て、なかなか離れてくれない楽しい楽しい地獄を味わえる。


 このある意味嫌われたモノの筋肉痛を異世界人ミナホの修復魔法は一瞬で取り払ってくれる効果も併せ持っていた。それは、つまりーー。

 終わることのない無限筋トレループ編を体感できるまごうことなきメリットというわけだ。


 幸、雅のデスマッチ部での練習で肉体の破壊と再生が何度も何度も繰り返され徐々に超人へと作り変えられていった…。


 少し前まで金属バット一振りでボギャッア!!!と折れていた幸の右脚は上米良から数十回殴られても、脚の表面が少し腫れる程度に留まり、逆に金属バットを凹ませるまでに立派に成長。

 ありえない高さから落とされた落下物を幾重にも受け止めてその都度、彩豊かなカラフルキャンバスをぶち撒けていた雅の腹は強靭なインナーマッスルが付きいつでも誰でも落ちてきた物を受け止められるまでに成長。


 脚や腹だけでなく、腕や背中、肩、手などなど、人間の人体には約200程の骨と600を超える筋肉が埋まっておりその骨と筋肉を嗅覚で探し出して徹底的に破壊していた上米良が唯一手をつけなかった箇所があるそれが頭であった。

 上米良はこう言った。


「キミ達もいい具合に成長して来たし、そろそろ、受けだけでなく攻めも本格的に学ぼっか」

 この時、双方に渡された金属バットを不安に見つめる幸と雅だった。


 生きていれば人間誰しも1人や2人、ぶん殴りたい人間がいると思う。いや、いて当然である。そいつの、腹の立つ顔を1発殴れればなんと清々しいこと間違いないと思うが、もしも、その殴る行為が拳ではなく、金属バットだと想像して頂きたい…。


 おそらく、多くの人間が躊躇するだろう。

 更にその殴る人間が嫌いな人間ではなく、友達や恋人、家族だと想像してもらいたい…。

 なおさらできるわけない。と多くの者が思ったように幸は無論雅も思ったに違いない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ